ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

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and lovers cannot see the pretty follies that themselves commit.
西ダジ編とりあえず完結ということで。


恋は盲目

 日曜日の朝練を終え、私は今日の練習の反省点や今後の課題などをまとめていた。対大学選抜戦で共闘したことで、他校のデータを数多く得られた。それらを仮想敵として組み上げたシミュレーションに模擬戦。導き出される改善策や相性の良し悪し。それらを出来るだけ客観的になる様、各車長からの意見も取り上げてまとめていく。

 これは今後の練習内容に関わってくるだけでなく、戦車隊の今後にも響くものだ。私は以前から戦力強化を目的とした新戦車の導入を提案し続けてきた。各自の練度の向上や、整備改修の繰り返しだけでは破れぬ壁があるからだ。その甲斐あってクロムウェル巡航戦車の導入は成し遂げた。しかしそれを橋頭堡にして次へ、とはなかなかうまく行っていないのが現状だ。相性の悪い黒森峰の戦車を安定して撃破するためには、高火力の戦車が必要だというのに。

 忌々しい。伝統を守る事と伝統に固執する事を履き違えた保守派の連中に、とうに卒業した癖に無駄に大きな影響力を持って口を挟んでくるOG会のマダム達。折角動態復帰させたクロムウェルとて黒森峰相手にはまだ足りないというのに、彼女らはまるで意に介さない。

 火力を求めてコメット巡航戦車を導入する程度の事が何故許されないのか。予算が足りないというのならば、その分の費用対策はしてきた。非正規戦で稼ぎ、クラブハウスの紅茶の質を落としてまで節約に努めた。中古の車輛を見つけ、値切り交渉まで重ねた。

 それらの努力を、汗を見せず、血をにじませず、あくまでも優雅に装飾し、修飾し、規定の書式で『提案』したのだ。要請ではなく提案として、未熟な若者の自主性をどうか勘案して頂けませんかと下手に出て、それで、その結果が、返ってきた言葉が、「美しくない」とはどういうことなのか。

 聖グロリアーナ女学院の伝統が、誇りが、優美さが、「損なわれる」とはどういうことだ。「栄えある勝利を求める姿勢は大変結構ですわ。けれど聖グロリアーナとしての伝統ある格式を損ねてまで追求するのは、少々淑女としてお転婆が過ぎるのではないかしら。事実としてわたくしたちの頃にはマチルダで十分に、聖グロリアーナ女学院の威光を示せたものですわ。餓えた狼のように目を光らせる必要がわかりかねますわ」とはどういうことだ。各校切磋琢磨し日々新たな戦略を練り、新たな戦法を編み出し、戦車の改造や導入を試み続けている。その中で聖グロリアーナだけが旧態依然とした遣り方で勝ち残れると本当に思っているのだろうか。

 絹代が、辻の言葉だと言って聞かせたように、戦車道はあくまで道であって、結果よりも過程が大事なのかもしれない。しかしそれならば尚更、勝利に対して真剣に取り組むべきではないのか。互いに高め合い、互いに認め合う場であるべき大会で、それが伝統であるからというだけでやり方も変えず対処もせずでは、腐敗貴族めいた怠慢と言われても仕方がない。

 大体マチルダを推してくるのは貴女方がマチルダに乗って活躍したからマチルダこそが最高の戦車と思い込み信じ込み奉っているからではないのかとマチルダ会のOGには問いたい。問い詰めたい。小一時間と言わず御免なさいというまで問い詰めたい。

 もちろん実際にはそれは、格式ある茶会において棘と毒を孕んだ優美な言葉の応酬の中、極めて迂遠な言葉によって伝えられたのだが、果たして通じているのか。あの手合いの厄介な所は、言葉に毒を込め棘を重ねることは得意でも、自身への絶対的信仰から、向けられる毒も棘も読解できないしする気もなく、言葉通りの物としてしか受け止めない事だ。

 言葉は通じるのに、話は通じない。それが保守派への印象だ。

 だが諦める気はない。艦の維持や各種物資の購入など、常に学園艦の経営に冷徹にして切実な視線を向けている経理部には浸透戦術を重ねてきている。保守派やOGの中にも多く見られる、金勘定を下賤と見る貴族連中とは決定的に違う理念で動いている紙の兵隊たちだ。日頃から貴族趣味連中の横暴を一方的に上から申し付けられて、血と汗で磨かれた算盤を弾く兵站の担い手だ。膨大な消費を前提とした戦車隊に対して決して良感情を抱いていない彼女らだが、同時に戦車道の齎す莫大な恩恵を最も強く理解しているのも彼女らだ。戦車道の試合に於いては多方面から、名誉でも見栄でもなく、純粋に金として結果が入ってくるのだから。支出より収入が多い限り、彼女らは我々の味方だ。

