西行寺さんちのフランドール   作:cascades

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日常とは、常に『問題(problem)』しか起きない。
日常とは、常に『問題解決に取り組む事(solution)』しかしていない。
自分の時間は? そんなものは存在しない。


18/01/28 ずっとフランドールのターン
18/01/31 後書き修正


1_12_日常

日常

 

 拝啓お母さま。

 『ルビコン計画』の前段計画は無事成功。

 平和な日常が戻ってきました。

 私、フランドールはこの幸せが長く続く事を期待します。

 

――1980年代 夏 白玉楼

 

 

 私は『幽霊移民計画』の後片付けに追われていた。

 四季映姫様に言われた通り、見世物になっている転生待ちの幽霊を顕界からこの冥界に戻す為の下準備が始まった。

 幽霊を送った顕界の場所を再度チェックしているところだ。

 抜け漏れがあったら大変だ。

 しかしチェックが終わったところで、私には幽霊を顕界から冥界に戻す能力はない。

 またしても紫さまとお母さまのお力が必要なのだ。

 最低限、紫さまは必要だ。

 白玉楼に住む幽霊に私が命令して、転生待ちの幽霊を呼んできてもらえば、お母さまの手を煩わせる事はないだろう。

 ここは独り言をつぶやいてあのお方を呼んでみるか。

 

「紫さま、なんて仰るだろう」

「私がどうかしたのかしら?」

 

 よかった今日は暇だったのだろう。

 紫さまはイヤホンをつけてWalkmanで何か音楽を聴いている。

 

「紫さま、お忙しいところすみません」

「音楽聴くので忙しいわ~。って、あんまり驚かないのね」

「今回は紫さまを呼び出すつもりで独り言をつぶやきましたので」

「つまり、私はまんまとフランドールの策略に乗せられてしまった、と」

「そんなつもりはありませんよ。ちょっと紫さまの確認を取りたくてお呼びしました」

 

 私はこの大妖怪をはめる為、『確認』を取るという所を強調した。

 

「確認、ですって?」

「はい。以前、私の演説で『幽霊移民計画』を手伝ってくれると仰っていましたよね?」

「ええ、確かに言いましたわ」

「大妖怪に二言は無い?」

「ありませんわ」

 

 私はここで手札を表にする。

 

「では『幽霊移民計画』の『後片付け』も、もちろん手伝ってくれますよね?」

「な!?」

「顕界に移民させた転生待ちの幽霊を冥界に戻す作業が残っております」

「……」

「もちろん、やって頂けるのですよね?」

「……ええ、やるわ。あなた、だんだん幽々子に似てきたわよ」

「それは嬉しい限りです」

「それと、『幽霊移民計画』ですが、冥界に戻すところまでは予想できていましたので、元からやるつもりでしたわ」

「え!?」

 

 私は紫さまの言葉に驚いた。

 既に予想済みだったなんて。

 

「私から一本取ったつもりなんでしょうけど、まだまだ甘いわ」

「ごめんなさい、それしか紫さまを動かす方法がわからなくて」

 

 私は肩をすくめて説明した。

 

「それならば、もう一度、演説をして私をその気にさせたら良いじゃない」

「演説は疲れるからやりたくないんですよ」

「今からでも遅くはないわ」

「えー」

「ほら、表に出る出る」

 

 私は紫さまに促されるまま、私の書斎から白玉楼の庭に出た。

 私達が庭に出ると、待ってましたと言わんばかりに幽霊たちが庭に集まり始めた。

 とりあえず、適当に言葉をまとめてみるか……。

 そんなことを考えていたら、庭は既に満員御礼状態となっていた。

 紫さまは私の事をチラッと見ると、Walkmanの停止ボタンを押して、つけていたイヤホンを外された。

 さて、ショータイム!

