西行寺さんちのフランドール   作:cascades

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全ての秘密が1点に収束する……。


18/01/08 ずっと映姫様のターンだと言ったな。あれは嘘だ。


1_9_ルビコン計画 #

ルビコン計画

 

 

 まもなく時間だ。

 私、四季映姫は少し緊張している。

 

――1980年代 地獄

 

 

 フランドールの処遇を検討する為、私は鬼神長の一人、水鬼鬼神長の私室の前で腕時計を見ながら面会の時間になるのを待っていた。

 水鬼鬼神長に面と向かってお会いするのは、これが初めてだ。

 行事などで見かける事もあったが、話したことはなかった。

 文通ならやり取りをした事がある。

 前回、白玉楼を探らせる為、鬼神長直属の特務部隊の出動依頼を出したのと、今回の面会設定の件である。

 ……ほぼ事務手続きじゃないか。

 だからなのか、少し緊張している。

 

 14時ジャスト、時間だ。

 私はノックをすることにした。

 

「四季映姫・ヤマザナドゥです。面会の時間になりましたので、参上しました」

「どうぞ入ってちょうだい。鍵は開いているわ」

「失礼します」

 

 重厚なドアを開け、部屋に入った。

 部屋を見渡すと、私の私室と同じ間取りの12畳となっていた。

 鬼神長といえど、与えられる部屋は閻魔と同じらしい。

 上半分の6畳のスペースには大きくて装飾の施された机に、これまた装飾の施された椅子に妙齢の女性が座っていた。

 水鬼鬼神長の容姿は、瞳の色が落ち着く緑色で、髪の色は赤色で腰ぐらいまであり、髪型はセンター分けだった。

 そして一番目立つであろう『鬼の角』が見当たらない。

 私がボーっと凝視していると、それに気付いたのか、水鬼鬼神長は説明を始めた。

 

「『鬼の角』があると、威圧しちゃうんで、普段は消しているの」

「そうでしたか。凝視してしまい、申し訳ありませんでした」

「こちらこそごめんなさいね、ちょっと書類作業が終わらなくて……。あ、来客用の椅子にお座りください」

「はい、ありがとうございます」

 

 机の前には来客用スペースとして、ガラス製のテーブル1卓に、ソファがテーブルの両脇に2脚ずつ計4脚配置されている。

 この配置も私の私室と同じ配置である。

 私はソファの下座に座らせて頂いた。

 

「仕事が片付かなくってね。本日のアジェンダはどんなものかしら?」

「今噂になっている白玉楼に住む吸血鬼、フランドールの処遇についてです。能力の虚偽報告により、西行寺幽々子から親権を奪い、水鬼鬼神長殿に引き渡そうと考えております」

 

 水鬼鬼神長は書類作業の手を止められて、私を見つめた。

 私は構わず話を続けた。

 

「その際、能力の強大さ故に封印処分になるのではないかと思われるので、それでは処分があまりにも苛烈であると考え、減刑の嘆願書を持参した次第です」

 

 水鬼鬼神長は席を立つと、ソファの上座に座った。

 

「穏やかな話じゃないわね。親権を奪うとか封印処分とか」

「当然の措置だと思います」

「そう。それじゃあ、まずはあなたの意見を聞くわ。嘆願書はどんなものなのかしら?」

「こちらになります」

 

 私は自分の嘆願書と小町が集めてきた死神の嘆願書両方を提出した。

 

「けっこうあるのね。あなたの嘆願書の他に、死神の嘆願書? 白玉楼の吸血鬼は随分と好かれているのね」

「はい、冥界の業務報告書も問題なく提出し、真面目な性格であるので、私としても嘆願書を書いた次第です」

「どれどれ。寿命を超えて死から逃げ延びている仙人や天人の討伐に『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使用することで、精神的な揺さぶりによる遠回りな方法とは、別方向での討伐手段として利用可能、と」

 

 水鬼鬼神長は私の嘆願書を読むと、少し考える仕草をした。

 

