とある魔術の仮想世界   作:小仏トンネル

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第6話 現実世界

 

「か、上条ちゃん!」

 

 

慌ただしかった朝を送り、時刻は昼下がり。上条当麻の病室に入るなり彼の名を呼ぶその歳に似つかわしくない身長と愛くるしさを持つ彼女は、彼の通う学校で彼のクラスの担任の教師を務める月詠小萌である

 

 

「せ、先生!上条ちゃんは、上条ちゃんは大丈夫なのですか!?」

 

「今のところは命に別状はないね。ナーヴギアの電源接続の変更も上手くいったし、特に問題はないはずだけどね…もし仮に問題があるとすれば…やはりこのゲームそのものだろうね…」

 

 

そう語りながら今や1人の患者である上条を見るカエルのマスコットによく似た顔をしている医者は、この病院で度々上条を手当てし、世界最高峰の名医とも呼ばれる医者、通称『冥土帰し』である

 

 

「せ、先生、か、上条は…上条はちゃんと生きて帰ってくるんですよね?」

 

 

冥土帰しに上条の安否を心配そうに訪ねている彼女は、上条のクラスメートであり、そのクラスの学級委員を務める対カミジョー属性を持つ女、吹寄制理である

 

 

「………生きている状態でこの病院に来た以上、どんな手を使ってでも治す。というのが僕のスタンスなんだが…すまない、こればかりは断言出来そうにない。なにしろ治そうにも治せない。もはや完全に僕の専門外だ。それに前例がない…」

 

「そ、そんな……」

 

「・・・なんでや…なんでなんや上やん!!昨日はあんなに!あんなに嬉しそうに飛び跳ねて喜んでたやないか!それがなんで!こないなことになってしまったんや!」

 

 

彼とそれなりの交友を持つ青髪ピアスは上条の寝るベッドに自らの拳を打ち付け、自分の無念の意を込める。しかし、上条はその行為に行動はおろか、言葉すらも返すことは出来ない

 

 

「そ、そういえばシスターちゃんはどうしたのです?」

 

「…ああ、彼女なら先ほどまでずっとこの病室にいたんだが、何やら長身の赤い髪の神父と片足の布がなくなっているジーンズを履いた女性と共に部屋を出ていったのを見たナースがいたそうだよ」

 

「そ、そうですか…」

 

 

上条を真っ直ぐに見つめる月詠小萌の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうである。しかし、彼女はその涙をぐっとこらえ、上条の右手をそっと掴みこう告げる

 

 

「…上条ちゃんは、本当に世話が焼けるのです…でも、それでもやっぱり先生の可愛い可愛い生徒なのです。今回の遅刻は大目に見てあげますが、卒業式にはちゃんと戻ってくるのですよ?先生のこの涙は、卒業式まで取っておくのです。だから…ちゃんと元気に帰って来て下さいね…上条ちゃん…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「御坂さん!」

 

「白井さん!」

 

 

同じく冥土帰しの病院の一室のベッドで眠る御坂美琴の様子を見に来るセーラー服の少女が2人。頭にお花畑を咲かせる彼女の名は初春飾利、ロングヘアーの彼女の名は佐天涙子

 

 

「そ、それで白井さん!御坂さんの容態はどうなんですか!?無事なんですよね!?」

 

「・・・無事でいてくれるのなら…私だって朝からずっとこの病室にはおりませんわ」

 

「そ、それじゃあ御坂さんは!?」

 

「ええ、生きてこそいるものの、SAOの世界に囚われたまま、依然朝から何の変化もございませんわ…」

 

「そ、そんな…!!」

 

「な、なんとか!なんとかならないんですか白井さん!」

 

 

佐天が白井の肩を掴み現状打破の方法がないのか問いただす、しかし白井の身体はまるで魂が抜けたかのように動くことはない

 

 

「・・・お姉様がこうなってしまったのは私のせいですわ…昨晩、お姉様を私がきちんと止めていれば…っ!」

 

「そ、それは違いますよ白井さん!白井さんは何も悪くなんてありません!悪いのは…」

 

「それでも!今の私に出来ることなんて!こうして眠っているお姉様を眺めている事だけですわ!!」

 

「し、白井さん…」

 

「今までは…お姉様と共に多くの困難を乗り越えてきたというのに、今回はこうして指を咥えて見ている以外に何か出来ることはありませんの…?『風紀委員』の白井黒子として、お姉様を手助けすることも出来ませんの?」

 

 

握りしめた手の甲に涙を落としながら問いかける白井。しかし、美琴が返事をすることはない。その表情、その容姿は普段の天真爛漫な彼女そのものであるのに、そこに彼女としての意志はない

 

 

「すいません、御坂さん、白井さん。私は一旦ここで失礼します…」

 

「ぅえっ!?ちょ、ちょっと初春!?」

 

ガラガラッ!

