ガールズ&パンツァー 乱れ髪の乙女達   作:長串望

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西ダジ続編。
中身はない。
何も話が進まない。
私の中のダー様のキャラがつかめていないんだ私は……。
だってこの人常識人サイドなんだもの……。


女心と秋の空

「今日はお世話になります、紅茶殿!」

「…………一寸待って下さるかしら」

「はっ、幾らでもお待ちいたします!」

 日曜日。午前中は戦車道の訓練に励み、昼食も終え、麗らかな午後の日差しに誘われるようにティータイムの準備を進めていたところ、文字通り花の如く華やかな聖グロリアーナ女学院に似合わぬ、何処か土の香りを連れた黒髪が風に流れた。

 西絹代はその日、余りにも堂々と正面から、聖グロリアーナ女学院の戦車道クラブハウスに悠然とやってきたのだった。

「…………今日はどうしてこちらへ?」

「ヘリで参りました。ヘリポートに一台お邪魔しております」

「そういうことではなくって」

「はて?」

 話が噛み合わない。

 この娘には聖グロリアーナ女学院で磨かれた会話が通用しないのか。幾らか噛み砕いてやらなければならない。

「本日はどのようなご用事で?」

「フムン? 紅茶殿に戦車道についてご教授賜りたく、この時間なら空いているとお伺いしたもので」

 そんな事を言った覚えはないし、そもそも聞かれた覚えもない。

「…………質問ばかりだけれど、どなたにお聞きしたのかしら?」

「生徒会長殿です。わざわざ学園艦までお邪魔するのですから、許可は取っておきたいと思い連絡差し上げましたら、あいわかった、では私の方からよしなに伝えておくから是非是非に御出で下さいと、ご丁寧に……ええと、私は何か間違えたでしょうか?」

 困惑したような表情の西に、溜息を一つ。

「いえ、どうやら伝達ミスがあったようね。私の方まで話が通っていなかったものだから」

「ややっ、それはそれは。お言葉に甘えて自らご連絡差し上げるのを怠った私の失態です。また、日を改めて、」

「いいわ。丁度ティータイムにしようと思っていたの。あなた一人分増える位は、どうということもないわ」

「おお、ありがたい! 流石、戦車隊を率いる長ともなると寛大なものですなあ」

「貴女も隊長でしょうに」

「や、そうでしたそうでした!」

 かんらかんらと笑う西を案内するようオレンジペコに伝え、私は少し状況を整理することにした。

 まず一つ、確かなこととして、どうやら私は生徒会長にはめられたらしい。

 先日の知波単学園との親善試合で、相手戦車の情報に不備があったことを情報処理学部第6課に苦情申し立てたのが響いたか。いや、連中は生徒会に対しても絶対服従しているわけではない。目的は同じく聖グロリアーナへの貢献であっても、彼女らは独立した一機関だ。立場が違う。情報不備も、大洗への肩入れや、転校手続き、再転校手続きなど面倒をかけたから、ちくちくと釘を刺す程度の事だったのだろうと認識している。

 となると、戦車隊が幅を利かせていることに対する生徒会からの細やかな抗議……というよりは当て付けだろう。聖グロリアーナ女学院において戦車道は花形とはいえ、あくまでも学院全体で見れば一組織でしかない。統括たる生徒会からしてみれば、一組織だけが力を持ちすぎるのは看過できないのだ。あくまで生徒会の管轄下としたいのだ。情報処理学部第6課とは違い、生徒会は大洗への肩入れを明らかに危険視している。独断専行が過ぎる、戦車隊風情があまり調子に乗るなよと、そっとたしなめられた、そうとるべきか。

 直接言えばいいものを、相も変わらず迂遠な連中だ。そうは思うが、自分もまたその迂遠なやり方にどっぷりとつかっているのだ。聖グロリアーナ女学院においては、学院内外における政治もまた学ぶべき一つの事柄なのだ。政治を通じて俯瞰的視点を学んだり、交渉力を高めることは、卒業後にも役立つ有益な経験になるとは思う。しかし現生徒会執行部は、どうにも政治の為の政治となっている感が否めない。所詮花の園しか知らぬ貴族共のお遊びだ。しかしそのお遊びに振り回されながら、なんとか戦車隊の地位向上を目指さなければならないのだ。嫌になる。

 こういう時、所謂上流階級とやらの出ではない、庶民としての思考を持っていることが苦痛として感じられる。自分も連中位、お気楽に政治ごっこが出来ていればと。だが強かな中流階級の目線があるからこそ得られるものも多かったし、庶民出に過ぎない自分が伝統ある聖グロリアーナ女学院で幹部として立っていることが誇らしくもある。

