ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

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診断メーカー「さみしいなにかを書くための題」で出てきたお題、

「西住みほと角谷杏さんは冷蔵庫に卵がなかった朝、空想の中の南極でかってきちんと愛のことを知っていたという話をしてください。」

を基にTwitlongerで書いた奴。誤字修正版。
お酒入ってる時に書いたのでかなり酷いなと思ったけど酒が入ってなくても通常運転で酷いことに思い至った件。


私は愛を知った

 日曜日の朝。冷蔵庫を開けると卵がなかった。

 バターはある。ソーセージもベーコンもある。まだ死にかけていないレタスもあったし、近日中に失うだろう張りをまだ保っているトマトもあった。

 けれど卵がなかった。

 昨夜セットした炊飯器はそろそろ炊き上がりそうだし、半分寝ぼけながらも何時もの習慣で仕上げた味噌汁は鍋の中だ。豆腐とわかめ。だしはこの前小山だったか河嶋だったか或いはご両人に貰った宗田節をがっつり利かせてある。

 けれど卵がなかった。

 冷蔵庫の扉をぱたりと閉めて、代わりにとばかりぴーっと無感動に炊き上がりの産声を鳴きはじめた炊飯器を開き、濡らしたしゃもじでご飯を解し、これもまたぱたりと閉める。

 寝起きと、あと昨夜のなんやかんやでまだ目覚めきらない頭を押さえて数秒。改めて冷蔵庫を開けて、視線を巡らせる。

 バター。ソーセージ。ベーコン。レタス。トマト。

 けれど卵がなかった。

「会長さん、お腹空きました」

「……おはよう、西住ちゃん」

「……おはようございます。お腹空きました」

 ロボットじみた気配の無さで背後から抱きすくめられて、耳元で色気のない文句を吐かれて、溜息一つ。じゃれつくように絡みついてくる腕を適当に引きはがして、寝癖の付いた髪を手櫛でなおしてやる。それが気持ちいいのか、年上で格上であるはずの私にそうさせているのが気持ちいいのかは知らないが、まるで猫みたいにうっとりと目を細める西住ちゃん。でも卵がなかった。

「あのね、西住ちゃん」

「ご飯にしましょう」

「卵がないんだ」

「……目玉焼きは?」

「卵がなきゃ、作れないねえ」

 この世の終わりの様な顔をした、なんて表現が巷には溢れかえっているけれど、西住ちゃんの場合、そういった消極的で受動的な表情はしない。第一そういう予想外の刺激に西住ちゃんは表情を作るのが得意ではない。では朝食にベーコンエッグがないと知った西住ちゃんがどういう反応を返してきたかと言えば、この世を終わらせてやると決意したダークロードオブ西住の眼つきだった。スターウォーズと言うより指輪物語系の、土着の邪悪さだ。

 西住ちゃんは食事に対してこれと言った思い入れはなく、味も悪いよりは良い方がいいというクソみたいな価値観の持ち主で、三度の食事を真面目に摂取するより、栄養素だけ補給したら後はマカロンとかそういう嗜好品ばかり食べている様なバカ舌だ。けれど、例えば私が作ったものならば何でもおいしいと感じるように、付加価値や条件を大事にする。

 ベーコンエッグは西住ちゃんルールの一つだった。

 週末に私の部屋に泊まりに来て、ああ、その、なんだ。『いたした』翌日の朝食は、ベーコンエッグ以外認めない。それに珈琲。以前、うっかり卵の黄身を割ってしまったので開き直ってスクランブルエッグにしたら、食べるには食べたけれど物凄く不本意そうな眼をされた。私の作ったご飯であれだけ不満を見せたのはその時だけだった。

 私だってベーコンエッグの気分じゃない日もあるし、毎度毎度ご飯用意してやっているだけありがたく思えよとは思いながらも、一応理由を聞いてみた。そうしたらこの自己中心的精神を基本構造に組み込んだナチュラルボーンサイコパス、会長さんと初めてした翌日に出してもらって非常な幸福感を得られたので、あの日の再現のようで会長さんが私を愛してくれていて私が会長さんを愛しているんだという確認が得られて非常に心地よいとかなんとか何の儀式だよっていう回答が得られた。