 

 

初春は病室の戸を開けると真っ直ぐに飛び出して行く。そしてその背中を佐天が追いかける

 

 

「ちょっと初春!いくらなんでも帰るの早すぎじゃない!?もう少しぐらい御坂さんのお見舞いしようよ?白井さんも大分キテるみたいだし…」

 

「・・・すいません佐天さん、後のことはよろしくお願いします…私は私の場所で戦わなくちゃいけないんです!」

 

「へ?わ、私の場所で戦うって…」

 

「私だって風紀委員なんです!『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし!』私が今取るべき行動は私なりにSAOとナーヴギアを解析することです!そうすればいつかきっと!きっと助けられるはずなんです!御坂さんも!今の白井さんも…!」

 

「初春……」

 

「佐天さん、御坂さんと白井さんに伝えておいて下さい。『また4人でファミレス行きましょう!』って!」

 

「・・・うん!分かった!こっちは任せなさい!初春も頑張って!頼りにしてるからね!SAOのプログラムを丸裸にしてこい!目指せ茅場晶彦超え!」

 

「はい!風紀委員の初春飾利!行ってきます!」

 

 

そう言い残して初春は御坂美琴の病室を後にする、その足取りと顔つきからは確かな彼女の決意が感じられた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やだ!!!」

 

「仕方がないんだインデックス!こうなってしまった以上、君を学園都市に置いておく訳にはいかない!」

 

「やだ!やだったら嫌だ!とうまは絶対に帰ってくるんだよ!私はとうまが目を覚ますまでずっとここに居るんだよ!!」

 

 

場所は変わり、病院の屋上で魔術を扱う彼女らは各々の意見を交わす。咥えタバコを吸いながらインデックスを説得する赤髪の黒い神父は、イギリス清教の『必要悪の教会』所属の魔術師、ステイル=マグヌスである

 

 

「元々のあなたの首輪の『枷』である『幻想殺しの彼』があの状況におかれてしまっては、彼はあなたを守るという役目を果たせません、イギリス清教としてもこのままあなたを野放しにしておく訳にはいかないんです。分かってくださいインデックス…」

 

 

同じくインデックスに優しく諭すように声をかける、腰から人1人分の身長はあろうかという日本刀を下げる彼女は、イギリス清教の必要悪の教会所属の魔術師にして『天草式十字凄教』の女教皇、神裂火織

 

 

「どうして!どうしてなの!?とうまはあそこにいる!ちゃんと息だってしてる!その内絶対にひょっこり起きてくるに決まってるんだよ!!」

 

「そのいつかが分からないから私達はあなたの元へ来たんです!あなた自身も分かっているでしょう!自分がどういった存在でどういった組織から狙われるのかが!」

 

「そんなの関係ないんだよ!とうまなんかいなくても私は大丈夫なんだよ!それよりも、今は私がとうまの傍にいてとうまのことを守ってあげなくちゃいけな…!」

 

「自惚れるなっ!!!!!」

 

「ひっ!?……」

 

「す、ステイル……?」

 

「いつまでも聞き分けの悪い子供みたいなことを言わないでくれないか!?君はそれで良くても君の頭の中にある書庫はそうはいかないんだ!上条当麻の存在がなき今、君を外敵から守れるのは僕らイギリス清教なんだ!!君の魔導書の知識だけじゃ君は君自身の身を守れない!そんなことも分からないのか!?」

 

「…ふ、ふぐ…うぇ…ひっく…うわああああああぁぁぁ!!!」

 

 

あのインデックスには激甘のステイルのものとは思えない程の罵倒が終わると、インデックスは涙を堪えきれず、その場を走り去ってしまう

 

 

「あっ…!インデックス!」

 

「いいんだ神裂、今は監視だけにして彼女を1人にしてあげてくれ…」

 

「し、しかし…」

 

「いいんだ…まだイギリスに帰国するには日が残っている。ここで強引に連れて行くより、上条当麻に会うなり、今の上条当麻を見て現実を理解するなりした方がいい」

 

「・・・ですがステイル、それではあなたが…」

 

「僕のことは気にしなくていい。たとえ彼女にどれだけ嫌われようと、僕はこれから先も彼女を守り、彼女の為に生き、彼女の為に死ぬ」

 

「ステイル……」

 

「怨むぞ上条当麻……SAOだか何だか知らないが、そんなもので遊んでいる暇があるなら彼女にその笑顔の1つでも見せてやったらどうなんだ…その右手で彼女を救ったのは曲がりなりにも貴様だろう…!いつまでも寝ているつもりなら貴様の病室ごと骨まで燃やし尽くすぞ…ッ!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おい!アレイスター!一体どういつもりだ!?」

 

 

激昂する土御門元春が問い詰める相手は、「窓のないビル」の唯一の住民であり、弱アルカリ性の培養液に満たされた試験管に逆さまになって浮かび続ける「人間」。学園都市最高権力者にして学園都市統括理事長であり、かつての世界最高最強の魔術師、「アレイスター=クロウリー」

