とある魔術の仮想世界   作:小仏トンネル

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第13話 ヒースクリフ

 

「お願いします!1機だけ!1機だけでいいんです!それか話だけでも!どうかお願いします!お願いします!」

 

「あのねぇ!いい加減にしつこいよ君!早く帰りたまえ!」

 

 

この1人の警備員に必死に頭を下げる彼女、初春飾利は今、ナーヴギアとSAOを開発した大手企業である「ARGUS」の本社ビルの目の前に来ていた。彼女がARGUSを訪ねた理由は、解析の為にナーヴギアとSAOを譲ってほしいという願いを聞き入れてもらう為だったのだが、本社ビルに入って担当者に話を聞いてもらうことすらも叶わず、ビルの警備と口論になっていた

 

 

「風紀委員として救わなければいけない命が!救いたい命がいくつもあるんです!その為に協力して下さい!お願いします!お願いします!」

 

「風紀委員なんてたかだか学生の団体じゃないか!警備員ならまだしも、流石に君ら風紀委員には何も協力できないよ!」

 

「無理を承知なのは分かってます!必要とあればお金だっていくらでも払います!一機だけあれば十分なんです!お願いします!お願いします!」

 

 

驚くことなかれ、実は彼女はかれこれこうして1時間以上も警備に頭を下げ続けているのだ。すると警備も根負けしたのか、渋々といった感じで口を開こうとしていた

 

 

「はぁ〜〜、分かった分かった。じゃあここだけの話をしよう」

 

「ほ、本当ですか!?一体どんな話なんですか!?」

 

「ただし!本当にここだけの話だ!他言は一切無用!誰が君に話したのか聞かれても私だとは答えないこと!これを守れるのなら話そう」

 

「はい!約束します!」

 

「ふぅ…実はね、ここまでやらせてしまった君には大変気の毒な話なんだが…実は事件が起こったすぐ後に政府から規制が敷かれてね。もうこの会社に残ってたナーヴギアとSAOは全て設計図も含めて回収されてしまって、製造ラインも廃止されてしまったんだ。だからもうこの会社にはナーヴギアとSAOは一つも残ってないし、一つも作ることは出来ないんだよ…」

 

「そ、そんな…!」

 

「さっきも言ったが、警備員の人達も何度かこの会社に来てるんだ。だが君と違って会社内には通して担当者と話すんだが、それでもされる話は今君にしてる話と同じ。だから警備員の人もナーヴギアとSAOは入手出来ていないんだ」

 

「え!?警備員でもですか!?」

 

「ああ、それとこれは会社内の社員の友人から聞いた話なんだが、ここでは入手出来ないと分かった警備員がナーヴギアとSAOを回収した政府に直接掛け合ったそうなんだが、政府も決してナーヴギアとSAOを表には出そうとしないんだ。だから結局のところ警備員もナーヴギアとSAOは入手出来ていない。ナーヴギアとSAOを解析して事件の解決に当たってるのは政府の人間だけなんだ。何故かは知らないがね」

 

「そ、そう…ですか…」

 

「すまないね、力になれなくて。だが、君が救いたいと語る人達の命運を心より祈っているよ」

 

「いえ、こちらこそ長い時間申し訳ありませんでした。その話を聞けただけでもとてもありがたかったです…どうもありがとうございました。それでは…」

 

 

そう言って初春はARGUSを後にした。しかし表情は暗いままである。手にしたものは結局のところ情報のみ。しかもその情報は事態を好転させる情報というよりも、むしろさらに絶望へと突き落とされる情報だった。もはや自分には打つ手はないのではないかと初春は酷く肩を落とした

 

 

ピロリン♪

 

「…メール?佐天さんから…ああ、そうでした…ずっと学校以外で2人で会う機会が取れてないから久しぶりに2人でファミレスに行く約束をしてたんでしたね…『すいません、今から行きますね』っと…さて、行きましょうか」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「いらっしゃいませ!1名様でよろしいでしょうか?」

 

「いえ、待ち合わせです」

 

「かしこまりました!ごゆっくりどうぞ」

 