 貴族が話を理解できないなら、土台から突き崩してやる。鉄の女にでもなってやろう。

 少なくとも私の在任中にコメット巡航戦車は必ず通すし、戦車隊の権限を拡大して見せる。それこそが私の背中を見て育つ娘たちへの最大の選別になるのだから。見ているがいい、私に当て付けで西絹代なんて言う面倒臭い手合いを押し付けてきた生徒会長閣下様様。少なくとも貴女が戦車道の親交で外交を振興させ、経済を活性化させたいという目論見は果たしてやろう。私の進む道の礎として。

「……ふふん」

「ダージリン様、笑顔が暗黒面に落ちております」

「あら。影のある女はお嫌いかしら」

「ダージリン様、笑顔が英国面に落ちております」

 アッサムと軽い掛け合いをかわし、少し休憩する。確かに顔が強張っている。余り心を張りつめては、誉れ高きダージリンの名を頂いたものとしての優雅さを損なってしまう。強く美しく、それが大事だ。

「……そうですね、ダージリン様。こんなお話はご存知ですか?」

 傍に控えていたオレンジペコが、悪戯っぽく笑う。私の気を緩める為に、私の真似をするとはにくい真似をする。

「昔、昭和の頃の殿方は逢引の際、恥ずかしくて下ばかり向いていたそうで、女性の方ではその時目に入るように鼻緒を飛び切りお洒落な物にしていたそうですよ」

「ふふ、純情だったのね、昔の殿方は。それに合わせて鼻緒をお洒落なものにするというのも、控えめな奥ゆかしさと、自分を精一杯アピールする愛らしさがあって素敵なお話ね」

 厳つい顔で上背のある男性が、むすっとした顔を僅かに赤らめて、俯き気味に女性と連れ立っている姿を想像して、何だか微笑ましくなってしまった。きっと、もごもごと鼻緒の事を言及したり、或いはそれさえ恥ずかしくて何にも言えなくなってしまうのかしたら。

 素敵なお話だ。ただ、問題は。

「どうして今そのお話を私に?」

「革靴を褒められて以来、足元のお洒落が一層磨かれた方がいらっしゃるもので」

「……あなた、アッサムに似てきたわね」

「心外ですわ。ダージリン様の教育の賜物でしょう」

「お二人のおかげですわ」

 くすくすと微笑みあう二人に挟まれた私の足元では、新調したばかりの柄物の靴紐が、見栄え良く結ばれていた。

 

 伝統ある誉れ高き気品溢るる聖グロリアーナ女学院の生徒は、その振る舞いも、身嗜みも、隙があってはならない。例えばこの懐中時計などもそうだ。昨今は携帯電話やスマートホンに時計機能は必ずついているから、それで代用するものも多い。だがそれは美しくない。時計はただ時を知るための実用品ではないのだ。職人の精緻を極める精密機械時計は、高度な技術の結晶であると同時に、自然界から独立した人間という種族の結実させた芸術作品。

 私の持つこの懐中時計もそうだ。イギリス製の精密機械時計で、カレンダーや月齢等を表示するような複雑なものではないけれど、100年以上の時を重ねた本物のアンティークだ。真鍮製の上蓋に施された美しい調金は一世紀もの歴史に半ばかすれ、毎日ぜんまいを巻いてやらなければすぐに狂ってしまう。そうして手間をかけてやっても、近年の時計に比べれば正確性に欠ける。そんなただただ面倒なばかりの、しかしそれ故に愛着の湧く代物だ。

 この懐中時計は代々戦車隊隊長に受け継がれてきたもので、数々の激戦を潜り抜けてきた歴戦の古強者でもある。いずれ私も、誰か信頼できる者に渡してこの学院を去ることだろう。オレンジペコには頑張ってほしいものだ。

 そんな素晴らしい懐中時計であるからして、私が先程から何度も上蓋を開け閉めしてはその惚れ惚れするほど美しい盤面に目を奪われるのも仕方がない話なのだ。いや全く、思わず溜息がこぼれる程に素晴らしい職人技だ。

