「スイッチを押させるなァーッ!」
「いいや! 限界だッ! 押すね! 今だ!」
吉良が右手でスイッチを入れようとした瞬間、
「3freeze! 射程距離5メートルに到達しました!」
エコーズACT3がそう告げる。それを見た吉良は強い絶望を、怒りを感じながら叫ぶ。
「この……クソカスどもがァーッ!」
「スタープラチナ・ザ・ワールド!」
次の瞬間、吉良はスレッジハンマーで殴りつけられた様な痛みと共に宙を舞う。そして骨を砕かれた右手。スイッチを押せない。その現実が地に激突すると共に襲いかかる。そこにあったのは、怒りすら通り越した深い絶望、生きたいという執念。
「押して……やる……押して……やるぞ、バイツァ・ダストは……作動するんだ……」
スタンドは自我を持たない。それがスタンド使い共通の認識。しかしエコーズの様な例外も存在する。そう、例外も存在する。
「おい、止まれ、止まれー! そこに誰か倒れてるぞ!」
倒れ動けない吉良に救急車が近づく。誰もが轢かれると思った。承太郎や早人でさえ。だから仗助だけだった。キラークイーンが、起き上がったことに気づいたのは。
「吉良吉影ーッ!」
仗助はクレイジーダイヤモンドに自身を投げさせ、吉良に……キラークイーンに接近する。その光景はまるで吉良を救いに行ったかの様に写っただろう。
仗助と共に襲来したクレイジーダイヤモンドは拳を振りかざす。だがもう遅い。キラークイーンはスイッチを、押した。
気がつくとそこは、
「ここは、どこだというのだ……?」
私は森に入った記憶など無い、平穏を愛するこの私が自ら森に入るなど、逃げ込んだ敵を仕留める時だけだ。それにしても、杜王町に森などあっただろうか? とりあえずは、山の上に見える神社を目指すとしよう。そこに行けば人に会える筈だ。
ここは森の中の獣道か。もしかすると今目指している神社にこの森の管理者がいるかもしれない。この場所のことはそこで聞けばいいだろう。こんな場所にいて獣に襲われでもしたら大変だ、早く移動しなくては。
暫く道なりに進み神社を目指していた私は思わず空を見上げた。空は澄み渡り暖かい日差しが私を照らす。しかしそれは今の私にとって皮肉の様に感じられた。目測でも百段は優に超える石階段。登り切るまでどれだけかかるのか。
背に腹は変えられない。そう考えた私は石階段を登って行く。今時手すりすらないとは、いささか不親切なんじゃあないのかね? それともここは修行僧の為の施設だとでも言うのか?
足を止め上を見れば、石階段はまだ続いている。これだけ登らされると、流石に体力不足を実感してしまう。康一とかいうクソガキに私のシアーハートアタックを重くされた時以来だ。普段は車で移動していたからな、体力をつけなくっちゃあな。
少し息を切らしながらやっと登り終えると、紅白の少女と白黒の少女が立ち話をしている。ふむ、それ以外には人は見当たらないな。もしや留守にしているのか? 山奥の神社に少女二人だけとは考えがたいが、声をかけてみるとするか。
「お嬢さん達、すまないが、道に迷ってしまってね。ここは杜王町のどの辺りなのか教えてくれると嬉しいんだが」
「杜王町? ここは幻想郷。そしてここは幻想郷の結界を管理する役割を担う博麗神社。お賽銭箱はそこよ」
幻想郷? ここは杜王町ではないのか? 結界は仏教の専門用語と考えるとして、私はなぜここにいる?
「なあ霊夢、こいつ外来人じゃないか?」
「確かに言われてみれば、雰囲気も服装も違うわね。最初に他の地名を出す辺りもそれっぽいわ」
「すまないが、何の話かわからないな」
「単刀直入に言うと、ここはあなたの言う杜王町じゃないわ。外の世界で忘れられ幻想となった者達が住む幻想郷。妖怪や妖精、神や人間が共存する場所よ」
ああ、この子は現実と空想の区別がついていないのか。
「信じてないみたいだぜ」
「
「ところで君達以外に見当たらない様だが、留守番をしているのかい?」
「この神社の管理者は霊夢だぜ」
「何?」
この白黒……今、この紅白がここの管理者だと、そう言ったのか? そんなバカな、こんなガキに神社の管理など務まる筈がない!
