とある魔術の仮想世界   作:小仏トンネル

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第60話 神浄の討魔

 

「・・・1つ聞いてもいいか?」

 

「何かな?」

 

 

右手を見つめるのをやめると、上条当麻は真剣な面持ちでアレイスターと向き直り、自分の右手を目の前に突き出しその疑問を問うた

 

 

「俺の『コイツ』は一体なんだ?」

 

「・・・ふむ、どこから説明したら良いものかな…」

 

 

アレイスターが衝撃の杖を持つ手とは逆の左手を顎に当てて考え始めた

 

 

「『全ての男女は星である』」

 

 

そう言ってアレイスターは今自分達を取り囲んでいる宇宙の星々を見上げながら呟いた

 

 

「・・・それは元々お前の残した言葉だろ」

 

「おや、既に存じ上げてくれているとは光栄だな」

 

「詳しい意味は小萌先生も教えてなかったけどな」

 

「言ってしまえばこの世界に無駄はなく、全ての物事が絡み合って組み上げられている…ということを説明しているだけさ」

 

「・・・・・」

 

「そう…君の幻想殺しが、今ここで私の前にまた現れたようにね…」

 

「・・・『また』?」

 

「ソレは元々は私の持ち物だったのだよ」

 

「なっ!?」

 

「・・・『鏃は骨、矢羽は革、矢柄は蠟…それもまた、血肉が蠟と化した死蠟』……」

 

 

そう言うとアレイスターは杖を二度軽く突く。すると上条当麻の目の前にホログラムが現れる。それは『たった一本の矢』であった。しかし、それは矢というにはあまりにも異質で、矢先は本来の役目を放棄し、先端が歪な五つ又に分かれていた。まるで何かを掴もうとする掌のような矢だった

 

 

「『幻想殺し』。とある聖者の右手を素材に製造された究極の追儺霊装」

 

「!!!!!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、少年は思わず自分の右の掌へ目を落としていた

 

 

「その効果は、元は『召喚失敗の際に退却せぬ者を魔法陣の向こうへ追い返す』…という代物だ」

 

 

アレイスターがまた杖を突くとホログラムは一瞬で消え、歪な手の形をした矢は消え去った

 

 

「・・・コイツが…霊装…?」

 

 

上条当麻はそれと同じ「霊装」の名を称する物を何度か耳にし、時には目の当たりにしてきた。リドヴィアの「使徒十字」、そして魔術に関わる日々のきっかけとなった少女が身につけていた「歩く教会」。しかし、それらとは似ても似つかない。なぜなら、今その霊装はこうして自分の右手に宿っているからだ

 

 

「そう、前世の幻想殺しは私の持ち物だった。だがそれは次第に失われた。時代の流れと共にね……」

 

「・・・そりゃ嫌でも運命感じちまうわな…こんな運命の赤い糸でも打ち消しちまうようなモンにこうしてまた巡り会えるってんならなおさら…」

 

「だが、霊装なんて物は所詮は効果をもたらす形でしかない。幻想殺しにはそれを形づくらせる相応の意味とその役割が込められている」

 

「・・・意味と…役割?」

 

「幻想殺し…その正体は『この世に存在する全ての魔術師達の怯えと願いが集約したもの』だ」

 

「魔術を極めれば世界を思いのままに歪めることが出来る。一見すれば魅力的な話だ。だが、もしかしたらその世界を歪めた時に弊害が生じるかもしれない。そしてその時に元に戻そうとしても『元の世界』を思い出せなくなってしまうかもしれない」

 

「・・・・・」

 

「だがもしそこに、『魔術の影響』を受けない物があれば、例え世界が元の影も形もないほどに変貌していたとしても、ソレだけは元の姿を保ったままだ…だからソレを基準にして元の世界を思い出していくことが出来る」

 

「・・・それが『コイツ』か」

 

「そう…それが幻想殺し本来の役割。

『世界の基準点』とでも言うべき力…かな」

 

「世界の…基準点……」

 

「その役割はいつどんな時代も変わらなかった。幻想殺しが矢に宿った時でも、壁画に宿った時も、英傑達の武器として手に取られた時も、洞窟という形で試練として宿った時も、それが誰かの『右手』であった時でも」

 

「・・・・・」

 

「そう、今世の幻想殺しは君を『選んだ』んだよ。そこにただ役割として存在するのではなく、徐々に徐々に主観が歪んでしまったこの世界を救えると感じた…それをもってあらゆる魔術師の願いが君に集約した。君の『魂の輝き』に惹かれてね…」

 

「俺の…魂の輝き…?」

 

「その通りさ。『神浄の討魔』」

 

 

アレイスターはその指で空中に何かを書く。するとその指先でなぞった空間に火花がほとばしり、書かれた文字が形を作る。それは上条当麻の元へと浮遊していき、そこには自分の名前と同じ読み方であるのに全く違うある名が書かれていた

 

 

「神浄の討魔……」

 

「それが君の真名…魂の輝きであり、君の本質さ…」

 

 

アレイスターの言葉の終わりと共に、火花の文字がフッと消えた

 

