IS 鈴ちゃんなう! 作:キラ
今日の午前の授業は2組と合同でのISの実習。いきなり転校生にひっぱたかれたことにはまったく納得がいっていないのだが、授業に遅れるわけにもいかないので足早に教室を出る。女子と一緒に着替えるわけにもいかないので、男の俺はいちいち空いている更衣室に移動しなければならないのだ。
「ったく、まだヒリヒリしてるぞ」
あのラウラ・ボーデヴィッヒという少女は自身の名前しか口にしなかったが、おそらくドイツ軍の関係者で間違いないだろう。千冬姉が『教官』として働いていたのは俺の知りうる限りそこしかない。さらにあの様子からすると、千冬姉をかなり慕っているようだが……
「……今はさっさと着替えよう」
ラウラのことに関しては、何かの片手間に考えるようなことじゃない。……もしあいつが俺に敵意を向けた理由があの事件にあるのなら、俺はそれにきちんと向き合わなければならないからだ。
*
なんとか授業開始に間に合い、すでに整列している1組の集団に加わる。隣に並んでいるのはもうひとりの転校生であるデュノアさんだった。
「君が織斑一夏くんだよね。これからよろしくお願いします」
「あ、ああ。ご丁寧にどうも。こちらこそよろしく、デュノアさん」
思わずこちらがかしこまってしまうような言葉と態度。同じ白人女性でも、セシリアが『高貴』なら彼女は『清楚』といった感じだ。
「シャルロットでいいよ。名前で呼んでもらえたほうが落ち着くし」
「そ、そうか? なら俺のことも一夏でいいぞ」
「うん、じゃあ一夏で。……いい名前だね」
……清楚さに加えて、すぐに名前で呼び合えるような親しみやすさも持ち合わせていた。さっきのラウラとの対比で、よけいにシャルロットがいい子に思える。
「……相変わらずモテモテね、一夏」
シャルロットと反対側の隣から棘のある声が聞こえてくる。俺は1組の列の右端に並んでいるので、2組の左端の生徒とは隣り合わせになっているわけだ。そしてその生徒とは現在不機嫌そうに腕を組んで俺を見ている鈴である。
「別にこれはモテてるわけじゃないだろ。クラスメイト同士仲良くやろうとしているだけだ」
「それはわかってるけど……って、アンタそのほっぺたどうしたのよ」
俺の頬の赤みに気づいた鈴が驚く。そっか、今までシャルロットのほうを向いてたから左頬が見えてなかったんだな。
俺が軽く事情を説明すると、鈴は怒ったような顔になって、
「なによそれ? 本当に初対面で平手打ちなんてしたの? だとしたらそのボーデヴィッヒってやつ、何考えてるかわかったもんじゃないわ」
と言った。……まあ、それは確かに正論なんだが。
「ところで鈴。お前には初対面の俺をグーで殴ったという前科があるんだが」
「なっ……!? そ、それは小さいころの話でしょ! ちゃんと謝ったんだから蒸し返さないでよね!」
「ははは、わかってるって」
シャルロットと話したことと鈴をからかったことで少しイライラしていた心も晴れた。
「これで授業に集中できるな」
「そうかそうか。ならまず授業中の私語を慎むところから始めてもらいたいものだな、織斑」
「………あ」
――いつの間にか授業が始まっていたらしい。もはやお馴染みとなった出席簿を構えた千冬姉が俺と鈴の前に仁王立ちしていた。……先生が話している最中にべらべらしゃべっていたのだ。制裁を食らうのは避けられない。
「すみませんでした」
鈴ともども謝罪の言葉を口にして、頭に襲ってくるであろう痛みを待っていたのだが……
「……ふん」
驚くべきことに、千冬姉は出席簿を持っている腕を下に降ろした。まさか許してもらえたのか?
