ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

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みほ杏が一段落ついたので、本来先に書きたかった西ダジ……ダー西? 主流の表記は分かりませんが、ダージリンと西絹代の戦争模様について。



恋は戦争(西ダジ+α)
恋と戦いの下に全ては正当化される


「聖グロリアーナの紅茶は何時頂いても美味いですなあ」

 質朴とした武骨な称賛。聖グロリアーナ女学院の美しく整えられた中庭には似合わない物言いだ。しかし客人として持て成している以上、その位の事にいちいち目くじらを立てるのは大人げない。それに調和を乱すほどに礼を失することもないのだから、指摘しては寧ろこちらの方が無礼となる。

 英国式の作法にはとんと疎いようであったけれど、教えれば素直に覚えるし、何より最低限見るに堪える程度には元々の礼儀作法がなっている。

 ともすれば気品の様なものさえ感じさせる振る舞いに、相反するように稚気に富んだ笑顔を無防備にさらすものだから、困惑させられたことは一度や二度ではない。

「我が校は専属契約の茶畑を幾つか持っているの」

「成程。しかし先日頂いた茶葉を、うちでも淹れてみましたが、なかなか同じようにはならず参ります」

「紅茶には適切な淹れ方がありますの。今日のお茶は、彼女が」

 同席する少女が小さく頭を下げる。

「おお、オレンジペコ殿は紅茶を淹れるのがお上手ですな。私はどうにも無骨物で、良い茶葉を頂いても、なかなかこの味に近づけない。毎週美味い紅茶を目当てに来ている様なものです」

「いえ、そんな……」

 面映ゆげに微笑むオレンジペコ。無理もない。衒う事もなく率直に述べられる賞賛は、聖グロリアーナでは珍しい。そしてそんな賞賛を口にするのが、すらりと背の伸びた、流れる黒髪も美しい麗人となれば尚更だ。

 清々しく爽やかで、飾り気はないが素直で明るく、何かと迂遠な言い回しの多いグロリアーナには珍しいタイプの、実に魅力的な人物ではある。

 そしてそれ故に、私はこの娘が苦手でたまらなかった。

 知波単学園戦車隊隊長西絹代。

 週末毎に顔を出すようになったこの娘のあしらい方を、伝統ある聖グロリアーナにおいてダージリンの名を授かった私はまだ習得できていなかった。

 習得できる気もしなかった。したくもなかった。週末が来るたびにため息をこぼし、顔を見せるなり早々にお帰り頂きたいと思う程度には、私の苦手意識は凝り固まっていたのだ。

 そもそもの始まりは、知波単学園からの親善試合の申し込みだった。

 

「親善試合?」

『ええ、ええ、左様です。大洗でのエキシビジョンマッチ、また大学選抜チームとの試合で聖グロリアーナ女学院には随分と我が校もお世話になりまして、あれ以来隊員たちの吶喊志向も僅かなりと減じせしめ、新たな戦い方を模索するように相成りまして、いやはや隊長としてはお恥ずかしい話ですが私も目を啓かされたような思いでして、此処は是非にも伝統ある聖グロリアーナ女学院の洗練された戦車道を新生知波単学園戦車隊へご指導を賜りたく、つきましてはひとつ親善試合という形でもって』

「ええ、はい、わかりました。わかりましたわ」

 朴訥とした人柄だと思っていたが、電話口だと良く喋るものだ。その時抱いた感想と言えばその位のものだった。

 知波単学園戦車隊隊長西絹代。隊員の練度にばかり救われる無能極まりない前隊長に代わって就任した若手と聞いていたが、二度の試合に於いて得られた手応えは全く頼りないというものでしかなかった。エキシビジョンマッチでは、隊員たちを制御しきれず、決起に逸った吶喊を止めることもなく、ただただ大洗の足を引っ張るばかり。大洗連合チームとして組んだ時も、吶喊癖は抜けず、ようやく策を講じるようにもなったと聞いたが、結果は芳しくなかったようだ。