 さて。あの生徒会長の事だ。私に当てつける為だけに西に迷惑がかかるようなことはしていないだろうが、一応方々に連絡を取って知波単学園の来客について確認を取っておく。もし自分同様に他部署にも通達がいっていないのであれば、場合によっては西をスパイと勘違いする輩も出てくるだろう。何も知らず追い出そうとするものが出てはいけない。

 とはいえ、これは心配し過ぎだった。西の訪問はきちんと見学許可を取っての正規の物として登録されていたし、ちゃんと見学章も渡されているようだった。一方で我が戦車隊は悉くこの通達を受けていなかったようでひやりとしたが、西を見かけた生徒の話を聞いてすっかり脱力してしまった。

 聞けばなんでも、仮にも他校の戦車隊隊長が、我が校の戦車道のその本陣に悠々と歩いてくるのを、どうやら誰一人として止める者はいなかったらしい。余りにも堂々と、さも当然であると言わんばかりににこにことのんびり歩いていくものだから、奇異には思っても不審とは取らなかったのだと。それどころか黒髪の麗人に礼儀正しく道を尋ねられて、頬を赤らめながら私の居場所を事細かに説明したというのだから呆れかえる。全く頭痛がする。

 まあ、いい。どうやら西に非はなさそうだ。こちらの内輪揉めの中、私に対する当て付けとして体よく使われただけのようだ。

 こういう面倒さえなければ、西が私に戦車道の教えを求めてやってきたというのはなかなか好感の持てる話だ。対大学選抜戦で大洗のチームと随分仲良くなったと聞いていたし、学年も同じ西住みほの方が訪ね易そうに思えるが、そこであえて伝統ある聖グロリアーナ女学院に教えを乞うというのが良い。西住みほの戦術は面白いが、あれは彼女に地力があるからだ。西住流の教えをしっかりと学んだからできる技だ。西の様な指揮官として日の浅いものは、伝統と格式ある先達の教えをしっかりと学んでから、そういう搦め手を覚えていくべきなのだ。そうすれば先日の様な詰めの甘さも改善されるだろう。

 本来であれば知波単学園の先達にこそ頼るべきではあろうが、先代が更迭されたばかりとあっては、外部に頼るのも無理はない。むしろ恥を忍んで素直に教えを乞う姿勢を私は評価する。聖グロリアーナ女学院のように、体裁を気にし、迂遠極まる遣り口より好感が持てる。それに強豪校の中で、黒森峰でもプラウダでもなく、我が校を、というよりは私を訪ねてきたというのが、私のささやかな優越感をくすぐるのだ。あくまでささやかな、だ。

 大いに気を取り直して、私はオレンジペコが準備万端整えたであろう席へ向かった。我が戦車隊の娘たちは、華やかな聖グロリアーナ女学院に相応しく、奥ゆかしくしかし芯のある子が強いが、その為私個人が指導などで頼られることが余りなくて少し寂しかったのだ。折角向こうからやってきてくれた生徒に、教師として思う存分教鞭を振るうとしよう。

「おお、紅茶殿! お待ちしておりました! こちらつまらないものですが、銘菓落花生パイです! お口に合うとよいのですが!」

 ぐいぐい来る。

 久しく相対したことのない熱烈な視線に、私は先程まで覚えていた優越感がしわしわとしぼんで、代わりに甚だしい面倒臭さと早まったという後悔が早速生まれてきたのだった。

 

 西は生徒としては優秀だった。教えたことは忘れないし、飲み込みも良い。わからないことがあればすぐに質問してくるし、噛み砕いて説明してやればしっかりとした理解を示す。

 少々熱意がありすぎて、暑苦しい位であったが、ローズヒップの相手をすることを思えばまだマシであるようにも思われた。何せ教えればちゃんと吸収して活かしてくれるのだから。ローズヒップは言葉ではなく実際にやらせてみなければ理解してくれないし、繰り返さなければすぐ忘れる。彼女はエンジンの鼓動に共感が強すぎるのだ。使い所さえ間違えなければ、この上なく頼りになる犬ではあるが、もう少し賢くなくては。

 ともあれ、西への指導はそれなりに楽しめた。打てば響くというのがこれほどまでに心地よいとは思わなかった。言葉の一々に含みを持たせ、言外の様々な事柄にも意味を絡め、迂遠極まる問答を強いられる政治とは大違いだ。

