「PoH様、少々お時間よろしいでしょうか?」
「ああ?いきなりどうした?クラディール」
時は5ヶ月ほど遡る。ここは第22層のとあるログハウス。一見すれば平和という言葉が他のどの場所よりも似合いそうな場所だが、何を隠そうここは殺人ギルド「ラフィンコフィン」の隠れアジトである。湖が一望でき、心地の良い風が共に吹くログハウスのバルコニーに麦野沈利とその部下、クラディールはいた
「・・・少しお話しでも致しませんか?紅茶をお淹れしますので」
「・・・ハッ、別に構わないけど、私の求める水準は結構高いわよ?付け加えると、今は紅茶の中でもレモンティーの気分ね」
「か、かしこまりました…直ちに」
クラディールは麦野の要望を聞くと順当に作業をこなしていきレモンティーを入れると、バルコニーのテーブルに置き、麦野が座っている向かいの座椅子に腰かけた
「・・・あら?アンタは何も飲まなくていいわけ?」
「元より私から持ちかけた話ですので。そのような畏れ多い事は出来ません」
「ほ〜〜ん…ま、いいけど」
麦野はレモンティーの注がれたティーカップを、普段の口調にはそぐわない程の上品な手つきでソーサーと共にティーカップを口元に運び、音を立てずにそっと一口飲んだ
「・・・へぇ〜…悪くはないわね」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「・・・で?どうした?血盟騎士団にスパイとして入り込む件か?私としてはこのギルドの中じゃ一番マトモに社会常識が備わってるアンタこそスパイとしては適任だと思ったんだけど」
「いえ、その件に関しては異存はございません。PoH様のご意向とあらば最後までやり遂げる所存でございます」
「はぁ?だったら何でよ?」
「・・・以前から疑問に思っていた事があるのです」
「勿体振らずに言ってみなさい」
「では、無礼を承知でお聞きしますが…」
クラディールは深く息を吐き、ゆっくりと一度だけ瞬きすると、その目で麦野を真っ直ぐに見つめ、その疑問を打ち明けた
「・・・PoH様は、現実世界では一体どのようなお人だったのでしょうか?」
「・・・・・・・・はぁ?」
余りにも突拍子もなく、予想外の疑問に学園都市の最先端の科学が誇る第4位の頭脳を持つ麦野沈利の頭の中では「?」マークが右往左往していた
「現実世界の事についてこのゲームの世界で聞くのはマナー違反だとは重々承知の上です。ですが、同じギルドにいる以上、どうしても気掛かりになってしまう部分があるのです」
「な、何を今さら……まぁいい、どうせ話し始めたんだから言ってみな」
「この殺人ギルドを結成して以降、ずっとこの集団を牽引し続けているPoH様の『本来の人柄』が知りたいのです」
「・・・私の本来の人柄…ねぇ…」
「はい」
麦野はティーカップとソーサーをテーブルに置き直すと、腕を組んだ後、片手を顎に当てて考え込むように唸った
「・・・まぁとりあえず、現実世界じゃ高校生やってたわ」
「んなっ!?こ、高校生!?」
クラディールは信じられないといった様子で瞳孔を開いて驚愕していた
「・・・テメエ今『高校生にしてはえらくババアだな』とか考えてなかっただろうな?」
「めっ!滅相もございません!私自身まさか高校生の下に仕えているとは思わなかったものですから!」
「テンメエェェェ!!クラディール!そりゃよーするに私の容姿が『とても高校生には見えなかった』って事言ってんのと同義だろうが!!」
「そっ!それは言葉の綾というものです!まさかここまで行動力があり、団体指揮を取るのが上手い人が高校生だとは思わないではありませんか!」
「はっ、どうだか。別にこのご時世、自分よりも年下のヤツが自分の上司なんてザラにあんだろうが。悪かったな年上に見える上司で」
「よっ、容姿に関しても良いではありませんか!まだまだお若いのですからこれからまた一段と魅力的になられるはずですから!!」
