「ふぅ、まだまだ問題は山積みだね…」
「先生、お茶を淹れました。少し休憩を挟まれてはどうですか?と、ミサカは高級茶葉を使用した暖かいお茶を差し出します」
そう言いながら冥土帰しにお茶を差し出したのは、御坂美琴のDNAマップから生み出された軍用クローンの『妹達』10032号だ
「ああ、ありがとう。だがここで休む訳にはいかなくてね、君たちのお姉さんがSAOに囚われて1ヶ月も経つのになんの打開策もなくてはどうにも…」
「確かにミサカ達の能力でもナーヴギアの回線経路へのアクセスは不可能でした。このミサカ達にもアクセス出来ないのなら、おそらく先生でも打開策を立てることは不可能であると推測します。と、ミサカはさり気なく電子機器においては先生よりも優位にいることを主張します」
「君も言ってくれるようになったね。確かにそれもそうかもしれない…だけどね、これはそういう問題ではないんだ」
「…すいませんが先生の言葉の真意が読み取れません。と、ミサカは何やら哲学的な先生の言葉の意味を問いかけます」
「これはね、治せる治せないの問題じゃないんだよ。自分の専門外だと分かっていても、私はここで患者の為に私なりに尽力しなければならないんだ」
「先生は医者としてではなく、人としても立派な人物なんですね。と、ミサカは先生への尊敬の念を抱きます」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ああ、お茶の方もどうもありがとう、湯のみはもう片付けておいてくれて大丈夫だ。それと、君達の力が必要になる時がいずれ来るかもしれない。その時は力を貸してくれるかな?」
「はい、もちろんです。と、ミサカは最大限のサポートを尽くすことを了承します」
「すまないね、しかしまぁ茅場くんも人が悪い。まさかここまで厳重なプログラミングを仕掛けてくれるとは…」
「…?先生は茅場晶彦と知り合いだったのですか?と、ミサカは問いかけます」
「何度か研究者として顔を合わせたことがあるんだ。私から見るに当時から彼はプログラマーとしても、研究者としても超一流。まさに天才と呼ぶに相応しい人物だったよ」
「何らかの繋がりがあるのなら茅場晶彦の居場所は分からないのですか?と、ミサカは先生の携帯に登録されてる連絡先を伺います」
「いやいや、本当に何度か研究発表などの場で顔を合わせたぐらいでね。連絡先を交換するほどの親しい仲ではなかったさ」
「そうですか…と、ミサカは希望を失いしょんぼりとします…」
「そうだね、希望と呼ぶなら唯一、君たちのお姉さんの能力ならこのプログラミングを突破できたのかもしれないが…何しろその本人が寝たきりなのだからね…まさに泣きっ面にハチと言ったところかな…」
「そんなお姉様を助け出す為にも、共に事件解決の為に頑張りましょう。これは全世界のミサカ達の総意でもあります。と、ミサカは先生を真っ直ぐ見つめ決意を新たにします」
「ああ、くれぐれもよろしく頼むよ」
(君はあの浮遊城を実現させ、長年の夢であり目標だったものを成し遂げた今…一体全体どこで何をやっているんだい?茅場くん…)
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「とうま…」
「・・・・・」
今、純白の修道服を来た彼女、インデックスは上条当麻の病室を訪れていた。彼女がこの病室を訪れるのは、かれこれSAO事件が起こってから1ヶ月ぶりである
「久しぶりだね、とうま…元気にしてた?」
「・・・・・」
ピッ…ピッ…ピッ…
インデックスが上条に心配そうに声をかける。しかし、上条は返事など一つも寄越さない。彼の代わりに返事をするのは、ただ一定の間隔で刻まれる彼の心音を示す機械音だけ
「・・・ごめんね…とうま…私、ずっと嫌だって言ってたんだけどね、やっぱりどうしてもイギリスに帰らなきゃいけないみたいなんだよ…」
「・・・・・」
「ごめんね、とうま…一人で置いていっちゃう事になって…」
「・・・・・」
「ごめんね、とうま…いつも私はご飯を食べさせてもらってばかりで…ワガママばっかりで…碌に家事の手伝いもしてあげられなくて…いつもとうまの優しさに甘えちゃって…」
「・・・・・」
「ごめんね、とうま…本当はわざとじゃないって分かってるのに…いつもいつも噛み付いたりして…きっと痛かったよね…」
「・・・・・」
「ごめ…ヒッグ…ごめんね、とうま…グスッ…とうまはいつだってわた…ヒッ…わたし…私のことを助けてくれるにょに…エグッ…肝心な時にいつも私は…とうまのことを助けて上げらなくて…ごめんね…ごめ…ごめんなしゃいなんだよ…」
「・・・・・」
何も答えず、その表情を一つとして変えることのない上条に向けてインデックスは謝罪を続けた。しかし、とうとう我慢の限界が訪れ涙腺からは涙がとめどなく溢れ始め、その声には嗚咽が混じり始め、大粒の涙が上条のベッドに染みを作り始めた
「ごめんね…ズズッ…本当に一番辛いのはとうまの方なのに…私ばっかりこんなに泣いちゃって…普通ならこういう時に迷える子羊を慰めて導いてあげるのがシスターの役目なのに…私はシスター失格だよね…」
「エグっ…ひっく…とうまぁ…とうまぁ…お願いだから…お願いだから何か喋ってよぉ…ご飯食べるのも我慢するから…掃除だって洗濯だってお料理だってお手伝いするから…だから…お願いだから…目を開けてよ…声を聞かせてよ…いつもみたいに…私と一緒笑ってほしいよ…」
「・・・・・」
「ぐずっ…とうまぁ…ひっぐ…とうまぁ…とうまぁ…とうまあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「・・・・・」
ついにインデックスは泣き崩れ、上条のベッドに倒れ込むように縋り付き、彼の右手を力一杯に握り締めた。しかし、その右手がピクリとも動くことはなく、病室には一番大切な人を救うことが出来なかった悲しきシスターの叫びだけが虚しく反響していた
「・・・本当にこれで良かったんでしょうか…ステイル…」
「どうだろうな…だが、どれだけ僕達が願ったところで、彼が今すぐ目を覚ますことなどない」
そんな病室の前で、病室のドアの両隣の壁に背を向け体重を預け、神裂とステイルは話し合っていた
「それでもこんな結末…悲しすぎます…」
「・・・いいのか神裂?僕の記憶が確かなら君も上条当麻に気があったはずだが…」
「構いません。むしろ私の想いの丈など、今のインデックスの足下にも及びません…」
「・・・そんな風に言われると本当にこうしてあげた事が正しいのか疑わしくなってくるな…僕はただ、彼女のお別れの前に少しだけアイツとの時間が欲しいという願いを聞いただけなのにな…これではここにいる誰もが…心残りを増やしただけじゃないか…」
「・・・ステイル…」
「行こう、時間だ…彼女を頼む…」
そんな自嘲にも似た愚痴を零した後、ステイルは病室に背を向け歩き始めた。そして、決して誰にも見られぬように、己の不甲斐なさから生まれた怒りに身を任せ、咥えているタバコを強く噛み締めながら、一粒の涙を流した