「・・・・・」パチッ…
目を覚ました上条当麻が辺りを見渡すと、そこは病室のベットの上だった。2年前はしょっちゅう世話になっていたカエルによく似た医者のいる病院の一室だと気付いた。ようやくあの世界から帰ってきたのだと実感し、深く息を吸い、空気の味を堪能し、深く息を吐いた
「・・・ンッ…」
ベットから上半身を起こして誰かを呼ぼうとするが、2年以上も現実で口を動かしていなかったせいか、喉が思うように鳴らせなかった
(あ、そうだ。ナースコール……)
ジャアアアアアアア……キュッ…
「?」
ナースコールのボタンに手を伸ばした上条の動きに静止をかけたのは静かな音だった。まだどこか遠く聞こえる上条当麻の耳に入って来たそれは、水の音と水道の蛇口を閉める音。そしてコツコツと誰かが足音を立てながらこちらに近づいてくるのが分かった
コッコッコッ……パリーーーン!!!
次の瞬間に聞こえたのは耳をつんざくような鋭い音。様々な彩の花が添えられた花瓶が割れた音だった。花弁がパラパラと床に落ち、割れた花瓶の破片が床に散らばり、その花瓶の中に入った水がとめどなく広がって床に歪な円を描いた
「かみ…じょう……?」
目の前にいたのは見覚えのある女の子だった。この2年間で少しばかり容姿が大人びているが、自分が通っていた高校の制服に身を包んだ、真っ直ぐな性格で、曲がった事が大嫌いな世話好きな女の子。その女の子の表情はまるで亡霊でも見ているかのようで、上条当麻はまだ上手く動かせない喉を唸らせ、絞り出すような声でその女の子の名を呼んだ
「ふき…よせ……?」
「ッ!?!?せっ、先生!!上条が!!上条当麻が目を……!!!」
割れた花瓶など構いもせず吹寄制理は上条当麻の病室を飛び出した。そして病院の廊下の方が少しばかり騒がしくなり始めた
(ははっ…まさかこっちの世界に帰って来てから最初に見る顔が吹寄の顔とはな…この2年でちょっと美人になったかな…まぁ当然ちゃ当然か…)
この2年以上ずっと寝たきりで少し遠く聞こえる上条当麻の耳には廊下の方の音はほとんど聞こえていなかったが、そこであることに気がついた
(・・・?ああそっか、なんで音がよく聞こえないのかと思ったら…確かに身体が鈍ってるのもあるんだろうけど『コレ』被ってたらそりゃ聞こえるわけないか……)
ガポッ…と上条当麻が頭に装着していたナーヴギアを外した。おかげで頭がいくらか軽くなり、聞こえる音も少し鮮明になった
(みんなも…今頃目を覚ましてんのかな……)
開いた病室の窓からカーテンを揺らしながら風が吹き込んだ。上条の顔を撫でたそれはどこか冷たい風で、今の季節が冬のだろうと予想するのはさほど難しい事ではなかった
「・・・ただいま」
窓の外一面にに広がる世界に向けて、上条当麻はそんな言葉を告げた