「あ!初春ー!こっちこっちー!」

 

「あ!佐天さん!」

 

 

ファミレスにてドリンクバーのみを注文し初春の到着を待つ彼女、佐天涙子は久しぶりに学校以外で会う彼女を見るやいなや手を振って自分の存在をアピールしていた

 

 

「いやー!初春とファミレスに来たのも久しぶりだね!」

 

「すいません、最近風紀委員の方でも忙しくって…」

 

「ううん!いいのいいの!しっかしもう11月だね〜。随分と寒くなったね〜、空気も乾燥してお肌に悪いよ〜」

 

「もう、佐天さんってばー。白井さんみたいなこと言わないで下さいよ」

 

「そう言えば白井さんは大丈夫なの?私はあの時から会ってないけど、風紀委員では会ってるんでしょ?」

 

「はい、確かに最初の頃はずっと気分が沈みっぱなしでしたけど、今じゃすっかり元の白井さんですよ。『お姉様がなき今、日頃お姉様が懲らしめていたスキルアウト達を私が取り締まらなければいけませんの!』って」

 

「あっはっは!初春の白井さんのモノマネ初めて見たけど似てる似てる!」

 

「そ、そうですかぁ?えへへへ///」

 

 

ファミレスで楽しく会話をする2人のようすは事件が起こる前のいつもの彼女たちそのものだった。しかし、やはりあの事件は楽しさで誤魔化して無視すべきものではない。今日の初春の行動の予定を知っていた佐天は初春の今日の首尾を知るために話題を切り出す

 

 

「それで初春、ARGUSに行ってナーヴギアとSAOは手に入ったの?」

 

「それが……」

 

 

佐天に今日の出来事を聞かれ、初春は佐天に対しても口外しないことを条件にARGUS本社の前で話をしてくれた警備員が語った今回の事件の後のARGUSの状態、政府の対応、警備員の現状についての情報を話した

 

 

「警備員でも事件の解決に関われないって…一体政府の人達は何を考えてるんだろ…」

 

「分かりません…どうやら製造ラインも止まっただけでなく、社内にあったナーヴギアとSAOの設計図とプログラミングデータも全て回収されたせいで、ARGUS社自体も事件解決には関われないみたいです…」

 

「・・・ますます謎は深まるばかりだね…」

 

「そうですね…どうやらこの事件はどうにも一筋縄ではいかないみたいです…実は私、もっと根本的に違う何かがこの事件には関わってる気がしてならないんです…」

 

「こ、根本的に違う何かって…?」

 

「具体的には分かりません…ですが、すごい違和感がするんです。なんと言うかこの事件、ナーヴギアとSAOを作った張本人である茅場さんらしくないんです…」

 

「え?初春って茅場さんと知り合いなの!?」

 

「い、いえいえ、知り合いではないんですが、純粋にプログラマーとして以前まで尊敬していて、彼の生い立ちや功績について色々調べて知っていたんです。でも、そこから見えてくる茅場さんの人間性と、今回の事件を起こした茅場さんの語り方って…なんと言うか別人のような感じがするんです」

 

「なるほど…でも、その茅場さんに関してもネットの情報が全てじゃないんだし、そこからだけじゃ茅場さんの全ての人柄なんて見えないんじゃないのかな?」

 

「ええ、確かにそれは自分でも分かっているんですが、それを抜きにしても、引っかかる事はまだあるんです」

 

「その引っかかることってどんなこと…?」

 

「やはり、この学園都市の政府の対応です。統括理事会なんて名前でしか聞いた事ありませんが、どうにも怪しすぎるんです」

 

「あ、怪しすぎるって…?」

 

「表側に出てる情報だけじゃ限界があると思って、佐天さんを見習って都市伝説とか、出回ってる噂について語られてるネットの掲示板をひたすら漁ったりもしてみたんです。でも、その情報もどれもおかしいんです」

 

「おかしいって…そもそもあーゆうネットの情報ってほとんどがマユツバものじゃない?」

 

「それ佐天さんが言っちゃうんですね…でも、おかしいって言うのはそう言う事じゃないんです。元から嘘が書かれてるとか、最初っから信じられない話を書いてるとかじゃなくて…」