 

 

「ふむ、質問の意図を理解しかねるな。どういつもりだとはどういう意味を指しているのかね?」

 

「とぼけるな!SAOに上条当麻が囚われるなんて事態をお前が見過ごすはずがない!あの幻想殺しはお前の『計画』の要のはずだ!!」

 

「・・・ふむ、ここでちょっとした講義を行うとしようか。世界を作り出す、その世界そのものの運命を捻じ曲げ改変するという行為を行う上で、君はまず何を思い浮かべるかな?」

 

「・・・・・『魔神』」

 

「結構だ。そう、彼ら魔神は存在するだけで世界に多大なる影響を及ぼし、あっという間にソレを破壊することも、作り出すことも、世界の理そのものを捻じ曲げることも容易い。彼らの最低辺である『隻眼のオティヌス』でさえもそれは変わらない。むしろ彼女ほど世界の改変に特化した魔神は存在しないかのようにも見える。世界の改変という点のみで言えば『御使堕し』なんてものもソレに含まれるだろう」

 

「・・・それで貴様は今回、自分で必要なだけの仮想世界を作り出し、そこに意図的に介入すべき人物を誘い込み、SAOにログインさせたというのか」

 

「左様」

 

「・・・なんだか今日はよく喋るじゃないかアレイスター」

 

「ふふふ…なに、私は今までこういった余興には疎かったものでね。少しぐらい喋らせてもらっても君に損はないだろう?」

 

「ならばその余興の目的はなんだ?なぜせっかくの『計画』を一旦中断してまで彼らを仮想世界に送り込んだ?」

 

「中断?人聞きが悪いな。私は計画を中断したなんて一言も言ってないじゃないか」

 

「たかがゲームが貴様の計画の過程にあるとでも言うのか?勿体振らずに教えてもらおうか」

 

「やれやれ、そう結論を焦るな。そこは君の悪い癖だ。では講義の続きといこうか、君は『絶対能力進化計画』の為に『樹形図の設計者』が算出した『一方通行』への課題は何だったか覚えているかね?」

 

「・・・2万体の軍用クローン『妹達』の殺害」

 

「うむ、2万通りの戦場を用意し2万体の妹達を殺害することで『絶対能力者(レベル6)』への進化を達成する。実に遠回りな計画だ。省略可能な部分はいくらでもある」

 

「白々しいな、あの計画はそもそもの目的が違う。途中で計画が頓挫するとはお前だって分かっててやったことだろう」

 

「別に私はあの産物を生み出すことにはそこまでこだわってはいないさ、本来の目的である『虚数学区・五行機関』のデータの採取、『ヒューズ=カザキリ』のデータも全て手中に収めた。ならばもう既に用済みだ。私が求めているものはもっと別のものだ」

 

「別のものだと?」

 

「いつから仮想世界で得たものは仮想世界でしか扱えないと決めつけたんだい?いつから仮想世界では能力も魔術も使えないと決めつけたんだ?先ほども言っただろう?『数値とデータさえ入力してしまえば出来ないことはない』と」

 

「ま、まさか仮想世界で全て実現させる気か!?その為の『彼ら』だとでも言うつもりか!?」

 

「まぁ、私が彼らに与えたプレゼントはあくまでも『彼らの現状』であり、既存のものだけだがね。最も、そこから先の数式とデータを生み出すのは彼ら自身さ…」

 

「・・・気づかないことだってあるかもしれんぞ、それにその『能力』を使わずにSAOをクリアすれば…」

 

「いいや使うさ…彼らはいずれ自分本来の力を使わざるを得なくなるだろう。その為の『計画』。そしてその為の『アインクラッド』さ」

 

「・・・いいだろう、一先ずは泳がせておいてやる、それまで仮想の城で悦に浸ればいいぜ、アレイスター」

 

「・・・1つ講義の間違いを訂正して課題を出しておこう。君は先ほど『その為の彼らなのか』と聞いていたが、能力者はまだしもそもそも『幻想殺し』なんて代物がその世界に必ずしも必要だと思うかね?」

 

「・・・・・」

 

「・・・だんまりか、まぁいいだろう。これは元々課題のつもりだったのだからな。提出期限は特に定めないがね。さぁ、行くといい」

 

「・・・最後に1ついいか?」

 

「ほぉ、なんだね?」

 

「所詮はSAOもゲームだ。勝つ奴が勝つし負ける奴は負ける。お前の計画は一筋縄に遂行されるとは思わないでおくことだな」

 

「・・・くくくっ、返す刀で申し訳ないが、私の古い友人に『茅場晶彦』という者がいてね、彼はこのゲームを語る上でこんな言葉を残している」

 

 

〜これは『ゲーム』であっても『遊び』ではない〜

 


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