「そうです。鬼神長直属の特務部隊の隊員としていかがでしょうか」

「確かに『即応任務』などの時でも、私たち鬼神長の中で処理ができるのは魅力的ね」

「前回の白玉楼調査依頼の時なんて、死神の、それも年若い190歳ぐらいの子がきてびっくりしました」

 

 私が前回の調査依頼の話を出した途端、水鬼鬼神長の目が吊り上がった。

 

「うちの隊員を馬鹿にしないで。皆命を張っているの」

「し、失礼しました」

 

 水鬼鬼神長から絶対零度の様な視線を向けられ、平謝りをした。

 

「ああ、ごめんなさい。つい、カッとなっちゃって」

「いえ、私の失言です」

「年若い死神を送り込んだのには訳があるのよ。家族パーティに潜入して情報を収集する任務だったからなの。バリバリの軍人を送ったらパーティで浮いてしまうでしょ。だから、まだ年若い隊員が適任だと思ったの」

 

 水鬼鬼神長はソファに座ったまま、自分の机の上の資料をあさり始めた。

 

「あったあった。特務部隊所属『死神ベルンハルト捜査官』の報告書」

「これは一体……」

「これは私に対する報告書よ。豆カメラで盗撮に成功したのか、パーティの様子が克明に記録されているわよ」

 

 水鬼鬼神長は報告書のファイルを開くと、数枚の写真を見せてきた。

 幽々子自ら誕生日ケーキを運ぶ写真、酔ったフランドールが母親に甘える写真などだ。

 

「報告書の備考欄にはこんなことが書かれているわ。こんなに仲睦まじい親子に限って、そんな恐ろしい能力を持っているとは考えにくい、とね」

 

 ……魂魄妖忌め、わざと写真を撮らせたな。

 あの番犬が豆カメラごときに気付かない筈が無い。

 

「今度は私から意見を言わせて貰うわね」

 

 水鬼鬼神長は私を正視した。

 

「私はいち吸血鬼が持つ能力として、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は大きすぎると考えるわ。もし、そんな存在が生まれたとしたら、それはもう『破壊神』ね」

 

 確かに子供の噂話を真実だと思ったのは私の直感だった。

 裏付けは今のところ取れていない。

 

「浄玻璃の鏡か、私の『白黒はっきりつける程度の能力』で噂話に白黒つけます」

「それじゃあ、仮にその能力を持っていたとしましょう。なんで親子の仲を引き裂くような真似をするのかしら? あんなに仲が良いのに」

「それは戦力バランスの問題です。是非曲直庁の置かれる地獄の戦力と白玉楼の置かれる冥界の戦力は均衡を保つべき事だと考えます」

「あなたの考えは理解できたわ。現実問題として、幽々子様からどうやって親権を奪うのかしら?」

「上司の私が命令します」

「命令に背いたら?」

「もし抵抗する様な事があるのなら、捕縛すれば宜しいかと」

「それは無理な話だと思うわ」

「なぜですか?」

「幽々子様という戦力を天秤にかけて、釣り合うだけの分銅が今の是非曲直庁には存在しないのよ。閻魔王様のいう事も聞くかどうか」

「……」

「幽々子様はそっとしておくべきお方なの」

 

 わかってはいたが、見ないようにしていた部分がある。

 幽々子は本当に私の部下なのかと。

 私は上司である閻魔王様から幽々子の持つ白玉楼という冥界を引継いだ。

 引継ぎの際、幽々子には十分注意する様、指示があった。

 水鬼鬼神長ですら、『様』付けである。

 ……それでも、私は自分の意志を通したい。

 

「それでも、私は自分の正義を優先させます」

「そう、それじゃあ私から言う事は無いわ。総括に入らせてもらってもいいかしら?」

「ええ、お願いします」

「フランドールがもしも私に引き渡されたとしても、封印処分などしません。そんな便利な能力があるのなら、鬼神長直属の特務部隊の隊員として歓迎します」

「貴慮して頂き、有難う御座います」

 

 嘆願書が無駄にならずに済んでよかった。

 意見の相違があるものの、封印処分は避けられた。

 得るものも得たので、私は面会を切り上げ、帰る事にした。

 

