とある魔術の仮想世界   作:小仏トンネル

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第70話 幻想

 

「・・・ここ、は…?」

 

 

上条が目を開けると、辺りは先ほどまでいた宇宙ではなく不思議な空間が広がっていた。夕暮れに包まれる天空に、透明な分厚い水晶の床が浮いていてそこに二本の足で立っていた。その透明な床の下には夕焼けで赤く染まった雲海が広がっており、その雲一つ一つがゆっくりと流れていた

 

 

「なんか記憶が曖昧だな…確か俺はアレイスターの剣で右腕を切られて…それで…ってひょっとしてここが天国ってヤツか?まっ!まさか俺死んだってことのなのか!?」

 

 

上条は自分の身体中をペタペタと触り自分という存在の有無を確認した

 

 

「・・・実体はあるな…てか切られた右手もあるし…いやなきゃダメか?幽霊だって自分の身体ぐらい触れるもんか?ってか世間一般で言う幽霊のイメージってもんは足がなくて宙に浮いててもっとこう……」

 

「なかなかに絶景だな」

 

「・・・へ?」

 

 

いきなりどこかから話しかけられ、思わず素っ頓狂な声が出るが、そんなことは気にせず自分の周りを見渡すと、自分の右側の少し離れたところに、研究室で着るようや白衣を身に纏った男がいた

 

 

「・・・誰だ?お前」

 

「この姿での対面は初めてだったか…改めて自己紹介をしておこう。ヒースクリフ改め、本名『茅場晶彦』。そう言えば伝わるかな?上やん君…いや…上条当麻君」

 

「かや、ば…?アンタがヒースクリフの中の人か?」

 

「いかにも」

 

 

上条は自身を茅場だと名乗る男を神妙な面持ちでじっと見つめた

 

 

「・・・そうか…この世界の人たちはみんなアバターの顔が現実世界そのままなのにアンタは違うみたいだから全然分かんなかったぜ」

 

「私は現実世界での顔が大半の人間に知られているからな。そのままの顔でプレイしてしまうと正体が一目でバレてしまうのだよ。まぁ君は違ったようだがな」

 

「はははっ、正直なとこ上条さんはこの手のゲームの話題にゃ疎かったし、発売当初のニュースとかで一回ぐらいはアンタの顔も見てるんだろうけど、なにせ二年以上も前の話だ。逆に覚えてる方がスゲェってモンだろ?」

 

「そうか…そのゲームがまさかこんなことになろうとは、思いもしなかっただろうな…」

 

「・・・まぁな。でも、アンタは悪くねぇよ。ちょっとだけ自分の願望に純粋過ぎただけだ」

 

「・・・すまなかった」

 

「気にすんな。こんな不幸に巻き込まれるのは慣れてる」

 

「ふっ…一歩間違えば死に直結するこの世界を不幸の一言で片付けられるほど図太い人間も君くらいだろう」

 

「・・・で、だ。さっきやられちまったアンタがいるってことは、やっぱここは天国なのか?」

 

「下を見たまえ」

 

「・・・下?」

 

 

上条が視線を下に向けると、足場から遠く離れた空に何かが浮かんでいた。円錐形の先端を切り落としたような形をし、薄い層が無数に積み重なって全体を構成する、鋼鉄の城

 

 

「アレは…アインクラッドか?」

 

「全体の外観を見るのは初めてかな?そう、ここは天国ではない。しかしアインクラッドでも、SAOの世界でもない。君が先ほどまでアレイスターと戦っていた宇宙空間と似たようなもの…言うなればそれらと異なる世界ではあるものの、それらと同列に存在する『位相』だ」

 

「なるほどな…で、俺とお前はなんでここにいるんだ?」

 

「・・・この鋼鉄の城を…終わらせる時が来たようだ」

 

「・・・は?」

 

「大方の話はアレイスターに聞いたのだろう?」

 

「え?あ、ああ…一応な」

 

「君は偶然このゲームに…ひいてはこの世界に来たわけではない。この世界に来るべくして来た。いわばこの世界に君が来ることは最初から決まっていた。いわば運命のようなものだ」

 

「・・・ああ、そうみたいだな」

 

「私もアレイスターの『計画』には薄々勘づいていた。そして君の存在を知るに至った。アレイスターの計画に君は必要不可欠だからな」

 

「ああ」

 

「だからこそ、私はこの世界に1つ細工をしておいた。遠からず来るべきこの時の為にこの位相を作り出した。つまり、この空間は私と君だけの為のものだ」

 

「・・・ひょとしてアンタって『ソッチ系』か?」

 

「真面目な話だ。それと勘違いするな、私にも現実世界に恋人ぐらいはいる」

 

「いやだからそれはソッチの恋人…」

 

「真面目な話だと言ってるのが分からないのか君は」

 

「す、すんません」

 

「まぁいい、話を戻すとしよう。要するに君と私はゲームオーバーになる時にここを訪れるように設定されていたのさ」

 

「ゲームオーバー?ってことはやっぱ俺はアレイスターのあのデッカい剣で切られた時に…」

 

「だが、君の『中の存在』は新たな『別の物』として既に外で動いている。君というシステムの意志とは別にね」

 

