とある魔術の仮想世界   作:小仏トンネル

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第71話 願い

 

「?」

 

 

アレイスターは目の前の光景に疑問を抱いていた。上条当麻の右腕を落とした瞬間、彼の肩口から自分が求めた『何か』を引き出すことに成功したと思えば、まるで世界が静止画のように固まって何も動かなくなっていた

 

 

「・・・テメエが」

 

 

静止した世界の中で最初に動いたのは上条当麻の口だった。右腕を飛ばされHPも底を突いたはずの人間が明確な声を発していた

 

 

「どうして魔術をそこまで恨んでるのか深い理由は知らねえけどな…」

 

 

パァン!と、地に落ちた上条の右腕と剣が金色の光の粒になって弾けた。すると次の瞬間、光の粒が上条の肩口に集まっていき右腕が蘇り、その手の中に一本の剣が握られていた

 

 

「人の命があるこの世界を…まるで自分の所有物みたいに扱ってんじゃねぇよ…この世界で生きてきた俺たちの…みんなの生き様を…踏みにじってくれてんじゃねぇ!!!!!」

 

 

上条が横薙ぎに振るった剣が、彼の肩口から飛び出していた莫大な力を持つ「見えざる何か」をいとも簡単に切り裂くと、ポリゴンの欠片に変え粉々に四散させた

 

 

「!?『事象の上書き』か?いや…それだけでは……ないッ!?」

 

 

粉々になったポリゴンの欠片が上条の持つ剣を包み込むように集束し、黄金に光り始めた。その光はやがてエメラルドの剣を覆い、その色を変えるだけでなく、その形を、剣そのものの本質を変えていった

 

 

「まさかっ…まさかその剣はっ…!」

 

 

アレイスターはただ驚愕していた。眼前で起こる想像以上の現象に動揺するあまり、唇が震えていた

 

 

「『幻想殺し』…『竜王の顎』…『神浄の討魔』という存在概念の確立…!そして『剣』という『象徴武器』足り得る器…!!」

 

「まさかここで…あの『天叢雲剣』を再現したというのか!?!?」

 

 

上条の手に収まっている剣は、アレイスターが手に持っている大剣よりもずっと小さく、細い剣だった。かつてその身を人間界に落とされた和の神がその手で振るい、強大な魔物をその刀身に封じ込めた黄金に輝く神剣

 

 

「関係ねぇよ」

 

 

動揺を未だに隠しきれていないアレイスターに向けて、上条当麻は重く深く、短い言葉を告げた

 

 

「アンタからすりゃ『コイツ』はそんなご大層立派なモンに見えてんだろうけどな…重要なのはそんなんじゃねぇんだよ」

 

「なん…だと…?」

 

「コレを作り出したのは…そんな堅苦しい能書き提げたモンだけじゃねぇ…この世界で生きていたみんなが作り出したんだ…さっきまで俺が持ってた剣とまるで違う」

 

「この剣はな…『この世界に生きたみんなの意志』そのものなんだ!!!」

 

「!!!!!」

 

「だからテメエには絶対に負けねぇ…1人よがりの『願い』でこの世界を作ったテメエなんかに…この世界を生きてきた俺たち10000人の『願い』が負けるハズがねぇだろうが!!!!!」

 

「こ、この…このクソガキがあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

怒り狂ったような絶叫と共に、アレイスターの持つ大剣クレイモアが上条目掛けて振り下ろされた

 

 

「衝撃の杖ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

 

 

先に上条の右腕を吹き飛ばしたクレイモアの威力は1000倍。曰く、その10倍。この大剣の持つ威力は10000倍にまで増幅していた。しかし…

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

 

バキイイイイイィィィィン!!!!!

 

 

上条の咆哮と共に振るわれた天叢雲剣がクレイモアの刀身を真っ二つに叩き切った。10000倍の力を持つ剣を10000人の願いを持つ剣が上回った

 

 

「ッ!?そ、そんなハズが…そんなハズがあってたまるかあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ガランッ!ガランガランッ!

 

 

アレイスターは折れたクレイモアを投げ捨て、左手に持つ衝撃の杖を乱雑に地面に叩きつけた。手持ち無沙汰になった両手で自分の怒りのままに自らの頭を掻きむしった

 

 

「システムコマンド!対象のIDをオールデリート!!!!」

 

 

アレイスターがGM権限を行使しSAOのシステムに命令を下した。すると上条当麻の足元に宇宙空間で発生するブラックホールのような巨大な穴が出現し、上条の身体を吸い込み始めた

 

 

ゴオオオオオォォォォォ!!!

 

「消えろおおおぉぉぉ!!!上条当麻ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「・・・効かねぇよ、こんなもん」

 

 

短い宣告の後に、上条は天叢雲剣を逆手に握りそのまま足下のブラックホールに一直線に突き刺した。するとバキバキバキバキィ!!という音を立てながら足下のブラックホールは粉々に消えてなくなった

 

 

「なっ!?この世界のシステムの力さえも上回っただと!?あり得ない!一体何をどうやって…!?」

 

「どうした?もう打つ手なしか?」

 

ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…

 

 

上条は逆手に持った黄金の剣を持ち直すと、ゆっくりと一歩一歩を踏みしめながらアレイスターに近づいていった

 

 

「シッ…システムコマンド!IDアレイスター=クロウリーを強制ログアウt…!」

 

「逃げるなよ」

 

「ッ!!!」

 

 

上条当麻の放った一言は、まるでナイフのように鋭く、突き刺さる言葉だった

 

 

「テメエだけがやりたい放題やって、ピンチになったら逃げようなんて言ったってそうはいかねぇんだよ」

 

「あ、ああ……」

 

(考えろ…あの天叢雲剣をどうにかするにはどうすればいい…!システムの力すら上回るアレをどうやって…!)