「うわぁ…テメエそういうロリコンみてぇな感性してたのかよ…正直ちょっと引いたわ。これからはあんまり話しかけんなよ?」
「そういう事でもなくてですね!!あーもうなんと申し上げれば…!!」
「ま、冗談はこの辺にしといて話を戻しましょか」
「冗談だったんですか!?タチが悪すぎます!仮にもここ殺人ギルドですよ!?」
「・・・つってもよぉ、なんで今更そんなこと聞いてんだ?なんで私のリアルの事を聞きてぇと?」
「・・・では、単刀直入に聞かせていただきます」
「ああ」
「PoH様はMMOをプレイなさったのはこのSAOが初めてでございますか?」
「・・・まぁな」
「では、こういったらオンラインゲームでキャラクターに身を宿すと人格が変わり、自分から進んで善人も然り、悪人を演じるような輩が多少なりとも存在する…という事実はご存知でしょうか?」
「別に聞いたこたぁねぇが、ここの連中を見てりゃ何となく分かるわよ。このギルドの全員が全員、現実でも殺人鬼やってるなんざそもそもありえないだろうしな。むしろここの連中もほとんどが現実じゃただの一般人だろ」
「おそらくはそうでしょうな…ですがだからこそ、私は気になるのです」
「・・・アタシの現実世界の人格はこのSAOの世界とは違って善人で、こっちの世界じゃ自分から進んで悪人を演じてるんじゃないか…ってか?」
「はい」
「・・・なら、テメエ的にはどう思ってるんだ?」
「どう思ってる…と言いますと?」
「テメエから見て私は自分から進んで悪人を演じてるか、または現実でも変わらず悪人やってるように見えるかって聞いてんのよ」
「・・・なるほど」
「返答次第によっては現実の私について教えてやってもいいわ」
「・・・私の見る目が確かならば…」
「・・・・・」
「PoH様は自分から進んで悪役を演じているようには見えません」
「・・・つまり、私は現実でも悪人だと思うってか……」
そのクラディールの言葉を聞くと、麦野は視線をティーカップのレモンティーが描く波紋に落とした。クラディールからは麦野のその表情の全ては見えないが、麦野の表情はどこか憂いに満ちているようで、それでいてどこか喜びに頬を緩めているようだった
「しかし……」
「あ?しかし?しかしなんだ?」
麦野はクラディールがまだ話を続けると分かると、ティーカップへと落としていた視線を上げ、クラディールの方へと視線を戻し、その麦野に向けてクラディールは告げた
「この世界でのPoH様の『悪』は『信念のある悪』だと思っております」
「信念のある悪…ねぇ…」
ハァ…とため息を吐いた麦野はクラディールに告げられた言葉を復唱しながら呟いた
「まぁ…そんなのはこの世界だけでの話…かもな…ったく…どこぞの第1位に感化されたのか…らしくねぇなぁ…」
「・・・えっ?すみませんPoH様、聞き取ることがませんでした。よろしければもう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あんまり乙女の独り言に口出すもんじゃないわよ。結婚できないわよそんなんだと」
「しっ、失礼しました」
「・・・話してやるわ」
「・・・はい?」
「私が現実世界じゃどんな人間だったか、どんな人生送ってきたのか…ってのをね。アンタなら話してやってもいいわ」
「ほっ!本当でございますか!?」
「ただし、これを聞くからには今回の任務を必ず完璧に遂行しろ。この話をしちまうと、メエを何で血盟騎士団に送り込むかも話さなくちゃならねぇ。テメエ自身の任務に関わる話なんだからよぉ〜く聞きなさい」
「はっ!ありがたき幸せ!」
すると麦野はレモンティーを全て飲み干し、自分の話を始めるための喉を潤した。麦野という1人の人間が自分という人格を他の誰かに打ち明けたのは、彼女が最も忌み嫌ったこの世界の部下が初めてだった