 隊長としての経験乏しく、作戦立案も指揮能力もまだまだ未熟。ただからりとさわやかな性格で、真面目であり、成長しようという努力は見られる。その程度の印象だ。

 その西から連絡が来たのは、大洗での激戦後、さして間もあかない内だった。

 捲し立てる様に告げられるのは親善試合の申し込み。

 西住流の欠けた双璧の一翼、西住みほを擁したという謳い文句で、こちらを試金石にしようと隠すこともなく提案してきた大洗ほど魅力的な話ではないが、幾ら知波単が吶喊ばかりで近年は一回戦敗退続きとはいえ、それでも驚異的な練度と士気を誇る古豪であるのは間違いない。

 あの一戦でどれだけの物を得たのか、今後の為にも知っておくのは悪くない。

 西の提案にすぐに了承の返事を返したのはそういった含みがあったからであり、電話口でさえ鬱陶しい程の存在感を放つ犬っころに辟易したからではない。

『おお! 流石は紅茶殿話が早い!』

「では日時と場所は、」

『伝統ある聖グロリアーナ女学院をお呼び出しするなどとんでもない! 幸い我が校は横浜近海を航行中。貴校は確か近日寄港予定だったかと。我が校も僭越ながらご同道させて頂き、そちらにてご指導賜れれば幸いです!』

「……我が校の母港で、」

『では詳細に関しましては改めて。これにて失礼いたします!』

 ちん、と電話が切れる。

 まさか伝統ある、誇り高き、気品溢れる聖グロリアーナ女学院の戦車隊隊長を務める、誉れ高きダージリンの名を授かったこの私が、たかがこの程度の事で電話を掛け直して問い詰めるわけにもいかない。

 しかしまさか、ここ最近は一回戦敗退続きの古豪ではあっても強豪ではない知波単学園の新人隊長風情が、伝統ある、誇り高き、気品溢れる聖グロリアーナ女学院戦車隊と、そのホームで試合に挑もうというのか。それも、散々実力を見せつけてやったこのダージリンを相手に、青二才風情がご指導賜りたくなどとのたまうのか。一度二度の試合で少々の教訓を得た程度の若輩が、この私に少しでも歯が立つと、そんなことをちらとでも思ったというのか。

 そっと受話器を置き、一つ深呼吸。

 感情を荒立てることは、淑女として相応しくない振る舞いだ。まだ隊長としての経験に乏しい嘴の青いヒヨコが相手ならば尚更だ。大人として対応してやらねばならない。

 紅茶を一口。カップをそっと置いて、瞑目する。

「あの……どうかなさいましたか?」

 口ごもるように訪ねてくるオレンジペコに、なんでもないと笑みを作ってみせる。

 そうだ。一年生ながらその優秀さから取り立てたこの有能で未来ある後輩に、淑女らしからぬ姿など見せてはいられない。

 知波単学園との親善試合の件を話し、向こうの担当と連絡を取り、詳細を詰めるよう指示しておく。

「血気盛んな彼女らに、戦車道を教育して差し上げましょう」

「は、はいっ」

 …………何か間違えたかしら。

 私の笑みにびくりと背筋を伸ばすオレンジペコに、私は小首をかしげるのだった。

 

 結果から言えば、親善試合は期待を裏切られる形だった。

 吶喊してくる装甲の薄い戦車たちを引き付けてから返り討ちにするというのが当初の大雑把な作戦だったが、これは早々に撤回せざるを得なくなった。

 吶喊してこないのだ。

 知波単学園は保有戦車数が多く、詳細までは得られていなかったとはいえ、完全に想定外だったM3軽戦車スチュアートの登場が地味に響いた。或いは得られなかったのではなく、政治的にやや関係が不安定だった情報処理学部第6課があえて伏せていたのかもしれないが。