「本日は貴重なお時間を頂きまして有難う御座いました」

「いえいえ、あなたも忙しいでしょうに」

 

 私はソファから立ち上がり、ドアに向かったところで水鬼鬼神長に呼び止められた。

 

「あなたは、是非曲直庁が設立されたときに中途採用された、閻魔なのよね」

「……はい」

「それじゃあ、自分の思う限りのことをしなさい、四季映姫・ヤマザナドゥ殿。汚い(・・)仕事は私達に任せて、あなたは真っ白のままでいて」

「はい」

 

 最後にかけられた言葉は何だったのだろうか?

 少し思うところがあったが、私は水鬼鬼神長の私室を後にした。

 

 

 

 

 

 拝啓お母さま。

 私、フランドールに隠している事をそろそろ教えてくれませんか?

 

――1980年代 白玉楼

 

 

 お母さまは本当に正月返上で計画書の完成を急がれた。

 有言実行というか、母は強しというか……。

 いつも楽しみにしていた正月料理もそっちのけで計画書を作成していった。

 食事の時間になると、お雑煮を掻っ込むと筆を走らせていった。

 昼夜問わず、不眠不休で計画書を書くのであった。

 そのおかげか、クリスマスから3週間前後で計画書は完成した。

 計画名称『ルビコン計画』。

 すぐに開始(キックオフ)宣言があるかと思ったら、まだ秘密との事だった。

 遅くなったが、我が家にも正月が来た。

 日程が鏡開き当日になってしまったが、皆で鏡餅をチーズの入った磯部巻きにして頬張った。

 

 

 そのまま何事もなく4月になり、裏庭の工事がやっと終わった。

 1年近く工事をされて運動不足気味だったのだが、これで解消される事となった。

 昔みたいに裏山に登ってもよかったのだが、お母さまから離れるのが嫌だったので、一緒に登る時以外は登らなかった。

 結局、お母さまはこの工事の事も秘密のまま終わらせた。

 

 

 紫さまが言っていた『500年前の真実』も秘密、『ルビコン計画』も秘密、『裏庭の工事』も秘密で私はフラストレーションを溜めていった。

 それでも真実を知る瞬間(とき)が近い事はなんとなくわかっていた。

 私の能力が四季映姫様の知るところとなり、『ルビコン計画』が立てられ、計算されたかの様に『裏庭の工事』も完了した。

 きっと『500年前の真実』もどこかに関係しているに違いない。

 全ての秘密が1点に収束する気がする。

 紫さまは真実とは常に残酷だと仰られていた。

 私に全ての真実を受け止める事は出来るのだろうか?

 いや、西行寺家の娘として、受け止めなければならないのだろう。

 私は静かに確信していた。

 

 

 そんな事を考えながらさらに4ヶ月が過ぎ、冥界は夏になっていた。

 夏といっても、冥界は幽霊が居るので涼しくて快適である。

 居間でお母さまと一緒に3時のおやつである葛餅を食べていた所に、紫さまがスキマから現れた。

 紫さまはいつになく上機嫌な表情をしていた。

 

「あら紫、あなたの分の葛餅は無いわよ」

「葛餅よりもこれを見なさい」

 

 紫さまはテーブルの上に新聞を置いた。

 どうやら、『外』の新聞らしい。

 お母さまは新聞を広げ、1面記事を読み始めた。

 

「フムフム、どうやら始まったみたいね」

「そうなのよ」

 

 お母さまと紫さまはつうかあの仲なので、紫さまが何を言いたいかすぐにわかるらしい。

 羨ましい限りである。

 

「フランドールも読んでみなさい」

 

 お母さまが私にも読むように勧めてきた。

 1面記事で良いのかな?

