ワン・フォー・ワン《独りは一人のために》   作:亡き不死鳥

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ストックが終了。
毎日更新は多分これまで。
まあこの話は急遽ですが。


レッスン

バイトと社員には大きな違いがある。バイトは「あっ、すみませーん。今日調子悪くて〜」なんて結構簡単な理由で休むことができる。

多少の度胸があれば詮索もされず、きつくなれば辞めてしまうことだって簡単だ、俺にも覚えがある。

しかし社員になると正式な契約から始まり、社会人の信用問題などが絡み合い、さらには学生のバイトと違い生活がかかっているため長期雇用を望むことが多くなる。長く働けばその分慣れてきて、仕事が楽になるからだ。

ごめん嘘。慣れても楽にはならない。最初が一層キツイだけで慣れようが慣れまいがキツイものはキツイ。

まあそれ故に社員には出てきてしまう嫌なものがある。それは何か。

 

答え、パワハラ。

 

 

「頼むよ比企谷くん!1日だけでいいからさぁ〜!」

 

「……もう俺何もしないって言ったよな」

 

 

時間が経つのは早いもので、緑谷と対面したあの日から既に半年が過ぎ去っていた。

秋の風が冷たく吹きすさび、食欲を増すものが増えていく。スポーツの秋は磯野を野球に誘い、のび太は仲間外れにすることだろう。

悪いなオールマイト。この仕事二人用なんだ。だから仕事手伝え、さらに押し付けんな。

 

 

「そんなこと言わずに!彼この間鍛錬のし過ぎでオーバーワーク状態になっちゃったんだよ!私の見てないところで倒れたら大変じゃないか!」

 

「…それただお前の管理不足なだけだろ。無茶な計画たてる奴が悪い」

 

「言い訳させてくれ!彼は雄英の合格より先を見据えて鍛錬してたようでね、涙ながらに私のようなヒーローになりたいと豪語してくれたのさ!

そんな師匠冥利に尽きること言われたら、手助けせずにはいられないだろう!?

だからお願い助けてヒキえもん!」

 

「押入れから出てこなくなりそうなあだ名つけんなオル太君。

お使い感覚で解決してくる案件の処理がどんだけ大変だと思ってやがる」

 

「困ってる人を助けるのがヒーローの役目だからね!

だからほら、私いますごく困ってるから助けてくれよヒーロー!」

 

「なんだこのナンバーワンヒーロー…」

 

 

ただの駄々っ子じゃねえか。

まあ仕方ない部分があるのは分かる。オールマイトも伊達や酔狂でナンバーワンヒーローをやってない。

テレビに顔を出さなければ一般人が心配し、新聞の一面を飾らなければ不安が滲み出る程には重要人物をしているのだ。

しかもこの男下手すりゃ緑谷を優先しかねない危うさを持っているので、尚一層厄介というか面倒である。

なんせ、そのクレームを受け付けるのはオールマイトではなく俺なのだから。

 

そして暫し緑谷の鍛錬を見ることとクレームを受けることの仕事量を天秤にかけたところによると……どうにも、緑谷の方が楽そうだ。

 

 

「……………はぁ」

 

「ありがとう比企谷くん!」

 

「諦めのため息を察するなよ。ったく、俺が職務外の仕事をするなんてレアだからな。報酬は高いぞ」

 

「もちろんだとも!君が普段飲んでるマックスコーヒーの箱買いを経費で落とす許可をしようじゃないか」

 

「よし、交渉は成立だ」

 

「「…ふっ」」

 

 

事務所の一室でナンバーワンヒーローと共に親指を立てる男の姿が、そこにはあった。

というか俺だった。マジで死にたくなる5秒前である。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「……さむっ」

 

 

ここにくるのも半年ぶり。田等院駅を降りて海浜公園を目指していく。

時刻は朝の5時前だ。

緑谷は学校があるので当然朝の鍛錬は早いうちから行われるため、監督役の俺もそれに間に合うように着かなければならない。

湧き上がる眠気を噛み殺しながら久々の景色と潮の匂い、朝の空気を吸い込みながら歩いていく。

 

 

「……ゴミ、減ったな」

 

 

すると当然視界に入るのは、かつてゴミの境界線だった海岸だ。

それらがすでに半分以上が消え去っており、緑谷がサボらず怠らず、この半年という時間を有意義に使っていた証明に見えた。

 

 

「………ったく。1日だけだぞ」

 

 

せめて一日だけでも真面目にみてやろう。ま、ほんとに見てるだけで特にできることがあるわけでもないんだけどね。

 

 

「…よう」

 

「あ、比企谷さん!おはようございます!オールマイトから聞いてます。今日一日よろしくお願いします!」

 

「ああ。基本見てるだけしかできないから、なんかあったら言ってくれ」

 

「はい!」

 

 

そんなこんなでレッスンスタートである。基本的にはオールマイトから預かったトレーニングプランとやらの指示書に従って行われる。

 

まず5時〜5時半。有酸素運動。

………雑っ!え、なにこれすっごい雑。雑過ぎてむしろ整ってる。単純五文字で完結とかやばい。何がやばいってマジやばい。

 

 

