「何度見ても、スゲーな。これ全部本物なんだなよなー。」
城壁の下を走り回るのは、完全武装した兵士たち。束ねられた槍は薪のように積み上げられ、その隣に大きな山を築いているのは弓兵隊の使う矢の束。武器に食糧、補充の矢玉。薬に防具に調理用の鍋まで、戦に使う備品はその幅広さに事欠かない。
「どうしたの?そんな間の抜けた顔をして。」
と華琳と秋蘭がやってきた。
「いや、俺らの国では、こんな光景見たことがなかったからな。すごいなーと思って。そういえば一刀は?」
「春蘭と一緒に、装備品と兵の最終確認を行っているわ。如月、暇なら糧食の最終点検の帳簿を受け取ってきてちょうだい。」
「分かった。ちょっくら行ってくるわ。」
「如月、監督官は今、馬具の確認をしているはずだ。そちらに行くといい。」
「ありがとう。秋蘭。」
・・・・・・
「そういえば、監督官がどんな人か聞くの忘れてたな。あ、あの子に聞くか。ちょっとそこの君。」
「……。」
「ねぇ、ちょっと。」
「……。」
「聞こえてるかー?」
「聞こえているわよ!なによさっきから何度も何度も何度も何度も……いったい何のつもり!?」
「いや、そんなに怒らんでも。」
「うるさい。で、そんなに呼びつけて、何がしたかったわけ?」
「糧食の点検帳簿を受け取りに来たんだが、監督官がどこにいるか知らないか?」
「なんで、アンタなんかに、教えてやらないといけないのよ。」
「そりゃ、華琳に頼まれたからだな。」
「ちょっと、なんでアンタみたいなヤツが曹操様の真名を呼んでいるのよ!」
「いや、華琳から呼んで良いと言われてるんだが。」
「信じられない。なんで、こんなヤツに。」
なんでこんなに嫌われているんだ?と考えていると、
「あんたって、このあいだ曹操様に拾われた、天の使いの片割れ?」
「ああ、そうだ。天の使いの片割れだ。ともかく、糧食の帳簿を監督官から受け取ってくるようにに言われたんだから、教えてくれ。」
「曹操様に?それを早く言いなさいよ!その辺に置いてあるから、勝手に持っていきなさい。草色の表紙が当ててあるわ。」
「ありがとう。」
時間食ったな。早く持っていこう。
・・・・・・
「ごめん、華琳遅くなった。はいこれ、最終点検の帳簿。」
「まったく、遅いわよ。」
お、春蘭と一刀も報告に来たか。
「……。」
なんか、緊張するな。俺が書いたわけでもないのに。あ、一刀も緊張してるな。
「…秋蘭。」
「はっ。」
「この監督官は、一体何者なのかしら?」
「はい。先日志願してきた新人です。仕事の手際が良かったので、今回の食糧調達を任せてみたのですが……何か問題でも?」
「ここに呼び出しなさい。大至急よ。」
・・・・・・
「華琳様。連れて参りました。」
あ、さっきの女の子だ。
「おまえが食糧の調達を?」
「はい。必要十分な量は、用意したつもりですが…何か問題でもありましたでしょうか?」
「必要十分って…どういうつもりかしら?指定した量の半分しか出来ていないじゃない!」
半分の量しかないって、そりゃ、華琳じゃなくても怒るわなぁ。
「このまま出撃したら、糧食不足で行き倒れになる所だったわ。そうなったら、あなたはどう責任を取るつもりなのかしら?」
「いえ。そうはならないはずです。」
「何?…どういうこと?」
「理由は三つあります。お聞きいただけますか?」
「……説明なさい。納得のいく理由なら、許してあげてもいいでしょう。」
「…ご納得いただけなければ、それは私の不能がいたす所。この場で我が首、刎ねていただいても結構にございます。」
「…二言はないぞ?」
「はっ。では説明させていただきます!まず一つ目。曹操様は慎重なお方ゆえ、必ずご自分の目で糧食の最終確認をなさいます。そこで問題があれば、こうして責任者を呼ぶはず。行き倒れにはなりません。」
「ば…っ!馬鹿にしているの!?春蘭!」
「はっ!」
「はいはい、ちょっと待て、冷静になれ。あと二つ理由があるんだから、判断はその後でも遅くはないぞ。」