 要するになんだ。君があいしてるって抱きしめてくれたから日曜朝はベーコンエッグ記念日ってか。なんて面倒くさくて理解し難い思考回路だろう。だが許した。

 しかしそれはそれとして卵がなかった。

「なんでないんですか」

「知らないよ。買い出しの予定はまだ先だったんだけど」

「昨日の夜だってまだあるって、あ。……あー……うん」

「西住ちゃん」

「卵買いに行きましょうか」

「一人で納得してないで説明しようか、西住ちゃん」

「えー」

「えーじゃない」

「うーん。なんというか」

「なんなのさ」

「会長さんが産みました。で、食べました」

「はあ?」

 相変わらず根幹言語の規格が合わない西住ちゃんに説明を要求すれば、要約するとこうだった。

 昨夜の不純同性交遊において、西住ちゃんが盛り上がりに盛り上がって孕め孕めと西住棒で赤ちゃん部屋を小突いたところ、正気を失っていた(何せ覚えていない)私が西住ちゃんの子供が欲しいと連呼し、思わず近藤さんを外しそうになったものの、いたしてる時でも妙な所で冷静なこの西住クレイジーみほ、流石に卒業前にはまずいなと思い直したらしい。

 でも非常に盛り上がってしまい互いに思考回路が狂っていたらしく、結合したまま何故かゆで卵を作りはじめ、アツアツに茹で上げて氷水で冷ましたハードボイルドエッグの殻を何故かこれまた結合したまま二人で仲良く剥いて、程よく冷めたハードボイルドエッグを西住棒で私のもうバージンではないバージンロードに押し込み、姿見の前で開脚させて産卵プレイに興じたらしい。

 なお使用したハードボイルドエッグは角谷餡で程よく塩味がついたのでスタッフのマッドネスリターンズ西住が散々楽しんだ後美味しくいただいたそうだ。

 何がハードボイルドだ流されっぱなしじゃないか。と言うかなんだその狂った惨状は。

 何時もの事だが、私は途中から全然覚えていない。気持ちよくなり過ぎると何もかもわからなくなってしまうんですと人間社会に潜り込んだ宇宙人こと私の恋人は平然とのたまったが、リラックスできるからとか言われて事前に飲まされるお茶とか怪しいと思う。露骨にアルコール臭するし。あとあの、あれ、最近アロマにはまりましてとか言って持ってきた乾燥ハーブ。あれ、何がしかのアルコール溶液をしみこませて乾燥させた奴だよね。でも確証がないし、西住ちゃんのことものすっごい疑わしいけどあえて疑いたくないし、気持ちいいし、これが実際ヤバいものだったら表沙汰にする方が危ないし、あと青春とか若気の至りとかが私の体を煽ってまあとにかく気持ちいいし、まあ仕方がない。

 私は考えるのを止めて、髪を適当に束ねて外出の準備を始めた。

 西住ちゃんも黙って顔を洗いに行き、二人して目立たない私服に着替えると、普段と違う髪型にして伊達眼鏡をかけ、卵を買いに出かけた。

 部屋を出て、長い長いエレベーターで街まで下り、コンビニを目指して歩いたが、まだ朝ご飯も済ませていない日曜日の早朝なだけに、人の姿はほとんど見られなかった。ジョギングする生徒や、犬の散歩をする姿がぽつりぽつりと見える位だ。

 ひんやりした朝方の空気に、なんだか少し目も冴えてくる。そうしてぱっちり開いた眼で隣を見ていると、変装しているという気負いも、誰か知り合いに会ったら気まずいなと言う身構えもなく、極々自然体で背景に溶け込んだような西住ちゃんの横顔が見えて、一瞬この私でさえ誰だかわからなくなるようなあまりのモブっぷりに、つくづくこの娘は浸透型侵略宇宙人じみているなと妙な考えが頭をよぎった。