 また我が戦車隊の可愛い娘たちともまた違った反応で新鮮だった。ただ憧れのこもった視線でエルダーシスターを見つめ、その言葉にかしこまりましたとばかり答える素直で物足りない少女達。西はそうではない。

 西は大いに口をはさんだ。自分の意見を言い、納得できない事は上級生であり他校の隊長でもある私の言葉であっても異を挟み、納得できるまで言葉を重ねて尋ねた。それは決して強い調子ではなく、笑顔を絶やさぬものであったが、芯の強さが見て取れた。それは違うのではないでしょうか、それはこういうことでしょうか、時折に発される西の疑問は、私を大いに苛立たせ、そしてまた自らも気づかなかった発見をさせられることもあり、大いに感心させられたものだ。

 話していく内にわかったことだが、西は存外に青二才とも言えなかった。多くの戦術論に通じ、彼女なりの運用法も持ち合わせているようだった。しかしそれらは書物から得られた知識を机上で練り上げたものであり、残念なことに突撃一辺倒の前隊長の下ではそれを実践に移すことはもとより口の端に上げることもできなかったようだ。

 私が西との会話を気付けば楽しんでいたように、西もまた、遠慮なく持論を展開できる機会を大いに楽しんでいたようだった。

 私たちは紅茶の冷めるのも忘れて言葉を交わし、告ぎ直した紅茶もまた冷ましてしまい、オレンジペコをむくれさせた。アッサムはそんな様子をただ面白げに眺めていたし、ローズヒップはぼけらったと聞くとも聞かぬともわからない調子だった。

 そのような調子で話し込むうちに、気付けばすっかりと時間が経っていて、西は時計を見て慌てたように席を辞した。あまり遅くなるようだと寮の門限に間に合わないのだという。これには私もうっかりしていた。

「あら、もうこんな時間なのね。すっかり話し込んでしまって、すみませんわね」

「いえいえ! 自分があれこれ質問ばかりするもので! 貴重なお時間を割いていただきありがとうございました!」

 深々と頭を下げる西に、私はローズヒップにバイクを出すよう指示した。途端に目を輝かせて、かしこまりですのと叫ぶや否や颯爽と駆け出す背中。少しの違いかもしれないが、バイクで送らせればヘリポートまですぐだ。

「おお、かたじけない!」

「舌を噛まないように気を付けることね」

 ローズヒップのバイクは聖グロリアーナ女学院一速いが、その荒さも学院一だ。あれで一度も事故を起こしたことがないのだから驚くより他にない。私は親の死に目であっても二度とローズヒップの運転するサイドカーに乗るつもりはないが、まあこれもいい経験になるだろう。

 荒々しいエグゾーストノートに続き、ドップラー効果の影響を受けた色気のない悲鳴が響くのを聞きながら、私はただ可愛そうにと呟くに留めた。オレンジペコがじと目で「ダージリン様はたまに大人げない事をなさいます」と嘆いたが、何のことやら。

 そうして私と西の個人指導は悪くない充実感を残して終わったのだった。

「今週もお世話になります、紅茶殿!」

「一寸待って下さるかしら」

「はっ、幾らでもお待ちいたします!」

 翌週の日曜日も全く同じ時間に来訪を受け、その充実感も消し飛んだが。

 即座に生徒会室に電話をかけ、「おや、伝えていなかったかな」などという忌々しい空とぼけを枕に、西への個人指導が毎週末に設定されていることを、それも私の意見を欠片も考慮しない上で生徒会権限で設定されていることを聞きだし、喉元まで上がりかけたFワードを飲み込んだ。

 この件に関しては戦車隊と生徒会において大いに意見の異なる所であるようですけれど、客人をお待たせしていることですし、用件だけですけれどこれにて失礼いたしますわとだけ述べて電話を切った。これは聖グロリアーナ女学院の方言で、既に来てしまっている客人の顔を立てて退いてやるが、私がこれで済ませると思うなよドぐされ狸が、を意味する。

 先週と変わらぬ熱意をもって、先週とはまた異なる千葉銘菓ぴーなっつ最中とやらを持参した西の、きらきらと輝かんばかりに青春に満ち溢れた視線が待ち構えるテーブルに、私は心底の面倒臭さを覚えながら、おしとやかさという言葉を最大限に強調した牛歩戦術でゆっくりと向かうのだった。

 西との戦車道談義は悪くないものだ。だが底なしの熱意を持つ西の期待に反して、私はいかにしてネタ切れを誤魔化すべくさりげない水増しを行うかということで頭が一杯であった。

 

 

 

続く


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