「……遅いですね」

「あら、多少の遅れはマナーの内よ」

「その割には、いえ、なんでも」

 溜息をつくオレンジペコと、澄ました顔で紅茶を口にするアッサム。あと角砂糖をかりこりと齧っているローズヒップ。

 日曜日のティータイム。絹代の姿はそこに無かった。普段は、例え黄色い声を上げる生徒たちに纏わりつかれていようと、爽やかな笑顔で、しかし時間には必ず間に合うように振り切ってくるのだけれど、今日は遅れていた。もう五分だ。五分も遅れているのだ。

 まあ、五分程度の遅刻は些末なことだ。マナーの内と言ってもいい程度だ。絹代も人間なのだし、たまにはこんなこともあるだろう。

「ダージリン様、あまりパカパカなさると壊れますわよ」

「んんっ、そ、そうね」

 おっと。時計に見惚れていたらローズヒップにまで、よりにもよってローズヒップにまで注意されてしまった。至極尤もな注意ではあったけれど、そこはかとなく苛立たされたので、角砂糖を三つほど放り投げてやる。あわあわと必死に、しかしなんとか角砂糖を受け止めて、かりこりとまた齧り始める笑顔に溜飲を下げる。妖精郷の住人はたまに妙に真面な発言をするから困る。

 それにしてもこの時計壊れてるんじゃなかろうか。先ほどから何度も確認しているが、一向に針が進まない気がする。本当にまだ五分しか経っていないんだろうか。もう一度開いてみる。まだ六分しか経っていなかった。

「……ええと、アッサム様」

「……そうね。何かあったのかもしれませんわね」

「そうかもしれないわね」

「私、電話を差し上げてみようと思います」

「そうね、絹代さんも子供ではないけれど、オレンジペコも心配でしょうし、そうするといいわ」

 全くオレンジペコは心配性で優しい子だ。

 その小さな背中を見送り、ふと見れば、アッサムが辛そうに口元を隠している。体調が優れないのだろうか。不調を押してまで出席するほど重要な席ではない。そう伝えてみたら、何故か肩を震わせて顔を逸らして、しばし咳き込んだかと思うと、何時ものすまし顔で振り向くやご心配なくと普段と変わらない調子。変な娘だ。

 ローズヒップは相変わらず……あら、何処に行ったのかしら。姿が見えない。まあ恐らくお手洗いか、退屈を紛らわすために散歩にでも出たか、妖精にでも誘われていったのだろう。

 私は紅茶で唇を湿らせ、再度懐中時計を開いた。開始時刻から八分が経過していた。八分しか経過していなかった。やはり壊れているのだろうか。

 ちきちきとぜんまいを巻いていると、オレンジペコが困り顔で、電話を手に戻ってきた。

「あら、どうしたのかしら?」

「それが、電話をかけようとしたところ、タイミングよく向こうからお電話が」

「絹代さんが?」

「いえ、知波単学園戦車隊の福田様と仰る方です」

「福田……?」

 それは確か、絹代がちみっこいと称した、小柄な少女の名前だった。

 

「いやぁ、遅れて申し訳ありません! 少々出掛けに問題が……」

 普段より20分ほど遅れてきた絹代は、にこやかにやってきて、場の空気に徐々に声の調子を落とし、そして私の顔を見るなりへにょりと情けなく眉尻を下げた。

「ええと……いえ、遅刻したのは大変申し訳ないのですが、その、私は何か……あー、問題を?」

 困惑したように手土産の袋を所在無げに揺らす絹代。

 それもそうだろう。今日の紅茶の園は、常ならぬ重い空気に支配されていた。オレンジペコは気まずげに視線を泳がせているし、アッサムは瞑目し、沈思黙考している。そして私は、私はどう見えるだろうか。頬に笑みのかけらも浮かばないし、思わず細めた目は剣呑な気配を孕んでいるかもしれない。苛立ちと腹立ちが、頭では煮えたぎり、腹の辺りで渦巻いた。