 何とはなしにそのままぼんやり横目でちらりちらりと眺めていると、不意に西住ちゃんはきょろりとこちらを見つめ返した。

「南極でですね」

「ごめん、もうちょっと前からお願い」

 何やら物思いに耽っていたかと思えば、その空想を前振りなしに切り出してくるから困る。

「ああ、はい、ごめんなさい。夢で、南極にいたんです」

「西住ちゃん夢見るんだ」

「最近、会長さんの家で二度寝してるとたまに見ます」

「電気羊の夢でも?」

「ペンギンの夢でした」

「ペンギン」

 成程。ペンギンと言えば南極である。

「夢の中で、私はペンギンでした。魚を食べる事と、死なない事だけ考えている様な生き物で、なかなか悪くない生き方でした」

「その説明で悪くないって思えるのすごいよ」

「それで、仲間達、まあ、他のペンギンたちから逸れてしまって、のたのたと氷の上を歩いているんです。一羽だけだと寒いし、狙われやすいし、なんとか探そうと思ってのたのた歩くんです。でも全然見つからなくて、腹が立ってくるんです。私にとっては群れは何とか見つけたいものなんですけれど、群れにとっては逸れた一羽なんてのは結構どうでもいいものなんですね」

 それは。それは、逸れた一羽と言うのは、西住ちゃんのことなのだろうけれど。夢の中のペンギンの西住ちゃんのことだけじゃなくて、現実で、群れに混ざりきれない西住ちゃんのこと。

「それで、お腹が空いてきて、もう動けなくなって、氷の上でぐったりしていると、白熊がやってくるんです。白熊もお腹を空かせていて、私を見つけるやすぐに近寄ってきて、もう物凄い勢いで私に食らいつくんです。なんだかそんなに必死になってくれると、ああ、群れからは必要されなくなった私だけど、もう誰ともつながり合えなくなっていた私だけれど、こうして必要としてくれるんだなって、なんだか幸せな気分で、ばりばりむしゃむしゃ食べられてしまったんです。必要とされているんだなあって」

 随分な結末だった。血なまぐさくて、そしてなんだか空虚だった。あんまりにも呆気なかった。

 それは、それが、そんなものが、西住ちゃんの愛情と言う物への理解なのだろうかと、私は少し不憫に思えた。私が、それこそ私なんかが言うのもなんだけれど、それは愛なんかじゃない。必要とされていると言っても、そんなものは、違うだろう。求められているのは脂質と蛋白質とビタミンで、西住ちゃんじゃあないんだ。一人ぼっちの寂しいペンギンじゃあないんだ。けれど、誰とも解り合えなかった西住ちゃんにとって、ただ必要とされるというそれだけで、愛されていると感じるには十分だったのだろうか。私なんかが惹かれてしまったが為に、私なんかに惹かれてしまう位には。自分の欲求の為に骨まで喰らって、けれどその心を理解することはない。私は白熊なのだろうか。

 私もかつて寒い寒い南極にいた。誰をも理解できず、誰にも理解されず、どうして自分がこんな不毛の地で生きねばならないのだろうかと嘆いていた白熊だ。それでも私は両親の愛を、学友の友情を、知っていた筈なのに。ああ、そうだ、ちゃんと私は知っていた筈なのに。いまはもう、ない。私はただただ貪る白熊だ。何を信じられないと言って、君の愛でも、人の愛でもない。私は私自身の愛が信じられないのだ。

「それで……それで、どうしたの?」

「目が覚めました。それで、まあ、歩きながら思い出したので、何となく思い返しまして」

「なにか響くものでもあったのかな」

「そうですね。強いて言うなら、ペンギンもやっぱり鳥類なんだなって」

「は?」

「あんまり頭良くないですね。ほら、三歩歩けばって。食べられたら痛くて苦しいだけに決まってるっじゃないですか」

 身も蓋もない物言いに、私は肩をすくめた。ああ、そうだ。そういう人間だった。そういう人外だった。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、私は空想の南極にお湯を注いで、太平洋にでも流してやった。

 辿り着いたコンビニで物色を始めるコンビニ狂いを宥めて卵を買い、ついでに牛乳を一本買い、空腹に急かされて家路を急いだ。手をつなぐ代わりに、私たちは一つのビニール袋を二人で持った。ぬくもりはなかったが、少しのくすぐったさと妙な楽しさがあった。あの南極で、私はかつて確かにきちんと愛のことを知っていた。しかしそれはきっと、いまこのビニール袋にあるものとは違うのだ。大洗の片隅で、私は改めて愛を知った。ような気がした。


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