吉良吉影はくじけない   作:暗殺 中毒

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けっこう書き溜めが出来たので公開します


吉良吉影は帰れない

(せみ)の鳴く、暑い夏の日のことだった。多くの者にとって変わらない日常が流れて行く。ふと、狐の尾を生やした少女が振り向いた。そこにあったのはいつもと変わらない景色。いつも通りの、何年も前から姿を変えない幻想郷。一陣の風が吹いた。身も心も凍りつく様な、生暖かい風だった。

 

何が起ころうとしているのか、少女にはそれを知る術は無い。ただ、何かが変わった。変わってしまった。果たしてどれだけの者が変化に気づいたのか、気づいたのは少女だけなのか。多くの者にとって、今日もまた変わらない日常が流れて行く。

 

 

 

「魔理沙くん……君は、何をやっているんだい?」

「何って、川尻の顔を見てるだけだぜ」

 

だけ? だけだと? こいつは常識という物が無いのかッ!? 他人の顔を凝視するんじゃあない! なぜ寝起き早々にガキの顔のドアップなど拝まなければならんのだ! これなら、手首の夢を見ていた方が幸福だったのに……

 

「朝食はもうできてるから、冷めない内に食べてくれ。今日は人間の里に行くからな」

「ああ、分かったよ」

 

人間の里か……わざわざ人間のとついている辺りが気になるが、気にしないことにしておこう。これ以上ここの無駄な知識を増やすよりも、杜王町に帰る方が重要だ。

 

「ず、ずいぶんと豪華だね」

「だろ? 森の中で採って来たばかりの新鮮なキノコを使ったんだ。好きなだけ食べてくれ」

 

このガキ正気か!? なぜキノコ料理だけなのだ! 他にも食材はいくらでもあるだろうッ! クソッ精進料理を食べている気分だ。

 

「美味しいじゃあないか。キノコそれぞれにも異なる味付けがしてあって、食べる人を飽きさせない」

「キノコを調理させたら私の右に出る者はいないぜ」

 

確かに味は悪くない。しかし何とも奇妙な気分だ。それに何だか胸が締め付けられる様な感覚がするぞ。

 

「ありがとう、とても美味しかったよ」

「どういたしまして」

 

さて、早い内にその里とやらに移動しておくとするか。そこからなら杜王町に帰る方法が分かるかもしれん。このガキに聞くのは……やめておこう。まともな答えが返ってくるとは思えんからな。

 

「さて魔理沙くん、早い内に行くとしよう」

「私も今同じことを言おうと思ってたとこだ」

 

今回ばかりは意見が合ったな。また、あのクソッタレな森を抜けなければならないと考えると気が滅入るが……ハンカチで口元を押さえておけばマシになるかもな。

 

「ところで魔理沙くん、君はなぜこの森に一人で住んでいるんだい?」

「昨日この森のキノコの胞子は有害だって話しただろ? その胞子は魔法使いの魔力を高めてくれるんだぜ」

「なるほど、君にとって素晴らしい環境ってわけか」

「その通り!」

 

こんな暗くて湿っぽい場所に住むのは愚かだと思っていたが、認識を改める必要があるようだな。ま、理由も無くこんな辺鄙(へんぴ)な場所に住むバカはいないか。当たり前だがな。

 

やはりハンカチで押さえれば昨日程体調は崩れない。なぜ昨日の私はこんな簡単なことにも気がつかなかったのだ。こう言っちゃ世話ないが、自分で自分が恨めしいよ。もっと早く気づいていれば、無駄に時間をかけることも、このガキに支えられるなんて生きっ恥もかかなくて済んだのに。

 

ん? 見間違いか? 今、ラーメン屋があった気がしたが……

 

「今ラーメン屋があった気がしたんだが……」

「幻覚じゃないか? この森に充満してる胞子のほとんどに幻覚作用があるし、さっき食べたキノコにもあるしな」

「ナニィ!?」

 

このガキ、今なんと言った!? 私の食べたキノコに、幻覚作用だとッ!? やはりこのガキ、私にとって害だったッ!