 一方ローズヒップは無心のまま何故かスパナを握りしめていた。

「問題、問題、問題、ね。そう。出掛けに問題があったんですのね。それで遅くなったと」

「え、ええ、まあ問題と言いましても少々時間を取られただけで、」

「先程知波単学園からお電話を頂きましたの」

 ぎくりと音を立てそうなほどにわかりやすく、絹代は身をこわばらせた。その反応がまた私を苛立たせた。

「どういうご用件だったか、知波単学園戦車隊隊長の貴女ならご存知かと思うのだけれど」

「いや、その、あの、あのですね、その、」

 へどもどとし、普段の明朗快活さなどすっかり鳴りを潜め、視線を泳がせ、意味もなく手を振り、言葉を探す絹代。私はティーカップから手を放した。力のこもった右手に左手を当て、深く呼吸する。そうでもしないと私は何をするかわからなかった。

「福田さんと仰ったかしら。可愛らしい方ね。とても緊張なさって、大変恐縮なさって、こう仰るの。西隊長の行方をご存じないでしょうか、って」

 絹代は空いている片手で顔を覆った。あちゃあとでも言わんばかりにだ。なにがあちゃあだ。かあ、と頭の中が熱くなるのが感じられた。ともすればふざけるなと叫びだしてしまいそうだった。

「不思議なことを仰るわね。貴女は毎週同じ時間にここに御出でになっているのだから、聞くならこう聞くべきですものね。西隊長はまだそちらについてはいないでしょうかとか、ね。私は、もうすっかり困ってしまって泣きそうな福田さんを宥めて、賺して、きちんとお話しさせてもらったの」

 まったくあの時は本当に困った。何を言っているのか、最初は全く話がかみ合わなかったのだから。だがお互いに事情を話しゆっくりと理解が進むにつれて、私の中の困惑はやがて憤りへと変わっていった。心配することはないわ、ちゃんと私が話しておきますから、と電話を切るまで演技を絶やさなかった自分を褒めてやりたい。

「福田さん、仰るの。西隊長が毎週日曜日に姿を晦ませてしまって、気になって調べてみたら学園外に出ているみたいであります、って。毎週毎週の事だし、あの通り人の良い方だから、何か悪い事にでも関わっていないといいのですけれど、って」

 私は意識してティーカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。味などわからない。香りなど入ってこない。ティーカップを置き、改めて絹代を見据える。

「貴女、誰にも、一言も告げずに、毎週ここにいらしていたのね」

 おかしな話だった。本当におかしな話だった。全ては知波単学園と聖グロリアーナ女学院との外交であると思っていた。学校間交流だと思っていた。互いの学校の為に、互いの戦車隊の為に、より良い向上の為に交流の機会を作っていたのだと思っていた。けれど違っていた。まるで違っていた。聖グロリアーナ女学院生徒会と連絡を持っていたのは絹代ただ一人だった。情報学部第6課の網にかかっていたのも絹代ただ一人だった。紅茶の園にやってきたのも絹代ただ一人だった。我が学院は、たったひとりの女生徒相手に外交していたのだ。知波単学園は何も知らなかったのだから。

 政治は嫌いだといった絹代の事が思い出された。ああ、ああ、それは本当だろうとも。けれども、嫌いであることと苦手であることは大違いなのだと、私は知っていたのに、知っていたはずなのに、どうしてそれを見逃したのか。彼女は会長派と辻派が争う中、中継ぎとして隊長を任される程度には調整力を認められた人間だったというのに。

 何故そんなことをしたのか。何故単身乗り込んできたのか。私は以前アッサムから聞いた、GI6の諜報員の話を思い出した。彼女らが他校へ潜入し、情報収集に臨むとき、彼女らはたった一人で臨む。所属も役職も、全てGI6から切り離され、普通科に登録されたただの一生徒として潜入し、そして失敗した時は、広大な学園艦、その中のちっぽけな一生徒が逸って行ったものとして、全てを背負って切り捨てられる。

 絹代もそうしたのではないか。強豪校と親交を結び、微妙な立場である自身の地位をそのパイプでもって補強し、その上で笑顔の下で諜報に励む。そして失敗すればすべて自分だけの責任として更迭され、後任には既に半ば以上準備の進んでいる隊長候補がすえられる。可能であれば自身の立場を補強し、失敗しても学園には迷惑をかけない、潔い事だ。

 思えば絹代はいつも、約束の時間より早めに来ていた。黄色い声で纏わりつく隊員たちに魅力的な笑顔を振りまき、話に付き合い、そしてそこでどれだけの情報を得ていたことか。紅茶の園で無垢な笑顔を見せる裏で、そのような諜報を行っていたのだ。