 知波単学園はM3軽戦車のフットワークの良さを生かし偵察を――威力偵察ではなく純粋な隠密行動による偵察を行い、完全にその存在を隠蔽したまま、別働の九五式軽戦車ハ号で挑発行動を繰り返した。当初は威力偵察のために分散した軽戦車が散発的に攻撃を仕掛けているものと思われたが、重点的に足元を狙う戦法により最外縁にあった二両が擱座。その後も主力は姿を見せず、挑発か擱座狙いか曖昧な攻勢が続行。

 大洗におけるエキシビジョンマッチのようにこちらが待ち構えて動かないと判断し、漸減作戦に出たのではないかと進言があり、多少は学習したものと見て作戦を変更。大洗の指揮ではなく、知波単の判断での漸減。小細工を弄する相手に時間をかけるのは危険だ。浸透強襲作戦と言えば聞こえはいいが、重戦車の装甲を活かし、機動力の低さを補う力押し戦法に出ることにした。

 力押しというと野蛮な印象があるかもしれないが、大楯を構え完成された陣形をもって進軍する槍兵達を想像してほしい。その美しいまでの統率によって築かれた歩く城塞は、無敵の楯と最強の矛を持ち合わせるのだ。我が校の得意とする浸透強襲は、完璧な隊列機動を前提とする、移動する黒鋼の城なのだ。

 こちらの行動を見て、今までの知波単であれば考えなしに吶喊を仕掛けてきたかもしれない。しかし思いの外にあっさりと撤退していく九五式に、私は警戒を高めた。あれが臆病ゆえの撤退であれば恐るるには足らない。だが例え他の強豪校が撤退を考える危機であっても、決して退かぬ勇猛さを誇るのが知波単だ。今まではそこに優秀な指揮能力がなかったために闇雲に突っ込んでは返り討ちにあっていたが、その日は違った。些かぎこちないとはいえ、撤退する九五式には釣り野伏せを思わせる誘導を感じさせられた。演技が拙くまだまだ荒いが、西住みほの影がちらと脳裏をよぎった。

 面白い。あの頭の軽そうな実直さだけが取り柄の新人隊長が、亜流とはいえ西住流の真似をしようというのか。

 だが私はそれを正面から受け止めることにした。

 寡兵をもって兵数に勝る相手を包囲殲滅するのが釣り野伏せの骨頂。だが例え包囲したところで、知波単の擁する九五式や九七式の砲ではこちらの装甲を貫くには、弱点狙いであってもかなりの接近が必要となる。知波単の好む肉弾戦は、彼女らの知波単魂にも寄るであろうが、そこまで近寄らなければ撃破できないという必要性から生まれた戦法でもあるはずだ。

 我が移動要塞は、そこまでの接近を許したりはしない。市街戦ならばともかく、平地においてこの陣を破るのは並大抵のことではないと思い知ってもらおう。

 実際、途中まではうまく行った。

 池地手前の林間地において、知波単学園の九五式はこちらへ転進。林に伏せていた主力二隊が我が戦車隊を包囲し、砲撃を開始したが、所詮は豆鉄砲だ。当たり所が悪ければ撃破されるかもしれないが、臆する程の事ではない。前進を続け、脆弱な包囲網を食い破るだけの事だ。

 背水の陣でも気取るのか、池を背にしたせいで逃げ場のない九五式をじわじわと追い詰め、私は勝利を確信しながらも、警戒は続けているつもりだった。そう、つもりだったのだ、私は確かに慢心していたのだ。

 そこまで完全に隠密行動をとっていたM3軽戦車は十分な助走距離を取って最大加速し、私たちが蹂躙してきたその背後から吶喊。その軽量を活かして跳ねるように陣内に飛び込むや、脇目も振らずにフラッグ車への砲撃を敢行したのだ。

