「川尻? おーい」
やかましい、私は貴様と違って
「魔理沙くん、君は慣れているのかもしれないが……私はただの人間なのだよ。魔法使いの君とは違うんだ」
「人間でも空飛ぶやつはいるぜ?」
「普通、人間は飛ばないんだよ」
何度も同じことを言わせるんじゃあない。私は国語の教師じゃないんだぞ。全く、こいつはいったいどんな教育を受けてきたのだ。
「私はまだだめそうだ、どこか休憩出来る所があれば嬉しいんだが……」
「ちょうど近くに団子屋があるぜ。降りた場所が団子屋の近くなんてラッキーだったな」
「おお、そこで暫く休もうじゃあないか」
「こっちだ。それにしても、エリートっぽいのは格好だけなんじゃないか? 階段登るだけで息切れしたり、運動不足気味だぜ」
「ははは、よく言われるよ」
このガキ、やけに機嫌がいいぞ。さては私が箒酔いで苦しむ姿を見て楽しんでいるんじゃあないか? ひねくれたガキだ。しかし箒酔いか。何とも奇妙な言葉だ。そもそも箒は乗る物じゃあなくはく物だ。
「君がその髪型をけなされるのが嫌な理由はよく分かったが、どうにか怒らないようには出来ないのか? 確かにけなす側が悪いが、君のその……クレイジーダイヤモンドで殴られては、妖怪でもひとまりもないぞ」
「そう言われてもッスね〜、こればっかりはどうしようもないんスよ。この髪型をけなされると、心の底からプッツンキレちまうもんで」
こ、この気の抜けた話し方は……あのハンバーグの様な髪型は! そして! 間違い無い、今、確かに聞いたぞッ! クレイジーダイヤモンド! そしてその本体は……
「お、そこにいるのは
「魔理沙、人聞きの悪いことはよしてくれ。ただ彼をどうしたものかと悩んでいたところだ」
「グレート……マジもんの魔女だぜ。しっかし聞いてた話よりもずいぶん可愛らしいじゃあねーかよ」
「外来人っぽいけど、川尻と比べてなんだか頭悪そうだな。こいつがどうかしたのか?」
「辛辣ゥ〜。間違っちゃぁいねーけどよォ、そうハッキリ言われると心に刺さるぜ……」
落ち着け、落ち着くのだ吉良吉影。バイツァ・ダストは確かに作動し、時間は巻き戻っていた。それに加え早人はここにはいない、私が下手をしない限り正体がバレる可能性はゼロだ……! いつだってそうだった、重要なのは、細やかな気配りと大胆な行動力なのだッ!
「彼は東方仗助、先日里の近くで歩いているところを保護したんだ」
「保護っつーと、なんてーのかな、俺が小せえ子供みたいでよォ。あんま好きじゃあねーんだよなぁ」
「言葉の
「奇妙な力? そんなの幻想郷じゃ珍しくもないじゃないか。退屈なことばかりしてるせいで記憶力がバカになってるぞ。私が息抜きの仕方を教えてやるぜ」
ここでは珍しくない、だと? まさかここには魔理沙やアリス、それにあの紅白の様な連中がまるでドブネズミの様に大量にいるということか? だとするなら、まずいぞ……! 非常にまずい。
「遠回しに私を退屈な人間だと言ってないか? そうではなく、彼には守護霊の様な存在を操る能力があるらしい。私からはあまり詳しい説明は出来ないんだが」
「守護霊っつーか、似てはいますけどね。スタンドっつーんスよ。承太郎さん
「スタンド? 聞いたこともない能力だな。川尻、何か知ってるか?」
「いや……初めて聞く単語だ」
私に話を振るんじゃあない。せっかく目立つこいつらとは無関係だと、里の連中に思わせられていたのに、今ので仲間だと認識されてしまったじゃあないか。何て災難な日だ。
「スタンドには色々な形となタイプがあるんスけど、俺のは人の姿をしてて近距離パワー型。遠くには行けない分破壊力とスピードに優れてる」
「私が見つけた時には、ルーミアの弾幕を全て弾いた上で返り討ちにしていた。私にはスタンドが見えないせいで念動力の類にしか見えなかったが、彼のスタンドはそれ程強力なんだ」
「へー、スタンドか。面白そうだな。川尻、ちょっと殴られてみてくれ」
「はははは、中々面白い冗談だね。でも、私は好きではないかな」
「魔理沙、私の話を聞いていたのか? 今スタンドは危険だと説明したばかりだろう」
この女、長い銀髪に青いメッシュと理解出来ない髪型をしているが、案外常識的なヤツじゃあないか。第一なぜ私が殴られなければならんのだ、貴様が殴られれば済む話ではないのか? 人様に迷惑をかけるなと教わっただろう。
「あーなんだ、魔理沙、だったか? わりぃーがよォ、俺のスタンドは出来るだけ人に向けたくねーんだよなぁ。かなり手加減しても骨の一本二本簡単に折れちまうからよォー」
「うぇ!? それじゃさすがに川尻がかわいそうだな……痛いのは怖いぜ。じゃあ里の外れにある岩なんかどうだ?」
「それなら俺も、グレートにブチ壊せるぜ」
そんなお
「ところで魔理沙、そこの彼も外来人なのか?」
「ああ、昨日霊夢のところで会ったんだ。地味なのか地味じゃないのかよくわからないやつだぜ」
「初めまして、私の名前は
「私は川尻 浩作、会社員だ。こちらこそよろしく」
上白沢慧音……か。言葉づかい、自己紹介、どちらも常識的だ。この場には非常識なのが二人もいるからな、私の唯一の救いだよ。それに、手首も中々綺麗じゃあないか。
「川尻さんて、上白沢の先生みてーに真面目そうな人だなぁ」
「川尻は意外とスケコマシだからわからないぞ。さっきだってアリスを口説いてたからな」
「グレート……普通のサラリーマンって感じだけど、わかんねーもんだな」
「魔理沙くん、私は正直な感想を言っただけで、何も口説いた訳じゃあない」
確かにあれは失態だった。反省するよ。だが私の平穏な生活を、こんなガキに台無しにされる訳にはいかん!