 

「た、例えばどんな?」

 

「情報がどれも全て矛盾するように書き出されているんです。何か1つの情報が出ればその情報を打ち消すような話が出てきて、両方の言い分が両方を打ち消し合うようになってるんです」

 

「じょ、情報で情報を打ち消しあってる?それってつまり…」

 

「はい、まるで何かを意図的に隠してるようにしか思えないんです。それもSAO事件に関する事ばかり。他の噂も掲示板には出るのに、それはほったらかし。SAOに関する事件だけは必ずどんな情報が投稿されても、その後にその情報が矛盾し合うように新しい投稿があるんです」

 

「い、一体なんで…」

 

「私にもそれは分かりません…ですが恐らく『誰か』が、あるいは『何か』が意図的に情報を隠してることに間違いはないと思っています…」

 

「都市伝説系に関しては初春よりも歴が深いつもりだけど…そんなの私でも聞いた事ないよ…」

 

「はい…なんだか私、嫌な予感がするんです…」

 

「嫌な予感?」

 

「まるで、底知れぬ何かを覗き込んでいるようで…この事件は何かが違うんです。この学園都市の…統括理事会の根本的なものを見ているような気がしてならないんです。まるで…私たちからは普段見ることも出来ない、この学園都市の底知れない『闇』を覗いているような…」

 

「学園都市の…『闇』…」

 

「ま、まぁ!なんの確証もない話なんですけどね!多分気のせいだとは思います!それに私のこういう予感って大抵外れちゃいますし!」

 

「そ、そっか…まぁそれにしてもやっぱりナーヴギアとSAOが一つぐらいなきゃ状況は変わらないよね〜…」

 

「はい…そうですね。せめて機器自体が手に入らなくても、ARGUSが設計したナーヴギアとSAOの設計図とプログラミングデータさえあれば解析自体は難しくはないんですが…」

 

「う〜ん、やっぱり振り出しのまんまかぁ〜…ごめんね初春、私こういう時何も力になれなくて」

 

「いえいえ!こういう話を聞いてくれるだけでも助かってます!ありがとうございます佐天さん!」

 

「そっか、そう言ってくれると嬉しいよ初春〜。その努力に免じて今度スカート捲ってあげるよ〜」

 

「学校で散々やってるじゃないですかー!///」

 

「あははは!それじゃ私はもう出るね。実は今日家に新しい音楽プレイヤーが届くんだ。初春はどうする?一緒に出る?」

 

「いえ、どうせなので飲み物とパフェを食べて行きます。それじゃ佐天さん、また明日学校で!」

 

「うん!また明日ね!バイバイ!」

 

 

そう言って佐天はファミレスを後にする。そして初春の元には店員に注文したソフトドリンクとパフェが運ばれ、それを自身の口へと運ぶ

 

 

「う〜ん!甘〜い!ひさしぶりですけどやっぱりここのパフェは美味しいです〜!」

 

(・・・しかし、一体何なんでしょうか…まるで正体が掴めません…なぜ政府はそこまでしてSAOを外に出したがらないんでしょう?それこそ、フェブリちゃんとジャーニーちゃんを助けた時の「STUDY」のような…)

 

「まぁそれも…学園都市に『闇』なんて部分があるなら…の話ですが…」

 

 

途中で初春の思考はつい小声で口から漏れてしまっていた。すると、それに答えるように初春の後ろ側から声が聞こえてきた

 

 

「・・・『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いている』」

 

「・・・えっ?」

 

「すまないね、実は先ほど2人でいた時から話が聞こえてしまっていてね。今のはニーチェの言葉さ、本当はもう少し長い言葉なんだがね。意味はご存知かな?お嬢さん」

 

 

そう言って初春に向けて話し始めた男は少しだけ後ろを振り向き、影のかかった横顔のみを見せるようにして初春に話しかける。口元からは今まで飲んでいたのであろうコーヒーの香りが漂っている。背は初春より一回り以上大きく、目と眉は細く鋭い。髪の色は茶色に近く、まるで研究者のような白衣を着ている

