何でもない週末のことだった。
テレビの中では、なんという名前だったかいまいち思い出せない芸人が、どこかで見たような気もする持ちネタを披露している所だった。惰性で笑う私の耳元で、これまた中身のない笑い声が、如何にもそれらしい控えめな具合に作られて、社交辞令とばかりに響いた。
私の部屋で私以上に寛いで、何故か私の部屋に常備されている彼女用のどてらを羽織り、私の炬燵でぬくぬくと暖まりながら、私を膝に載せ腕の中に抱いて西住ちゃんはなんともご満悦そうである。大分開き直ってきたのか私の部屋にいるときはありのままの彼女でレリゴーすることにしたらしく、表情筋がサボタージュを決め込んだような無表情なので、私でも正直な所、西住ちゃんの感情は正確には判断できないのだが。
その腕の中の私は、西住ちゃんがいつの間にか勝手に持ち込んだボコとかいうクマのぬいぐるみをクッション代わりに抱いている。と言うか抱かされている。これはなんとかいうアメコミ映画の公開記念で発売された商品だとかで、珍しく包帯はしておらず、代わりに映画の主人公のコスチュームである赤い全身タイツにマスクをかぶり、背中には刀を背負っている。一見、コスプレしたクマのぬいぐるみにしか見えないのでうっかり愛らしく思ってしまいそうになるが、私あの映画見たからね。正確には西住ちゃんに連れられて観に行かされたからね、この熊公買うために。あのマスクの下がどうなっているのか私知ってるからね。西住ちゃんが嬉々としてマスクの下覗き込んでたの知ってるからね、ほんと。正直さっさと手放してしまいたい。大好きな物を二つも同時に抱きしめられるなんて最高ですとかなんとか西住ちゃんが言うから仕方ないけど。
バラエティ番組が終わり、CMに入った。内容はさっぱり頭に残っていないが、バラエティ番組と言うのはそんなものだろう。小柄なアイドルが、可愛いボクにこんなことさせるなんてとかドップラー効果の影響を受けながら叫ぶバンジージャンプ映像くらいしか覚えていないが、まあどうでもいい。私は暇潰し位にしか興味がないし、西住ちゃんはそもそもこの後のボコ特集が目的だ。
楽しみですねと非常に上機嫌な西住ちゃんの、少し湿った暖かい呼気が私の後頭部に当たってくすぐったい。西住ちゃんは私の後頭部に顎を置いてだらだらとするのが好きだ。多分高さ的にもちょうどいいし、私を顎と両腕で固定して逃がさないようにできるし、何より支配下にあると実感できるのが気持ちいいのだろう。ただ、私が気付いていないとでも思っているのか、時々匂いを嗅いでくるのはやめてほしい。お風呂入る前にしかやってこないあたりもかなり嫌だ。物凄く恥ずかしい。
ぐりぐりと後頭部に当てられる顎の感触に、これは身長伸びないななどと益体もない事を考えながらテレビの画面を眺めていると、温泉リゾートのCMが流れていた。
それを見て、私はふと思い出して、西住ちゃんが正確に八等分に開くように皮をむいてくれたみかんを一房口にして、言った。
「しばらくえっち禁止ね」
「は」
期間未定の性交渉拒否宣言に、我らが大洗女子学園の救世主、稀代の英雄西住みほがどのような反応を返したか。
神は死んだ、と凡百の徒ならのたまうだろう。しかしそこはそこ、人の世に生まれ落ちた人ならざる性根の持ち主の西住ちゃんだ。これから神を殺しに行く、チェーンソーでバラバラにしてやるとでも言いたげな目付きで……うん? なんかこんな感じの喩えを前にも使った気がする。まあそんな感じで、咄嗟の事に表情を作れず能面のような無表情のまま、目ばかりがどろどろと不満に満ち満ちていた。
「……今日は激しくして欲しいとかそういう……?」
「ちがーう」
「…………もしや気持ちよくなかったですか?」
「きもちーはきもちーけど、そういう話でもなくて」