 

 

「『幽霊移民計画』は私が白玉楼に来てから、初めて立てた計画であった」

「この計画では諸君らの働きを見せてもらい、感動している」

「本日はこれらの計画の締めくくりとして、移民させた転生待ちの幽霊をこの冥界に戻すことをしてもらう」

「単純な作業ではあるが、無事任務を果たしてこの白玉楼に帰投してもらいたい。以上」

 

 

 今回は演説の後に敬礼をしてみた。

 敬礼を終えると、この前の演説と同じく、万雷の拍手と私の愛称である「フラン」という声が地響きの様な音になっていた。

 私はサイドテールを翻し、紫さまと一緒に私の書斎へ戻った。

 

 

 書斎に戻っても拍手はずっと続いていた。

 

「これでは道化だよ」

 

 紫さまは始終無言だった。

 演説としては少し短めであったのが気に入らなかったのだろうか?

 そんなことを思っていたら、紫さまがいきなり抱き着いてきて、頭を撫でてきた。

 

「フランドール、流石ね。私の娘にしたいぐらいよ」

「うわっぷ、私は西行寺幽々子の娘です!」

「そう言わずに私の娘になりなさい」

「いやー!」

 

 そんなじゃれ合いをやっていたら、室温が2~3℃下がった気がした。

 騒ぎに気付いたのか、お母さまが書斎にやってきた。

 

「紫、何をしているの……?」

 

 お母さまの瞳にハイライトがない。

 相当怒っている様だ。

 

「あの、幽々子……? これは、そうね。じゃれ合いよじゃれ合い」

 

 お母さまは無言で紫さまが持っていたWalkmanを取り上げると二つの拳でプレスした。

 バキャッという破裂音とともにWalkmanは潰されてしまった。

 飛び出した磁気テープが私の足元に転がってきた。

 貴重なWM-109が~。

 

「次は紫、あなたがこうなる番よ」

「幽々子、落ち着きなさい。私はフランドールをいじめていた訳ではないわ」

「まずはフランドールを解放しなさい」

 

 解放された私は、お母さまに抱き着いた。

 お母さまは私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「よしよし、怖かったのよね?」

 

 正直この後、二人の本気の喧嘩を見たかったが、庭や屋敷に被害が出そうなので本当の事を言うことにした。

 

「私は紫さまとふざけていただけです」

「本当なの紫?」

「ええ、ちょっとふざけていただけですわ」

「そうなの、ごめんなさいね紫。私ったらてっきり紫がフランドールをいじめているのかと思って」

「良いのよ、気にしないで」

「それで紫さま、話が途切れてしまいましたが、『幽霊移民計画』の『後片付け』は手伝って頂けるんですか?」

「ええ、最初からそのつもりでしたし。フランドールの演説に心を動かされたので、手伝ってあげます」

 

 よかった。これで後は私だけで何とかなる。

 

「ありがとうございます、紫さま」

「演説って……。さっきの騒ぎは演説のせいだったのね。またフランドールに演説をさせたの?」

「ええ、フランドールの演説は本当に凄いので何度でも聞きたいものなのよね」

「もう、紫ったら。フランドールにあまり無理をさせてはダメよ」

 

 お母さまは紫さまを責めたのだが、私としてはそこまでしなくても良いと感じた。

 紫さまの持ち物であるWalkmanを壊した張本人なので、お母さまも反省すべきだと思った。

 でも私を弄った罰として言わないでおこう。

 

「わかっているわ。そういえば、買ってきた大福があるけど、食べる?」

「食べるわ~」

 

 紫さまはお母さまを大福で買収した様だ。

 

 

 お母さまは大福を頬張った後、私の能力について紫さまに話し始めた。

 

「そうだ紫。フランドールの能力が少し拡張されたみたいなのよ。いつから出来る様になったのかはわからないのだけど、この前、試した時にそれがわかったの」

「破壊という恐ろしい能力以外でどんな能力が拡張されたのよ?」

 

 紫さまは少しあきれ気味だ。

 

「対象物が幽霊の場合、その幽霊の歴史を読み取れるみたいなのよ」

「え……?」

「生きている者だったら、どうだったのかしら?」

「この前、四季映姫様で試した時は表層の感情しか読み取れませんでした。しかも表層の強く想っている部分以外、ぼやけてしまってよくわからない感じです」

「それでも凄い能力ね。さとり妖怪程ではないけど、相手の第一目標がわかるのは便利だわ」

 

