だがしかし、お兄ちゃんは無人島には行かないんだ。
と言うわけでカレンさん回です。
《最近、義妹の様子がおかしいんですが、どうすれば良いと思いますか》っと。
実際、最近イリヤの様子がおかしい。
声を掛けても、上の空。何か考え事、と言うか悩み事があるらしい。
かと言って、だ。誰かに相談できる相手が居ない。出来る訳もない。こういう時の士郎は役に立たない。カレンにはボロクソにこき下ろされて終わる。こっちが。
ので。携帯メールの文通相手に相談する事にした。
以前、携帯電話を入手した時、メールを送る相手が居ない事に気付いて金の無駄遣いだったか、解約してやろうと思っていたら。《相談に乗ってもらえませんか?》と突然メールが送られてきた。
なんの詐欺だよ、この黎明期にと思ったが、暇つぶしがてら《良いですよ》と送った事がある。
しかし、本当に恋の悩みだったらしく、彼のハートを射止めるにはどうすれば良いか、だのなんなの送られてきた。
なんだ女だったか…
ふざけんなどうして恋愛相談なんかに乗らんといけないんだ!と思いつつも、お互いがお互いの事を現実で知らない為、普通相談できない事も相談できる様になった、と言うわけだ。
奇妙な関係だとは思うが。
お、返信だ。
《前も最近おかしいとか言ってましたね、貴方の最近とは一体なんなんでしょう。そんな事よりどうすれば彼の心を取り戻す事が出来ると思いますか》
知るかっ!!
《そもそも手に入ってたんですか?そんな事より私の妹が心配です。》っと。
む?今日は返信早いな。
《手に入ってました。それと妹とかよくわかんないです。私の彼はどうして私を選ばないのでしょうか》
《愛が重すぎたんでしょう》
《重くないです、軽いと思います》
なんとこいつ自覚無しか。
《病院行け》
《お前が行け》
携帯を閉じる。何の意義も生産性もないままこの名も知らぬ女性とのやり取りは唐突に終わる。
まあ、ほっとくとまた送られて来るんだけど。
いやホント、どうしようね。
まあ今日は、イリヤとクロエは美遊ちゃん達とエーデルフェルトに連れられてどっか行ってるみたいだから。
それは兎も角、目に見えてイリヤの雰囲気が変わるとやはり心配する。
こう、何だろう。危なかっしいのはいつもの事だが、何というか。思い詰めてると言うか。上手く言語化出来ない。第六感に近いモノだ。第六感が何かはよくわかんないけど。
士郎も居ないしね。今日。
エーデルフェルトがなんか島…だか何だか。よくわかんねーけど。
ハブられたからって泣いてる訳ではない。
と言うか、イリヤとクロエ良く説得出来たなエーデルフェルト。
なんか握ってんのか?
まあいいや。
それにしても、久し振りに、一人で外出か。
一日中外でるとかいつ振りなんだ。
冬木を歩く。
いつもなら、泰山にでも行くのだろうけど、今だけ。今だけは、ただ歩いていたかった。
そんな中。
ふと擦り減った記憶を辿る。
孤児院をたらい回され。
周りのオトナの眼は、冷たかったような気がする。
それもそうだろう。子供らしくない。
自分でもそう思う。
孤児にしても、それ相応の態度だってあるだろうに。
それが出来なかった。
人生なんて無価値だと思ったから。
他人なんて、どうでも良いと考えたから。
全てに於いて無感動だった。
そこでお節介な士郎と出会って。
子供の癖に面倒見がいい、と言うか、隅で転がってたら、必ず此方の方に来て。
ああ、お前はそう言う奴だったな、なんて。勝手に知りもしないのに思った。
そこから、切嗣とアイリさんが士郎を引き取りたい、と言ってきた。「オレだけは嫌だ」と渋る士郎に、「じゃあ二人一緒に」とアイリさんの鶴の一声に引き取られて。
そう、引き取られた先。
イリヤと出会って。
その時、抱いた筈だったんだ、何か、大切なモノを。
なにぶん昔の記憶だからか。
その時抱いた感情なんて覚えてない。
その所以かはわからないけど、イリヤは多分。
甘やかし過ぎたのか、それとも、別の感情を注いでいたのか。
過去の事なんてわからないけども。
気がつくと、高い所まで来ていた。
ここだとこの冬木がよく見える。
10年前から再開発事業が進んで、すっかり高層ビル群の立ち並ぶこの都市を、ガードレールに手をつき、もたれかかってただ眺める。
血流の様に流れ去る車。
疎らながら飛んでいる航空機。
ふと、海を見やると、船舶が航行している。
そんな風景を眺めていると、聞き覚えのある声がする。
「随分と、暇を持て余してる様ですね」
何故、ここに?
