かささぎの梯   作:いづな

6 / 20
なんとか早めに更新できました。



第六話 『第一次試験開始②』

「――これからお前たちにはこのホテルから飛び降りてもらうぜ」

 

試験官の言葉を受け、受験生がざわざわと騒ぎ出す。部屋の周囲を見てみるも、窓はなく一面コンクリート。外の景色を見ることはできない。

試験会場へ来た時の浮遊感から、またその時間から、現在ホテルの上層階であることは間違いない。

そんな所から飛び降りて、無事で済むはずがない。受験生の不安を無視して話は進む。

 

「このホテルはエルベガで最高層。その高さは600メートル。ここが何階なのかにもよるが、落ちたら即死する高さであることは間違いない。だから命綱はくれてやる。ただ、その長さを自分で決めてもらおう」

「自分の決断を信じて飛び降りた者の内、命綱が長かった上位100名を合格とするって寸法だ。二次試験に進みたければ命綱を長くしな。長くしすぎたらお陀仏だけどな」

 

……この部屋に、若しくは今の会話に。何かヒントがあるのだろうか。少しでも判断材料を増やすため、受験生はパイゴウの話を刻み込む。

本当に飛び降りるとして、命を懸ける根拠が欲しかった。

頭に緑の鉢巻きを巻いた、黒髪の男が手を挙げた。背中には背丈より長い槍。何となく幸薄そうな顔である。

 

「この部屋には窓がない。長さは、外の景色を見てから判断させてもらえるのだろうか」

「いいや、だめだね。それじゃあ意味がない。この試験で試したいのは、お前たちの勘所と決断力だからな」

 

パイゴウは集まった受験生をグルリと見渡す。受験生一人一人の資質を推し量るように。

 

「その2つが欠けてたら、結局長続きしないんだ。持たねぇ奴は死んでくれ。なに、ここは世界有数のギャンブル都市。一生を賭けて、負けた人間の飛び降りは日常茶飯事だ。もし見極めを間違えても、1時間後にはキレイに片付けられてるさ」

 

怖い街だろ、日平均が3.8件らしいぞ。なんて受験生に笑いかける試験官。

誰も返事などしないが、欠片も気にする様子はない。

 

「命綱はクモワシの糸から作られている。強度は折り紙付きだから、ここが最上階だろうと衝撃で切れることはありえない。その部分は気にしなくていいぞ」

 

クモワシ――マフタツ山に生息する、大型の猛禽類である。陸の獣から卵を守るため谷の間に糸を張り、卵をつるして守っている。そしてその糸は軽く丈夫であり、伸縮性はナイロンの5倍、強度は同じ太さの鋼線の10倍。

試験官の言っていることが本当であれば、縄の切断荷重は気にしなくても大丈夫そうである。

 

「さて、説明は以上だ。これから1時間以内に長さを決めて、その後全員一斉に飛んでもらう。この砂時計が落ちきる前に、渡されたプレート裏に希望の長さを書いて提出してくれ。ロープは長くて600メートルまで。プレートは通過者のみに返却するぜ」

 

じゃあ後は1時間悩んで決めてくれ。そう言い放ち、パイゴウは部屋の中央に置いてある革張りのソファにドカッと座った。

その傍らには砂時計が置かれた腰高のテーブルと、郵便ポストのような白色の箱。箱は白地で、真ん中にはハンター協会のマーク。その上部に穴が開いている。時間までにプレートを入れろということだろう。

試験官は、それ以上何も話そうとしない。ひっくり返された時計の砂が、少しずつ零れ落ちている。

 

「さて、どうするかな」

 

独り言ちながら、イナギは壁の様子を調べるためにその場から離れる。ピエロが何か話しかけようとしてきたが、完全にシカトである。追いかけてこないみたいだ。セーフ。

そのまま壁に近づき、手を当てる。軽く叩いてみると鈍い音。厚さ30センチくらいはありそうである。

余裕で壊せるけど、やったら多分失格だよな。600メートルの自由落下、衝撃はどんなもんだろうか。

手がかりを求め受験生が四散し部屋の中を探っている中、イナギはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

かささぎの梯

第六話 『第一次試験開始②』

 

 

 

 

一次試験開始から間もなく、壁側に移動して直ぐ。

イナギが過去の経験から飛び降りの衝撃を想像していると、右肩をトントンと叩かれた。

誰か用だろうか。振り向くと、四角い鼻の小男。ピエロとは別の意味で気持ち悪い笑顔を浮かべている。

 

「どうやら悩んでるみたいだね 」

 

何だコイツ、超うさんくさい。

 

「よっ、オレはトンパ。よろしく」

「何か用でも? 」

 

手を差し出し握手を求めてくるが、こんな疑わし気な男とよろしくするつもりはない。

両手は露骨にポケットイン。迷惑です、なんて感情を隠さず返すも、トンパに怯む様子は一切ない。中々の面の皮の厚さである。

 