 

「あ、安心してだいじょぶだぜ。幻覚が見える以外は普通のキノコだからな」

「幻覚作用があるキノコは、普通とは言わないんだよ」

「そうなのか?」

 

こらえろ、こらえるんだ吉良吉影……ここでこのガキを殺してしまうのは賢い行いではない。何より昨日の紅白、見た限り魔理沙の友人だろう。魔理沙が消えて真っ先に疑われるのは他でもない、この私だ。

 

ここで魔理沙を殺すメリットよりもデメリットの方が多い、一時の衝動に身を任せるな……

 

「これからは毒キノコを人に食べさせちゃあいけないよ」

「川尻、今話しかけてるのはキノコだぜ」

「ハ!? 私はいったい何を?」

 

私はなぜキノコに話しかけているのだ? いくら白黒だったからとはいえ、人とキノコを見間違えるなど奇妙だ。いや、待てよ……声は私の背後から聞こえて来た。それは確かだ。なら、私の隣にいるこいつは誰だ……?

 

「魔理沙くん、君は今どこにいるんだい?」

「? 川尻の後ろだけど」

「なら、私の隣のこいつは何だ?」

「それはカブト虫だぜ」

 

カブト虫? あの甲虫のか? この吉良吉影がカブト虫と魔理沙を見間違えたというのか? 本来ならそんなことはありえない、つまり!

 

「幻覚攻撃か!」

「キノコの副作用だろ」

「副作用、なるほどそういうことか。まったく、人を焦らせるのが上手いな君は」

「……だからそれはキノコだぜ」

 

なんだ、突然……目の前が真っ暗に……あれは、早人と、岸部露伴か。ふふふ、あの漫画家、わざわざ自分でバイツァ・ダストを作動させたぞ。自分がなぜ死んで行くのかすらも理解出来ていない。清々(すがすが)しい、実に清々しいいい気分だ……

 

「フハハハハ、バイツァ・ダストは無敵だぁ。私は絶対の平穏を手に入れたのだ」

「川尻!? ヤ、ヤバイぜ、まさかこんな重症になるなんて……家から薬を取って来るには遠いし、人里も遠いし、どうすれば……そうだ、アリスの家ならここから近い!」

「私は星を見るぞ、夜空に輝く星の様に静かな幸福を……」

「川尻! しっかりしてくれ! 重いぜ!」

 

 

 

ここは、どこだ……? 気を失っていたようだが……やけに人形だらけだな。それもほぼ同じ物だ。流石に魔理沙の家程散らかってはいないが、それでも見ていて気持ちいい物ではない。どこの誰かは知らんが、物はキチッとしまえ。壁に絵画をキチッと掛ける様にな。

 

話し声が聞こえる。外からか。それにこの声は、魔理沙らしいな。相手はこの家の主人か? こんな不気味な家の主人だ、どうせまともなヤツではないだろう。そんなことを考えながら、私は玄関から外へと出る。

 

「川尻、気がついたのか! 心配したぜ!」

「ああ、おかげさまでね。ん? 彼女は……」

「紹介するぜ、あそこにいるのがアリスだ。ちょっと無口でムカつくとこもあるけど悪いヤツじゃないぞ」

「あなたも大概ムカつくわよ。よろしく」

 

アリスか。名前からして日本人じゃあないが、なぜこいつはここに住んでいるのだ? まさか国外から遠路はるばるやって来たって訳じゃあないだろう。ふむ、青いロングドレスに赤いカチューシャか。身だしなみには気を使っているらしいな。ん!? この手は……!

 

「う、美しい……!」

 

なんて美しい手首だ! 細くなめらかな指、傷一つ無い透き通る様な肌! 今まで私が殺して来た女性のどんな手首よりも美しい! まるでレオナルド・ダヴィンチのモナリザ、ピーテル・パウル・ルーベンスのシュザンヌ・フールマンッ!