 とりあえず、読んでみる事にする。

 なになに。『心霊現象続々!? 心霊スポット一覧を掲載!!』と見出しには書いてある。

 心霊スポット一覧を見る限り、『幽霊移民計画』で使った物件と合致しているものがいくつかあった。

 心当たりが無いものも、計画書の資料と見比べればきっと合致するだろう。

 紫さまはこれを見せたかったのだろう。

 この新聞が言っている事。それは……。

 

「幽霊が……、見世物になっている?」

 

 お母さまと紫さまは顔を見合わせた。

 

「どうやらフランドールも回答に行き当たったみたいね」

「その様ね」

 

 まだよくわかっていないが、お二方は満足された様だ。

 

「それじゃあ紫、この新聞をちょっと届けてくれないかしら」

「どちらまで?」

 

 急に紫さまはよそよそしくなられた。

 面倒な事に巻き込まれた、と言わんばかりの顔となった。

 

「もうわかっているでしょ。是非曲直庁よ」

「嫌よ」

「四季映姫・ヤマザナドゥの私室」

「絶対に嫌」

「目立つように机の上に置いてくれたら最高ね」

「簡単に言ってくれますわ」

「さらに注文を付けるとすると、あなたの仕業とわかる様にしてほしいの」

「正気なの? 見つかる危険だってあるのよ?」

 

 紫さまは目をつむり、頭が痛いという、額に手を当てる仕草をしながら言った。

 

「小町が業務報告書を取りに来るのをまって、渡す様に言えば良いじゃない」

「それがダメなのよ。業務報告書を取りに来る死神が最近小町じゃないのよ」

「私が四季映姫を苦手とする事は知っているでしょう?」

「知ってるから頼んでるんじゃない」

「さらにタチが悪いじゃない! もしもやるにしても、其れ相応の報酬が無ければやりませんわ」

「この葛餅じゃダメかしら」

 

 お母さまは食べかけの葛餅を紫さまに渡そうとした。

 

「食べかけじゃない! 頂きますけども! あら、意外と美味しい」

 

 ぷりぷりと怒っていた紫さまだったが、甘味で機嫌を直された様だった。

 

「それで紫は葛餅でどこまで働いてくれるのかしら?」

「三途の河の小町まで届けてあげます。そこから先は知りません」

「それで十分よ。ありがとう、紫。やっぱりあなたは頼れるわ~」

「フン」

 

 お母さまが紫さまをあそこまで煽るなんて初めてだ。

 何かストレスでも溜まっていたのだろうか?

 

「葛餅のお礼に良い事を教えてあげます。今、地獄でフランドールの真の能力がホットな噂話となっています」

「変ねぇ、冥界や幻想郷ではなく、地獄で?」

「ええ、どうも火を煽っている輩がいるみたいで」

「四季様にも困ったものだわ」

 

 紫さまは葛餅を食べ終わると、スキマで帰っていかれた。

 きっと小町に新聞を渡しに行ったのだろう。

 

「さあフランドール、私の書斎に行きましょう」

「ここでは話せない事ですね、わかりました」

 

 お母さまと私はそろってお母さまの書斎へ移動した。

 書斎では私が下座に座り、お母さまは上座に座られた。

 

「フランドール、それでは『幽霊移民計画』の本質を述べよ」

「わかりました」

 

 『幽霊移民計画』の本質。

 それは今までたくさんあったヒントをつなぎ合わせる事で答えは導かれると思われる。

 お母さまが最初に言っていた言葉、『四季様が冥界拡張計画を、実行に移さざる負えない状況に仕組むのよ』。

 私が演説で使った適当な言葉、『これによって是非曲直庁の石頭共に現実を突きつける!!』。

 そして今回の新聞、『幽霊が見世物にされている』という現実。

 これらを組み合わせ、最適な解を導き出す。

 

「冥界の面積が足りないので、幽霊を顕界の廃墟に移民させることによって、空きスペースを作ります。しかしそれによって、幽霊が見世物にされているという現実を四季映姫様に突きつけるのです。四季映姫様は冥界を拡張し、幽霊を顕界から戻す以外、打つ手が無くなります」

「その通り。四季映姫の石頭でも幽霊が見世物にされているとなると、黙っては居ないでしょう。よくできたわね、フランドール。100点満点よ。いいこいいこ~」

「ウフフ~」

 