 

 

アレイスターは後ずさりしていた。衝撃の杖による10000倍の魔術を打ち消し、システム的な力をも打ち消した上条当麻に純粋な恐怖を抱いていた

 

 

「目障りなんだよ…どいつもこいつもヒーロー面しやがって…私にはもうないんだよ…帰る場所も…守りたい場所も…生きる理由も…たった今君がぶち壊そうとしてるじゃないか…」

 

 

アレイスターの声は震えていた。アレイスターはエイワスとは違いどこまで魔術を極めても、どこまでいっても正真正銘ただの「人間」。自分の失敗を目の前にして、上条当麻を目の前にして、自分の後悔の念を振り絞るさまは、誰よりも人間味に溢れていた

 

 

「私にだってあったさ!!守りたいものも!場所も!人も!理由も!何故なんだ!?私にだって『選ばれる素質』なんて幾らでもあったはずだ!!なぜ…なぜ『幻想殺し』は君を選んだ!?なぜ君はそこまで真っ直ぐな『ヒーロー』になれるんだ!?それだけ多くの物を持っているなら…少しぐらい…少しぐらい私にとって何よりも大切な『娘』を守る力ぐらい分けてくれたって良かったじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「大切な何かを守るのに右手もヒーローも素質も理由もヘッタクレもねぇだろうがっ!!!!!」

 

「!!!!!」

 

「自分で守りたいものがあるなら、そこにヒーローなんて必要ねぇ!幻想殺しなんて必要ねぇ!そこにお前の意志があればそれで十分なんだ!守ってくれた結果が全てじゃねぇよ…守ろうと思ってくれた、守ろうとして盾になってくれてたなら…もうお前の守ろうとしたヤツはきっと…」

 

「きっと救われてるんだ!!きっと世界のどこかで誰よりもお前の幸せを願って笑ってくれてるんだよ!!!」

 

「あ、ああ…ああああ…あああああぁぁぁぁぁ…!!!!!」

 

「それを今から教えてやる!証明してやる!ここにいる俺だけじゃねぇ…この世界にいる全員で協力してやる…もう一回やり直してこい!!!!!」

 

 

キュイイイイイィィィィィィ!!!!!

 

 

上条当麻が天叢雲剣を高く掲げた。黄金の輝きを持つ剣がさらに光り輝いた。そしてどこからともなく無数の光が剣を中心にして集まり始めた。それはまるで1つの光る星に、正しき世界を求める「人々の意志」という無数の星が集まりながら黄金の柱を成した

 

 

(力を借りるぜ…美琴、一方通行、麦野)

 

 

上条当麻が思い浮かべたのは、学園都市から訪れ、自分と共にこの世界で戦った仲間

 

 

(力を借りるぜ…クライン、エギル、アルゴ、シリカ、リズ、キバオウ、ヨルコさん、カインズさん、シュミットさん、グリムロックさん)

 

 

上条当麻が思い浮かべたのは、この世界で初めて知り合い、共に世界を生き、戦った仲間

 

 

(力を借りるぜ…ディアベル、クラディール、ヒースクリフ)

 

 

上条当麻が思い浮かべたのは、この世界で共に戦い、その命を燃やし尽くすまで戦った仲間

 

 

(敵とか味方とか!そんな小っせぇ事情なんざどうだっていい!確かにみんな、それぞれ思うことは違ってたはずだ!思い描く未来も道も違ってたはずだ!)

 

(だけど、今日ここでそれも終わりにする!『仮想の自分』はここで終わりだ!思い返せば色々あったさ…全部チャラになんて出来るほどヤワな世界じゃなかった!)

 

(だから!みんな現実に戻ったら飽きるほど語り明かそうぜ!日が沈むまでだって、日が昇るまでだっていい!楽しかったことも、嬉かったことも、悲しかったことも、この世界を生きたその全てに意味があるんだ!)

 

 

上条当麻は迷わなかった。この世界を終わらせることに。そう決意すれば後は簡単だった。その両手で、どこまでも強く固く、その剣を握り直した

 

 

「だけどもし、こんな世界に意味なんてなかったなんて言うヤツがいるなら…例えソイツがどんな神様だったとしても…俺は立ち向かってやる…」

 

「いいぜ…この世界の全てが所詮…仮想の世界だって言うんなら…そんなふざけた幻想は…!!」

 

 

 

 

 

 

「この『剣』でぶち殺す!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

轟音と一筋の閃光を伴ってSAOの世界そのものとも言える最強の剣が放つ光の柱が宇宙空間を縦一文字に切り裂いた

 

 

「・・・フッ…」

 

 

あまりもの眩しさゆえ、剣を振った上条当麻自身も目を瞑ってしまい、アレイスターの最期を見ることは叶わなかった。しかし、光の中に消えてゆく彼の表情はどこか安心したように綻んでいた

 

 

《ゲームはクリアされました…ゲームはクリアされました…ゲームは……》

 

 

そして次第に薄れゆく光の中で聞こえてきたのは、この世界の終結を告げる機械的な音声だった

 

 


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