IS 鈴ちゃんなう! 作:キラ
第9話 2人の転校生
「あれ? 弾、髪伸ばしたんだ。なんかチャラくなったわね」
「再会の挨拶もなしにいきなりそれかよ。そっちは相変わらずのツインテールのようで」
今日は6月に入って最初の日曜日。自宅である織斑邸の様子を見に行くついでに、俺は中学からの友人である五反田弾の家を訪ねようと思っていた。その旨をたまたま朝食を一緒にとることになった鈴に伝えると、『そういえば日本に帰ってからまだ弾の顔を見てなかったなあ。というわけであたしも行く』と即断即決、30分で支度を終えて俺とともに学生寮を出たのだった。相変わらず行動が速いやつだなと感心する。
そういうわけで、軽く自宅のチェックを行い、現在五反田家の裏口で弾と合流したところである。1年ぶりに会った友人2人が仲良く(?)会話しているのを聞きながら、2階の弾の部屋にお邪魔させてもらった。
「それにしても、鈴が中国の代表候補生とはねえ。一夏から聞いた時にはたまげたぜ」
「まあね。運が良かったってのも結構あるけど」
「一夏は言わずもがなだし、なーんか俺だけ平凡に高校生活送ってて取り残されてる感じだな……」
羨ましげに俺と鈴を見る弾。……そうは言うけど、男ひとりがIS学園で日々を過ごすというのもなかなかにきついもんだぞ。最近はだいぶ慣れたけど、元から見知っていた箒や千冬姉がいなかったら最初のひと月で精神的に限界を迎えていたかもしれない。
「そんな顔するなって。通う学校が違ったって、俺たちの仲がいいことに変わりはないだろ? 今もこうやって遊びに来てるんだから」
「い、一夏。お前ってやつは……」
暗い表情をしていた弾の顔がぱっと輝く。そうそう、中学3年間で積み上げられた友情は、そう易々と崩れ落ちたりはしないものなんだ。
「……ま、そんなこと言ってる一夏クンは昨日の夜女子5人に囲まれて人生ゲームに興じてたんだけどね」
「一夏許さん」
あれ? 友情崩れ落ちた?
「ちょ、ちょっと待て! あれは鈴が俺にやろうって持ちかけてきたんだろ!?」
「それがどうかした? 誰の提案でやったにしろ、楽しくなかったわけじゃないでしょう」
ぐっ……確かに時間ぎりぎりになるまで盛り上がっていたのは事実だ。とにかくセシリアが大事な局面で変なマスばかり踏むのが面白くて……いかん、思い出したらまた笑いがこみ上げてきた。
声は漏れなかったが、おそらく顔がにやついてしまっていたのだろう。弾は冷ややかな視線で俺を見ながら、
「それじゃ、さっそくス○ブラでもやるか」
と言ってゲーム機を取り出し始めた。こいつ、多分強キャラ使ってぼこぼこにするつもりだな……
*
1時間後。単純に好きなキャラを使っていた俺は、強キャラばかり使ってくる弾と鈴にCPUキャラともども蹂躙され続けていた。……まあ、最後の方は弾も怒りが収まったのか、そんなに強くないキャラも使用するようになっていたが。ちなみに鈴は最後までメタ○イト(最強キャラの筆頭)を使っていた。
「ちょっと飽きてきたし、そろそろ別のゲームにしないか?」
「そうだな」
俺の提案に弾がうなずき、ゲームソフトの入った箱の中を探り始める。
「IS/VSなんかがいいんじゃない?」
「あれ2人対戦までしかできないだろ。効率が悪い」
「あ、そっか」
弾が適当なゲームを探し、俺と鈴がたわいもない会話を交わしていた、そんな時。
「お兄! さっきからお昼できたって言ってんじゃん! さっさと食べに――」
弾のひとつ年下の妹・五反田蘭が勢いよく部屋に入ってきた。ショートパンツにタンクトップと、自宅だからかずいぶんとラフな服装をしている。
「久しぶりね、蘭」
「こんにちは。お邪魔させてもらってるぞ」
蘭に挨拶する俺と鈴。……ところで、鈴はどうしてあんなににやついているんだろう。
「い、一夏さん、それに鈴さん……!?」
一方の蘭は驚きで固まってしまっていた。俺よりも鈴のほうを凝視していることから、鈴が中国から帰ってきていたことを知らないとみえる。
「それにしても蘭、ずいぶん乱暴にドアを開けるのねえ。格好もそうだけど、もうちょっと女の子らしくしたほうがいいんじゃない?」
笑みを崩さず、妙に甘ったるい猫なで声で話す鈴。……これは明らかに蘭を挑発している。この2人、昔からどうも仲が良くないからなあ。
「っ!? ……え、えっと。どうして一夏さんと鈴さんがここにいるんでしょう?」
鈴の言葉にイラッときたからかどうかは定かではないが、混乱状態から復活した蘭は、とりあえず平静を取り戻した様子だ。