 お母さまは私を優しく撫でてくれた。

 私は解を導き出せた嬉しさと、やっと冥界の一員として認められたのではないかという嬉しさで一杯になった。

 

「『幽霊が見世物にされている』という現実が出来たので、『幽霊移民計画』はこれにて完了となります」

「という事は、いよいよ」

「ええ、四季様が冥界に乗り込んで来るので、『ルビコン計画』の開始(キックオフ)となります」

「では計画の詳細を教えてください」

「でもその前に」

「?」

「フランドール、あなたの能力はどの程度まで出来るようになったのかしら」

「えーと、300mなら動いているものでも破壊できます」

複数追跡(マルチトラッキング)は?」

「10個までならやったことがあります」

「上出来ね。それじゃあ地下室に行きますか~」

 

 お母さまはいきなり書斎の畳を1枚剥がし始めた。

 畳を剥がすと床板の場所に観音開きになる扉が取り付けられていた。

 こんな設備があるなんて、初めて知った。

 扉を開けると、6畳ぐらいの小さな地下室が現れた。

 これを作る為に1年も工事に費やしたのか?

 

「ささ、入って」

「わかりました」

 

 お母さまは先に飛び込んでいった。

 私も続いて地下室に入ると、壁はコンクリート打ち放しで、なんの装飾も施されていなかった。

 部屋の両脇にはステンレス製の棚が設けられていて、巻物が多数保管されていた。

 

「お母さま、この巻物は一体……」

「この屋敷の設計図とか、重要書類とかを保管しているの」

 

 重要書類!

 私が探していた、500年前の業務報告書の写本がここに眠っているのかと思ったのだが、どうやら違う様だった。

 私が書類を確認していたら、お母さまは奥側の棚を動かし始めていた。

 

「よいしょっと」

 

 棚を動かすと、さらに地下に通じる扉が出てきた。

 扉は大人が一人入れるかどうかというぐらいの小さなものだった。

 そこを開けると、漆黒の闇が支配していた。

 まったく底が見えない。

 

「えーと、この辺りにあったと思ったんだけど……。あったあった」

 

 お母さまは小さい扉に手を突っ込んで何かを探していた。

 バチンという電気の回路遮断器(ブレーカー)を上げる音が聞こえると、闇が消え、蛍光灯に照らしだされた垂直の通路が現れた。

 光を入れたのにも関わらず、垂直の通路の底は見えなかった。

 

「一応、はしごは付いているけど、ホバリングしながら降りていくと、らくちんよ~」

「お母さま、中に入ったら、抱っこして」

「もう、しょうがないわね~」

 

 通路の中に入り、私を片手で抱っこしたお母さまは、はしごから手を離した。

 ゆっくりと降りていく私達。

 何m降りただろうか? 地下200mぐらいは来ただろうか。

 垂直の通路の終わりには、24畳ぐらいの大きな空間になっていて、直径2mはある金属製の円柱がはめ込まれていた。

 上に赤色回転灯(パトランプ)と、右端にはブラウン管ディスプレイとキーボード、磁気式カードキーを入れるであろう穴が3ヵ所あった。

 

「大金庫室?」

「そうよ。1年かけてこれを作っていたの。私の大事な大事なものを保管するための場所」

 

 お母さまはカードキーを懐から出すと、3枚別々の場所に入れた。

 すると、ディスプレイにパスワードを入れる様に要求する画面が出てきた。

 キーボードからパスワードを見ちゃいましょうかね~。

 吸血鬼の動体視力の出番である。

 何々。『F・5・R・6・I・5・D・1・A・3・X・Y』……?

 ええ……。なんで架空の殺し屋の口座番号をパスワードにしているの?

 お母さまのセンスに少し引いた。

 パスワードの入力が終わると、赤色回転灯(パトランプ)が回り出し、はめ込まれていた円柱の扉がせり出してきた。

 

「足元の警戒色の場所には入らないようにね。危ないから」

「わかりました」

 

 円柱の扉は厚さ1mぐらいあるだろうか?