 

ああ、素晴らしい、許されるなら今この場で切り取り彼女にしてしまいたい……ふふふ、思わず、勃起……してしまうところだった。

 

「褒めてもらえるのは嬉しいけど、あまり見つめられると居心地が悪いわね」

「これは失礼、思わず見ほれてしまったよ。私の名前は川尻 浩作。君がここの家主かい?」

「ええ。魔理沙があなたを引っ張って来た時は何事かと思ったけど」

「何かお礼をしたいが、生憎(あいにく)持ち合わせが少なくてね。満足してくれるといいんだが」

「お金なら結構よ。代わりに、そこでふてくされてるのをどうにかしてくれる?」

 

アリスが指差した方を見れば、魔理沙が少し不機嫌そうにしながらこちらを見ていた。彼女の手首に夢中になるあまり話を振ってやらなかったからか? しかし友人の変化にすぐ気づき気遣ってやるその姿勢、ますます気に入ったぞ……爪が伸びて来たな。

 

「目が覚めてすぐにアリスを口説くなんて、心配して損したぜ」

「そう言われてしまうと、返す言葉が見つからないな」

 

不意に視界の端で何かが動いた。これは、人形? 人形がひとりでに動き、紅茶を注いでいるだと?

 

「私の見間違いでなければ、人形が勝手に動いている様に見えるんだが」

「勝手に、ではないわ。私が動かしてるの」

「おいおい、君は本から手を離していないじゃあないか」

「川尻、あれはアリスの魔法で動かしてるんだ。昨日も私が飛んでるところを見ただろ?」

「なるほど魔法か……便利な物だ」

 

スタンドよりも汎用(はんよう)性が高そうだ。まあ、スタンドに比べれば攻撃能力において数段劣るだろうがね。少なくとも、私が見て来た魔法ではキラークイーンのパワーに敵う物など無かったからな。

 

「そうだアリスくん、私は杜王町から来たんだが、帰り方を知らないかね? M県S市への行き方でもいいが」

「杜王町? 聞いたことも無いわ。外の世界に帰りたいなら、霊夢に相談するのがいいと思うけど」

 

霊夢……昨日私のことを魔理沙に押し付けたガキか。気乗りはしないが、まあ行ってみる価値はあるだろう。

 

「え、帰っちゃうのか?」

「私は杜王町を愛しているからね。それに、置いてきた妻と息子も心配だ」

「そうか……なら仕方ないな。霊夢は今頃掃除でもしてると思うぜ」

「ならすぐに出発するとしよう」

 

そう言って、私と魔理沙は森の中へ入って行く。どうにか、ハードな状況を乗り越えることご出来たようだ。爪の伸びが早い……あのままあそこに留まっていたら、抑え切れなくなっていたかもしれん。ただでさえ爪が伸びる時期だというのに……

 

「真面目だと思ってたから、川尻がスケコマシだなんて意外だったぜ。確かにアリスは人形みたいにキレイだけどな」

「あそこまで綺麗な女性は久しぶりでね……少し興奮してしまったよ」

 

まただ、また頭痛がする。やはりハンカチでは完全に(さえぎ)ることは不可能らしいな。魔理沙がなぜ平気なのかは分からんが、私が納得出来る様な答えは無いだろう。魔理沙は帽子は被り直すと、先程よりも早足に歩き始めた。

 

 

 

神社の石階段を登り終えると、紅白と二人の少女が話をしていた。雰囲気からして、他愛もない世間話……という訳じゃあないらしいな。

 

「げ、(ゆかり)……」

「知り合いかい?」

「なるべく会いたくないタイプのな……」

「魔理沙、あんたまで来たの? それに昨日の外来人も一緒ね」

 

紅白が何か言っているが、そんなことはどうでもいい。狐の、尻尾だと……? まだキノコの毒が残っていたか? いや、この質感、毛並みは本物だ。なぜ少女に狐の尻尾が、それも九本も。

 

「あら、貴方が噂の外来人ね。ここに来たってことは外の世界に帰ろうとしてるみたいだけど、残念ながら今は無理なのよ」

「……何?」

「外の世界と(へだ)ててる結界が、何かの影響で歪んじゃったの。まるで最初から歪んでたみたいに。少なく見積もっても、修復には数週間かかるわよ」

 

少なく見積もって、数週間……? それまで、私はここにいなければならないと言うのか。冗談じゃあないぞッ! こんな訳の分からない場所にいられるか!

 

「他に、手段は無いのか?」

「無いわ。私一人ならどうにかなるけど、貴方もとなると、どうしても結界の修復が先になっちゃうわね」

 

私は、平穏に生きるんだ……私の愛する杜王町で、女性の綺麗な手首と一緒に! 激しい喜びも深い絶望も無い、植物の心の様な人生を……!