 全く見事な奇襲だったと思う。知波単魂が溢れ出たのか、奇襲前に大声で突撃を宣言などしなければ。

 ものの見事に迎撃され横転した隠し玉に、私の慢心が頂点に至った瞬間だった。オレンジペコの叫びが聞こえたのは。

「フラッグ車いません!?」

「何ですって?」

「包囲網にフラッグ確認できません!」

「今のM3ではないの?」

「審判団のコールありません!」

 馬鹿な。

「一両足りません!」

 フラッグ車自らが先陣を切るのが知波単魂とやらの表れの筈だ。少なくともフラッグ車を安全地帯に隠して、他の車両だけで削ろうなどと言うのは知波単のやり方ではない。戦法の話ではない。信念の話だ。このダージリンが、ノブレス・オブリージュを掲げて先陣を切るのと同じく、あの頼りない新任隊長といえども、隠れて部下に任せるような真似をする筈がない。それとも私の買い被りだったのだろうか。

 その一瞬の失望を打ち破ったのが、私の搭乗するフラッグ車の装甲を荒々しく叩いた、完全に意識外からの砲撃(ノック)だった。

「砲撃? 被害は?」

「履帯に損傷が。撃破扱いではありませんが、身動きが」

「一体どこから……?」

「……見つけました! 池です!」

「池ですって?」

 完全に障害物としか認識されていなかった池。その中央辺りに鎮座していた岩が、ゆらゆら揺れながらぬるりと砲塔を伸ばしていた。いや、違う。岩などではない。あれは張りぼてだ。張りぼてを上から被せて、今の今まで隠蔽していたのだ。

 もはや無用とばかりに張りぼてを放り捨てた下から現れたのは、忌々しくなるほどに美しい長い黒髪だった。

「すまん福田! 美味しい役所を貰ったのに取り損ねた!」

 からからと笑いながら現れたその姿に、私は少し呆然としたらしい。

 まるで船のように池をゆっくりと渡ってくるそのフラッグを掲げた戦車モドキに、言葉も出なかった。

「…………ダージリン様」

「……何かしら」

「今なら丁度良い的ですが」

「そう、そうね。上陸と同時に撃破なさい」

「お待ちになるのですか?」

「沈んだら後味が悪いもの」

 もはや半ばまで食い破られた包囲網を適当にいなし、意気揚々と上陸してきた戦車モドキを一撃で撃破し、親善試合は幕を閉じたのだった。

 報告に無かったM3軽戦車スチュアートと、例の戦車モドキ、特二式内火艇カミとかいう水陸両用戦車の件で情報処理学部第6課に送り付けてやるクレームを練りながら、私はオレンジペコへと指示を出した。

「ティーセットを」

「お渡しするんですか?」

「『挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ』。彼女らが今日敗北したのは、新たに挑戦したからよ」

「アルベルト・アインシュタインですね」

 

 思いの外、実力的にも心情的にもいい試合になった、というのが知波単学園との親善試合の総評だった。所詮は吶喊しか能のない連中だとか、指揮経験の乏しい青二才だとか、全く色眼鏡で見てしまっていた。思えば私も十全な指揮が取れるようになるまでは相応の経験が必要だったのだ。『天下のものの上手といへども、始めは、不堪の聞えもあり、無下の瑕瑾もありき』。誰もが最初は初心者で、悪く言われ笑い者になりながらも、一生懸命に努力するものが大成するのだ。

 私は自分の慢心を突き付けられたような気分で、少しばかり不快であると同時に、なんだか清々しくすっきりとした気分でもあった。全く低く見ていたものに目の曇りを払われるのは、気持ちの良い驚きがあって痛快だった。聖グロリアーナ女学院だけで完結していたら、きっと得られなかったことだろう。

 頑張ろうとしている後輩に私は少し大人げなかった。

 両校が協力しててきぱきと撤収作業を終わらせていく中、私は彼女を、西絹代をお詫びも兼ねてアフタヌーンティーに誘ったのだった。

「いやはや、流石は聖グロリアーナ女学院。野戦の場においても余裕と寛ぎを保っておられる。我が校はどうにも質素が過ぎて野趣と言えば聞こえはいいものの、見栄えが悪いもので」

 わざわざテーブルや椅子、ティースタンドに焼き菓子、サンドイッチなどの軽食を用意している我が校への皮肉かとも思ったが、からっとした清々しい笑みにはそのような高尚な思考など欠片も宿ってはいなそうだった。