 4重のロック機構がある大きな扉だった。

 扉の奥には鉄格子の扉がまたあったのだが、その奥に見えるものには目を疑った。

 

「金塊!?」

 

 それも1つや2つではない。

 大金庫室の中は24畳ぐらいのスペースで、そこにうず高く積まれた金塊が奥まで続いていた。

 

「そんなに興奮しないの。この金塊は怨霊の欲望から生まれた金を溶かして集めたものなの。怨霊は全部始末したから、安全よ」

 

 お母さまは中の鉄格子の扉を開けられた。

 中に入ると金塊の多さに圧倒された。

 

「閉めるわね」

 

 そういうと、お母さまは大金庫室の内部にある『開』『閉』スイッチの『閉』スイッチを押した。

 すると円柱の扉は大きな音とともに閉まった。

 

「この大金庫室には装甲を施しているの。側面と底面はエイブラムス戦車にも使われている厚さ60cmの劣化ウラン複合装甲をさらに厚さ60cmの鉄筋コンクリートでサンドイッチにしているのよ。計1.8mの装甲なの」

 

 お母さまはコンクリート壁をコンコン叩きながら説明した。

 

「上部装甲にはそのサンドイッチをさらに空気の層を含めて3層に重ねているの。これで核ミサイルが飛んで来ようとも、核バンカーバスターが飛んで来ようとも内部の大事なものは守られるわ」

 

 私は不思議に思った。

 お母さまはそんなに守銭奴だったのかと。

 

「そんなに金塊が大事なんですか?」

「いいえ、この金塊は侵入者を惑わす為のデコイなの。本当に大事なものはこの奥にしまってあるのよ」

 

 私達は金塊奥のロッカーが並んでいる場所に到着した。

 所謂、貸金庫という奴だ。

 しかも使用済みのものを調達してきたらしく、見たところ傷だらけだ。

 この中に大事なものが入っているのだろうか?

 

「この中に入っているのですか?」

「いいえ、これもデコイよ」

 

 お母さまは袖の下から円筒形の何かを取り出した。

 

「フランドール、よく聞きなさい。これから話すことは自分の将来を決める選択です」

 

 いきなり重い話になってきた。

 自分の将来?

 

「ルビコン計画はこの選択から始まります。私の娘として、のほほんと暮らしたいのであれば、横にある金塊を取りなさい。それとも私の後継者として全てを知りたいのであれば、この円筒形の『鍵』を取りなさい」

 

 私は……どうしたいのだろうか。

 のほほんと暮らすのも良いだろう。

 だがやはり全てを知りたい。

 お母さまの全てを……。

 私は円筒形の『鍵』を取る事にした。

 

「そう、ありがとう。後継者になる選択をしてくれて。私は嬉しいわ」

 

 お母さまはまた袖の下から今度は鍵の束を出してきた。

 

「13番貸金庫から中身を取り出しなさい」

 

 私は13番貸金庫の鍵を開け、中のトレーを取り出した。

 トレー一杯に詰まっているこれは……お札?

 しかも幻想郷で流通している1円紙幣とは異なるデザインをしていた。

 

「それは地獄で流通しているお札、地獄ドルよ。是非曲直庁の造幣局が発行しているものなの。今は関係ないから下に置いといて良いわ」

 

 トレーを床に置き、貸金庫内をもう一度覗くと、円形の穴があった。

 見たところ、この『鍵』が入りそうである。

 

「『鍵』を差し込んで、はまったと思ったら、右に1回転させなさい。鍵が開く音が聞こえたら、すぐに手を放すんですよ」

 

 私は短い腕を伸ばして、13番貸金庫の中へ『鍵』を突っ込んだ。

 はまる感触がしてから、言われた通り、右に1回転させたら鍵の開く大きな音が聞こえた。

 

「すぐに手を放して!」

 

 私は言われた通りすぐに手を離した。

 そうしたら貸金庫全体が弧を描く様に動き出した。

 

「貸金庫の奥に……隠し部屋?」

「ええ、金庫室の奥にまた金庫室があるなんて誰も思わないわよね」

 