「ああ、家の様子を見に行ったついでに、ここにも顔出しとこうと思ってさ。それと、弾から聞いてなかったのかもしれないけど、鈴も今はIS学園の生徒なんだ」
「ああ、そういえば言ってなかったな」
予想通り、弾は蘭に鈴のことを伝えていなかったようだ。……まあ、いちいち妹に自分の友達のことを話す必要もないだろうから当然かもしれないが。
「そういうこと。またよろしくね、蘭」
「……はい。こちらこそ」
視線をぶつけ合う女性陣。2人の間に火花が散っているように見えるのは俺の幻覚だろうが、少なくとも『よろしくお願いします』という態度が微塵も見えないことだけは確かだ。
「よかったら、一夏さんと鈴さんもお昼どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう、ならいただくよ」
「あたしもご馳走になろうかな」
「……じゃあ、そう伝えておきます」
入ってきたときとは違い、ものすごく丁重にドアを扱って、蘭は部屋から出て行った。
「あー。これはあとでとばっちり食らうな……」
妹よりヒエラルキーの低い弾ががくりとうなだれる。……のは置いといて、少し気になったことがある。
「なあ鈴」
「ん、なに?」
「蘭にあんなこと言ってたけど、お前も寮の中じゃ俺の部屋のドア乱暴に開けるし格好もラフだよな」
「え? そうだっけ」
自分に都合の悪いことはきれいに忘却。相変わらず俺の幼馴染はいい性格をしている。
*
昼食はうまかった。弾の家は食堂を経営しており、たまにこうして売れ残りの定食などをタダで食わせてもらえるのだ。俺もいつかはあのレベルの味が出せるくらいの料理スキルを身につけたいと思っている。
……で、今は昼食を終えて弾の部屋に戻ってきているのだが。
「くっ! この、ちょこまかと……!」
「実戦では無理ですが、ゲームでなら負けるつもりはありません……!」
テレビの前で無我夢中にコントローラをガチャガチャ操作している鈴と蘭。現在、各国のISを操って戦う対戦ゲーム『IS/VS』を絶賛プレイ中である。双方とも性能の高い機体を使っており、相手に敵意剥き出しで戦っている。
「おい弾、あれ完全に2人の世界に入っちゃってるぞ」
「……しゃーねえ、俺たちは携帯ゲーム機で遊ぶか」
なぜテレビがリンランコンビに占拠される事態になったかを思い出す。……ええと、確か昼食の時、いきなり蘭がIS学園を受験することにしたと言い出して、俺たちに『適性試験 判定A』と書かれた紙を見せてきた。そして話の流れで、もし蘭がIS学園に来ることになったらその時は俺が指導するという約束をした。
そのあとは特に何もなかった気がする。他愛もない話をしながら、弾と蘭の祖父である五反田厳さんお手製の料理をおいしくいただいた。
……で、ごちそうさまの挨拶をして席を立とうとした時。
「……蘭。暇ならちょっとゲームで対戦しない?」
鈴の提案は唐突なものに思えたが、蘭はまるでその言葉を予期していたかのように間髪入れずにうなずいた。
「いいですよ。やりましょうか」
――そして今の状況に至る。鈴も蘭も、まるでこの勝負に何か大切なものを賭けているかのような熱中ぶり。どうしてこうなったのか。
「……やっぱ、俺が原因なのかな」
「一夏、お前がこの前やりかけてたド○クエのデータが残ってるけど。やるか?」
ついこぼしてしまったつぶやきは弾には聞こえなかったらしい。ああ、と返事をしながら携帯ゲーム機を受け取り、そのままプレイを始める。弾はまだ別のゲームをやるようだ。
――しまった! とか、甘い! などの女子2人の声をBGMにしながら、俺と弾は黙々とゲームを進める。……ふむ、やっぱり作戦を『いのちをだいじに』に変更すべきだろうか。
「一夏」
「ん?」
えらく小声で弾が話しかけてきたので、ゲーム機を操作する指を止めて耳を傾ける。
「……で、鈴とはどうなったんだ?」
「ぶっ!!」
……危ない。飲み物を口に含んでいたら確実に吹き出していた。それくらい、不意打ちの質問だった。
「ば、馬鹿、いきなり何言いだすんだよ」
鈴本人が同じ部屋にいるってのに、と文句を言う。向こうが小声で尋ねてきたので、俺からの返事ももちろん小声だ。
「大丈夫だって、あいつらゲームに熱中して何も聞こえてないから。……で、どうなんだ? お前から恋愛相談を受けた身としちゃあ結果が気になって仕方ないんだが」