「それにしても外来人がこんな場所まで来るなんて珍しいわ。そうだ魔理沙、あんたこの外来人の面倒見なさいよ。どうせ暇でしょ」
「暇じゃないぜ! これから紅魔館に本を借りに行ったりキノコを探したり忙しいんだ!」
「借りるって言ったってあんたの場合ほぼ強奪じゃない。キノコ探しなんかいつでも出来るでしょ」
「霊夢の方がよっぽど暇そうだぜ! さっきだってお茶飲みながらぼーっとしてただけじゃないか!」
責任のなすりつけ合いをするんじゃあない、見苦しい。これだからガキは嫌いだ。それにこの白黒は一々騒がなければ喋れないのか?
「私はいいのよ。お賽銭くれるなら考えてあげないこともないけど?」
「霊夢にあげるお賽銭なんて豚に真珠のネックレスをあげる様なもんだぜ!」
「何よそれ、私が豚だって言いたいのかしら」
「そこまでは言ってないぜ!」
「君達、元気がいいのは素晴らしいことだ。しかし私が言うのもなんだが、ここは平和的に解決すべきなんじゃあないかい」
「それもそうね……決闘よ!」
「負けないぜ!」
こ、こいつらッ! 人の話をまるで聞いちゃあいない! 決闘のどこが平和的な解決法だというのだ!クソガキどもは互いに距離を取り、決闘を開始する。次の瞬間、私は衝撃を受けた。
「いったい何が起きている!?」
私は思わずそう口にする。この二人はスタンドなど出していないにも関わらず、星型の光を放ち非常識な速さでお札を放ち、宙に浮き自在に飛び回っていた。スタンドが浮いているのは分かる、スタンドに持ち上げさせ浮かぶのも分かる。スタンド攻撃で光やお札を飛ばすのも分かる。だが、スタンドを出しもせずに軽々こなすだと!? まさかこいつら自身に特別な能力があるというのか!?
二人の攻撃はそれぞれ相殺されたようだが、流れ弾が私の方へ飛んで来たりしたらたまったもんじゃない。争いとは無益な行為だというのに!
流れ弾を身をひねって避け、二人から離れる。見ていていくつか分かったことがある。一つ、殺し合いではないこと。二つ、ルールが存在するらしいこと。三つ、紙らしき物を取り出した後は激しい攻撃をすること。しかし……
「スタンド使い以外にも能力者がいたとは……!」
スタンド使い、そして幽霊。他にも特殊な能力を持った人間がいたとしても不思議ではない。まさか平穏を愛するこの私が、こんなガキどもと出会ってしまうとはッ!
私が最後に記憶しているのはバイツァ・ダストを作動したこと。そして気がついたらあの森の中に立っていた。だとするなら、原因はバイツァ・ダストの筈だ。しかしバイツァ・ダストを解除したとしても杜王町に戻れるとは考えにくいッ! 私は、平穏に生きてみせるぞッ! この吉良吉影に乗り越えられなかったトラブルなど……一つだって、無いんだッ!
「ぐぇ」
暫くすると
「君、大丈夫かね?」
「だいじょぶだぜ……」
いや、疲れよりも負けたことによるショックの方が大きいって顔だな。まるで50メートル走で大差をつけられて敗北した様な、そんな顔をしている。
「これで決まりね。私は寝るから、その外来人のことは任せたわよ」
大して疲れた様子も無い紅白は、そう言うと神社の奥へと引っ込んで行った。何だか、随分と勝手なヤツだ。
「くっそ〜霊夢のやつ、いつか絶対に負かしてやるぜ!」
「彼女は……強いのかい?」
「強い部類なんじゃないか? そこら辺の妖怪なら毎日ぶっ飛ばしてるしな」
なるほど。私のキラークイーンに勝てるとは思えないが、注意はしておこう。自身の能力を過信し相手の力量を見誤るのは、何よりも恐ろしいことだ。上げた足で踏みつけるのは簡単だ。しかし足をとられるのも一瞬だ。
「一つ、聞きたいんだが。いいかね?」
「ん? 何だ?」
「君達はさっき空を飛んでいたが……」
「私は魔法使いだから飛べるのは当たり前なんだぜ! 霊夢が飛んでたのは、霊夢の能力が空を飛ぶ程度の能力だからなんだ」
……魔法使い? 空を飛ぶ程度の能力? 程度ということはそれ以外は能が無いということか? いや、強いならば他にも秀でた部分があると考えるのが妥当だろう。しかし魔法使いだと飛べるのは当たり前なのか?