そう、いつも、こう言う時に限ってカレンはやって来る。こんな奴のどこが良いのか。
「妹が居ないからってこんな所まで歩いて来るなんて、なんと言いましょうか」
「泰山にいつまでも来ないので、探しましたよ」
どうしてワザワザこんな事を、と愚痴を零すカレン。
どうして、なのはコッチの台詞だ。
何故、何故?なんでこんな事を?
こんな奴の何処が良いのか?
「何処が、良いのか…ですか。それ、普通本人に聞きます?」
……悪かった。聞かなかった事にしてくれ。
「いえ、構いません。答える機会なんて、そうそうないでしょうし…ええ、そう、ですね」
恥じらう乙女の様な表情をしてから。
「別に、貴方にはいい所なんてありません」
至極事務的にそう返された。
ん?
「だって、ロリコンですよ?シスコンですよ?こんな男の何処が良いんでしょう…?かと言って、それしかない様な歪な人間でも無い。なんなんでしょうね、本当」
「良い要素なんて、有りません…ね…考えて見れば、見るほど…ただの変態、としか」
罵倒に次ぐ罵倒。
心が折れそうである。
もうやめてください。悪かったです。全面的にこちらが「でも」
「でも、貴方はマトモなんです。綺麗なままなんです」
変態が?
「ええ、変態なのに。いつ本性を現して妹に手を出すのかと期待していたのに、結局自分
「普通男なんて性欲の塊の筈なんですけど…」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるカレン、
「だからこそ、羨ましいです。貴方の妹が。純粋に愛されていて」
「私は、そう言う事は、なかったので…貴方なら、私をちゃんと愛してくれたのかな、って」
その感情は、恋愛と言うよりは、もっと別のモノなのではないのか?
訝しむ。しかし───。
「そうかもしれません。けど、それでも構いません。焦がれてるだけで、私は幸せなのですから」
「───そう、か」
「はい」
本当に優しい笑顔で。
なんの屈託もなく。
彼女は微笑んでいた。微笑んでみせた。
「まあ。妹を押しのける事も出来ない兄ってのは心底どうかと思いますけど」
なんの話!?
「……いえ。こちらの話です」
え?
「あまり女性のプライベートは詮索しない事です」
それを言われると、引き下がる他無くなる、実に便利な言葉である。
ん?さっきの発言って、よく考えなくても…
「どうせこの後暇でしょう?歩きましょうか」
そう言うとこちらの腕をグイッと引きよせ、新都方面へと向かう。
いや、あの、それはちょっとまずいのでは…?
「ああ、安心してください、貴方の妹達に遭遇する事はありませんので。どうかお気になさらず」
そうなの?
「はい、信じてください」
こちらに笑顔を向けるカレン。
…こんな顔もするんだな。
てかなんでそんな事が言えるん?
「ご存知ない?……なら。秘密です」
と言うやいなや、カレンは腕をガッチリと自分の両腕で絡め、ホールドしてしまった。
あのー…新都近いですし、そろそろ周りの目がイタイんですけど……?
「妹とは平気なのに、私では恥ずかしいんですか。ふふ、それは良い事を聞きました」
そう言うと、肩に頭を乗っけてきた。
いったいなにがおきているんだ
何故こんな事に…?
「あ、見てください。これ前から気になってたんですよ」
そう指差すのは、先週から公開された映画…エクソシスト的な奴だっけ?
え"っ、観るの?
「はい」
飲み物を買い、チケットに指定された席に座る。
ポップコーンは要らないそうだ。
映画自体はなんか良くわかんなかった。
良くある聖書とか読んで祓うアレじゃなくてなんか物理でぶっ飛ばしてた。
うーんハズレか?と思ってカレンを見てみると食い入る様に見ていて、終わった後には「一体誰が…」などと独り言を呟いていた。面白かったのか、そうじゃないのか、どっちなんだ。
「……手を繋ぐ暇もありませんでしたね」
手を…そこは置いといて、アレ、面白かった?
「面白い…ええ、そうですね。色々と面白かったです。ええ、色々と」
そういう割には不機嫌そうだけど…
「そういう風に…見えますか?」
まあ、ね。
「それでしたら、私の機嫌取りに付き合っていただきますね?」
えぇー…
「ハァ…本当に貴方は…いいです。勝手にします」
そう言うが先か、後か。手を絡ませ、腕をガッチリと絡ませ…
俗に言う恋人繋ぎって言う奴だけど…?!
