その時幽々子は……
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成長と絆
「お母さま~」
日傘を差したフランドールがとてとてと小走りで追いかけてくる。
私たちはお稽古の時間と時間の合間を縫って、追いかけっこをしている。
フランドールが白玉楼に来てからというもの、あっという間に時間が過ぎていった。
あれから200年程過ぎて、妖忌が我が西行寺家の初代専属庭師になった頃である。
何もかもが順調であった。
私、西行寺幽々子はこの幸せがずっと続くものだと思っていた。
――運命とは常に残酷であった。
フランドールはとても従順だった。
今後、冥界の一般業務をやってもらう為、読み書きは特に力を入れて教えてきた。
おかげで楷書、行書はもちろん、草書も出来るようになっていた。
「できたよ、お母さま」
「どれどれ……よくできているじゃない」
フランドールは少し恥ずかしそうな仕草をした。
「お母さまのお手本が上手だからだよ」
おべっかの使い方まで取得していて、お母さんは感激だ。
「日も落ちた事だし、読み書きの時間はここまでにして、今日はフランドールの大好きな裏山に登りましょうか!」
「裏山に? やったー!!」
「その前に硯、墨、筆を片付けるのですよ」
「はーい」
フランドールは後片付けを始めた。
さて、裏山で何をするか。
それは全力のじゃれ合いである。
フランドールは一直線に膂力勝負に出てくるが、私は舞う形をとりながら、蝶の弾幕を放っていく。
「どうしたのフランドール、あなたの持ち味は膂力だけではない筈よ!」
「速度を上げようにもこの蝶の数じゃあ無理だよ!」
「相手の弾幕に規則性があるはずよ。それそれ」
要領を得たのか、一気に間合いを詰めてくるフランドール。
両掌を掴んでの膂力勝負!日増しに強くなっている気がする。
「フンッ!!」
まだ体格差の優位性があるので一気にフランドールを投げ飛ばす。
フランドールは制御が効かず、地面に叩きつけられてしまった。
「うわぁっ! 参りました」
「お疲れ様、フランドール。いつもながら凄い膂力ね」
「お母さま程じゃないよ」
「フランドールも能力が発現したら強くなるんじゃないかしら」
「能力はまだよくわからない……」
「それは残念ね、早く発現すると良いのだけど」
戦った後はお風呂に入って汗を流し、遅めの夕食を摂って睡眠。
私はこんな毎日が続くのだと思っていた。
異変は少し前から始まった。
突然、墨や硯が割れ始めたのである。
墨が割れるのはわかるが、硯が割れるのは初めて見た。
あれは何だろうかと思っていると、屋敷が大きく揺れたのである。
「幽々子様! 失礼します!」
妖忌が慌てた様子で私に報告してきた。
「妖忌、何事なの?」
「先ほどフランドール様のお部屋が崩壊しました!」
私は妖忌からの報告に肩を震わせた。
「何ですって?」
私はすぐさまフランドールの部屋へ向かった。
部屋に到着すると、障子戸から先の部屋の中へ、屋根が落ちていた。
「フランドール!」
私が障子戸に手をかけるとフランドールがそれを制止した。
「お母さま! 入っちゃ駄目!!」
「フランドール、何があったの?」
「能力が……能力が暴走しちゃってる!」
「あなた、能力なんてわからないって言っていたじゃない」
「それが……『目』が見えるんだ」
「目?」
「そうなの。手のひらに『目』が寄ってきて、それを握ると物が壊れるの……」
なんと強力な能力!
私は目を見開いた。
フランドールを拾ったとき、姓付だったので、血筋は良いだろうと思っていたが、まさかこれほどの能力を発現させるとは思わなかった。
「このままじゃ、お母さまも壊してしまう……だから来ないで!」
このやり取りに既視感があった。
私も能力が扱えきれず、暴走させた事がある。
その時、誰が何と言ってくれたのか?
思い出せ! 今すぐ!
……紫だ。
あの頃の記憶が鮮明に蘇る。
ちょうど亡霊として目覚めたばかりで、自身の能力、『死を操る程度の能力』が暴走した時であった。
「紫! 来ないで……。 貴方まで殺したくない!」
私は西行妖の下でうずくまる。
もうこれ以上、『死を操る程度の能力』で殺したくない。
「私は大丈夫よ」
紫は両手を広げて近寄ってきた。
「いや……来ないでぇ……来ては駄目!」
「大丈夫よ、幽々子。大丈夫、私たち『親友』でしょ?」
紫はやさしく抱きしめてくれた。
どんな仕掛けをしたのか、わからなかったけど、彼女は私の能力では死なず、抱きしめてくれた。
「さあ、泣き虫の『親友』、存分に泣きなさい」
「あああああ!! うわーーーー!!」
私はうずくまりながら、紫の腹の上で泣いた。
あの時と同じだ。
あの時、紫は勇気を出して私を温かく包み込んでくれた。
今はフランドールが能力を暴走させて泣いている。
私は誰だ? フランドールの母親、西行寺幽々子だ!