「そうだな。今からお前たちに戦闘の実演をやってもらうことで勘弁しておいてやろう」
そう言って薄ら笑いを浮かべる千冬姉。……どうもろくなことにならない気がすると、俺の第六感が告げていた。
「それではお二人とも、よろしくお願いしますね」
――千冬姉の指示を要約すると、俺と鈴でタッグを組んで、向こうでISを展開している山田先生と戦えということらしい。
鈴の説明によると、山田先生が展開しているのは『ラファール・リヴァイヴ』という第2世代の機体で、装備によって格闘や射撃などさまざまなタイプの戦い方ができるそうだ。現在の武装はアサルトライフルなので、射撃タイプで戦ってくるのだろうか。
「鈴、2対1だからって油断するなよ」
「当然。あの千冬さんの邪悪な笑みを見たら本気を出さざるを得ないわよ」
戦闘開始前に軽く言葉を交わし、鈴のほうも危機感を持っていることを確認する。何しろあの千冬姉が俺たちへの制裁代わりに用意した模擬戦だ。山田先生も普段からは想像もできないような鋭い視線をこちらに飛ばしているし、なんだか釈迦の手の平を意味もなく飛び回る孫悟空になった気分だ。
……ただ、そういつもいつも千冬姉の思い通りになるというのも癪に障る。たとえ山田先生に敵わないとしても、せめて一方的にやられるだけの展開にはしたくない。それが俺たち2人の心境だった。
「では、はじめ!」
千冬姉の号令で試合が始まる。俺たちの布陣は先日の無人ISとの戦いの時と同じで、白式が前衛で雪片弐型を振るい、甲龍が後ろからサポートするという形だ。
「うおっ!」
ライフルの連射をなんとか避ける。一部掠ってしまったが、このくらいならダメージの量も微々たるものだ。……ただ、このままだと刀が届く位置まで踏み込むことができない。
「さすがですね織斑くん。では……次はもっと激しくいきます!」
え、それってどういう意味? と思う前に、俺は山田先生の発言の意味を身をもって知ることになった。
襲いかかる銃弾の雨。数は先ほどと変わらないが、それぞれの弾の軌道が良すぎる。どれかを避けようとすると他のどれかに当たらざるを得なくなる、今の俺には回避不能な攻撃だ。
しかもそれでいて鈴の衝撃砲も悠々回避し、反撃するだけの余裕もある。……くそ、この人やっぱりすごかったんだな。入学試験で勝手に自滅したのは男の俺と戦い慣れてなかったからなんだろう。この2ヶ月先生として俺と触れ合ったことで、その弱点を克服したわけだ。
だが今はそんなことよりもどうやって戦うかを考えなければならない。このままだと距離を詰められないままシールドエネルギーが0になる。なら瞬時加速で一気にいく――のも多分通用しない。加速中は方向転換ができないため、銃で狙われても避けることができずにもろに直撃してしまうのだ。だから、まずは先生が俺に攻撃できないような機会を作らなければ――
「くっ……なら、これでどうだぁ!!」
ジリ貧の状況にしびれを切らしたのか、鈴は衝撃砲の発射とともに『双天牙月』を全力で投げた。双天牙月は投擲もできる武器なのだが、そうすると次の衝撃砲が撃てるようになるまでの間、甲龍は完全な無防備になってしまう。
……言われなくてもわかる。これは賭けだ。
鈴のすべての武器を使った同時攻撃に対処する過程で、一瞬だけ山田先生は白式への対応を緩める。いかに操縦者が優秀でも、一度に処理できる手数には限りがあるからだ。
待ちに待ったチャンスを逃さないために、瞬時加速を発動させる。爆発的な勢いでスピードをつけた白式は、一瞬のうちにラファール・リヴァイヴを射程圏内にとらえた。
山田先生の顔つきが険しくなる。いけると確信した俺は、加速の勢いそのままに雪片を思い切り振り下ろした。
「うっ……」
確かな手ごたえとともに、山田先生の体勢が崩れて後ろにのけぞった形になる。よし、このまま――
「ば、馬鹿! よけなさい一夏!」
その時、鈴の焦ったような怒号が聞こえてきた。何事かと思い、いったん山田先生から視線を外したところ。
――切れ味抜群の双天牙月が、俺の目の前まで迫っていた。……そういえば、あれってブーメランみたいに投げたら返ってくるんだったっけ。本来なら山田先生に当たっていたんだろうけど、俺が今のけ反らせてしまったおかげでそれは叶わぬものとなったみたいだ……って、何やってんだ俺。
仲間の武器の性質をようやく思い出すも時すでに遅し。双天牙月は白式の胸に直撃し、俺は敵の目の前で決定的な隙を作ってしまう。
「織斑くん。うっかりしていちゃだめですよ?」
「……はい」
何もできないまま、俺は体勢を戻した山田先生に容赦なく残りのエネルギーを削り取られたのだった。
*
「まったく、何をやっているんだあいつは……」
模擬戦の一部始終を見届けた箒は、最後に一夏がやらかしたポカに呆れてため息をついていた。周りの生徒は惜しかったねーなどと言っているが、箒からすればあんなのは論外だ。あんなミスをするようではまだまだ――
「……と、私も人のことを言える立場じゃないか」
その一夏よりも、現状の箒は実力で下回っている。序盤の貯金を食いつぶして、先日ついに放課後の模擬戦の戦績が逆転してしまった。今は一夏が箒に勝ち越している状態だ。もちろん専用機を持っていない箒が不利なのは確かなのだが、それも含めて強さだと彼女は考えている。もし自分に専用機があったなら、などというのはただのIFにすぎないからだ。
――もっと鍛錬を積まなければ。そうしていつか、一夏と肩を並べられるだけの強さを手に入れてみせる。
確率は非常に低いが、もし今度の個人トーナメントで優勝できれば、箒は一夏に告白するつもりだ。本当は事前に一夏にこの旨を宣言してしまおうと考えていたのだが、ある思いによってその行動は実現しないままになっていた。
――一夏は、私の気持ちに気づいているのではないか?