あの…カレン?
「なんですか?」
えーと、何をして…?
「何を、とは?」
クスクス、と聞こえてきそうな笑みを浮かべているカレン。
完全に遊ばれている。
「振り払っても良いんですよ…?」
耳元で囁いたかと思うと、ふー、と息を吹きかけてくる。
周りの目は刺々しくなる。
「ま、貴方には出来ないでしょうけど?フフフッ」
振り払うも何も指の関節極められてるんですよ、コレ。このままカレンに身を委ねると楽だけど、ちょっとでも力を入れるとめっちゃ痛い。
どうなってんのコレ。
「さて、まだまだ付き合ってもらいますからね」
と言っても、ただ当てもなく歩いているだけ。時々ちらりと横目で見る彼女の顔は、僅かに頬に朱が差していたのは、気のせいか。
…それにしても、知り合いに見られて居ないか、心配である。
「あの、夕食の予定は…?」
外の予定だったけど。
「じゃあ、泰山で良いですね」
まあ……うん。いっか。
「麻婆豆腐2つ」
「アイヨー」
夜だからかはわからないけど、客はいなかった。
ガランとした空間に2人(店員は居るけど)と言うのは不思議な感覚だった。
「思えば、初めてお会いしたのもココでしたね」
相席したのが最初だったっけ。
ぼんやりと霞んでいて思い出せない。
声かけたのは…
「私です」
あっ、そっか。
どうして声かけたんだっけ?
「そう、ですね…近所で有名なシスコンが目の前に偶々居たものですから、つい」
何それ初耳なんだけど!?えぇ!?
正に青天の霹靂。数年間、俺は一体どう言う目で見られて…?
「冗談ですよ」
心臓に悪いからやめて下さい。
とは言え胸を撫で下ろす。
あ、だとするとどうして声を?
「秘密です」
なんだよ、それ。
答える気はない、のか。
ま、それでも良いんだけど。
ここまで来ると今更だし。
「おや、嬉しいですね、詮索する必要もない程の仲だと言ってくれるなんて」
そんな事言ってな…そう言う意味になるのか。
「ふふ」
頬杖をつき、優しい笑みでこちらを見つめるカレン。何というか、うん。何でもないや。
「はい、麻婆豆腐2つ」
あ、来た。
「……頂きましょうか」
そうしましょう。
終始、無言の時間が流れた。
「ご馳走さまでした」
美味しかった。
「時間は…遅い、ですね」
帰らないとなぁ…
「あら。妹さんは本日は帰らないのでは?」
何故…はぁ…もう聞くまい。
「どうします?これから私の家に来ますか?」
何を仰っているのです…?
「どうせ愛しの妹達は居ないんですよね?なら泊まっていっても…」
あー、いや、セラ怖いし…リズもいるし…
「………ああ。居ましたね、そんなの」
そうそう、今日は帰ります。
「……残念、いえ、貴方らしくて寧ろ安心しました」
目を閉じ、何かに浸る様に。自分に言い聞かせるような、独り言の様だった。
それから店を出て、分かれ道の所で、
「本日はありがとうございました。また、お逢いしましょうね?」
と言って別れた。
今日は大変だった…色々。
ただいまー。
「あ!お帰りなさい、あの、イリヤさん達が遭難したのって何か聞いてますか?」
は?
「……知らない、ですか」
え、何それどうなってるの
「ああ、でもアイリ様が発見した様ですので、心配の必要は無いですが」
あー…成る程ね…なら良い…のか?
「ま、一応伝えたので。…シスコンの貴方の事だからもっと焦燥するかと思ったんですけど、やけに冷静ですね」
「彼女でもできた?」
リズが合いの手を入れる。
「いいえ、リズ。あり得ません。いえ、もしも彼女だとしたらどこぞで攫ってきた少女でしょう。通報しましょう!」
攫っても無いし彼女も出来てません!!
今日は単純に疲れただけですぅー!
「………まあいいでしょう、ブタ箱に放り込むのはまたの機会にします」
「そうしよう、セラ」
寝る!!!もうヤダ!!!
ベッドに転がる。
イリヤとクロエ…と言うか。誰かしら居ない日って本当にいつ振りだ…?
次の日の昼。
「「おにーちゃん!ただいま!」」
一日振りに会った2人は、非常に元気が良かった。
あれ、士郎、美遊ちゃんとなんかあった?
「イイエ、ナニモ」
そっか。
後数話かな…?