「く、くど……!? ハレンチだ!」
「すまないが、何を言っているのか分からないな」
口説いただけで
「早くスタンド見に行こうぜ。川尻も気になるだろ?」
「ん、ああ……魔法などの不思議な力自体、ここに来て初めて目にしたからな、興味があるよ」
「うっし。なら、行くか!」
里から徒歩10分、といったところか。途中に悪路もあったが、何事も無くここまで歩いて来れた。ただ、魔理沙と東方仗助はやかましかったがな。
「そんで、億泰っつーダチがいるんだけどよォー、そいつのスタンドは右手でどんな物でも削り取っちまうのよ。そんで、削られた物質、例えば看板なんかは削られた部分だけが消えてピタッと閉じる。削られた物は始めから無かったことになっちまう、恐ろしいスタンドだぜ」
「色んなスタンドがあるんだな……どれも敵に回したくないぜ」
こいつ……なぜこんなにも仲間の能力をペラペラと話せるのだ? スタンド使いとスタンド使いの戦いは情報戦、能力がバレればそれだけで圧倒的に不利になってしまう。相手と交戦することになる可能性を考えていないのか?
「あれか、けっこうでっけー岩だなぁ」
確かに大きくはあるな。目測だが、東方仗助と同じ大きさはある筈だ。そう言えば杜王町にアンジェロ岩という物があったな。今では杜王町の名物の一つになっているが、確かあれは数ヶ月前まで全く違う形で、名物ですら無かったと記憶しているが……
「だが、問題は無い。クレイジーダイヤモンドッ!」
東方仗助の背後から現れたクレイジーダイヤモンドは、私を徹底的に打ちのめしたスピードで岩に拳を叩き込む。いや、正確には叩き込んだか。目視すら不可能な速度で繰り出される拳は何重にも分裂して見え、気がついた時には既に破壊は終わっている。私が状況を追えているのも、スタンドが見えているからに過ぎない。
「は、速い……! 何が起こったのかわからないが、ルーミアの弾幕を弾いた時の比じゃない!」
「なんて破壊力だ!」
「あの大きさの岩を一瞬で粉々に……でも、一撃で壊した様には見えなかったぜ。となると、パワーではレミリアの方が上みたいだな」
このガキ、スタンドが見えていないのにどんな攻撃か理解したのか? 勘がいいのか、それともよく見ていただけか……歴戦の強者には見えん、恐らく前者と見た。
「お、よくわかったな。実はスピードとパワーに分けて
私を追い詰めたスタンド、クレイジーダイヤモンド。憎たらしいが、その実力は認めなければならない。スピードで負け、シアーハートアタックは無効化され……私のキラークイーンとは相性が悪過ぎる。全く、大したヤツだ。
「こ、これは、治って、る……のか?」
「そうだぜ、上白沢の先生。これが俺のクレイジーダイヤモンドの能力、治す」
先程クレイジーダイヤモンドによって粉々にされた岩が、まるで最初から壊れてなどいなかったかの様に元通りになっていく。これだ、これなのだ。東方仗助の厄介なところは……! この能力さえなければ、ヤツに治す能力さえなければ、私のキラークイーンは無敵なのだ……ッ!