 考えてもみなかった。紫さまのいう通り、確かに相手の第一目標が見えるのは有利だ。

 相手がどんな想いで私に会おうとするのか、すぐにわかるのは良い。

 

「紫さまで試してみても良いですか?」

「え、いやよ。そんな危ない真似はしないで」

「わかりました」

 

 むう、しょうがない。次回の来訪者(被害者)に期待しておこう。

 

 

 それから数時間後、『幽霊移民計画』の『後片付け』が始まった。

 紫さまに幽霊の送り先である顕界の廃墟と冥界の間にスキマを次々と開けてもらい、呼びに行く幽霊をスキマの中に入れていった。

 数分経つと、まるで打ち上げ花火の様に、スキマから幽霊が天高く吹きだすさまは圧巻であった。

 スキマを閉じる前に、一応お母さまにも入ってもらい、取りこぼしがないか確認してもらった。

 『幽霊移民計画』の時の様にすぐには終わらなかったが、なんとか当日中には作業が完了した。

 

「特に問題もなく終わりましたね」

「ええ」

「このまま何も起きなければ良いのですが……」

「いいえ、絶対に何か起きるわ。四季様もあきらめていないだろうし」

 

 私はこのまま何も起きない事を期待したのだが、お母さまは違う意見をお持ちの様だった。

 

「ねえ紫」

 

 お母さまは紫さまに話しかけた。

 

「何かしら?」

「もしも私と是非曲直庁が対立したら、どちら側につくかしら?」

「そんなの、簡単な事よ。私は『勝った側』につくわ」

「模範解答をどうもありがとう」

 

 お母さまは皮肉をいうと、肩をすくめて実情を紫さまに話し始めた。

 

「実のところ、私のシミュレーションでは捕縛された時に逃げだせるのはフランドールだけだと思っているの。多分、私は無理なのよ。足も遅いし」

「それで?」

「もし、あなたが助ける気になったら、合図を送ってくれないかしら」

「どんな合図をご希望なのかしら?」

「そうね……丸めた1ドル紙幣を足元に投げてくれるかしら」

「それじゃあ、助ける気になったらそうするわ」

「ありがとう、紫」

 

 

 

 

 

――1980年代 秋 白玉楼

 

 

 『幽霊移民計画』の『後片付け』から2ヶ月後、季節は秋になっていた。

 私は自分の書斎で業務報告書を書いていた。

 『後片付け』で幽霊の数も増えたが、白玉楼の面積が4倍になったので影響は軽微だった。

 今は特に『ルビコン計画』の後段計画に移行したわけでもなく、平和な日常が続いていた。

 それでも非日常に対応するため、居間と客間のテーブルの裏にはダクトテープで紫さまから頂いたショットガンを貼り付けておいた。

 紫さまに鹿撃ちがしたいと申し出たら、案外すんなりとショットガンを2丁用意してくれた。

 絶対に人里には持ち込んではダメだと念押しされたが、残念ながら使うのは白玉楼内だ。

 きっと紫さまも私の嘘には気付いているのだろう。

 あえて私にショットガンを与えたのは、その方が面白くなるからだと思う。

 平和主義者な私としては、使わないで済めば万々歳だったのだが……。

 

「ごめん下さい」

 

 どうやら厄介ごとが舞い込んだ様だ。

 業務報告書を小町さんが取りに来たにしては早いし、そもそも声が違う。

 誰だろう? 新しい死神の方かな?

 でも業務報告書を取りに来る死神は、また小町さん固定に戻った筈なのに。

 とりあえず、玄関に向かう事にした。

 

「はーい。どなたですか?」

 

 玄関を開けると、天狗装束に身を包んだ一人の鴉天狗がそこにいた。

 

「こんにちは。わたくし、社会派ルポライターをやっている、射命丸文と申します」

 

 射命丸文と名乗る鴉天狗は名刺を私に押し付けてきた。

 しょうがないので受け取る。

 確かに『社会派ルポライターあや』と書かれていた。

 

「ルポライター?」

「取材記者って奴ですね」

「つまり、新聞屋さんですか?」

「大きなくくりでいえば、そうなりますね」

 

 新聞……号外……。『ルビコン計画』の後段計画にあったキーワードだ。

 もしかしてこの射命丸さんは四季映姫様の使いなのか?

