ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

24 / 37
西住しほは笑わない。


少女(?)達は少女(?)する 西住さんちの場合

 菊代で御座います。

 戦車道西住流家元である西住家に置いて頂いているしがない女中で御座います。

 まァ戦車道のお家にお勤めしているとは申しましても、私は戦車の事などさっぱりで、お嬢様方がやれてーがーが、やれさんとつがと話しているのを聞いていましてもまるきりわかりませんもので、こうして働かせていただいているのも偏に先々代の頃からのご縁で雇っていただいている様なもので御座います。

 尤も、戦車の事を良く知らない女中なんてのは私くらいのもので、一緒に働いている皆さんも、元から戦車道がお好きなのか、働いている内に門前の小僧じゃありませんが知らず知らず覚えているものか、簡単な事ならお分かりになるようでございます。私などは戦車と言えばなんだかおおそろしない音を立てて走り回って、お嬢様方が泥んこになって帰ってくるという印象しかございません。

 けれど奥様にとってはもう一人のお子さんと言う位に大事な物のようでして、いつも眉根を寄せてしかめ面をなさって悩んでばかりおられます。私はまァ大して仕事ができる方でも仕事が好きな方でもありませんから、奥様がそういう顔をなさっている時にそっと温めに作ったお茶を出して差し上げるのが唯一仕事らしい仕事と言えるでしょうか。

 お悩みになっているお姿を見ると、私も役に立たないなりに少しはお勉強して、戦車のお話などできたら何かの手助けになるんじゃあないかなとは思うのですが、奥様の方でも戦車の事などまるで知らないど素人が一人くらい傍にいてくれた方が、あんまり深く考えすぎないようにできるし気が楽だと仰るので、幸いお勉強は免れました。

 奥様はどうにもお悩みになるのがお好きらしく、今日も今日とて朝からうんうん唸りながら机に向かわれたかと思えば、冬眠明けの熊の様にのそのそと歩き回り、お食事もそこそこにまた机に戻ってぐったりと沈み込まれていました。

 私はお休みを頂いてハヤシライスなど食べに行っていたもので居合わせなかったのですが、昨日は久しぶりにまほお嬢様がお帰りになられたそうで、それも珍しくお友達を連れて来られたとのことで、奥様もきっとお喜びだったと思うのですが。あ、いえ、間違えました。珍しくではなくはじめてでございますね。

 なんだかよくわかりませんが、そんなことがあったはずなのに今朝お顔を合わせてからいまに至るまで、奥様は青ざめたような如何にも悩んでいますという顔色でいらっしゃるので非常に景気が悪い。もとい心配で御座います。こういう時に心配するなと言って差し上げるべきである旦那様は、こういう時に限るわけでもなくいつもいつでも外で仕事なさっていますので何の助けにもなりませんし、他の女中の皆さんも機嫌の悪い奥様と関わるのは御免だとばかりにそそくさと仕事に行ってしまいます。まあ私は奥様のお世話は嫌いではないので良いのですが。

 普段から誰の目があるわけでもないのに立ち居振る舞いのきちんとした方ですのに、今日の奥様は自室の書き物机に突っ伏して頭を抱え、夏休み最終日に宿題を片付けていない事に気づいたまほお嬢様とそっくりな情けないお姿をさらしておいでです。これは相当悩んでおいでのようです。つまり何時もの事でございます。

 すすっと温めのお茶を差し出してみると、のそのそと顔をお上げになって、ちびちびとこれまた行儀悪く啜られるのですが、その眼つきたるや三日ほど徹夜で仕事に打ち込んだ後、さあゆっくり寝ようかとしたところで子供に遊園地の約束はと問い質された男親の様な澱み具合で御座います。良くある話で御座います。

「借金でもなさいましたか」

「違うわ」

 ふむ。そうなると私にはどんなお悩みなのかさっぱりです。悩みと言えば金かご飯か位のものです。

「菊代さんのそういう所少し羨ましいわ」

「ありがとうございます」

「その図太さも」

 少し元気が出てきたようで何よりでございます。

「それで、どうなさいましたか」

「………あのね、菊代さん。昨日、まほが帰ってきたの」

「お聞きしております。何でもお友達を連れておいでだとか」

「ええ、ええ、そうね、お友達……」

 非常にげんなりとなさって青菜に塩でもかけた様な奥様。こなれ過ぎてもはや漬物の風格を醸し出してきておられます。

 なんでしょう。お友達に何か問題があったのでしょうか。よもや、ヤンキーなのでしょうか。もしくはギャルとか。西住流家元に対してちょりーっすなどと挨拶をかますお友達をまほお嬢様が連れてきたとでもいうのでしょうか。そんな酷い事があっていいものでしょうか。私のいない間にそんな面白そうなことを。

「その、とても良い子だったわ。戦車道も真面目に取り組んでいて、学校の勉強も疎かにしていない。西住流家元と会うとなってとても緊張していたけれど、心根の強い子ね、きちんとこちらの目を見て、真っ直ぐに話のできる娘でした」