 

 

「えっ?い、いえ…ご存知ありませんが…」

 

「実はこの言葉に明確な意味はなくてね…哲学的な言葉でそれぞれの人の解釈によってこの言葉の意味は変わってくるのさ」

 

「は、はぁ…」

 

「お嬢さんはこの言葉の意味、どう捉えるかな?」

 

「え、えっと…深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いている。でしたよね?そうですね…『物事の本質を見る時に、物事の本質に自分自身も試されている…』ということでしょうか?」

 

「ふむ、そういう解釈を取るか…面白いね、君は」

 

「あっ、はい…ありがとう…ございます…」

 

「さて、それでは答えさせてしまった以上、私の解答を答えるべきかな?私としてはこの言葉はいわば…深淵、つまりは『深い闇を一度覗いてしまえば、その闇に魅せられ、いつの間にか自分も闇に取り込まれてしまう。』という意味なんじゃないかと思う」

 

「・・・闇をのぞけば、闇に魅せられて自分も取り込まれてしまう…」

 

「そう、まるで今の私のようにね…」

 

「・・・えっ?」

 

 

そう語る白衣の男の目は、どこか遠くを見ているようで、何も見えていないような虚ろな目をしていた

 

 

「いや、なんでもない。今のはただの独り言だ、忘れてくれていい」

 

「は、はぁ…」

 

「ところで、君はナーヴギアとSAOの設計図を欲しがっていたね」

 

「えっ!?あ、すいません!さっきの話が聞こえてたならどうか誰にも他言しないでくださ…!」

 

「いいや大丈夫さ、心配してくれなくてもいい。こう見えて私はナーヴギアとSAOの設計に関わっていた人間でね。実は君が今望むデータを持っているんだよ」

 

「ええっ!?ほ、本当ですか!?そ、そのデータを譲ってもらっても…!」

 

「声が大きいな、この内容が機密だということは君の方も分かっているんじゃなかったのかな?」

 

「はっ!?///す、すいませんでした…そ、それでそのデータを譲っていただく訳には…」

 

「ああ、構わないさ。データのコピーは自宅にも残っているからね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ、このUSBにナーヴギアとSAOの設計図とプログラミングデータ…いわゆるその全てが入っている。大切にしてくれたまえ…」

 

 

そう言って白衣の男は小さなUSBメモリを初春に手渡した

 

 

「は、はい!ほ、本当にありがとうございます!!」

 

「こうしてこのデータをまだ純粋な意志のままに求める誰かに出会ってしまったのも何かの縁だ。名前を聞いてもいいかな?」

 

「・・・?えっ…あっ!は、はい!風紀委員第177支部の初春飾利です!」

 

「初春飾利君か…良い名だ。覚えておくことにするよ」

 

「本当にありがとうございます!し、失礼ですが私の方もお名前を伺ってもよろしいでしょうか!?」

 

(・・・あれ?今まであんまり顔見えてなかったけど、よく見てみるとなんかこの人どこかで見たことが…)

 

「ふむ…実は今ワケありで本名を名乗る訳にはいかなくてね…」

 

「えっ…あっ…!すいません!離婚されてしまったんですか!?気が使えずに申し訳ありません!」

 

「あ、いや違う、そういう訳ではないんだ。謝ってくれなくてもいい。そうだな…私の名は…『ヒースクリフ』と名乗っておこう。余裕があれば覚えておいてくれたまえ。さて、僕はもう店を出るよ…実はこの後少し用事を控えていてね」

 

「は、はい!ヒースクリフさん!この度はどうもありがとうございました!このデータ大切にします!」

 

 

ヒースクリフと名乗る男が席を離れ、初春はその男の背に向けて頭を下げた

 

 

「頑張ってくれたまえ、初春君…その『闇』は君の言う通り君の本質そのものを試す。私のように取り込まれるかどうかは、この先の君次第だがね…」

 

 

ヒースクリフと名乗る男は小声で聞こえないようにそう呟くと、ファミレスを後にし、学園都市の裏路地へとその姿を消していった…

 

 


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