勇気を出して部屋の障子戸を開けた。
12畳の部屋は半分近くが瓦礫で埋まっていた。
私は急いでフランドールを探した。
「やだぁ……来ないでぇ」
か細い声が瓦礫の横に引いてあった布団の上から聞こえた。
背をこちらに向け、フランドールが丸まっていた。
私はゆっくりとフランドールに近づいた。
「大丈夫よ、フランドール。大丈夫、私たち『親子』でしょ?」
私はある賭けをしていた。
フランドールの能力範囲は全視界で、今のところ壊れているものを見る限り、対象は物理法則が効く相手と直接本体がある幽霊だけの様だ。
では、本体が別にある亡霊の私はフランドールの能力範囲外に行けるのではないか?
とても分の悪い賭けだったが、フランドールが待っている。
こんなところで立ち止まっているつもりはない。
私は『運命』に対して、自分の命を掛け金に上乗せした。
「来ないで!」
より一層強くフランドールは拒絶した。
その瞬間、破裂音が頭の上で聞こえてきた。
お気に入りの帽子が吹き飛んでしまった様だった。
それでも私は立ち止まらない。
私は泣いているフランドールを優しく抱きしめてあげた。
「さあ、泣き虫の『我が娘』、存分に泣きなさい」
「ううう、うわーーーーん!!」
「よしよし」
賭けは私の勝利だった。
私はフランドールを優しく撫でてあげた。
「私の可愛いフランドール」
私はフランドールが泣き止むまで離さなかった。
フランドールが泣き疲れて、そのまま布団で寝てしまった。
私は髪を撫でながら、フランドールの手を見つめた。
こんなに可愛らしい小さな手で、世界を破壊できるものなのか。
この子はその重圧に耐えられるだろうか。
それが心配でたまらない。
「お母さま」
「なーに? フランドール」
フランドールが起きてしまった様だ。
「私たちって親子、だよね?」
「そうよ、フランドールは私の大事な大事な娘よ」
そう、大事な娘。私の娘。
でもフランドールは不安そうだ。
「でも種族が違うよ? 私は吸血鬼でお母さまは亡霊。それに西行寺の姓も貰ってない」
いつかは聞かれるだろうとは思っていたが、このタイミングとは。
私は一つ一つ回答した。
「まず種族が違う事から答えるわ」
「うん」
フランドールは約200歳だが、真実をしっかり受け止められるかわからない。
だが言わねばならない。
「フランドール、よく聞きなさい。確かにあなたは私が産んだわけではありません。それでも私は今まであなたを育ててきて、本当の親子だと私は思っています」
「うんっ」
「あなたはどこからともなく、西行妖の根本に転送されてきました。転送した人物はわかりませんし、どんな意図があってあなたを転送する事になったのかもわかりません」
「うん……」
「それでも本当の家族がこの世界のどこかにいるのなら、会えるかもしれない。私はそう考えました」
「うん」
「西行寺の姓を与えないのは、いつか大きくなって自分の判断がしっかりできるようになった時に、選んで欲しいからよ。西行寺家を選ぶか、元の家族に戻るかを」
「うんっ」
「私としては、西行寺家を選んで欲しいんだけどね……」
急にフランドールが凄まじい膂力で押し倒してきた。
「お母さま~、大好き~」
「私も大好きよ、フランドール」
私達は抱き合って眠りに就いた。
眠りながら考える。
賭けにあった『運命』からの払い戻し金は『親子の絆』というパズルのピースなのだろうと思う。
探し求めていたパズルのピース。長い道のりだったが、ようやく見つける事が出来た。
パズルの裏面にはきっと、笑顔のフランドールの絵が描かれていると思う。
私はそんな気がした。
あくる日、私は崩壊したフランドールの部屋で起床した。
日光が入ってきていたが、フランドールは布団を被っていたので、焦げずに済んだ様だ。
私に抱き着いて布団の中にいる、フランドールの寝顔が愛おしく感じる。
『運命』には打ち勝ったが、問題が山積みだ。
山積みだが、一つ一つ対処すれば、全て解決する筈である。
まず私はぽっかりと空いてしまった部屋の状況をみて、一言つぶやいた。
「今日は大工を呼ぶことにしましょう」
「ん……」
フランドールも起床した様だ。
「フランドール、おはようございます」
「お母さま、おはようございます」
「まずは部屋の移動をしましょうか、いつまでも崩壊している部屋では危険です。私の書斎でもいいかしら?」
「はい、お母さま」
