バーの下がり具合が凄まじくてやばい。
将を射んと欲すればまず馬を射よという言葉がある。本命を倒したければその土台から崩すことで楽に倒せるという意味だ。
さて、今回は俺にとって将であるオールマイト。あいつに無個性の中学生にワン・フォー・オールを受け継がせることに対する条件を三つ用意した。
一つ、次の受験で雄英に合格すること(個性を使えるほどの器にならない場合、個性の継承は行われないものとする)。
二つ、雄英卒業までにプロ資格を取ること(留年の場合、未達成と見なす)。
三つ、プロになった後も一定の実績を上げること(常識の範囲以上を基準と見なす)。
上記三つのいずれかが満たされない場合、ワン・フォー・オールは然るべき人間(未確定)に継承されるものとする(契約書並感)。
まあこんなところだ。個性を使いこなさなきゃそもそもプロになれるわけがないので、そこは飛ばしておこうと思う。後は意図的にその中学生を落とそうとしないよう方々に圧力を掛けつつ、このことをオールマイトと中学生に伝える必要がある。
本人達の知らないところで進めたので少し罪悪感もあるが、散々うるさかった数名がそれを承認したことで正式な後継者候補と認めさせておいたのだから罰は当たるまい。
「……えーと、トレーニングの場所は主にここの海浜公園だったよな」
今日はその条件についてその中学生とオールマイトに説明するために来た。オールマイトに伝言を任せると気を遣って入試まで言わない可能性もあるからの処置だ。
どんな案件にせよ最後は本人の承諾が必要となるのは現代社会の常識である。選択肢は一つしかないので受け入れるか諦めるかの二つに一つなのが辛いところではあるが、まあ反応次第だ。
………しかしまあ、この公園の感想を一言で言うならば……汚ねえ!なにこのゴミの境界線。海と陸をゴミで区切ってんの?不可視境界線ならぬ汚可視境界線?ひらがなで書くとおかしきょうかいせん。やだ、おいしそう。
『ヘイヘイどうした!?全然動いてないぞ!もっと腰使え腰!』
『は、はいぃぃぃ!』
……ふむ、あっちか。わかりやすくて大変結構。だけどあんな大声出したらバレるんじゃない?声だけでもわかる人はわかりそうだけど。いや、人通り少ないし大丈夫なのか?
そんなことを思いつつもゴミの合間を縫って声のする方に歩いていくと、廃棄されたトラックを押している緑癖っ毛の中学生と吐血しながら叱咤激励に励むオールマイトの姿があった。デス・マーチだろうか。きっと夢はクリスマス・ボウルでポジションはライン希望なのだろう。
「オールマイト、今大丈夫か?」
「む!比企谷くんか!珍しいじゃないかここに来るだなんて!なに、君も彼のことが気になっちゃった感じ?」
「テンションうぜぇ…。残念ながらそんな興味だけで来るほど暇じゃねえよ。結局クレームやナイトアイの相手押し付けやがって」
「ハハハ!すまないと思ってるよ!私は口が達者ではないのでどうしても彼らを説得できないのだよ!その点君は上手くやってくれるからね、ホント助かるよ」
「そーですか」
これぞこき使われる社畜の図。社長が褒め上手だと尚一層働かされるからタチが悪い。べ、別に嬉しいなんて思ってないんだからね!でも仕事はやってほしいかな!
そんなやりとりをしていると、こちらに気づいたらしい中学生がダダダっと走って来た。
………なんでTシャツにYシャツて書いてあるのん?
「オールマイト!えと、こちらの方は…?」
「ああ!紹介しよう!私のサイドキックである比企谷八幡君だ!猫背と目が腐っていること以外はとても素晴らしいヒーローだよ!この間のヘドロ事件も彼が解決したんだ!
「えっ!?オールマイトのサイドキック!?それもあの解決者不明で騒がれてるヘドロ事件の立役者ですか!?