 

「魔理沙、この外来人様子が変よ」

「か、川尻? 爪なんか噛んでどうしたんだ? ちょ、ちょっと怖いぜ……」

「私は、小さい頃から爪を噛んでしまう悪い癖があってね。怖がらせてすまない」

 

落ち着くのだ吉良吉影。数週間だ、たった数週間。たったの数週間耐え抜けば杜王町に帰れるのだ。思い出せ、今までもっと酷い状況を切り抜けて来たのだ。運は常に、この吉良吉影に味方してくれている!

 

「お嬢さん。何か、私に言いたいことでも?」

「いや、ただ……猫っぽい顔だなと思ってね」

 

嘘だな。私の目を(あざむ)けると思うな小娘。そう言う貴様こそ狐の様だ。狐の尻尾が生えているところから、顔立ちまでな。ふむ……魔理沙は紫と言っていたが、まるでどちらか分からんな。こっちの縁起の悪い笑顔を浮かべている方か? しかしここの住人は皆金髪なのか? 魔理沙にアリス、それにこの二人。四人も金髪だぞ。黒髪など紅白だけではないか。

 

「自己紹介しておこう。私の名前は川尻 浩作。君達の名前を聞かせてもらえるかな?」

「私は八雲(やくも) (ゆかり)。こっちは式神の(らん)よ」

 

魔法使いの次は式神と来たか。何だか、新しく出会う度に私の望む平穏な生活から離れて行ってる気がするよ。

 

「どうやら、帰ることは出来ないらしいからな。魔理沙くん、最初の予定通り人里に向かうとしようか」

「分かったぜ、川尻」

「……私は飛べないが」

「私の後ろに乗れば解決じゃないか」

 

この箒、どこからどう見ても一人乗るので精一杯といった感じだが……本当に大丈夫なのか? 少女ならまだしも成人の男が乗るには少し厳しいんじゃあないかな。クソッさあ乗れよと言わんばかりに箒を叩くんじゃあない!

 

「分かった、乗るよ」

「しっかり掴まってろよ! 里まで飛ばすぜ!」

「うお!? は、速い! 少しは加減という物を考えたまえ!」

 

速い、速すぎる! さてはこいつ、制限速度40キロの道を60キロで走るタイプかッ! なぜそう先へ急ぐのだ! 急ぐということは自らストレスを与えるということ! それがなぜ分からないッ!

 

 

 

「紫様、あの男は……」

「藍。手出しするのはやめておきなさい。それと霊夢も」

「言われなくてもしないわよ」

 

後に残された三人の少女は、彼らの消えて行った空を(なが)めていた。それぞれが彼に持つ感情は敵意、好奇心、無関心……三者三様だが、共通している物がある。それは、迂闊(うかつ)に刺激してはならないということ。

 

「紫、あんたが手出しするなって言うなんてよっぽどみたいね」

「なぜ、外の世界では妖怪ではなく人間が幅をきかせているのか、知ってるかしら。それは人間が弱いから。弱い者がその弱さを攻撃に向けた時、それが最も危険なの」

 

二人の返答を待たず、紫は(しゃべ)り続ける。外の世界のことなど、それもなぜ人間が支配者の様に振舞っているかなど二人は考えたこともなかった。

 

「藍、貴方には何度も言い聞かせたけど、自身の本質を見抜いている者が一番厄介なのよ。本質を見抜いているからこそ、確実な手段を取る。プライドに(こだわ)らない」

「とにかく、要注意人物ってことね」

 

彼はこの幻想郷の中で、小さな赤子の様な存在。その気になれば、簡単にひねり潰されてしまう。しかし彼にとって実力差など問題ではない。彼は逃げることも卑怯な手段も辞さない。正々堂々と戦うこともしない。それこそが彼の強さであり、自身の本質だと知っている。

 

「なんてね。緊張したかしら?」

「はぁ……まあそんなことだと思ったわ」

 

この場に普段通りの、気の抜けた雰囲気が戻る。二人のこわばっていた表情も元通りになり、いつも通りの風景が訪れた。たった一人を除いて。

 

「あんたの式神、まだ外来人が飛んでった方見てるわよ」

「あらあら」

 

狐の少女……藍の瞳には、明確な敵意が映っていた。




次回、あの不良高校生が登場!

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