「あやややや、特徴の塊が歩いているからつけてみたら……何とも奇妙な外来人ではないですか」
「な、なんだぁ? 女の子に羽が生えてるぜ」
「申し遅れました、私、鴉天狗の新聞ジャーナリスト
「ま、まあいいけどよォー」
またおかしなヤツが現れたぞ。しかしあの様子からして興味があるのはあくまで東方仗助、ただ一人。万が一にも私に興味は示さん筈だ。それでいい、それが本来あるべき姿なのだ。
「先程の岩を破壊した力について教えてください」
「ああ、あれはスタンドって言って、守護霊みたいなもんだ。俺のスタンドはクレイジーダイヤモンド、遠くまでは行けないがパワフルに動けるスタンドだ」
「なるほど。岩がひとりでに治った様に見えましたが、あれはいったい?」
「スタンドにはそれぞれ一個だけ特殊な能力があってな、俺のスタンドは治す能力を持ってる」
「だから岩が勝手に治った様に見えたのですね。そのスタンドを見せてもらうことは出来ますか?」
「それは無理だぜ。スタンドはスタンド使いにしか見えないっつールールがあるからよォー」
見てくれは変なヤツだが、かなり良識的だな。全員が全員こうならば助かるんだが……そう言えば、こいつはここの住人にしては珍しく黒髪だな。普通なのはいいことだ。普通とは非凡よりも素晴らしい。
「なあ川尻、スタンドについてどう思う?」
「そうだな、やはり
「普通な川尻らしい答えだな」
「私としては、荒事とは無関係そうな顔なのに意外だと感じるな」
「外では毎週日曜日の朝に、30分のヒーロー番組がやってるんだが、私も子供の頃は良く見たものだ。五人一組なんだがね、赤が一番好きだったよ」
嘘だがな。あんなくだらない番組なぞ一度として見たことが無い。
「子供は赤が好きだが、君もそうだったとは意外だな」
「よく言われるよ」
私が好きなのは紫色だがね。
「実際にこの岩を一撃で砕いてみせるぜ。クレイジーダイヤモンドッ!」
仗助の体から飛び出したクレイジーダイヤモンドは、その拳を
「うわ!? こ、この破壊力、レミリアと同程度は間違いなくあるぜ!」
「まさか、ルーミアとの戦いはあれで手加減していたのか!?」
「なんてふざけたパワーなんだ!」
ここはこいつらに合わせて一芝居打つとしよう。私のキラークイーンでも全く同じことが出来るのだから、驚き様がない。しかしあの新聞記者、全く動じずに写真を撮り続けるとは、かなり肝がすわっているらしいな。さすがは新聞記者といったところか。
「私達妖怪は里の人間が全てだと考えていましたが……どうやら考えを改める必要があるみたいですね。外の世界にはこんな能力を持った人間がまだまだいるなんて」
「妖怪っつーのがどんだけ強いのか知らねーがよォ、スタンド使いの中には条件次第でどんな相手だろうと一方的に倒せるようなのがゴロゴロいるからなぁ。犯罪者のスタンド使いってーのもいるし、警戒しとくのが得策だろーなぁ」
東方仗助の発言は実に的を得ているな。例えば虹村億泰のザ・ハンドの能力を知らない者は、その恐ろしさに気がつくことも無く死ぬだろう。そしてストレイ・キャットの空気弾もな。スタンド使いの戦いでは、常に強い方が勝つとは限らない。策と機転でどんな差だろうとひっくり返せる、それがスタンドなのだ。
「ところで、その変な髪型についても記事にしてもいいでしょうか?」
「ば、文、君は何てことを……!」
「あ゛あ゛ん!?」
何だ、東方仗助のヤツ、急に怒り出したぞ。まさか髪型を変と言ったから怒っているのか? 私には到底理解が出来ないが、誰しも触れてはならない物があるものだ。それが東方仗助の場合は髪型だった……それだけのことだろう。彼女は可哀想だが、
「テメエ、今この俺の髪のことなんつった!? この俺の髪型が……“かりんとう”みてーだとォォーッ!?」
「言ってないです!」
「いいや確かに聞いたぞコラ! この俺の両耳でよォーッ!」
クレイジーダイヤモンドのパンチを新聞記者はどうやってか紙一重で避ける。その表情に余裕は無く、あと少しでも遅れていたなら間違いなく顔面に直撃していただろう。見えていないのになぜ避けられたのかは気になるところだが、すぐにクレイジーダイヤモンドの
「この俺の髪型にケチつけるヤツぁ、誰だろうと許さねぇ!」
「あやややや!? 別にあなたをけなした訳では……ぐっ」
よく避け続けられるものだ。妖怪は勘が優れているのか? ん? あの新聞記者、私に近づいて来るぞ。
「危ない浩作君! そこから逃げるんだ!」
「ドラァ!」
「うぐぁ……!」
な、なぜ私が殴られている!? この中で最も大人しかったこの私が、最も目立たなかったこの私が、最も普通だったこの私が! まさかこいつ、周りが見えていないのか!? まずい、逃げるんだ……ここから逃げるんだ!
「ドララララララァ!」
「はぐうぁぁー!」
「川尻!」
「浩作君!」
「あやや〜……」
【川尻 浩作 もとい 吉良 吉影 気絶】
「やっちまったー! 関係ねー人をぶん殴っちまった……! 早く治さねえと!」
「川尻の歯が全部抜けてるぜ!」
「浩作君、君はなんて不運なんだ……!」
「よく分かりませんが、とりあえず……記事にはしておきましょう」
【
射命丸文はスゴ味で避ける
次回、キラークイーン登場