確かにこの白黒の少女、黒い服に白いエプロンといかにもといった様相だな。手に持った竹箒や頭の帽子もそれらしい。先程の破壊力のある光や飛んでいたところを見るに、嘘というのは考えにくいか。そもそもスタンドという前例があるからな。ん? この白黒の手……
「……君、手が傷だらけじゃあないか」
「ああ、よく見てるんだな」
「君は綺麗な手をしている。自分の長所を自分で潰す必要は無いだろう? 自分を大事にするんだよ」
「善処するぜ」
ハッ……最近彼女がいなかったせいで、つい熱が入ってしまった。不審に思われていなければいいが。
「ところで、どこか泊まれる場所はあるかな? どうやらここは杜王町から離れた場所にあるみたいだし、案内をお願いしたいんだが」
「泊まれる場所? なら私の家はどうだ? この時間から探すと、確実に日暮れには間に合わないぜ」
この白黒、今、なんと言ったんだ? 私の……家だと? 他人を上げることに抵抗が無いのか? まさか他人を上げたとしても不安にならない様なヤツが一緒に生活しているのか? だとするなら家はそこそこの広さがある筈、ならば万が一にも衝動を抑えられなくなる心配は無い!
「本当かい? では、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「私の名前は
「私の名前は川尻 浩作だ。よろしく、魔理沙くん」
「こちらこそ、川尻」
なぜ、なぜ私はこのガキについて来てしまったのだ……! クソッ頭痛がする、それに吐き気もだ……
「だ、だいじょぶか川尻? この森のキノコの胞子は人間には害があるってことすっかり忘れてたぜ」
「だ、大丈夫だよ……それよりも、早くここを抜けようじゃあないか」
忘れてた? 忘れてたで済ませられるとでも思っているのかこのガキ! まさかこいつの家がこんな森の奥にあるとは、知っていたなら断ったものを! とにかく、ここに留まり続けることは危険だ。無理をしてでも早く抜け出さなくては。
「あとどれくらいあるんだい? 君のお家までは」
「もう少しだぜ。川尻、歩くの手伝うぜ」
「すまないね、魔理沙くん。若い頃はもっと元気があったんだが」
この私が……この吉良吉影がこんな子供に支えられるなど……ありえん……
「か、川尻? 着いたぜ?」
「ああ、魔理沙くん……着いたのか……少し、休ませてくれ」
「わかったぜ」
もう夕暮れ時か。まさかこの歳になって一日中歩き回る日が来るとはな、奇妙なこともあるものだ。ここは切り開かれているからか、だいぶ楽になって来たぞ。しかし問題はまだある。この西洋風の、いかにも魔女が住んでいるといった家……
「魔理沙くん、一つ尋ねたいんだが」
「なんだ? 川尻」
「あの霧雨魔法店というのが、君の家なのかい?」
「そうだぜ、いい家だろ」
「ああ、とても……オシャレだよ。家族は何人いるんだい?」
「? 私一人だぜ?」
「……一人暮らし、か。若いのに、しっかりしているんだね」
「褒めても何も出ないぜ」
一人暮らしだと!? 聞いていないぞ! しかも一階建てでリビング含め広さもせいぜい3部屋程度! 空き部屋があればいいが……隣で嬉しそうにするんじゃあないッ! お世辞がそんなに嬉しいか!
「ありがとう魔理沙くん、充分回復したよ」
「そうか、じゃあ入るぜ」
そう言って魔理沙は玄関扉を開ける。その先に広がっていたのは正に地獄。あちこちに積み上げられた本に用途の分からない道具が転がり、なぜか木や植物が生えている。何をどうすればこんな事になるのだッ!?