「用って訳でもないんだけど、君はルーキーだよね」

「分かるのか」

「まーね。何しろオレ、10才からもう34回もテスト受けてるから。まぁ試験のベテランから、迷ってる後輩にアドバイスを、と思ってね」

 

大きなお世話だったかな、とトンパ。ホントに大きなお世話である。

 

「34回も受けてるから大体の傾向は読めるんだけど、今回みたいな試験官は正直ラッキーだと思うよ。こういうのはギリギリの所を攻めるのが合格のコツさ」

「今回みたいなってのはどういう意味だ? 」

「なんて言うのかな、たまにいるんだよ。受験生の度胸を試す試験官。ハンター足る者、いざという時に踏み込める心の強さがあって当然、ってね」

 

勘所と決断力って言ってたけど、要するにこれは度胸試しだよ。目の前の経験者はそう言い切る。

 

「そしてそういう試験では、そのほとんどで安全策が取られてたんだ」

「だから今回も安全だという訳か」

「そうだね。今回だったら、例えば地面に衝撃吸収材が用意されてたり、どんな長さを指定しても一定以上にはならないとかかな」

 

だからオススメは600メートル。それで一次試験通過だから楽勝だよ。

上機嫌に笑ってみせるトンパとは対照的に、イナギの不機嫌は急加速だった。

よくまぁ都合のいい話ばっかで、ロープを長くさせようとしている。勝手を知らないルーキーをリタイアさせようというのだろう――が、それは別に構わない。そんな話に惑わされる方が悪い。

何がむかつくって、今の話を周りの連中にも聞かせてること。イナギを新人潰しの出しにしていることだった。

 

「確かにトンパの言う通りかもしれないな」

「そうだろ? 経験者のアドバイスは聞いとくもんだぜ」

 

してやったり、とトンパは心の中で笑う。これでまた一人、前途ある若者のあの顔が見れる。野心や希望が永遠に断たれる一瞬の表情。自分の生きがい、程よい刺激。

あとは飛び降りる時に、こいつの側を確保するだけだ。いい顔見せてくれよ、と離れようとして。

 

「じゃあ俺は行くよ。お互いに試験頑張ろう」

「待ちなよ、折角だから一緒に行こう」

「一緒に? どこに? 」

「当然――試験官のとこだよ」

 

600メートルがオススメなんだろ。折角だから一緒に出そう、今すぐにさ。

いや、俺はちょっと。そう言うトンパの手を掴み、イナギは試験官の前まで連行する。

パイゴウに断りペンを借りる。自分のプレートに「600」と書き込み、箱の中へ無造作に放り込んだ。提出第一号である。

手の中でペンをひっくり返し、そのままトンパにずいっと差し出す。

 

「ほら、俺は出したぞ。あんたも出しなよ、600メートル」

「え、いや、ほら俺はもうちょっと考えてから」

「何言ってんだ、度胸試しなんだろ。心の強さ見せてくれよ」

「あ、いや、あの……また後でッ!! 」

 

差し出されたペンをイナギの腕ごと振り払い、トンパはそそくさと逃げ出した。

ちなみにこのやり取りはかなり目立っている。トンパが新人にやり込められたからだろう、ベテラン組と思しき人間は皆失笑していた。

同時にイナギにむけられる、「こいつ終わったな」という目。全く失礼な奴らである。

――とにかく、これでトンパの発言につられて記入する輩は減るだろう。騙される奴が悪いのは間違いないが、片棒担ぐのは気分が悪かった。

 

「やあ♥ また会ったね♣︎」

「同じ試験受けてるんだ、そりゃ会うだろうよ」

 

そんなこんなで、イナギはプレートを提出し終わった。飛び降りまでまだ50分以上ある。有体に言って暇である。

視線にさらされ続けるのも気分が悪かったので、端っこで壁にもたれかかる。何とはなしに他の受験生の行動を観察していると、赤髪ピエロが寄ってきた。

いくら暇でもこいつは願い下げである。イナギは逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。

 

「見てたよ、さっきの寸劇◆ 他の受験生気にかけるんだ♠」

「あの中年小男が気に入らなかっただけだ」

 

で、何の用だ。問いかけるも、ヒソカは気色悪い表情のままである。

 

「さっき僕も提出し終わって、暇だったから話に来たんだ♣︎」

「却下。お前と話すことは何もない」

「つれないなぁ♥ まぁいいや、それより本当にロープの長さ600メートルにしたのかい◆」

「だったらなんだよ」

 

大したことじゃないんだけどさ、とヒソカは続ける。

 

「そうだとしたら、600メートルの自由落下を切り抜けられる念を持ってるんだろ♠ いきなり見れるとは思ってなかったら、ちょっと興奮してきたんだ♥」

 

いやぁ、楽しみだな♥なんてゾクゾクしてるヒソカの横でイナギは内心頭を抱えた。

そうだった、こいつがいたんだった。

 

