一方通行の背中が弾ける。その直後、上条が見たのは一面を覆い尽くさんばかりの「闇」「漆黒」「悪」だった。一方通行の背中からはそれを象徴する一対の「黒い翼」が顕現しており、たちまち100メートル以上に膨れ上がり十字の丘の全てを闇に包んだ
(こ、この黒い翼も一方通行の能力なのか…!?それとも何か別の…だけどこれが異能の力だっつーならこの右手で…!)
「i h b f 殺 w q 」
バゴォオオオオオオオォォォォ!!!
一方通行の黒翼が振り下ろされる。どこまでも理不尽に何もかもを破壊し尽くす最凶の一撃。上条はそれを真正面から幻想殺しで受け止めるが、不幸なことに、一方通行の黒翼の中でも「最大の威力を誇る層」に当たってしまった
「ごぼぁっ!?ぶっはあああああああああああああああああぁぁぁぁ!?」
その翼は幻想殺しでも打ち消し切れないほどの威力をほこり、黒翼は上条のHPバーを赤ゾーンまで削る。幻想殺しで打ち消しておいてこれだ。常人がこれを受ければまさに「一撃必殺」であろう。そして、黒翼を真正面から受け止めた彼の幻想殺しは右腕ごと肩から弾け飛ばされ、血こそ吹き出さないもののその断面は赤く染まっていた
「………y j r p 殺 q w 」
もはやなんの意味を持つのかも理解できないノイズ混じりの言葉を一方通行が発する。全ての意思と行動を殺意に任せていた
「・・・・・」
上条当麻は無言でゆっくりとふらつきながら仰向けの状態から立ち上がった。「満身創痍」と表現するのだろうか。彼はその右手を肩の先から失い、抜け殻のような状態で立っていた
「 x b h d j 死 q w !」
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!
再び一方通行の黒翼が振るわれる。今度は叩きつけるのではなく横薙ぎ。爆風とその余波が巻き起こり、大地が抉られ弧を描いた
しかし、殺意は突然に終わりを告げた
「・・・・・?」
その瞬間、一方通行が抱いたのは疑問だった。薙ぎ払われるはずだった少年の体は消え去るどころか、傷一つ付いていなかった。気づけば自分の黒い翼が全て掻き消されていた。まるで、目の前の満身創痍の少年の断面から現れた見えざる右手に宿る『何か』に弾き飛ばされるように
ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっっ!!!!
「・・・なン、だ…?」
黒い翼が消えたことで一方通行の言語が普段のものに戻る。しかし、分からない。まるではっきりとしない。上条当麻の肩口に収束していく莫大な力の正体が、まるで見えない
「テメエの右手は落ちた!なのに…なのになンで!テメエはどうやってアレを打ち消したんだよォォォ!!?」
その疑問に、上条当麻の返答はなかった。ただ俯いていた。その姿に一方通行は怯えていた。自分の能力も、黒い翼も、もはや見劣りした。目の前の上条当麻に宿る莫大な「何か」の前では
(見えねェ…まるで見えねェが確かにある…コイツの…コイツの右手の奥には…俺の力なンざ比べ物になンねェほどの…透明な『何か』がある!!)
「ーーーーー、」
上条当麻が顔を上げる。それだけで一方通行は自分の額から冷や汗が滴ったのが分かった。生きた心地などもはや実感出来なかった
「………『テメエ』が」
上条当麻の口が動く
「『テメエ』がどこの誰かなんてしらねえ」
決して大声ではない。だが一方通行の耳の奥に突き刺さるような声だった。頬の動き、指先の動きという細かい動作まで見入ってしまっていた
「『テメエ』が何をやろうとしていたのかも知ったことじゃねえ」
上条当麻は目の前の一方通行を見ていなかった。彼が「何か」に対して語りかけている。一方通行はそれだけを感じ取った
「ただ」
その「何か」は上条当麻本人にしか分からないのかもしれない。とにかく彼はこう告げた
「………ここでは黙ってろ。こいつは俺が片付ける」
何よりも深く、重い一言だった。その瞬間、莫大な力を食い潰しながら彼の右手が戻り「何か」が押さえ込まれた。そして彼の表情に彼らしさが戻ってきた
(・・・戻した…のか?それともシステム的にただ勝手に腕が回復したただけか…?)
(あンだけの力があるのを自分で自覚しときながら…コイツは…それでも自分の右手に執着してンのか?)
「どうした?もう…終わりか…?」
「ッ!?!?」
そんな一言を上条が放つ。自分のHPバーはとっくに危険域に達しているのに、まるで自分はここで負けることはないかのように自信に満ちた口調だった
「なンッでだよ!?なンでテメエはそンだけの力を持っておいてわざわざそれを他人の為に使うンだよ!自分の為に使えばいいだろうが!なぜそうまでして他人に固執すんだよテメエはぁぁぁぁぁ!!」
「別に俺は他人の為だけに『コイツ』を使った覚えなんざねえよ」
「・・・はァ?」
「誰に教えられたでもなく、俺がそうしたいから、そう使ってるだけだ」
「………ゥルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
再び一方通行の背中が噴出し黒い翼が出る。しかし、弱い。勢いがまるでなく薄い。10メートルにも満たない小さな翼を上条に向けて振るった
バキイィィィン!!!
そして黒翼は打ち砕かれた。彼の右手の平が触れた瞬間に。今度は得体の知れない「何か」ではなく、正真正銘彼の右手によって
「テメエだって、誰かの為に力を使いたいと思えてるんなら…」
「もうその瞬間から、誰かの為に力を使えてんだよ」
ドゴオオオォォッ!!
言葉の終わりとともに、彼の右手が一方通行に突き刺さる。だが彼にもうそれだけの力は残っていなかったのか、はたまた手加減したのか、一方通行のHPは0になるほんの手前で止まった。そして、上条当麻はそのままうつ伏せで倒れ意識を手放した