あれ?でもオールマイトはサイドキックをなかなか取らないことで有名だったような?いやでも本人が言ってるってことは本当。だけど比企谷八幡なんてヒーロー名前聞いたことがない。いやサイドキックだってことすら公開されてないならヒーロー名すら公開されてないヒーローの可能性もあるのか。だけどヒーロー活動するなら名前が知られてないのはデメリットでしかない。なら個性が関係してる?そもそもヒーロー名じゃなくて本名を紹介されたのはなんでなんだろう。いや待てよ目が腐ってるヒーローを1度目にしたことがあったような…」
「長いし怖いわ。あんまヒーロー名名乗りたくないんだよ」
「そうだ、《ノー・フェイス》!顔を見せないでヴィラン退治をするから人気はないけど一時期有名になったヒーロー!
それによく見ればヒーロー免許を取った人が顔写真を公開するサイトで見たことあります!その後一度も見ないから忘れてた!」
「そのまま忘れててくれていいんだが…。あのサイトへの写真掲載は法律上必須だから消せないし…。
それにしてもよく名前まで分かったな」
「ヒーローの研究が僕の趣味なんです!ノーフェイスの解決動画をいくつも見たことがありまして!いやまあ殆ど真っ暗闇なんですけど!あの突然暗くなって光が戻ってきたらヴィランが無力化されてる一連の流れは同じでしたから!うわぁ感動!だれも素顔を知らないって言われてるノーフェイスの顔を直で見られるなんて!そうか少し前から全く見なくなったから逮捕されたとか死んだとか色々考察はあったけどオールマイトのサイドキックになってたんだ!
あっ、申し遅れました!緑谷出久です!」
「……なんとなくキャラが分かってきたわ」
…なんというか、テンションの差はあるがナイトアイのオールマイト語りに似たものを感じる。こいつ、オタクだわ。しかも重度の。その上それだけに集中できちゃう精神力がある分やばい奴。
………ヒーロー名まで覚えてくれてたのが少し嬉しいのは内緒だ。大立ち回りが怖くて顔隠してたら逆に名前が売れ、名乗るに名乗れなくなった辛さよ。タイガーマスクで試合に出たらマスク外せなくなった感覚に似てる。違うか、違うね。
「……興奮してるとこ悪いが今日は仕事で来ててな。緑谷にも関係あることだから一緒に聞いてけ」
「僕に関係がある、ってことはオールマイトの個性のことですか?」
「そうだ。ヒーロー活動以外に関してオールマイトは当てにならないことが多いからな。直接来た」
「さらっと酷いなきみ!」
「さて緑谷。少しいい話とかなり悪い話どっちから聞きたい?」
「華麗にスルーしたね!というか比企谷くん!言い方からしていい話に見せかけた悪い話にしか聞こえないし、先に私が聞いてから緑谷少年に伝えるというのはどうかね!?」
「却下だ。で、どうする?」
「取りつく島もないなぁ!」
「え、えと。じゃあいい話で」
「ほんの少しいい話の方だな」
「いい話の比率が減ったんですが…」
「とりあえずだが、オールマイトの個性を知ってる奴らに緑谷を正式な後継者として認めさせた」
「ほんとかい!?凄くいい話じゃないか!」
「あ、ありがとうございます!!」
「で、凄まじく悪い方の話だ」
「悪い話の比率が増えたんですが…」
「今のいい話をなかったことにする条件を持ってきた」
「「凄く悪い話だった!」」
仲良いね君たち。ヒーローオタク的にオールマイトの好感度はMAX超えてそうだし、オールマイトも初めての弟子に舞い上がってる雰囲気がある。
ただ両手をついて『OTZ』の姿勢取るのやめて。土下座みたいで親近感湧いちゃうから。土下座に親近感湧くってなんだよ…。
「ま、まあオールマイトのファンならなんとなくわかるだろ?」
「……はい。オールマイトの後継者だなんて、みんななりたがります。
なにより僕は無個性ですし、身体も強くない。否定されるのも仕方ないと思います」
「まあそんなところだ。オールマイトの個性知ってる奴らの反応を簡単に纏めるなら、反対10の賛成0だな」