 

「先ほども述べたが、既に自分で気づいているのだろう?自身の持つ能力の本質とも呼ぶべき『モノ』と『もう一つの能力』について…」

 

「・・・・・」

 

「十字の丘での一方通行との戦いの時には右腕をもぎ取られ、その肩口から噴出したその『莫大な力』を他の何でもない自らの『意志』でもって抑え込んだ」

 

「・・・あぁ、俺の中に幻想殺し以外の『何か』があるってのは確かに自覚はしてる。でも『ソレ』が一体何なのかは知らねぇ」

 

「・・・元々、君という存在は『十字教程度』の尺度で説明のいく代物ではない…」

 

「・・・俺の存在…?」

 

「・・・古来より…」

 

 

ほんの一瞬の沈黙を置き、語り始めるアレイスターの様子と口調が今までとは異なるものに変わる。妙に古めかしく己にとって疎遠な話のようで、しかしそれでいて何処か身近に思えてしまうような、そんな前置きの言葉から話し始めた

 

 

「神話とは、神々を中心とした話であり、その物語の舞台のほとんどが神々の住む『神界』をはじめとした位相の中で起こったものだ…」

 

「しかし、今日まで伝わる全ての神話の中でただ一度だけ、神界を含む全ての位相から我々の住む『人間の世界』に身を落とした文字通りの『神』が存在した」

 

「・・・・・」

 

「その神の名を…『素盞嗚尊』」

 

「・・・スサノオノミコト?」

 

「神話においてスサノオは一度人間界に落ちたものの、人間界での功績を認められ、もう一度神界へと戻った」

 

「・・・しかし、スサノオが人間界に一度落ちたことで、そこにスサノオの残留思念が残った。『神』という存在は無限の容量を持つ存在だ。本人が意図せずともただそこに『在る』だけで世界に多大な影響を残してしまう」

 

「そして永遠とも言える時の流れの中で、スサノオがこの世に残した思念はやがて『生まれ変わった』。そう、その魂を……」

 

 

「『神浄の討魔』として」

 

 

「!?!?!?」

 

「つまり、今の君の魂には紛れも無い神話の存在の『神』が宿っていると言っていい」

 

「は、はぁぁぁ!?」

 

 

上条当麻にとってはあまりにも突拍子のない話だった。自分が神と同義だと言われたのと同じだったからだ。まるでいきなり顔に水をぶちまけられたような気分だった

 

 

「そう…君はこの世界で唯一、その身に『神』を宿した存在なのだよ」

 

「じょ、冗談だろ…?」

 

「自分でもにわかには信じがたい話であろう?だが、それは紛れも無い真実であり、運命の歯車はこんなことでは止まりはしないのだよ」

 

「・・・・・」

 

「スサノオはこの人間界である偉業を成し遂げた。その身体を8つの竜頭に分けた自然の化身『八岐大蛇』をその手で討ち果たした」

 

「・・・日本神話だろ?何となくなら聞いたことある」

 

「そのヤマタノオロチとの戦いでスサノオが自身の武器として用いた剣は『十握の剣』の一振り…通称『天羽々斬』と呼ばれる霊装だった」

 

「・・・霊装…」

 

 

その言葉にまた上条は無意識に自分の右手に視線を落とす

 

 

「その名前こそ違えど、当時の『幻想殺し』はこの『天羽々斬』に宿っていた」

 

「!!!!!」

 

「その天羽々斬でスサノオはヤマタノオロチを討ち果たした。だが、天羽々斬に宿った幻想殺しがヤマタノオロチの尾に当たった瞬間に刃先がこぼれ、天羽々斬もまた壊れてしまった」

 

「こ、壊れた?霊装ってそんな簡単に壊れちまうもんだったか?」

 

「壊れたというよりも、その力の質が『変わった』という方がむしろ正しいな。天羽々斬の刃が通らなかったヤマタノオロチの尾をスサノオが調べたところ、そこからまた新たな剣…もとい霊装が現れた。その剣の名は…」

 

「・・・『天叢雲剣』」

 

「おや、既に名前を知っていたか…まぁ有名な神話だからな…その通りだ。その剣の名は『天叢雲剣』。天羽々斬に次ぐ新たな『幻想殺し』であり、その力の奥に新たな『もう一つの能力』を宿した究極の霊装」

 

「も、もう一つの能力…?」

 

「そう、幻想殺しの効力をそのままに『ヤマタノオロチそのもの』をその奥に封じ込めた新たな力の法則を持った幻想殺し。その新たな力の正体は至ってシンプルで分かりやすい」

 

「・・・・・」

 

「『異能の力』のみならずこの世の全て『森羅万象の力』を喰らい尽くす圧倒的な力…その姿形、力は世界の神話や伝承と同義…」

 

「・・・『アレ』か…」

 

 

 

 

「その名を『竜王の顎』…と、我々はその力をそう呼んでいる」

 

 

 

 

「・・・『竜王の顎』…」

 

 

そう呟いて上条当麻はその右手をまるで何かを掴むようにして握りしめた

 


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