「…有酸素運動。とりあえず走るか…。

ペースは決まってるのか?」

 

「はい、さすがに半年走ってきたので」

 

「んじゃあ後ろから着いてくから自分のペースで走ってくれ」

 

「分かりました」

 

 

結局、緑谷の鍛錬について特筆すべきところはなかった。走る、筋トレ、ストレッチ、学校、ゴミ拾い、流しのランニングをして、最後のストレッチと相成っていく。

ワン・フォー・オールを受け継いでいない今、俺が指導できることは特になかったのだ。

緑谷は緑谷で集中力の高さは天下一品。物事物事に集中して行っていたので、本を読みながら待機していた俺に物申すどころか視線を寄越すこともなくメニューをこなしていた。

 

 

「……もうこんな時間か。緑谷、最後ストレッチして終わりにするぞ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

日が暮れて暗くなってきたタイミングで引き上げの提案をする。

鍛錬したことのない人間に鍛錬の指導などできるはずもないのだ。

というかオールマイトはどんな筋トレしたらあんな巨大になれるのだろうか…。私、気になります!

 

 

「……ん、もうちょい倒せ。感触的にもうちょいいける」

 

「イデデ、分かりました」

 

「うし、そのまま少し停止だ」

 

「うぐぐ。あ、あの、比企谷さん。ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「あー、内容にもよる。あとストレッチしながらな」

 

「あ、はい。ありがイデッ!ありがとうございます!

ずっと気になっちゃってて。今度会ったら絶対聞こうと思ってたんです!

比企谷さんの個性ってなんですか?」

 

「教えない」

 

「即答!?

いや全く情報なかったんで予想してなかったわけじゃないんですけど。

な、なんでダメなんですか?」

 

「なんで、と言われたならそうだな。

ほら、知らない人に名前とか教えちゃいけないって教わったし」

 

「小学生並みの理由だった!

というか僕比企谷さんに名前教えてもらいましたよ!?」

 

「あーそれならそうだな。

うん、雄英合格したら教えるわ。受からなきゃ多分もう二度と会わなそうだし」

 

「言い辛い事どストレートで…!しかも本気でそう思ってそうだし…。

……でも実際受からなかったら個性受け継いでも、すぐ他の人に渡さないといけないんですよね。

正真正銘の一回勝負」

 

「そういうことだ。趣味も好奇心も受験終わってからにしとけ。

ほい、終わり」

 

 

ストレッチ中に膝についた土を払いながらゆっくりと立ち上がる。それに倣い緑谷も立ち上がり、未だに不安そうな顔を少しばかり俯かせていた。

そんな顔をしていたからだろうか。

普段なら即帰宅していたはずの身体を押し止め、話の続きをするように口を開いたのは。

 

 

「……。嫌なこと言うようで悪いが、オールマイト以外誰も緑谷を中心になんか見ちゃいない。

あくまでオールマイトの気まぐれで選ばれた中学生が、一瞬の夢をオールマイト自身に見させてもらってる程度の認識だ」

 

「そ、そこは理解してます。

ほんと、無個性の僕がオールマイトにここまでしてもらって…」

 

「違う。言いたいのはそっちじゃねえよ」

 

「えっ?」

 

 

不思議そうな顔で首を傾げる緑谷を見て、何故か背中がムズムズするのを感じる。

この自己評価の低さやすぐにビビり出す度胸のなさ。そのくせ突然ヴィランに立ち向かうなんて大立ち回りを演じる。

そんな不可思議な人間に既視感を覚えたのは、いったい何故だろうか。

 

 

「あー、だからあれだ。

そういうオールマイトの個性知ってる奴らには緑谷の結果が合格でも不合格でも、もう文句を言わせない準備はできてるんだ。

そのための三つの条件だしな」

 

「は、はい。えーと、それが何か…」

 

「終わった後の憂いは払ってあるってことだ。だから他の奴になんか言われても気にする必要はない。

何度も言うようだが受かることだけ考えとけ。

雄英はトップ校なだけあってヒーローに向いてる奴を受からせてるし、緑谷はヒーローになれるって証明も貰ってるだろ?」

 

「しょう、めい?」

 

 

頭に?を浮かべる緑谷がどうにも滑稽だ。

残念だがオールマイトは子煩悩……弟子煩悩でな。聞いてもいない緑谷の情報もかなり流れてくるんだ。

だから知っている。オールマイトが言いそうで、それでも言わなかった言葉を引き出したことを。

 

 

ウチの上司(オールマイト)からヒーローになれるって言われたんだろ?

だったらファンらしく、馬鹿みたいにそれを信じとけ」

 

「…っ!は、はい!」

 

「じゃあな。

あと俺来年から雄英に勤めるから」

 

「はい!ってええぇぇぇ!!?」

 

 

後ろからまだなんか聞こえるがそこはスルー。

あの様子だとオールマイトが教師やることも伝わってなさそうだ。

それはそれでプレッシャーにならなくていいのかもしれないが、さて。

 

 

「……帰りにマッ缶注文してこ」

 

 

本日のお仕事、終了☆

 




かっちゃんと絡ませたかった!
けど絡んだところで何も起こらなかったのでスルー。

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