 隠し部屋の奥にまたさっき見たような光景が広がっていた。

 直径2mの円柱の扉と、上に赤色回転灯(パトランプ)、右端にはブラウン管ディスプレイとキーボード、磁気式カードキーを入れるであろう穴が3ヵ所。

 お母さまは別のカードキー3枚を差し込むと、同じパスワードを入力していた。

 危なっかしいと思いながらも黙っておいた。

 先ほどと同じように、パスワードの入力が終わると、赤色回転灯(パトランプ)が回り出し、はめ込まれていた円柱の扉がせり出してきた。

 円柱の扉が開くと6畳ぐらいの部屋が出てきた。

 今度は鉄格子の扉は無い。

 

「閉めるわね」

 

 お母さまはまた金庫室の内部にある『開』『閉』スイッチの『閉』スイッチを押した。

 先ほどと同じように円柱の扉は大きな音とともに閉まった。

 音から察するに、先ほどの貸金庫の扉も閉まった様だった。

 これで完全な密室となった。

 

「もうこれで誰も入ってこれないわね。紫を除いて」

 

 6畳の部屋の両脇には最初に見た地下室にあった様なステンレス製の棚が設けられていて、ここにも巻物が多数保管されていた。

 

「……あった!」

 

 500年前の業務報告書の写本がここにはあった!

 これで『500年前の真実』を知る事が出来る。

 

「読まなくても良いわよ。私が概要を話してあげるから。さあこっちに座って頂戴」

 

 促されるままに座布団が敷かれている場所に座った。

 その場所には小さな机があり、くたびれた段ボール箱が鎮座していた。

 その段ボール箱にはマジックで『宝物』と書かれていた。

 気になって中身を確認すると……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……随分昔、それこそ読み書き練習時代の落書きが出てきた。

 多分、お母さまをモデルに落書きをしたのだろうと思う。

 当時紙は貴重だったので、紙を無駄にするなと怒られた記憶がかすかにある。

 大事にとっておいてくれたんだ。

 そのほかにも私が書いたであろう落書きなどが出てきた。

 これらはお母さまにとって、かけがえのない本当の宝物なのだろう。

 それこそ核ミサイルや核バンカーバスターが降ろうとも守りたいものなのだ。

 少し涙が出てきた。

 

「あら、黒歴史だって言って、全部燃やすんじゃないのかしら?」

 

 私はお母さまに抱き着くと、若干鼻声で回答した。

 

「そんなこと……できません」

「そう、なら良かったわ。本当にフランドールは甘えん坊さんねぇ。いいこいいこ~」

 

 お母さまはそっと私の頭を撫でてくれた。

 

「どこから話そうかしらね。まずは私が何者かを伝えなければいけないでしょう」

「お母さまが何者か?」

「ええ、今でこそ四季映姫・ヤマザナドゥ様の元で白玉楼という冥界を管理していますが、本当の地位はもっと上にあるのです」

「本当の地位、ですか?」

「ええ、私は十王様たち直属の殺し屋(HITMAN)よ。『お迎え』を統括している鬼神長ですら、私の露払いにすぎません」

 

 なんとなく予想は付いていた。

 お母さまの能力的に殺し屋(HITMAN)と言われても、私はそれほどショックではなかった。

 こんな便利な能力を放置している是非曲直庁の正気を疑いたかった。

 

「私は輪廻転生というシステム自体を弄ろうとする不届き者を即座に抹殺する役目を負っています。システムを弄られたら、どんな影響が出るかわかったものではないので。是非曲直庁内では『即応任務』と呼ばれています」

「『即応任務』……。それでは色々と理由をつけて顕界に降りていたのもそうなのですか?」

「ええ、顕界の茶菓子屋で特売があるとか、適当な嘘をついてね。これからはもうあなたに嘘をつく必要は無いわね」

 

 薄々は気付いていた。

 買ってくる茶菓子の製造元が幻想郷外の住所が書かれていたりしていた。

 いくら紫さまの親友とはいえ、ちょっとした理由で幻想郷の外に行く事は許されない。

 何か尋常でない理由があるのだろうと思っていた。

 

「もう一つの仕事として、組織の『掃除』などがあります。『500年前の真実』とはこれに当たります」

 

 ついに来た。

 『500年前の真実』を知る時が来た!