まあ、弾の言うことも一理ある。中2の春休みに鈴に告白された後、新学期になっても俺はそのことを引きずっていた。そんな俺の様子を見かねた弾が何かあったのかと執拗に聞いてきたので、最終的に洗いざらい吐いてしまったのだった。その頃は千冬姉も家にいなかったし、本格的に弾くらいしか頼れる人間がいなかったので、結果的にこいつに相談したのは正解だったと思う。事実、弾といろいろ話し合って多少は心に余裕ができ、おかげで他人から見て明らかに様子が変だと思われることはなくなったからな。
そういうわけで、世話になった人間として一応事の次第を話す義務はある、と思う。
「……俺の気持ちが決まるまで、待ってもらうことにした。だから今のところは幼馴染のままだよ」
「ほう、つまり保留か……それなら試しでいっぺん付き合ってみりゃいいのに。それとも何か? 他に好きな女の子がいるのか」
「いないぞ」
単純に、男女のつきあいというものは大事に扱わなければならず、軽い気持ちで付き合うもんじゃないと俺が考えているだけだ。別に誰か好きな子がいるわけじゃない。
「じゃあ、お前が誰かに好かれてるとか」
「………」
それは、その……。
「返事がないってことは心当たりがあるんだな?」
「……まあ、同じ学年に2人ほど、そうなんじゃないかなーって思ってる人はいる」
「……ま、お前が気づくくらいなんだからほぼ確定で間違いないだろ。モテすぎててむかつくから殴っていいか」
「それは困る」
拳に息を吹きかけている弾がわりと本気で殴ってきそうだったので、ここはやんわりと流してゲームのプレイに戻る。弾もそれ以上は何も追及してこなかった。
*
「くっ、思ってたよりやるわね蘭……!」
IS学園への帰り道で、鈴はいまだに今日の対戦の結果を悔やんでいた。俺はほとんど見ていなかったので詳しいことは知らないが、あれだけやって結局勝ち数が同じだったらしい。五反田家を出る時に再戦を約束していたので、近いうちに決着をつけに行くのだろう。
「次は俺と弾のことも考えてくれよ。テレビを独占するのはやめなさい」
おかげで昼から夕方までずっとド○クエをやることになった。結果わりといいところまで進んで先が気になるので、弾からゲームソフトを借りている。
「わかってるわよ。……それにしても驚いたわ」
「蘭のゲームの腕の話はもういいって」
「違うわよ。アンタが箒とセシリアの気持ちに気づいてたこと」
……ああ、そっちか。というかお前、あの会話耳に入ってたのか。俺としてはそっちの方が驚きだ。
「……やっぱり、そうなのか?」
「周りのみんなもそう言ってるし、あたしの主観でもあれはアンタに惚れてるで間違いないと思うけど」
「そうか……」
鈴に告白されて以来、自然と男女の恋愛というものに関心を持つようになった。たとえば、中学で誰が誰のことを好きだとか、誰と誰が付き合い始めたとか。その結果、この1年でそういう方面に関する鈍さは少しは改善されたと思う……たぶん。
「ふーん。ま、アンタも成長したってわけね。その分だとあの子の気持ちにも気づいてるの?」
「……蘭のことか」
「正解」
あの鈍感な一夏がこうなるなんてねー、と他人事みたいに言う鈴。そもそものきっかけはお前にあるんだけどな。
「というわけで正解者には賞品を。はい」
「え?」
あまりに自然な鈴の動作につられて、つい差し出されたものを受け取ってしまう。いったい何をもらったのか確認しようと自分の右手を見る。
「……水族館のチケット?」
「そ。今度暇なとき――学年別個人トーナメントが終わってからだけど、一緒に行きましょ」
セリフの後半部分が多少早口になっている鈴。その頬にはかすかに朱が差している。……ええと、その反応から察するに、これは――
「……もしかして、デートのお誘いってやつ?」
「ばっ、馬鹿! はっきり言わないでよ! 恥ずかしいでしょうが……」
また正解。やったな俺、今日すげえ冴えてる……という冗談は置いといて。
デート、か。中学の頃にほぼ毎日鈴と放課後2人で遊んでいた時期があったが、あれは今考えればデートのようなものだったのかもしれない。しかし、鈴はどうだか知らないが、少なくとも俺の方は当時そんなことは微塵も意識していなかった。
だけど今の俺は鈴の気持ちにすでに気づいていて、鈴もそれを知っている。ゆえにこれはれっきとしたデートの誘いだ。以前とは勝手が違う。
「……わかった。じゃあトーナメントが終わった次の休みに出かけよう」
そのことをわきまえたうえで、鈴の誘いを受ける。自分の気持ちにちゃんとした答えを出すためにもデートくらいは経験しておかないと駄目だろうし、そういう勘定を抜きにしても鈴と遊びに行くのは楽しみなのだ。
俺の返事を聞いて、少し不安げだった鈴の表情が笑顔に変わる。それにつられて俺も自分の頬が緩むのを感じた。
*