「右奥が私の部屋で、その手前が物置き部屋だ。私のコレクションが沢山あるんだぜ」
「……魔理沙くん。私はどこで寝ればいいのかね?」
「私の部屋に決まってるんだぜ」
「そうか……」
このリビングの有り様からして、期待はしないでおこう。願わくば綺麗に片付いていて欲しい。そんな私の思いは、扉を開けると共に崩れ落ちた。
「もう我慢ならん! こんな部屋で寝ていて居心地悪くないのか!?」
「え、え? 川尻?」
「例えるならばここはアマゾンの原生林、富士の樹海! 扉を開けておくだけでネズミが箱を見つけた猫の様に嬉々として入って来る様な場所で寝られるかッ!」
「ひ、ひどいぜ!」
「掃除の時間だ!」
掃除は数時間にも渡り、物に対して収納スペースが余りにも不足していた。本や道具は適当に物置き部屋に突っ込んでおいたが、あそこも酷い場所だった……まあ、一晩しか滞在しないからどうでもいいがね。
「疲れたぜ……」
「ワガママに付き合わせてしまってすまないね。お
とは言っても、どうやらこいつは出来合いの物は食べない性分らしい。ある調味料は味噌に塩、砂糖、酢、酒、醤油……まあ一通り
ん? こいつ、普段どうやって料理しているんだ? ガスコンロすら無いじゃあないか。まさか
「魔理沙くん、火はどうやって用意するんだい?」
「川尻は外来人なんだっけ……これを使うんだ」
魔理沙は帽子に手を突っ込むと、八角形の小さな道具を取り出した。金属で出来ているらしいが、見たことの無い素材だな。スイッチらしき物も無いが。
「これはミニ八卦炉って言って、山を焼き払うのにも煮込むのにも使える優れものなんだぜ」
「それは凄いな、こんな物がこの世にあるとは」
「私の宝物だ」
疑うのも面倒だ、ここは適当に話を合わせておくか。
「では早速料理を作ろうか」
魔理沙が火加減を強くし過ぎたりといったトラブルはあったが、ふう、やっと作り終えたな。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「ん……この料理けっこう美味しいな!」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
この吉良吉影が料理の腕で小娘に負ける訳が無い。しかしいい食い付きだ。料理人の心境というのは、こういう物なのかもな。
「驚いたぜ、まさかこんな料理が上手いなんて」
「単に私が長い間作っていただけのことさ。すまないが、今日はもう寝させてもらうとするよ。この歳にもなって年甲斐も無く歩き回ったからな」
「ああ、わかった。おやすみ川尻」
「おやすみ、魔理沙くん」
長いようで短い一日だった。しかし、何とか無事に終わることが出来た。明日からは杜王町に帰る手段を模索しなければ。
霧雨魔理沙は彼……川尻浩作について考えていた。一目見た時の印象は、少し地味な男、だった。しかし今は少し神経質な男へと、印象は変化している。これから先、彼女の中で彼への印象は更に変化していくだろう。なぜなら彼は、この幻想郷に住む者達とは全く異なる、多層的で多面的なねじれた精神構造をしているのだから。
彼はあまり口数は多くないが話題を振ればしっかりと話してくれ、物腰も柔らかくエリートの様な雰囲気をしている。凛々しい顔立ちに男らしい体格だ。女性からの視線は自然と好意的な物となる。その仮面の下に隠されたドス黒い思惑と本性、抑えられぬ本能。歪んだ心。しかし誰も、魔理沙も気づかない。
「明日は私の得意料理で驚かせてやる」
彼女は元々ひねくれ者だ。先程の料理も本当は自分より上手い彼に敗北感を感じていた。それに加えて不本意にも片付けまで強要させられている。そうでもしないと彼の寝るスペースが無かったのだから仕方ないが、それでも何かスッとする仕返しをしなければ気がおさまらない。
明日は人里に行くついでに森の中で苦しむ姿を鑑賞してやろうかと考えながら、星を見上げた。彼女は知らない。彼が48人もの
12月18日、最後の三人称視点の文章を少し書き直しました。