 西は存外に礼儀のなった娘だった。いや、知波単学園の質実剛健と言えば質実剛健、言ってみれば泥臭い戦車隊から想像しただけであって、西個人だけに焦点を合わせてみれば、育ちはよさそうであるし、服装のセンスも良い洒落ものだ。

 幾らか声が大きすぎるきらいはあるが、はきはきとして切れの良い口調は小気味良いし、仕草の一つ一つもおどおどとしたところがなく、見ていて不快さを感じさせない。卑屈な人間には嫌味すら感じさせそうな良く出来た娘だ。

 紅茶は全く飲んだことがないのだという西は、一事が万事私の仕草を良く良く眺めてから、丁寧にそれを真似して見せた。不躾と言えば不躾な視線ではあるが、厭らしさのない実に大真面目な視線であるから、何だか妙な気恥しさがあって、もっと気楽に自由にしてよいと言ってはみた。しかし、いや、伝統ある聖グロリアーナ女学院にお呼ばれした上で失礼があってはいけない、紅茶殿に恥をかかせるわけには、などととことん我が校を持ち上げられれば余計に面映ゆく、そう、なら好きになさるといいわと呆れ声で返すしかなかった。

 私は西が十分に私の所作を学び終え、リラックスして紅茶を楽しめるようになった頃合いを見計らって、先輩としてきつくならない程度に今日の寸評を伝えて上げた。

「あの釣り野伏せは、みほさんの真似かしら」

「左様です。我が校は士気練度共に他校に劣る所はないと自負しておりますが、何分戦車自体が力負けします。足回りは悪くないから、追いかけさせて逆に包囲するというのはなかなかに悪くはないかと」

「そうね。付け焼刃にしては悪くはなかったわ。習熟すれば演技とばれることもなくなるでしょうね」

「やはりばればれでしたか」

「貴女方は戦車越しでも分かる程感情が素直に見えますもの」

「いや、お恥ずかしい限りです」

「ただ、我が校のように装甲の厚い戦車を相手にするには、包囲しても火力に乏しすぎたわ」

「M3の突撃で仕留める為の包囲と割り切っていたところはあります」

「あの奇襲には驚かされましたわ。事前情報がなかったのもありますけれど。ただ、それにしても包囲にこだわり過ぎた印象はあるかしら。M3が失敗した時点で、得意の肉薄戦術に出たならば、或いは被害は増えていたかもしれませんもの」

「成程。吶喊を控えようとばかり考えておりました」

「短所は短所で改善すべきだけれど、長所を見逃してはいけないわね」

「勉強になります!」

 打てば響くようで、なかなか気持ちの良い会話だ。ただ、先輩風を吹かせ過ぎて顔がゆるみでもしたのか、同席するオレンジペコの視線がやや冷たい。こほん、と一つ空咳を打ち、気を取り直す。

「最後の奇策……池からの奇襲だけれど、あれはもう少し何とかならなかったのかしら。完全に私たちの意識から消えていた、二段構えの奇襲ではあったけれど、射程外では意味がないわ」

「貴女の驚く顔が見たかったもので!」

「…………戦車越しではわからないでしょうに」

「そう、そこが残念でした! うっかりしておりました!」

 詰めが甘いと指摘すれば、何の衒いもなくただ驚かせたかったのだという子供じみたことを言う。その笑顔が余りにもさっぱりと爽やかで朗らかなものだから、私の方もすっかり呆れてしまって、毒の一つも吐けやしない。オレンジペコへと目を遣れば、この貴公子然とした麗人の笑みに赤くした頬をティーカップで隠している。大洗への関心と言い、ミーハーな所があるものだ。

 その日はそうして互いの健闘を湛え合い、またご指導願いますと元気良く手を振る西を見送り、私もまた実り多い親善試合に気持ちよく艦へと戻ったのだった。

 この時は、私を含めだれも想像していなかったのだ。

 西絹代の望む指導が、存外高頻度であることを。

 

 

 

 続く


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