翌朝。いつものように千冬姉と山田先生によって1年1組のホームルームが進められていく。話の内容を頭に入れながら、今月末にある個人トーナメントについて思いを馳せる。
1学年約120名の生徒全員が参加し、頂点目指してしのぎを削る戦い。俺も出る以上は優勝を目指したいが、今のままだと厳しいだろう。まだまだ俺の戦い方には穴が多すぎるし、ISに関する知識も足りていない。1ヶ月でどこまで上達できるかはわからないが、とりあえずはっきりしている弱点は埋めていかないとな。……たとえば、『敵が離れている場合の千冬姉の動きはまだ全然イメージできない』とか。クラス対抗戦までの短期間では近距離戦における模倣の精度を高めるので精一杯だったから、これからはそちらを優先して磨いていこう。
――とか考えていると、いつの間にか教室中が騒がしくなっていた。しまった、途中から先生の話を聞いてなかった。周りに聞くと、どうやら転校生がこのクラスに2人もやってくるらしい。……なるほど、それならこの喧噪も納得できる。
「失礼します」
その時教室の扉が開き、2人の転校生と思われる人物が入ってきた。ひとりは金髪の白人、もうひとりは銀髪でこちらも白人。ただし銀髪の方は左目に黒い眼帯をつけている。
「それじゃあ、自己紹介お願いしますね」
山田先生の言葉にうなずき、まずは金髪の女の子の方が挨拶をする。
「シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。……あの、僕の日本語は少しおかしいんですけど、できれば気にしないでいただけるとありがたいです。よろしくお願いします」
フランス人か。確かに女子なのに『僕』はおかしいな。何か理由でもあるんだろうか。
「かわいい~」
「いわゆる僕っ娘でやつかな!」
クラスのみんなの反応はなかなか良好。これならすぐにほかの生徒と仲良くなれるだろう。
そして2人目の銀髪の子は……デュノアさんの自己紹介が終わっても微動だにせず、俺たち全員を腕組みしたまま見下したような目つきで見ている……というか睨んでいる。体全体からあふれ出る冷たいオーラが教室の雰囲気を異様なものに変えていた。
「え、えっと、ボーデヴィッヒさん? 自己紹介の方を……」
山田先生の言葉にも反応なし。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
ところが千冬姉の言葉には素直に応じて、軍人さながらの敬礼をする。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、お前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
2人のやりとりに、当然俺たちは全員口をぽかんと開けている。それはそうだろう。あの転校生の対応、完全に軍隊のそれだし。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………」
……しかも、やっと行った自己紹介も一言で終わってるし。いや、自己紹介に関しては俺も人のことは言えないけどさ。
入学した日のいたたまれない気持ちを思い出して感傷に浸っていると、偶然ボーデヴィッヒと名乗った女の子と目があった。
「っ! 貴様が――」
突然速い足取りでずんずんと俺の方に向かってくるラウラ。何か俺に用でもあるのかと思った瞬間。
パァン!
なぜか俺は、初対面の転校生に平手打ちを食らっていた。
シャルルではありません。シャルロットです。表記ミスではありません。
ここが原作2巻からの最大の変更点『シャルを最初から女として転入させる』です。なぜこうしたかというと、まず原作の男装作戦に無理がありすぎることがひとつ。そしてもうひとつが、シャルに男装をさせると後の処理に手間取るということです。この物語を終わらせる時には、当然シャルの問題は解決のめどが立つよう持っていくつもりなのですが、シャルを男装させてしまうとその問題解決に話数を割きすぎることになってしまうんです。この作品はあくまで鈴メインなので、さすがにそれはまずいだろう、ということです。あと3つ目の理由は単純に女として入った場合はどんな展開になるかを書いてみたかったからです。
今回原作の場面まんまなところがちょっと多いと感じました(ラウラの自己紹介あたりです)。前述のシャルのことも含め、批判等あると思いますが、それらはできるだけ感想でお伝えくださるとありがたいです。参考にできますので。
では、これからもよろしくお願いします。