 

「それで射命丸さんはこの白玉楼にどんなご用件で?」

「いやー、白玉楼の桜紅葉は実に綺麗だと伺いましてねー。是非とも取材したいと思いまして」

 

 射命丸さんは実に綺麗なニコニコ顔だ。

 怪しい。

 

「幽冥結界はどうされたんですか?」

「飛び越えてきちゃいました~」

「閻魔様の許可なしに、ですか?」

「事前に許可は頂きましたよ~」

 

 事前に許可を取った?

 ますます怪しい。

 私は自分の拡張された能力の出番だと思った。

 射命丸さんの『目』を手のひらに持ってくる。

 

『フランドールさんの能力を確かめちゃいましょう~』

 

 ……。

 真っ黒だ。

 私に『白黒はっきりつける程度の能力』が無くてもわかる。これは黒だ。

 

「私の一存では決めかねるので、家長であるお母さまを呼んできますね。少々お待ちください」

「はーい、待ってます~」

 

 

 私はお母さまの書斎へ向かった。

 

「お母さま、お忙しい所、失礼します」

「何かしら?」

「相談したい事がございまして。中に入っても宜しいでしょうか?」

「どうぞ~」

 

 私はお母さまの書斎に足を踏みいれた。

 お母さまは和歌を詠まれていたのか、短冊をいくつも書かれていた。

 

「何かしら」

「社会派ルポライターの射命丸文と名乗る鴉天狗が玄関に来ております」

「それで、その鴉天狗の用件は何かしら?」

「この白玉楼の桜紅葉を取材したいとの事です」

「まともな理由ね」

 

 お母さまは席を立たれると玄関に向かおうとした。

 そのすれ違いざまに、お母さまにそっと耳打ちをした。

 

「どうやら、四季映姫様の手の者です」

「どうやって確認したの?」

「私の能力で確認しました。どうやら私の能力を調べようと考えているみたいです」

「わかったわ。私が対応するわね」

 

 私達はお母さまの書斎から玄関に向かった。

 

 

「私が白玉楼の主、西行寺幽々子よ」

「こんにちは、西行寺様。わたくし、社会派ルポライターをやっている、射命丸文と申します」

「それで、桜紅葉の取材だったわよね。どうぞ、写真とか撮って行って下さいな」

「実はそれ以外に取材したい事がありまして」

「あら、どんな事なのかしら?」

「ここではちょっと言えない事なので。是非とも上がらせて頂けませんでしょうか?」

「いいわよ。ちょっと居間しか空いてないけど、それでも良いなら」

「全然構いませんよ~」

 

 射命丸さんは屋敷に上がる為、靴を脱ぎ始めた。

 てっきりお母さまは理由をつけて追い返すだろうと思っていた。

 だが予想を裏切り、射命丸さんを屋敷に上げる様だ。

 何か対策でもあるのだろうか?

 

 

 居間は6畳の狭い部屋で、120cm×80cmのテーブルが中央にあり、座布団が4枚敷かれていた。

 私達が上座に座り、射命丸さんは下座に座った。

 

「それで玄関では言えない事って何だったのかしら?」

 

 まずはお母さまが射命丸さんに質問をした。

 

「いやー、そちらのフランドールさんの能力についてなんですが」

 

 単刀直入に来た。

 しかも何故か私の名前を知っている!

 私は自己紹介していなかった。

 もう偽る必要は無いと踏んだのか?