「は、はぁ!?それじゃアレイスターの思う壺じゃねぇか!こうしちゃいられねぇ!早く俺をアインクラッドに戻してくれ!」

 

「慌てるな、この空間で過ごす1時間はアインクラッドの0.01秒にも満たない」

 

「へ?そ、そら便利なこって…」

 

「さて、ここからが本題だ」

 

「・・・・・」

 

「・・・いつだったか、君はこの世界でこんなことを言っていたな。『この世界での強さなんて単なる『幻想』だ。そんなものよりも、もっと大切なものがある』…と」

 

「ああ、覚えてる」

 

「本当にそう思っているのかい?この世界での強さなんて単なる『幻想』だと」

 

「・・・・・」

 

 

上条当麻は茅場の問いにすぐ答えることが出来なかった。少し下に俯くとアインクラッドがその視界に写った。すると苦虫を潰したような後味の悪い顔を浮かべ、思考を巡らせた

 

 

「どうかな?」

 

「・・・あん時は…」

 

 

上条は重りがのしかかったような口を開き、暗い表情で話し始めた

 

 

「シリカにその言葉を言った時は、本気でそう思ってた」

 

「・・・・・」

 

「でも、今は違う」

 

 

上条は俯いていた顔を上げ、その瞳に確かな光を宿し、真っ直ぐな言葉でそう言い放った。

 

 

「俺は今までずっと、この『右手』で戦って来た。この右手だけが強さだった。現実世界でも、このSAOの世界でもそれは変わらなかった」

 

「だから、知らず知らずの内にずっとそう思っちまってたんだ。でも、それは違った」

 

「・・・・・」

 

「ここは学園都市じゃない。能力を持つ人なんていない。異能の力を打ち消す能力を持ってる人なんていないんだよ」

 

「確かにこの世界の『強さ』は所詮数値のパラメータだ。現実世界には何も生かされない。だけど…この世界で生きる人にとっては、今いるこの世界で手にした強さも、立派なその人の強さなんだよ」

 

「だってそうだろ…そうじゃなきゃ、それはこの世界で生きてきたみんなの頑張りを否定することに他ならねぇじゃねぇか!!!」

 

「死んだら終わりのこの世界で、みんな強くあろうとしたんだ!だからここまで来たんだ!生きたいと思ったから、帰りたいと思う場所があったから、守りたいと思った物があるから強くあろうと思えたんだよ!!!」

 

「だったらそれは紛れもない『強さ』なんだ!理由なんてなんだっていいじゃねぇか!それは決して数字で語れるもんじゃない、その人だけの強さなんだ!!!!!」

 

「なぁそうだろ上条当麻…この世界の強さが幻想だって言うなら…その幻想はぶち殺すしかねぇだろ!!!」

 

「・・・そう思ってくれているなら、何よりだよ」

 

「・・・そうか」

 

「だが、その後の君の意見まで否定する気はないさ」

 

「?」

 

「覚えていないかね?君が『そんな物よりももっと大切なものがある』とその後に言った言葉を」

 

「・・・『人との繋がり』」

 

「そう。人との繋がりだけは、強さやパラメータでは測り切れない。私が言うのもなんだが、それはSAOも含めたオンラインゲームの醍醐味の1つであるが故に、人との繋がりというのも時に強さとなり得る」

 

「そしてそれは決して『幻想』ではないさ…君の幻想殺しでもきっと打ち消すことはできない、唯一無二の強さだろう」

 

「・・・・・」

 

「それを顕著に証明し、語っているのが、君が今まさに背負っている結果的に最後まで捨てきれなかったその剣ではないのかね?」

 

「・・・ははっ、そうかもな」

 

 

微笑を浮かべ、上条当麻は自分の背中の剣の柄に手を伸ばした。軽くその手になじませるように一度握ると、照れ臭そうにその腕を下ろした

 

 

「・・・行きたまえ、上条当麻。ヤツに…アレイスター=クロウリーにこの世界の強さを見せる時だ」

 

「ああ」

 

「あくまで当事者の1人として願う。この世界を…いや、現実世界やひいてはあらゆる位相の枠や法則を超越するこの世界の法則をさらに超える力を…見せてくれ」

 

「・・・ああ」

 

「さて、そろそろ君をタイムラグなしにアインクラッドに戻すことの出来る限界の時間のようだな」

 

「アンタは来ないのか?」

 

「ああ、すまないね。ここにいる私はあくまでも『茅場晶彦』という意識のエコー…『残像』だ。君があちらに戻った後、間も無く私という意識は、現実世界からも、この仮想世界からも残らず消える」

 

「・・・そうか」

 

「・・・さ、時間だ。いつの日かまた会おう。上条当麻君」

 

「ああ、またいつかな」

 

シャアアアアアァァァァァ………

 

 

上条当麻の身体がまばゆい黄金の光に包まれると、透明な水晶の床の上から浮かび上がり、淡い夕暮れの光と重なりながらその身体が全て消えていった

 

 

「・・・『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』…か……」

 

「私が空に浮かぶ鋼鉄の城の空想に取りつかれてからずっと…私はあこがれていたのかもしれないな…君たちのような…とびっきりのヒーローに…」

 

 

上条の姿を見送り、そう呟いた茅場晶彦の残像は、音もなく、まるで風に紛れるように、何も残さずに消えていった

 

 


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