Erlösung   作:まるあ

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ep10

 探索を再開したイリヤたちの前には相変わらず退屈な行路が待っていた。時折現れる、地上では見かけないような奇怪な蟲であるとか、人面鼠であるとか、あるいは二足歩行する蛇のようなものはいたが、それらは全てバーサーカーが捻り潰した。グレート・オールド・ワンレベルの化け物でも出てこない限り、サーヴァント二騎と魔術師二人という組み合わせはそうそう遅れをとることはない。

 初戦からアイホートなどというグレート・オールド・ワンが出てきてしまったのが良くなかったのだ。純潔を奪われる恐怖が先行してしまうため、イリヤからすれば苦手な存在であるし、物理的な攻撃はほとんど効かない。あれに対抗できるのはセイバーの宝具かマキリの杯としての桜くらいなものだろう。凛の魔力では少々分が悪いだろうし、彼女は彼女でイリヤと同じような状況に陥る可能性がある。

「しかし、妙なものばかり出てくるよな…」

 士郎は若干疲れた様子だった。常人であれば発狂してもおかしくないものを何度も立て続けに目撃しているわけで、げんなりしてしまうのも仕方がない。

「宇宙的なもの、超自然的なものが巣くう場所みたいだからね。シロウ、大丈夫?」

「大丈夫だ。俺だって魔術師だしな」

 きっとイリヤが心配しないように、内心の疲労を押し隠して士郎はにっと笑う。

 なんと妹想いの兄を持ったのだろう、と思う。あるいは、彼にとって、自分とは何の価値もないものなのかもしれないけれど。

 不意に、前を歩くセイバーが止まった。

「どうしたの、セイバー」

「いえ…、こちらに」

 士郎とイリヤが並んで、その後ろをバーサーカーが歩いて、セイバーの見た光景を目撃する。

 いつまでも続くかと思われた単調な洞窟は突然途切れた。開けた空間は、洞窟の中だというのに、あまりにも広い。薄緑色のぼんやりとした光に覆われ、奇怪な石の塊がにょきにょきといくつも生え林立している。

 あれは建物なのだろう、とイリヤは認識した。今も何か住んでいるのか、あるいはかつて栄華を誇った何者かが住んでいたのか、きっと後者だろう。何か高度な文明を持ったであろう存在が住んでいるにしては、静寂に包まれている。

「なんか看板みたいなものがあるぞ…なんだか分からないけど」

 士郎が石に書かれた何かを読み取ろうとして失敗する。

「見せて」

 イリヤは士郎の隣に立ってその石板を見る。見たことのない文字だった。現在の人類が使っている文字では決してないだろう。一瞬だけ躊躇したが、イリヤは魔力を乗せてその石板を読む。

「ハイパーボリア…」

 ほとんどがイリヤにとって意味が分からない音の羅列であった。しかし、たった一つだけ分かった音節は、イリヤにとって禍々しく聞こえる。

「ハイパーボリア?」

 士郎が首をかしげる。聞いたこともないのが当然だろう。魔術師の中でもその音節の意味を知っている者は少ない。あるいは、考古学者と呼ばれる人たちのほうが知っているかもしれない。

 知っているような考古学者はきっと、まっとうな考古学者ではないと思うけど。

「この石板はきっと地名を現しているわ。偉大なるハイパーボリアの都市、ナントカみたいなことが書いてある」

「地下都市ですか。しかし、ハイパーボリアとは一体…」

「世の中知らないほうがいいこともあるのよ、セイバー。まぁ簡単に説明すると、ハイパーボリアは人類以前に何個かの種が繁栄し滅びた大陸の名前ね」

 そして、クトゥルフ神話と密接に絡む大陸。多くの邪神が崇拝されていたという。中には、外なる神も巣くっていたという記述を見たことがある。

「…せっかくだからエイボンの書を探してもいいのだけど」

 必死で探せばエイボンの書の完全版も見つかるかもしれない。ネクロノミコンの完全版とともにハイパーボリアの言葉で書かれたエイボンの書を持ち帰って翻訳すれば、魔術協会は丁重にアインツベルンが協会に加わることを要請するだろう。おそらく、新たなロードとして遇するに違いない。それくらい価値のある本だった。

 もっとも、イリヤにはそのようなことは全く興味がないのだけれども。

 イリヤは名声欲といったものには無縁だった。根本的な行動原理は極めて単純で、快か不快かというところにある。それを、魔術師として、貴族の姫としてふさわしいように、理性で飾りつけたのだ。

「で、どうするんだ、イリヤ?しらみつぶしに探すか?」

「いえ。ネクロノミコンの成立は人類史上のもの。ハイパーボリアみたいな超古代文明の遺跡を探しても仕方ないわ」

 これが魔術書全般や魔術礼装としてつかえそうなものを探すということであれば、目の前に広がるのは宝の山だ。だが、同時にどのような危険が潜んでいるかも分からない遺跡である。寄り道は避けるべきだろう。

「調査するとしたら、また後日ね」

 イリヤは言うなり髪を四本抜いて、銀色に輝く小鳥を四羽生み出す。

「道を探してちょうだい」

 銀色の小鳥は四方へと飛び去って行く。

「便利だよなぁ、その魔術」

「あら、シロウも修行すればすぐに使えるようになるわよ。お姉ちゃんが教えてあげようかしら」

「はは、戻ったら頼む」

「そういえば、イリヤスフィールは誰に習ったのですか?」

 セイバーが尋ねる。

「アイリスフィールも同じような魔術を使っていたと記憶しています」

「そっか。セイバーはお母様を知ってるのよね…」

 イリヤはふと遠い目をする。母親そのものは遠い日の記憶にしか存在していない。けれど、そのあとも母親という概念は常に自分の傍にいてくれた。本国のアインツベルンの城を出るその時まで。

「この魔術はユスティーツァ様から続くアインツベルンの魔術なの。髪は女の命って言うでしょ?髪には魔力が宿る。わたしたちアインツベルンの娘はそれを自在に使えるの」

 ふぅ、とイリヤはため息をつく。アインツベルンの歴史を考えるたびに、その重みを感じてしまう。妄執じみたアインツベルンの悲願、第三魔法の顕現という祈りはイリヤには少し重いものだった。

 そういえば、アインツベルンといえば。イリヤは聞こうと思っていて、まだ聞いていないことがあることを思い出した。

「質問されたついでに質問を返すんだけど、シロウはどうやってお爺様の協力を引き出したの?ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンに情を求めるのは不可能だと思うのだけど」

 士郎は考えるように押し黙った。そして、やがて、ぽつりと口を開く。

「それをイリヤに話すと、イリヤを縛り付けてしまうことになる」

 それで、悟った。アハト翁は士郎に対して、何らかの情報の対価を要求したのだ。

「話して、シロウ。弟だけに何かを背負わせるのはお姉ちゃん失格なんだから」

 士郎は唇をかんだ。本来話すべきではないと彼は考えているのだろう。だが、一方で、イリヤはその話を聞くことを渇望しているのだ。

「…シロウ。差し出がましいですが、どのみちイリヤスフィールも知ることになるのです。それならば、もう話してしまってもよいのでは?」

「…そうだな、セイバーの言う通りだ」

 士郎は深く息を吐く。

「イリヤ、これから話すことはイリヤが眠っている間のこと。ギルガメッシュに言われてドイツに旅立った後の話だ」

 そして、彼はぽつりぽつりと話し始めた。


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