私達はくっつきながら部屋を移動し、私の書斎へ到着した。
私の書斎は6畳1間で、お世辞にも広い部屋ではなかった。
しかし、ここは密室にもなるので、重要な話題の場合はここを使っている。
置いてあるものは、机と硯などの書道用具一式が揃っている。
私が上座に座り、フランドールが下座に着席した。
「フランドール、あなたの能力、仮に『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だったとしましょう。今は安定しているのよね」
「うん、今は大丈夫だと思う」
「それでどうですか? 亡霊の私に破壊の『目』は見えるかしら」
「いいえ、見えない」
「だったら、出来るだけくっついていましょうね」
「はいっ」
フランドールはとてもいい笑顔になった。
「ですが、私には私の仕事があり、少しの間だけ、一緒に居られない可能性があります」
「はい……」
「そんなに心配しないの、常時とまではいかないけれど、出来うる限り一緒にいてあげるから」
「うん」
フランドールはいまいち吹っ切れない顔をしていた。
「フランドール、一緒に行動できない時は、剣術をやりなさい」
「なんで? 剣術なんて脆弱な人間が考えだしたものなんて」
「あなたの能力で物体を破壊する過程としては、その物体の一番弱い部分を手のひらに持ってきて破壊するのよね?」
「うん、そうだよ」
「だったら、最初から木刀なり両手のひらが塞がるものを持っていれば、むやみやたらに壊さなくて済むんじゃないかしら?」
「そうかもしれない」
「ねえ、良い考えでしょ」
「うん、だったら剣術、やってみる」
フランドールは羽を揺らして決意に満ちていた。
私はさらに言葉を続けた。
「能力の件で一つ言っておく事があります」
「うん」
「良いですかフランドール、今日の出来事や自分の能力を、他人に知られてはいけません。屋敷で働く幽霊たちにも箝口令を敷くことにします」
「どうして?」
フランドールは不思議そうな顔をした。
私は真剣な顔つきで答えた。
「もしもこの情報が洩れたら、生きている限り、フランドールの能力を利用したい輩や、倒して武勲を上げたい輩などが、羽虫の様に群がってくるのよ」
「そんなのは、いや」
フランドールの顔が曇ってしまったが、これだけは釘を刺しておかねばならない。
「だから決して口外してはいけません」
「わかりました」
「私はフランドールには不幸になって欲しくないと常々思っているのよ。私の時と違って」
「お母さまの時はどうしたの?」
「群がってくる奴らは、全員現世とおさらばしたわ」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「怖いよ、お母さま」
「ごめんなさい、ちょっと色々思い出しちゃってね」
私は話題を変える事にした。
「フランドール、私もそうだったのだけれど、衝動的に何か破壊したいって気分にならないかしら」
「今はないけど、能力が暴走した時に少しあったかな」
「やっぱり、破壊衝動はあるみたいね」
「何か解決策でもあるの?」
「ちょっと思いついた事があってね。それに能力も使わないと、暴走して振り回せてばかりになるから。だから練習をしましょう練習!」
「はいっ!」
翌日、屋敷を直す大工の幽霊に混じって、私も大工の真似事をしていた。
フランドールも日傘をもって、何ができるか楽しみに待っていた。
作っていたものは、射的の的である。
台の上を工夫して、お皿が台から直立になる様にしたものを5枚置いてみた。
早速裏庭に設置してフランドールに説明を開始した。
「破壊衝動が起きそうになったら、これ!」
私はフランドールに胸を張った。
「さあフランドール、お皿を1枚1枚正確に狙うのよ」
「うん、やってみる!」
大きな破砕音とともに、私の作った射的台が木っ端みじんになった。
私の力作がぁ~。
こんな事で挫けては、いられない。
「ごめんなさい」
フランドールはしょんぼりしてしまった。
「フランドール、次回は成功させましょうね」
「うん!」
「これは週1の鍛錬にしましょう」
「はいっ!」
フランドールは元気よく返事をしてきた。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。
×次回はさらに時間が進んで、フランドールと妖夢のお話になる予定です。
次回は紫様のお話が入ります。