 怒りだった。苛立ちや腹立ちを通り越して、私の中にあるのは怒りだった。

 二枚舌は聖グロリアーナ女学院の伝統だ。諜報も外交の内として積極的に活用もしている。だが、西絹代がダージリンに諜報を挑んだという事実が私を訳の分からない怒りに駆らせた。よりにもよって伝統ある聖グロリアーナ女学院に、誉れ高きダージリンの名を頂いた戦車隊隊長に、私に、この私に、絹代が裏切りを働いたという事実が凄まじい高効率の燃料となって私の怒りに注がれていた。

 一方で私の中の冷徹な部分が、私が淑女らしからぬ暴挙に出ることを抑えていた。私はアールグレイ様に以前お聞きした赤薔薇事件の逸話を思い出していた。かつて紅茶の園で、戦車隊の隊長と副隊長が言い争い、その末にティーポットで殴りつけたという前代未聞の事件だ。格式ある聖グロリアーナ女学院に相応しからぬ醜聞は徹底的に隠蔽され、僅かに漏れ出た噂も、その惨状を包み隠し、ただ赤薔薇が咲いたのだと密やかに語られるばかりだ。

 冷徹な私は、煮えたぎる私を抑えた。伝統ある誇り高き聖グロリアーナ女学院の、格式ある紅茶の園を、もう二度と流血に曝してはならないのだ。だからローズヒップ、まずはその手に握ったスパナを降ろしなさい。

「なぜこんなことを始めたのか、納得のいく説明をしていただけるかしら」

 見据えた先で、絹代は狼狽した。青くなり、赤くなり、白くなり、百面相を繰り返し、そして最終的には、覚悟を決めたように、唇をきっと結び、眉は力強く張り、背筋が普段以上にピンと伸びた。

「まず、黙っていた事をお詫びいたします。私の週末毎の訪問が、私個人の独断であり、知波単学園が関与していないのは事実です。その点に関して、生徒会長殿にあえて誤解を招く物言いで学園間交流をほのめかしたのも事実です」

 認めた。私の中の怒りがごうと燃え上がり、そして胸の辺りが痛んだ。認めるのか。軋む鼓動に私は気付いた。否定してほしかったのだと。どれだけ証拠が積みあがっていても、絹代にはそれを否定してほしかったのだと。私は自分の中の矛盾した理屈に困惑させられた。

「……認めるのね」

「はい。聖グロリアーナ女学院の皆様を、私個人の私情でお騒がせしたことは深くお詫びいたします」

 深々と頭を下げる絹代の姿に、あれ程煮えたぎり燃え上がっていた私の怒りは、悲しくなるほど速やかにしぼんでいった。そんな姿など見たくないと、胸が締め付けられた。

「……何故、こんなことを?」

 ただそれだけ絞り出すのが精一杯だった。

 ゆっくりと顔を上げた絹代に、私は瞠目した。

 それは初めて見る顔だった。

 西絹代は今や、酒にでも酔ったかのように耳まで真っ赤にして、緊張でこれ以上なく顔を強張らせていた。

 そしてずかずかと歩み寄るや、テーブルを迂回し、私のすぐ傍までずんずんと進み、驚いて言葉もない私の手を乱暴に握り、ずいと顔を寄せたのだった。

「あなたにお逢いしたかったからです」

「……は?」

「お慕いしております、ダージリン殿。貴女の傍にいたかったから、こんなことまでしたのです。好きです。愛しております!」

 私の手を掴む絹代の掌は熱く、それ以上に燃えるような言葉が、私を焼きつくしてしまいそうだった。

 オレンジペコが真っ赤になって顔を覆い、アッサムは感心したように眉をあげ、ローズヒップは蝶と戯れていた。何処からか覗いていたのか、隊員たちの黄色い悲鳴が聞こえる。絹代が握ったままの土産物の袋から、落花生の何とも言えない香ばしい香りがした。

 私はもうなんだか私自身をうまく扱えず、ただただ周りの事ばかりが冷静に見て取れ聞いて取れ、しかし漠として真っ白になってしまった私自身の心中は見当もつかなかった。

 呆然とした私を余所に、アッサムが喉を鳴らして嘯いた。

「おやおや、綺麗な赤薔薇が咲いたものですわね」

 赤薔薇事件と、後に人は呼んだ。

 

 

 


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