 

「私の能力ですか?」

「そうなんですよ。私は『剣術を扱う程度の能力』と聞いたのですが本当ですか?」

「ええ、本当ですよ」

「私は違うと考えています」

 

 射命丸さんは葉団扇を口元に持っていき、表情を読めなくした。

 

「『剣術を扱う程度の能力』とは人間が多く持つ能力です。元来、鬼という種族はもっと恐ろしい能力を持ちます」

「例えば?」

「例えば、『怪力乱神を持つ程度の能力』とか、圧倒的な力を象徴する様な能力です」

「そんな強大な能力、私は持っていませんよ」

「あなたは嘘をついている」

「嘘、ですか? それじゃあ、どんな能力だというのですか?」

「そうですね。例えば、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という極めて強力な能力を持っていらっしゃるのではないですか?」

「そんな能力を持っていたら、ただの破壊神じゃないですか」

「そうです、私はあなたを破壊神ではないかと踏んでいるんです!」

「私は白玉楼の主、西行寺幽々子の娘にすぎません」

「信頼できる情報筋によれば、あなたは拾い子だという話ではないですか!」

 

 あ、それNGワード。

 一気に室温が2~3℃ぐらいさがる。

 

「さっきから聞いていたら、私達親子の話題にずいぶんと土足で踏み込んでくるのねぇ~」

 

 お母さまは射命丸さんに重い殺気をぶつけていく。

 

「ブン屋というのは、一度怒らせてから本音を聞き出す、というのは本当の様ね。まあ、命があればの話だけど」

「え?」

 

 お母さまはテーブルの下に貼り付けられているショットガン、フランキ・スパス12(twelve)を取り出すと、射命丸さんに向けて発砲した。

 セミオート設定だったので、12番ゲージの空薬莢が飛び出してきた。

 射命丸さんは避けたのか、射命丸さんがいた場所の座布団と畳に、大穴が空いていた。

 

「あら? フランドール、どんなショットシェルを選んだのかしら?」

「確実に仕留められる様、最大威力の出るライフルスラッグを選定しました」

「次回からはダブルオーバックにしなさい。ライフルスラッグじゃショットガンの魅力が半減よ」

「この親子怖すぎる!」

 

 射命丸さんは私達の会話に引いていた。

 まだまだ余裕がありそうだ。

 きっと絶対に当たらない自信があるのだろう。

 

「この狭い居間にご招待したのはあなたの俊敏な動きを封じる為の予定だったんだけど、ショットシェルの選定にミスってるので仕留めるのは無理そうね。お夕飯に鳥料理を一品追加するつもりだったんだけど、諦めるしかないみたいね~」

「私を食べても美味しくないですよ!」

 

 お母さまはショットガンを連射していく。

 動きにくそうな射命丸さんだったが、障子戸を破り庭に出る事に成功した。

 

「もしもこのことを上司に報告する様なら、こう伝えなさい。『この白玉楼と事を構えたいのなら、部下を送り込みなさい。全員殺してあげる』ってね」

「なんて恐ろしい!」

「いえ、この件のボスは四季映姫だったかしら?」

「!! どこまで知っているんですか!?」

「さあ?」

「っく!」

 

 射命丸さんは結局桜紅葉の取材をせずに帰ってしまった。

 これで本当に良かったのだろうか?

 天狗と事を構えてしまったので、妖怪の山での鹿狩りは難しくなってしまった。

 

「お母さま、これで良かったんですか?」

「うーん、今は少しでも仲間を増やして『ルビコン計画』の後段計画を有利に進められる様にしたいんだけどね。天狗は狡猾な種族だから、どんな事を要求されるかわからなかったから屋敷に上げたのよ」

「天狗からの要求ですか?」

「ええ、四季様の情報を逆手にとって、領地の割譲を要求するとかかしら。四季様が相談した相手が、どうやら生粋のブン屋だったのが良かったわ」

「でも妖怪の山での鹿狩りが出来なくなってしまいました」

「大丈夫大丈夫。妖怪の山は皆ナワバリ争いしている場所だから、天狗と事を構えていなくても、いろんな奴が出て来るわよ。鹿狩りの時は私もついていくから安心して」

 

 どうやら鹿狩りの心配はなくなった。

 さて、この居間の惨状をどう収束させよう。

 とりあえず、何も意識せずお母さまはショットガンをぶっ放したので、大工に来てもらわないと被害状況がわからないなぁ。

 あと業務報告書になんて記載しよう……。

 