「如月の言う通りかと。それに華琳様、先ほどのお約束は…。」
「…そうだったわね。で、次は何?」
「次に二つ目。糧食が少なければ身軽になり、輸送部隊の行軍速度も上がります。よって、討伐行全体にかかる時間は、大幅に短縮できるでしょう。」
「ん?なぁ、秋蘭。」
「どうした姉者。そんな難しい顔をして。」
「行軍速度が速くなっても、移動する時間が短くなるだけではないのか?討伐にかかる時間までは半分にはならない……よな。」
「ならないぞ。」
「良かった。私の頭が悪くなったと思ったぞ。」
「そうか。よかったな、姉者。」
「うむ。」
「まぁいいわ。最後の理由、言ってみなさい。」
「はっ。三つ目ですが、私の提案する作戦を採れば、戦闘時間はさらに短くなるでしょう。よって、この糧食の量で十分だと判断いたしました。」
作戦ねー。てことは、軍師として雇ってほしいと。
「曹操様!どうかこの荀彧めを、曹操様を勝利に導く軍師として、麾下にお加えくださいませ。」
「なぁ、一刀。荀彧って、あの荀彧か?」
「あぁ、王佐の才と言われた、あの荀彧だと思う。」
とヒソヒソと会話する俺たち。
「な…っ!?」
「何と…」
「…荀彧。あなたの真名は?」
「桂花にごさいます。」
「桂花。あなた…この曹操を試したわね?」
「はい。」
「な…っ!貴様ぁ…!何をいけしゃあしゃあと…華琳様!このような無礼な輩、即刻首を刎ねてしまいましょう!」
「あなたは黙ってなさい!私の運命を決めていいのは、曹操様だけよ。」
「ぐ…っ!貴様ぁ…!」
「ちょーっと待て待て!落ち着けって、春蘭。」
一刀が春蘭を止めている。
「桂花。軍師としての経験は?」
「はっ。ここに来るまでは南皮で軍師をしておりました。」
「…そう。」
「なぁ、秋蘭。南皮ってもしかして、袁紹か?」
「そうだ。袁紹の本拠地だ。華琳様とは昔からの腐れ縁でな。」
「どうせ、あれのことだから、軍師の言葉など聞きはしなかったのでしょう。」
「まさか。聞かぬ相手に説くことは、軍師の腕の見せ所。まして仕える主が天をとる器であるならば、そのために己が力を振るうこと、何を惜しみ、ためらいましょうや。」
「ならばその力、私のために振るうことは惜しまないと?」
「一目見た瞬間、私の全てをささげるお方と確信いたしました。もしご不要とあらば、この荀彧、生きてこの場を去る気はありませぬ。遠慮なく、この場でお切捨てくださいませ!」
「春蘭。」
「はっ。」
華琳は春蘭から受け取った大鎌を、ゆっくり荀彧につきつけた。
「桂花。私がこの世でもっとも腹立たしく思うこと。それは他人に試されるということ。分かっているかしら?」
「はっ。そこをあえて試させていただきました。」
「そう。ならば、こうすることもあなたの手のひらの上と言う事ね。」
そう言うなり、華琳は振り上げた刃を一気に振り落とし、寸止めした。
「寸止めかよ。」
「当然でしょう。桂花、もし本当に振り下ろしていたら、どうするつもりだった?」
「それが天命と、受け入れておりました。天をとる器に看取られるなら、それを誇りこそすれ、恨むことはございません。」
「嘘は嫌いよ。本当のことを言いなさい。」
「曹操様のご気性からして、試されたのなら、試し返すに違いないと思いましたので。避ける気など毛頭ありませんでした。それに私は軍師であって武官ではありませぬ。あの状態から曹操様の一撃を防ぐすべは、そもそもありません。」
「そう…ふふっ。あははははははっ!最高よ、桂花。私を二度も試す度胸とその智謀、気に入ったわ。あなたの才、私が天下をとるために存分に使わせてもらうことにする。いいわね?」
「はっ!」
「ならまずは、この討伐行を成功させてみなさい。糧食は半分で良いと言ったのだから、もし不足したならその失態、身をもって償ってもらうわよ?」
「御意!」
このあと、各々が自己紹介をして、出発となった。