 

「正式には旧地獄で罪人と癒着していた死神や鬼たちを追い出して、是非曲直庁を設立した事になっていますが、追い出された輩は一体どこに行ったのか記載されていません。それもそのはず、私がまとめて始末したからです」

「お母さまが始末した、という事は輪廻から外されてしまったのですか?」

「ええ、外してやったわ。罪人と癒着して甘い汁を吸っていた輩にはそれ相応の罰を与えました」

「外された魂はどこに行ったのですか?」

「慈悲深い十王様たちからは処分する様に指示がありましたが……」

 

 お母さまは壁に立てかけてあった5×8の仕切り木箱を取り出した。

 仕切り木箱には御札が大量に貼られ、結界が何重にも施されていた。

 まさか……。

 

「私のコレクションとして、今まで苦しませてきました」

 

 私はお母さまも十分慈悲深いと思っていた。

 だが違っていた。

 お母さまはとても怖いお方だ。

 

「なぜ、苦しませているのですか?」

「良からぬ企みをしたからよ。十王様たちは私にとって、親の様な存在なの。その十王様たちを追い出して輪廻転生のシステムを乗っ取り、さらに甘い汁を吸おうとしたのよ。そんな輩は十王様たちが許しても私は許しません」

 

 静かなる怒りがお母さまにはある様だった。

 

「でも、それも今日までね」

「今日まで?」

「ええ、そうよ。フランドール、あなたは自分の意志で生物を壊したり、殺したりした事はあるかしら?」

「いいえ、能力が暴走した時以外はそんな事はしていません」

「じゃあ今日はその練習ね」

「……できません」

 

 私は拒絶した。

 お母さまは持っていた仕切り木箱を、一旦元の位置に戻した。

 

「まあいいわ。それじゃあ『ルビコン計画』の話をするけど覚悟は良いかしら?」

 

 私はごくりとつばを飲み込み、相槌をうった。

 これまでお母さまの恐ろしい経歴を聞かされてきたので、どんな内容なのか想像もつかなかった。

 

「『ルビコン計画』は前段計画と後段計画の2つがあります。プランAとプランBという感じね」

 

 お母さまは2つを意味するVサインをした。

 

「前段計画の予定では、近日中に四季様は冥界拡張の為にこの白玉楼に訪れると考えています。多分部下の小町も連れてくると思います。小町を別室で待たせ、我々は離れの客間を使います。ここで重要な事は四季様を一人にするという点です」

「一人にする事が重要なのですか? なぜです?」

「それは後で説明します。四季様は我々だけになった時を見計らって、浄玻璃の鏡を使うでしょう。その瞬間があなたの仕事です」

「私の仕事……」

「ええ。浄玻璃の鏡を出したら、すぐさま鏡を『破壊』しなさい」

「浄玻璃の鏡は地獄の至宝です。そんなもの壊してしまって良いんですか?」

「良いんです。浄玻璃の鏡を破壊することが前段計画最大のポイントです。破壊するという行為を見せつけてやるのです。これ以上、私達に関わるとお前もこうなるぞ、という最大限の警告というわけです」

「警告を無視したら?」

「もしも警告を無視して『白黒はっきりつける程度の能力』で噂話に白黒つけようとしたら……」

 

 

「その時は私の能力とあなたの能力、どちらが早く四季様を()れるか競争よ」

 

 

 お母さまは閻魔様(かみ)殺しを提案してきた……。

 

 




 最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 挿絵はハニューさんより頂きました。
 ありがとうございました。
 https://twitter.com/hanyw


「わかった。じゃあプランBで行こう……プランBは何だ?」
「あ? ねぇよそんなもん 」

 17/01/08 次回こそ四季映姫様が冥界に乗り込んできます。
      挿絵も入る予定です。

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