照れが先行するせいで一夏に明白な好意はいまだ示せていないのだが、彼と同じ部屋で過ごしていた時期、妙な雰囲気になることが何度かあったのだ。私が何かあって照れていると、一夏も頬をかきながら不自然にそっぽを向く、などということが起きていた。そのあたりから推測するに、彼が箒の恋心を曖昧ながらも自覚している可能性はある。
……そうだとすると、告白宣言なんて恥ずかしすぎてできたもんじゃない。
「箒さん? 早く移動しないと織斑先生に叱られますわよ?」
「あ、ああ。すまない」
考え事はここまで。今はとりあえず授業に集中しようと、箒は気持ちを切り替えた。
*
「というわけで一夏のぶんの酢豚は没収」
今日の昼休みは屋上で弁当を食べることになっていた。最初に提案したのが箒で、それをたまたま聞いていた鈴とセシリアが参加することになり、さらに昼休みになってシャルロットが一緒に行ってもいいかと尋ねてきたので、結局総勢5人で現在円形に座っている。
で、箒は弁当、鈴は酢豚、セシリアはサンドイッチを作ってきてくれたのだが……さっきの模擬戦での俺の失態のせいで、鈴は気分を害しているらしい。確かに、2人で千冬姉の鼻を明かしてやろうと臨んだ試合の結果があれじゃなあ……山田先生に『動きはよかったですよ』とフォローはもらったものの、猛反省しなければならない。
「……一夏と凰さんはつきあってるの?」
……シャルロットサン? どうしてそんな疑問がこの場面で浮かんできたのでしょうか。
「え、ええと。模擬戦の時に、僕の近くにいた人が『織斑くんと凰さんのラブラブカップルでも勝てないなんて……』って言ってたから……」
……ああ、そういうことか。その人は冗談で言ってたんだろうけど、転校初日のシャルロットにはそんなことわからないだろうからな。いまだにこの前まで流れていた噂を茶化す人もいるし、この機会にきちんと説明しておくべきだろう。
「俺と鈴はただの幼馴染だ。だから別につきあってるわけじゃないぞ」
「あ、そうなんだ」
「そ、そうね。……一夏、やっぱり酢豚食べていいわよ」
納得するシャルロットと、なぜか態度をころっと変えて酢豚入りのタッパーを渡してくる鈴。……そっぽを向いているけど、顔がにやけるのを必死にこらえてるのはお見通しだからな。もしかしなくても『ラブラブカップル』という単語が気にいったのだろう。
まあ、鈴の手作りの酢豚が食べられるのはうれしいことだ。ここは何も言わずにありがたくいただくことにしよう。
「一夏、私が作ってきたぶんも忘れるな」
箒の弁当は和食中心の本格的なものだ。こちらも非常においしそうである。
「一夏さん、わたくしのサンドイッチもどうぞ」
セシリアのは……うん、相変わらず『見た目は』おいしそうだ。だけど多分今回も味の方はおかしなことになっているんだろうな……
「うわあ、みんなすごいね。僕はこんなに上手に作れないよ」
俺の前に用意された料理の数々に、シャルロットは感嘆しているようだ。まあ、ぱっと見ただけだと全部素晴らしい出来に見えるからな。
今度こそセシリアに本当のことを告げようかとも思ったが、一度おいしいと言ってごまかした手前、いまさらまずいですとは話しにくい。やはり今回も胃袋に気合いを入れて食べきるしかないか……などと考えこんでいたせいで、目の前で繰り広げられる会話に対する反応が遅れてしまっていた。
「うふふ、よろしければシャルロットさんもおひとついかが?」
「え、いいの? それじゃあいただこうかな」
「……え?」
事態に気づいた時には、すでにシャルロットがセシリア作のサンドイッチを手に取り、口に入れようとしていた。
――もしこの場にフォローのうまい人間がいたなら、シャルロットの運命を変えることができただろう。だが今ここにいるのは、『基本口下手な箒』『思ったことをストレートにしか言えない鈴』『気づいたのが遅れたせいでいまだ混乱している俺』の3人。どうしようもなかった。
はむ、とシャルロットがサンドイッチを笑顔で頬張るのを呆然と見つめる。ああ、今から数秒後にはあのきれいな笑顔が苦悶の表情に変わってしまうのか……
「……うん。おいしいね」
………は?