 おや、つまらない。もとい真面目そうで良い子のようです。まほお嬢様もどこでそんな優良物件をたぶらかしておいでなのか。いえ、まほお嬢様がそのような素敵な方とお友達になれるなんて。フムン、何か違う。まあまほお嬢様に良いお友達が出来たのは良い事ではありませんか。

「逸見エリカさんと言うのだけれど」

「良いお名前ですね」

「お友達じゃなくて恋人なんですって」

「なんと」

「恋人なんですって……」

「二度までも」

 ずるずると再び崩れ落ちる奥様。それはそうでしょう。まさか娘が同性の恋人を連れてくるとは思わなかったことでしょう。しかも揃いも揃ってとは。

「角谷さんからお手紙を頂いた時からすごく嫌な予感がしていたのよ……」

 角谷杏さん。非常に良く出来た娘さんで、腕白で何かと問題の多かったみほお嬢様と現在お付き合いされている方です。その角谷さんから丁寧なお手紙を頂いた時も奥様も相当お悩みになって、最終的に娘に同性の恋人が出来たことよりも、不良債権に心の広い貰い手が出来たことに感謝して、感極まって一文しか書けなかったお手紙に、愛用の胃薬を同封して送られました。今もそれなりの頻度で文通なさっているようで、奥様が年若い友人相手に良い刺激を得ておられるようで菊代感激で御座います。ただ、毎回のように新しい胃薬の感想を言い合うのはどうかと。

 いやぁ、しかし西住家の後を継ぐことになるでしょうお嬢様方の二人が二人、揃って同性の方とお付き合いとは恐れ入ります。次世代的な意味で。

「我が西住流はおしまいです!」

「気が早いですよ奥様」

「もう駄目よぉ……おしまいよぉ……駄目よぉ……もう終わりよぉ……」

「いつもそんなこと言ってるじゃないですか奥様。諦めたらそこで試合終了らしいですよ」

「いやもう今度こそ駄目よぉ、菊代さぁぁん……」

 奥様は普段こそ凛々しく眼つきも鋭く子供と目があって三秒で泣かれる様な顔つきですが、誰の目もない所だとしょっちゅうこうしてヘタレておいでです。私としてはこれはこれで可愛らしいので実に愛で甲斐があってよろしいのですが。

「うう、胃が………お腹痛い……」

 奥様は胃壁が荒れに荒れていらっしゃるだけでなく、腸の方もごろごろしやすく、学生時代などは試合前になると必ずトイレに籠って出てこなくなり、千代様に指をさして笑われていたのがなつかしゅうございます。いまも大事な会談等のある日は朝からトイレにお籠りになって、切腹した際見苦しくないよう全てを完全に出し切るかの如く長時間占領なさるもので、戦車道家元はアナルが弱いと目下私の中で噂です。

 さて、女騎士もとい奥様がお悩みなっているということでお茶と一緒にお持ちした紙袋を開き、中身を取り出します。先日角谷さんにお勧め頂いた胃薬と、整腸剤。それにお薬ゼリー。奥様はお薬ゼリーがないとお薬が飲めません。なので人前だと意地でも飲まないので、胃痛を我慢しながら会談に臨むときなど鬼のような形相で最高に笑えます。

 お薬を飲んで一息ついた辺りで、後ろから抱きしめて差し上げて、お腹の辺りをさすって差し上げます。お薬も大事ですが、手当と言う言葉のとおり、弱っている時の人間に必要なのは他人のぬくもりで御座います。奥様は子供の頃からお腹を壊し気味でしたので、よくこうして撫でさすって差し上げたもので御座います。この年までやるとは思いませんでしたが。

 しかし、そうでしたか。まほお嬢さんまで同性愛に走ってしまわれましたか。奥様も学生時代は千代様とロマンスめいたものもございましたし、小さい頃には私に対して年上の女性に対する憧れのような視線を向けて、菊代をお嫁さんにしてあげるからねなどと言っていたものですが、うん、これはもはや血筋では。旦那様ともお見合い婚ですし。

 家の為に見合いで結婚した奥様としてはお嬢様方の恋愛は素直に応援して差し上げたいところなのでしょうが、二人そろって同性愛となると、血筋が絶える的な意味でお困りなのでしょう。かといって若い恋人達を引き裂くのも辛い。わかります。菊代わかりますとも。

「奥様、ご安心ください」

「菊代さん……?」

「最近はiPS細胞と言う物の研究が進んでいるようで、同性間でも子供が作れるようになるかもしれないそうです」

「あいぴーえす……?」

「研究が進めばそのうち、ふりかけみたいな気軽さで子供が作れるそうでございます」

「その気軽さはそれはそれで不安なのだけれど……」

 まあ実際の所研究がどれくらい進んでいて、どれくらい可能性があるのかなどと言うことは、何しろ無学な女中に過ぎないもので菊代さっぱりでございますが、まあひとまず奥様の気が休まればと言う一心で御座います。所謂子供だましで御座いますね。

 なので、後日西住家の名前がiPS細胞関連研究のスポンサー・リスト上位に食い込んだのは決して菊代のせいではないのでございます。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。