「ですよね…。えと、なら僕を後継者として認めさせたというのは…?」
「現段階じゃどうあがいても無理って条件を盾に突きつけた一時的な処置だ。
相手に絶対無理だというなら『無理だった』って結果が出た後でもいいだろ?って感じにな。その条件ってのは、
一つ、次の受験で雄英に合格すること(個性を使えるほどの身体にならない場合、個性の継承は行われないものとする)。
二つ、雄英卒業までにプロ資格を取ること(留年の場合、未達成と見なす)。
三つ、プロになった後も一定の実績を上げること(常識の範囲以上を基準と見なす)。
上記三つのいずれかが満たされない場合、ワン・フォー・オールは然るべき人間(未確定)に継承されるものとする。
こんな感じだ」
「なるほど、たしかに普通にやったら無個性だった僕には絶対無理………ってあれ?でもこの条件って」
気づいたか。正直平凡ってイメージが抜けなかったが、頭の回転はかなり早い部類のようだ。やる気は元から十分、頭もまあまあよく、ヒーロー気質。
…これはひょっとするとワンチャンあるやもわからんな。
「そうだ。この条件、カッコつけたり落とす条件増やしちゃいるが、特別な条件はつけちゃいない。
『無個性』『ひょろい』『中学生三年生』『一般人』と様々なマイナス要素を前面に出すことで無理難題感をアピールして漕ぎ着けたが、結局誰もが通る普通の道だ」
「たしかに。元々スタートが遅れてるのは当然。むしろチャンスを活かせないならワン・フォー・オールを受け継ぐ意味がない、ですよね」
「ああ。懸念要素を減らすなら三つ目の条件はあんま気にすんな。この部分の裁量は俺たちが決められるし、少し行き詰まった程度なら手を貸すくらいはできる。
だから今は身体作りに専念しとけ。そこで落ちたら俺は知らん」
「そう、ですね。ここまで恵まれて言い訳してるようじゃ、バチが当たりますよね!
ありがとうございます比企谷さん!僕、絶対雄英に合格しますから!失礼します!」
「…おう。ま、なに、あれだ。頑張れよ」
「……!はい!」
足取り軽くシュタタッとゴミの山に突撃していく緑谷姿を見ながら、ふと口が緩くなるのを感じる。それと同時に画風の違うニカッと口の端を釣り上げて笑いかけてくるオールマイトの視線も感じる。う、うぜぇ!
「んもー!比企谷くんの捻デレさんめ!」
「んもーじゃねえよ。てかなんだ捻デレって。デレてないし捻くれてない。社会が捻くれてるから真っ直ぐな俺が曲がって見えるんだよ」
「とぼけちゃって!さりげなく心の準備させたり結構心配してたくせに!
……でもありがとう。君のおかげで私もまだまだ頑張れそうだ!」
「………だけど俺がすんのはここまでだからな。雄英落ちたら容赦なく緑谷に見切りをつける。それだけ覚えとけ。
…じゃあな、俺は帰る」
それだけ言い残し踵を返して駅への道を歩きだす。事務所から片道一時間近くかけてここまで来たので、少しくらい寄り道してもいいかと思ったが、今日は真っ直ぐ帰ろう。
なんせ、二人分の感謝を受けてしまったのだから。どうにも真っ直ぐな気持ちは引け目を感じてしまう。それは俺の行動が打算まみれだからか、それとも緑谷を信じられない故か。それはわからない。
結果は10ヶ月後。未来の生徒になるか、それとも赤の他人となるか。人生は一期一会。一生に一度しか会わないかもしれないし、一生の出会いになるかもしれない。
オールマイトが緑谷と出会ってどう影響するかは本人が決めること。だから10ヶ月の期間はみっちり見てやってほしいものだ。
「……その間の
そんな小さな打算を思い浮かべながら、海岸から離れていく。ちらりと後ろを振り向くと、緑と黄色の二人が視界に入る。
「……ハッ」
よく分からない笑いが漏れ、歩みを再開する。
後は野となれ山となれ。独りは一人で歩き出すとしましょうかね。
幕間回。
入学式に飛ぶかオリジナルを書くか。
悩ましや。