鈴と箒と顔を見合わせる。3人とも言いたいことは同じ、『ありえないだろう』だ。しかし、現にシャルロットの笑顔は1ミリたりとも崩れていない。
「もうひとついただいてもいいかな?」
「気に入ってもらえたようでなによりですわ。かまいませんけど、一夏さんのぶんはちゃんと残しておいてくださいね?」
さらにシャルロットは2個目のサンドイッチに手を伸ばす。その顔に苦痛などの感情は一切現れていない。
「ど、どういうことなんだ……?」
試しに俺もひとつ食べてみる。……うん、やっぱりいつもの味だ。事前に覚悟しておかないと食べられない代物だ。
シャルロットはああいう味が好みなのか? フランスだと基本あんな感じのサンドイッチが出るのか? ……いやいや、さすがにそれはないだろう。
――結局、セシリアのサンドイッチは俺とシャルロットが半分ずつわけあう形となった。鈴と箒の料理も残さず食べて、昼食の時間は無事終了した。……まあ、本人がおいしそうに食べていたんだから、問題はないのかもしれないな。
……だが。
「ごめん、ちょっと食べすぎたみたい。先に戻ってるね」
屋上で談笑している途中で、シャルロットはそう言って校舎の中に戻っていった。……その時点で、嫌な予感はしていた。
その後、昼休みが終わりに近づいたので、俺たちは午後の授業、つまり午前中に使った訓練機の整備を行うために格納庫に向かった。しかしそこに先に出て行ったはずのシャルロットの姿はなかった。……この時、予感が確信に変わった。
「デュノアさん、なんだか顔色が悪いけど大丈夫~?」
「う、うん……大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
シャルロットは時間ぎりぎりに格納庫にやってきた。その顔はみるからにげっそりしていたが、それでも周りの人に心配をかけまいと笑顔を取り繕っていた。それが俺たちには余計に痛々しく映った。
――彼女は、セシリアのサンドイッチをおいしく頬張っていたわけではなかったのだ。単純に周りの空気を察して、我慢して食べていただけ。しかも俺の負担を減らすために2個目、3個目に手を伸ばしてくれた。それがどれだけ困難なことか、わかっていたはずなのに。
素直に思った。……シャルロット、超いい子だ。
鈴と箒のほうに顔を向ける。2人ともシャルロットの姿に感動していた。鈴に至っては目尻に涙らしきものが浮かんでいた。
「……すまない、シャルロット」
俺が間違っていた。俺の事なかれ主義的な判断が、ひとりの少女を傷つけた。
俺ひとりが痛い思いをするのなら我慢できる。だけどなんの罪もない人が苦しむのは耐えられない。
覚悟を決めよう。まだ、遅すぎるということはないはずだ。
――授業が終わったら、セシリアに本当のことを話そう。
拳を固く握りしめ、俺はできるだけオブラートに包んだ『まずい』の言い方を考え始めた。
今回あまり本筋の話が進みませんでした。あんまりぽんぽん話が進むのも落ち着きがないと思ったのと、こういった日常的シーンを書くことでシャルを既存メンバーになじませようという目論見があったためです。前回の水族館のチケット同様、セシリアの料理についても日常話のネタとして種をまいておきました。いずれこれらのイベントは回収します。