「………………よもや焦らしプレイ?」
「ちょっとメートル下げよっか西住ちゃん」
ぐりぐりと私の後頭部に鼻先を押し付け、存分に角谷スメルを呼吸しながら西住ちゃんはしばらく悩んでいた。多分。
「……………………」
「痛い。痛いって西住ちゃん」
段々と抱きしめる力が強くなってきた。
「もしかして。もしかして私のこと、嫌いになりました?」
「んー……私に他に好きな人が出来たとか、不倫とかは疑わないんだね」
「?」
「あー、もー、その本当に理解が出来ないっていう感じがさー、もう」
これで嫌いになれという方が無理だ。
「嫌いになんてならないよ、西住ちゃん」
「じゃあ好きですか?」
「好きだよ。西住ちゃんらぶー」
「会長さんらぶー」
ぎゅうぎゅうと押しつぶすように抱きしめながら、西住ちゃんの手がテレビのリモコンを操作して滑らかに録画を開始。話に集中するためにボコ特集を後で見直す腹積もりだ。
「それはそれとして何でですか。倦怠期ですか?」
「まあ一通り激しいのは経験して、ちょっと落ち着きたいなってのはあるけど」
まあでも、別にえっちするの自体は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。誰だって気持ちいいのは好きだ。この前きつく怒ったら推定薬物の使用は止めてくれたし、確定薬物はすべて処分させたけれど、今まで不純同性交遊を控えたことはない。何だかんだ週末ごとに肌を合わせてきたのは、求められるのが嬉しいというのもあるけれど、私自身も西住ちゃんとしたいからだった。求めてもいいのだと、それが嬉しいからだった。
「じゃあ、まったりしますから。お風呂でしましょう」
「この間のぼせたばっかりでしょ」
「温めのお湯で半身浴しながら」
「風邪ひくから。っていうか、それ、その、お風呂だよ」
小首を傾げる西住ちゃん。私は溜息を吐いて、後ろに倒れ込んだ。西住ちゃんもゆっくり倒れ込み、ぱたりと横になる。もそもそと振り返るように体勢を変えて、横たわる西住ちゃんの上にうつぶせに覆い被さる。
「西住ちゃん、痕付けるでしょ」
「……でも、ちゃんと見えない場所に」
「いい加減、首のを絆創膏で隠して咽頭マイクで擦れたって言い訳するの無理があるんだけど」
「じゃあ、首は止めますから」
「首以外もダメ。裸になったら見えるでしょ」
「…………私以外の前で裸になるんですか」
「まあ河嶋とか小山とは一緒にお風呂はいいたたたたたたたた」
背骨を圧し折らんばかりに締め上げてくる西住ちゃんに必死でタップ。
「まあそうでなくてもさ、ほら、温泉とか行けないじゃん」
「温泉」
「さっきCMでもやってたし、卒業旅行って訳じゃないけど、温泉旅行もいいなって」
「誰が入ったかもわからない不特定多数が出入りする入浴施設ですか?」
「その言い方ほんと止めて」
「駄目です。認められません。会長さんがそんな不特定多数に肌を晒すなんて」
「旅行は西住ちゃんと二人で行こうと思ってるんだけど」
「宿を選んでおきます。予定組まないとですね」
「西住ちゃんのそういう正直な所好きだわ」
温泉行くから、痕をつけないようえっちはしばらく禁止。
これは思いの外効果的だったようで、脳内が性欲と戦車とボコで出来てるんじゃないかと時々不安になる西住製種付機こと西住アンダーがスタンドみほが、旅行までの間、感心するほどしっかりと禁欲できていて驚かされた。
そして到着した宿が部屋付き露天風呂のあるどう考えても高校生が旅行に来ていいレベルではない旅館だったことに更に驚かされ、四泊五日の宿泊中に24時間繋がったままの一日があったことにはもう驚くとかそういう話ではなかった。
「やっぱりしばらくえっち禁止ね」
「なんでですか!?」
「なんでじゃないよこのケダモノ」