「どうだろうな、念じゃないかもしれないぞ」

「それはそれで興奮するじゃないか♣︎」

 

確かに念もなしに高層ホテルからの落下に耐えられるなら、そいつは人間じゃない。

戦闘狂っぽいピエロにしてみたら、そっちの方がご褒美かもしれない。

――早く試験始まってくれないかな。若しくはこいつどっか行ってくれないかな。

しつこく絡んでくるピエロを片手間に、イナギはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

▽▲

 

 

 

 

 

それから暫く時が過ぎて。

 

「――時間だ」

 

砂時計の砂が落ちきるのと同時。ここまでソファに座って一切動かなかったパイゴウが、力強く立ち上がった。

 

「さぁ、各個当たりはつけたか。後は読みと心中するだけだ。心の準備ができた奴から、俺に着いてきてくれ」

 

そう言ってパイゴウは歩き出す。進行方向にいた受験生が道を開け、その先には当たり前のように一枚の扉があった。

この部屋に入ってから今まで。皿を舐めるように探し回っても気づかなかった扉の出現に、受験生がざわめく。念能力だ。

パイゴウが扉を開けて、その先に消える。追いかけた受験生の前にあったのは、同じくコンクリート造りの部屋であった。

床があり、天井がある。ただし一切の壁がない。手すりがないむき出しのバルコニーのような空間である。

奥行きは5メートルほど。そこで床は突如として終わり、その先には嗅ぎなれた乾いた空気。青空に跨る白い雲。高層ビル立ち並ぶエルベガの街並みがあった。

その奥側、本来欄干があるべき位置に、無数の金属製の突起物。また床に1から始まる番号が連続して書かれている。恐らく受験番号だろう。

 

「各自、自分の番号の前に立っていてくれ」

 

ほらさっさと移動してくれ、後が詰まる。そんなパイゴウの言葉を受け、受験生が動き始める。

突起物の前まで来ると、否応なしに分かるその高さ。下を見て、落ちたら確実に死ぬと理解する。危険を感じて足が痺れる。風が強く、放り出されそうだ。

全員が並んだことを確認し、パイゴウが室内に声をかける。ハンター協会の職員だろうか。扉の中からぞろぞろ出てきて、受験生一人一人に長さを確認してから命綱を渡していった。

 

「クモワシのロープは手元にいったな。片方を床、片方を体に固定してくれ」

 

イナギはロープを確認する。先端にはフックがついており、これを突起物に固定するようだ。

もう片方は先がライフジャケットのようなものに繋がっていた。正面だけでなく、股下でもホールドするタイプである。

イナギは素早く装着し終わると、静かに足下を眺める。確かに高いが、多分600メートルはなさそうだった。

 

「さて、準備はいいか。飛び降りるか飛び降りないか、決断は自由だ。退くのもありだが、ハンターになりたい奴は読みと心中してくれ」

 

顔色を悪くしてる奴。足ががくがく震えてる奴。余裕そうな顔してる奴。嬉しそうにしてる奴。色々である。

イナギは手足をほぐしながら合図に備える。カウントダウンが始まる。

 

この高さには見覚えがあった。故郷にいた時である。

修行の一貫として叩き落された滝つぼがそうだ。

あの時と違って、下は水じゃないけれど。

あの時と違って、念の技量が段違い。

――このくらいの高さだったら、多分なんとかなりそうだった。

 

「第一次試験、開始!!」

 

声と一緒に、飛び降りる。頬をなでる風を感じながら、下を見る。あっという間に地面が近づく。

ロープの方が長い。当然である。勢いそのまま、念を使う。堅。同時に今出来る最大の具足を両足、陰の状態で作り出す。

足先が地面についた、瞬間。落下に合わせて縮小させる。次いでつま先、すねの外側、ももの外側、背中、肩。体をひねりながら倒れこむ。

衝撃が分散される。無事であった。

 

上を見上げる。受験生が宙ぶらりんになっている。

横を見る。読みに失敗したんだろう、幾つか生臭い花が咲いていた。

 

「よし、第一次試験、終了! 飛び降りた者の内、死亡者も含めた上位100名を合格だ! 合格者はレスキューヘリで先に下してやる。プレートを受け取ったら、二次試験会場に向かう飛行船に乗ってくれ!」

 

それじゃあ俺はこれで。健闘を祈る!なんて声が遥か上方から聞こえてくる。地上まではっきり聞こえるくらいにはバカでかい声だった。

声を受けて先を見ると、ホテル脇の広場に飛行船が止まっている。ハンター協会のマーク付き、これに乗ればいいらしい。

全く用を成さなかったジャケットを脱ぎ捨てる。走り寄ってきたハンター協会職員から、プレートを受け取った。確認するともう乗っててもいいらしい。

そうしてイナギは、近づいてくるピエロから逃げるように、飛行船に向けて歩き出したのだった。

 

 

第一次試験。

合格者――100名(内11名死亡)

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。