 

 

 

 

――1980年代 冬 白玉楼

 

 

 季節は移り変わり、射命丸さん襲来から2ヶ月たった。

 居間の修理は問題なく終わり、他に問題が発生することなく、12月初旬を迎えていた。

 お母さまが言っていた、少しでも仲間を増やす事を考えていたが、思い当たる人物が誰もいなかった。

 紫さまは今回の『ルビコン計画』の後段計画では幻想郷との利害関係が不一致なので消極的だし、小町さんは四季映姫様の直属の部下なので誘えないし、妖夢はまだ幼いし、私の思い当たる節の人を片っ端から考えてみたがダメだった。

 うーん、私が箱入り娘状態だから交友関係が狭いなぁ。

 こんな事ならもっと表に出て友達を作るべきだった。

 今更後悔しても遅いので、今はお母さまに頼るしかなさそうだ。

 

「ごめん下さい」

 

 この声は……聞き覚えがある。

 去年、私の誕生日パーティーに来た死神の青年だ。

 私は玄関に出た。

 

「お久しぶりです、フランドール様。西行寺様はご在宅でしょうか?」

「どうもお久しぶりです。お母さまなら居ますよ。少々お待ちくださいね」

 

 死神の青年は以前と同じ短めの金髪で、サングラスをかけていて、ズボンはジーンズ、革のジャケットを着ていた。

 革のジャケットには鳥か竜を模ったと思われるワッペンと、『ARMY』と書かれたワッペンを付けていた。

 今日は良い匂いのする袋を持ってきている。

 お昼も近いので、きっと彼のお弁当なのだろう。

 お腹がすいてくる。

 

 

 死神の青年は、お母さまと軽く挨拶した後、12畳の客間へと案内された。

 ここはお母さま自慢の枯山水庭園が見られる部屋である。

 客間中央には90cm×160cmのテーブルがあり、座布団が6枚敷かれていた。

 死神の青年には上座に座ってもらい、私達は下座に座った。

 

「今日はどんなご用件でいらしたのかしら?」

「まずは自己紹介をさせて頂きます」

 

 死神の青年はサングラスを外し、素顔を晒した。

 童顔で瞳の色が綺麗な緑色なのが印象的だ。

 サングラスを懐にしまった後、身分証を私達に見せてきた。

 

「鬼神長直属、特務部隊の徽章(きしょう)……?」

 

 お母さまは身分証の徽章をみて少し驚いていた。

 中身を見ると、写真と名前が書かれていた。

 

「特務部隊所属、死神ベルンハルト捜査官……。そう、ベルンハルトというのね」

「ええ、前回は名乗らずに申し訳ありませんでした。あの時は四季映姫様の任務だったので詳しい事は言えませんでした」

「今回は違う任務でいらした、と?」

「ええ、今回は特務部隊の窓口役でもある水鬼鬼神長から任務を頂いてきました」

「どんな任務か聞いても良いかしら?」

「ええ、構いませんよ。フランドール様を見張って『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を本当に持っているか確認して来いという任務です」

「それは水鬼鬼神長直々の任務なのかしら」

「ええ、他の鬼神長は介在しておりません」

「……」

 

 お母さまは考えられる仕草をして黙ってしまった。

 前回も感じたが、ベルンハルトさんは秘密である筈の任務をなぜ漏らす。

 私達親子を信頼してくれているのだと思うのだけど、ちょっと不味いのでは?

 とりあえず、本当かどうか調べる為、私の能力を使ってベルンハルトさんの『目』を持ってきた。

 

『昼飯くって帰ろう』

 

 ……。

 普通の若者が人手不足の理由からいきなり特務部隊へ転属させられたパターンなのか?

 きっとそうなんだな?

 

「それと、去年の誕生日パーティーの時に豆カメラで撮影した写真を焼き増ししてきました。どうぞお受け取り下さい」

 

 お母さまがケーキを運ぶ写真や、私が酔ってお母さまに甘えている写真だ。

 少し恥ずかしい。

 

「まあ写真まで。ありがとう、ベルンハルト。これはアルバムに入れて大切にするわ」

「家族写真は家族の元に、が一番ですから」

 

 写真を一通り見終わった後、お母さまはベルンハルトさんが持っている袋に注目した。

 

「さっきから美味しそうな匂いがしているけど、その袋には何が入っているのかしら?」

「これは自分の昼食で、ハンバーガーが入っています」

 

 ハンバーガーなんて食べた事がないぞ。

 うちは基本和食で、時々洋食という感じだ。

 これはお母さまが動きそうだ。

 

「うちの温かい昼食を出してあげるから、それを私に頂けないかしら?」

「べ、別に構いませんが」

「フランドール、今日の昼食の献立は?」

「今日ですか? 確かアジの干物と白米、みそ汁だったと思いますよ」

「嫌いなものとかあるかしら?」

「いえ、自分は大丈夫です」

「人数追加の指示を幽霊にしなくて大丈夫なんですか?」

「もうしたから大丈夫よ。それじゃあベルンハルト、頂きますね」

 

 お母さまはベルンハルトさんから取りあげたハンバーガーを包みから取り出した。

 牛肉の良い匂いがこちらにも漂ってくる。

 よく見ると、レタス、トマト、玉ねぎ、牛肉のハンバーグがパンに挟まれている。

 

「食べる作法とかあるのかしら」

「それを作っている料理長曰く、丸かじりが一番美味しく食べる秘訣だそうです」

「そうなのね」

 

 お母さまはハンバーガーに(かぶ)り付いた。

 

「まあ、美味しい」

「自分が一押しのバーガーショップで買ってきましたから」

「地獄の連中がなかなか地上に出てこない理由が分かったわ。こんなに美味しいものがあるのなら、地上に出る必要がないもの」

「料理長は地上で修業したみたいですよ」

「あら、そうなの。今度『外』に行った時、探してみる事にしましょう」

 

 お母さまは、ほんの数分でハンバーガーを完食してしまった。

 私も一口欲しかったが、諦めよう。家長権限である。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

 お母さまはハンバーガーを食べ終わると、真剣な眼差しでベルンハルトさんを見た。

 

「水鬼鬼神長の任務を打ち明けてくれた、義理堅いベルンハルト捜査官殿、私達親子を信じてくれてありがとう。これから起こる事はあなたと、あなたの上司である水鬼鬼神長しか教えてはいけません、と言ったら守れるかしら?」

「え、どんな事なんでしょうか?」

「これから教える事は私達親子の秘密です。その秘密を守れますか?」

「わかりました。秘密を守ります」

「それじゃあちょっと書斎に行って書くものを書いてしまうので、この客間で少々お待ち頂けますか?」

「はい、お待ちしております」

「フランドール。ついてくるのよ」

「はーい」

 

 客間を出ると、私とお母さまは書斎にそろって入った。

 お母さまは早速、硯で墨をすり始めた。

 私は疑問があったので、お母さまに質問をぶつけてみた。

 

「お母さま、ベルンハルトさんをこちら側へ引き込もうという計画ですか?」

「その通り。それと同時に、彼の上司である水鬼鬼神長もこちら側に引き込む計画です」

「ベルンハルトさんから情報漏洩が無いでしょうか?」

「ある程度真実を知っていれば、自ずと口は堅くなります。それに期待しましょう」

 

 硯で墨をすり終わり、お母さまは紙に筆を走らせていく。

 内容は……。水鬼鬼神長殿、特務部隊所属のベルンハルト捜査官から聞いた内容は真実である事を白玉楼の主、西行寺幽々子が保証します、と。

 なるほど、書物の様な残るものには肝心の情報を記載しないのか。流石お母さま。

 さらにお母さまは面談の日程を書き込んでいた。

 12月25日12時。私の誕生日である。

 この説得が成功すれば、水鬼鬼神長が来るし、失敗すれば、私達を捕縛する為、死神がわんさと押し寄せてくるだろう。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずという故事がある。

 危ない橋ではあるが、渡りきれれば、是非曲直庁の大物とパイプが出来る。

 お母さまは『賽を投げる』様だ。

 

「さて、これでどんな反応があるのやら」

「わからないですね」

「水鬼鬼神長が私の思い描いている通りの人物だったら、こちら側に来てくれると思います」

「?」

「まあいいわ。客間に戻りましょう」

 

 客間に戻ると、私達はベルンハルトさんを裏庭までご招待した。

 その後、能力の練習をする射的台を見やすい30m付近に設置した。

 ベルンハルトさんは少し戸惑い気味だ。

 

「射撃練習でも見せてくれるのですか?」

「いえ、フランドールが能力を見せてくれます」

「能力、ですか?」

「ええ」

 

 お母さまは幽霊を操って射的台に5枚のお皿を配置した。

 

「フランドール、右端からお皿を『破壊』していきなさい」

「はい」

 

 私は返事をすると、5枚全てのお皿の『目』を手のひらに持ってきて、順番に握っていった。

 すると、お皿は右端から順番に割れていった。

 

「なっ……。なっ……!」

「フランドール、ベルンハルト捜査官にあなたの能力を教えてあげなさい」

「私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』です」

「地獄でホットな話題になっていた噂は本当だったというわけ」

「西行寺様、震えが……止まりません」

「誰しもそうよ。私だって最初は怖かったもの」

「なんて報告をしよう……」

「最初に言っていた、私達親子の秘密というのは私の娘、フランドールの能力の事です。報告は水鬼鬼神長のみにお願いするわね」

「わかりました。報告は水鬼鬼神長だけに行います」

「ありがとう、ベルンハルト。それと、私から水鬼鬼神長宛ての手紙を渡して頂けるかしら?」

 

 お母さまは先ほどしたためた手紙をベルンハルトさんに手渡しした。

 

「わかりました。渡しておきます」

「くれぐれも、水鬼鬼神長以外は他言無用ですからね」

「わかっております。こんな秘密、喋る訳にはいきません」

「この秘密を公開したのは、部外者では初めてね」

「よく信用してくれましたね」

「あなたが義理堅いからよ~。私達親子を信じて水鬼鬼神長の任務をバラしてくれたからかしら」

「今となると、少し怖いものです」

 

 お母さまは私達親子を信じてくれたと言っていたが、きっと貰ったハンバーガーがとても美味しかったので秘密を公開する気になったんじゃないかと思った。

 この後、ベルンハルトさんは、うちで温かい昼食を食べて地獄へ帰っていった。

 玄関で見送った際、お母さまが一言仰った。

 

「これで、『賽は投げられた』」

「『ルビコン計画』の後段計画が始まるのですか?」

「いえ、まだ準備段階といったところね」

「準備段階として仲間を集めている、という事ですか」

「その通り。ちゃんと準備をしないといけないの。シミュレーションだと私が逃げ切れない可能性が大きいから、是非曲直庁に属している者で、白玉楼側についてくれる人妖を探さないといけないの」

「水鬼鬼神長がこちら側についてくれれば御の字なんですけどね」

「そうね、後段計画の時に鬼神長がこちら側についてくれたら、それは大騒ぎになって是非曲直庁の機能は停止するでしょう。それを狙います」

「それでも逃げ切れるでしょうか?」

「そうね、私は機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に頼むしかないのかもね。大きな借りは作りたくないんだけど」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)……? 

 まさか、紫さまを巻き込むおつもりなのだろうか?

 

 




 最後までお読み頂き、ありがとうございます。
 長くなってしまったので、一旦区切らせて頂きます。
 挿絵も用意したのですが、次回に繰り越しです。
 申し訳ありません。

 18/01/28 次回はついに水鬼鬼神長が白玉楼に乗り込んできます。
       挿絵も入る予定です。
       ×投稿予定は18/02/04を目標とします。
 18/01/31 ×プロット大幅修正の為、次回投稿予定は18/02/11となります。
       こちら都合で申し訳ありません。
 18/02/11 あと少しで完成です。
       今しばらくお待ちください。

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