閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】   作:なまなま

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 飼珠は倒された。守るべきもののために敗れた女の仁義の言葉に、春花は惑う。あまりに哀れで悲しく、それでいて気高く恐ろしい善忍の意志が、少女には理解できないのだ。
 そんな複雑な胸中を押し流すように登場したのは、小野を騙っていた悪忍・保流であった。
偽りの忍務で殺し合いを強要された忍たちが憤るが、永命魂を手にして逃げる算段を整えた卑劣漢を止めることができない。
 果たして永命魂と、飼珠や春花の想いの行方は・・・


第八話 Reward

 逃走するため、後ろに振り返った保流が驚愕に固まる。男を見つめていたコンテナ前の忍たちも呆気にとられた。

保流のすぐ後ろに紺色の人影が現れていたのだ。誰一人察知できなかった命長の制服を着た人物は、一瞬の隙を突いて中年の右手から永命魂を掠め取った。

不測の事態に、時間が止まったかのように固まっていた忍たちが動き出す。

 

「命長っ、てめえええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!?」

 

 左手で禁忌薬を奪った影へと、保流が水の弾丸を打ち出すよりも早く、紺色の右拳が丸い腹に打ち込まれる。強烈な一撃で肥満体が吹き飛び、転がってきた。

既に駆けだしていた春花と日影、そして刺厳が武器を携えて保流に迫る。先ほどまで命の取り合いをしていた剣士も、考えは少女たちと同じだ。

紺色の忍が何者かは分からないが、命長関係者で保流の敵なら後回しでかまわない。目標は打倒保流。この悪忍だけは絶対に許せない。親子と抜忍たちを騙し、殺し合わせ、禁忌を悪用しようとしている邪悪な男だけは絶対に倒す。

 走ってくる三人の前で、意外にも軽やかに起き上がった中年男が、両腕を前に突き出す。

 

「秘伝忍法!バーストバブルッ!」

「ださっ!」

 

 好戦的な笑みを浮かべて罵った春花たちの前に、術者と同じ大きさの水球が出現。術の展開を予測した刺厳が進み出て、七本の剣を操る。

 

「秘伝忍法、輪翔っ!」

 

 壮年の前で円状に並んだ七本の刃が超高速回転。剣の盾が弾けた大玉の鉄砲水を切り裂き、押し込んでいく。

 

「やるやん」

 

 刺厳の背後から二手に分かれた少女たちは、鉄砲水の向こうにいる保流へ向かっていく。二人の動きを察知した水遁使いが忍法を解き、向かって右の日影側に横転して逃げていく。一瞬遅れて、中年のいた場所を斬撃の円盤が猛スピードで駆け抜けていき、コンクリに風の刃が爪痕を刻む。

 

「焔ちゃんとは違った強さね」

「・・・なるほど、飛行剣を捌けるのも道理だ」

 

 薬品を選別し、試験管を次々と捨てていきながら、右へ走った春花が感心する。紅蓮隊の噂を思い出した刺厳は納得の表情。紅蓮隊リーダーの焔も七本の刃を使う強者なのだ。お互いの笑みを見た二人は、日影と保流に向かって走る。

 海際へ退避してきた丸い男は、転がりながら大きめの水鉄砲を連射。日影が投げるナイフを的確に撃ち落としてくる上、少女自身をも狙い撃ってくる。

風体に似合わず正確な速射をしてくる保流から、日影が後方跳躍して逃げていく。少女の顔は曇っていた。飼珠たちとの戦いで消耗し、強引に斬り込んでいくことができない。接近する前に一発でも受けたら、戦闘不能になってしまうだろう。

 日影を追い払った保流が周囲を見回して、永命魂のありかを確認する。

 

「ふっざけんなよっ!?」

 

 叫んだ中年が見たのは、海際を走って向かってくる春花と刺厳。そして、その奥で佇む紺色の命長と赤い点滅。激怒した保流が仕方なく二人へと突進を開始。体の右で両手に水を溜めつつ距離を詰めてくる。海側の刺厳は呼び戻した剣を前方へ展開。剣の盾はいつでも発動可能だ。並走する春花も試験管を後方へ捨てつつ、傀儡の腕を変形させてチェーンソーと火炎放射器を出現させる。

 二人の迎撃態勢を見た保流の顔には気持ちの悪い笑み。肥満男は立ち止まりながら両手を左、海へと動かした。溜めていた水球が夜の海に投げ入れられ、音を立てる。

少女と壮年は嫌な予感に急停止して警戒体勢。

 

「海からの攻撃か?」

 

 つぶやいた刺厳の足元が破裂。水の刃が剣士の左肩を切り裂いた。超反応で腕の切断は免れたが、傷口は深い。

堰を切ったように二人の足元に次々と亀裂が生まれ、水が噴出。二人は必死に海際から離れ、術の効果範囲から逃れていくが、体のあちこちに裂傷ができてしまっていた。

 

「秘伝忍法、ウォーターブレードだ。水辺だと、こういう芸当だってできるんだよ?」

 

 得意げな保流の顔が再び歪む。永命魂を奪った人影が、またしても二人の奥に移動している。

 

「いい加減にしやがれえええぇぇぇぇっ!!」

 

 怒号とともに向かってくる中年男を前に、海際をこちらへ高速移動している日影を確認した春花が、刺厳と合わせた目を空へ上げる。剣士は戸惑いながらも少女の策を感じ取り、飛行剣とともに垂直に跳躍。上空で七本の刃が地上に向けられる。

 対地攻撃だと考えた保流は、回避のために後方へ右手を向け、大量の水を噴射して加速。同時に前にいる春花へ左掌を掲げると、人頭大の水球が作られる。

 

「どけババアアアアァァァァァァッ!!」

「死ねロリコン」

 

 静かな怒りを吐き出した春花は、下僕とともに前進を選んだ。反抗してきた傀儡使いへと、水使いの球が打ち出される。すぐに破裂し怒濤となって襲ってきた水遁に対し、前に出たカスタム傀儡が変形した腕をコンクリに突き刺す。

春花は杭となった下僕に掴まり、激流を何とかやり過ごそうとする。身を貫くような鋭い鉄砲水に傷口を広げられるが、手を放すわけにはいかない。もがきたくなるような激痛に耐えていると、流れに乗った保流が右脇を進んでいくのが見えた。

すぐさま傀儡が手を引っこ抜き、流される少女の右手が肥満男の襟首を捕える。

 

「ぐぶっ!?」

 

 突然絞められた首の苦しさに呼応して、水遁が少し弱まる。訪れた好機に、今度は春花の頑丈なヒールが地面を踏み割り、火傷を負う脛半ばまでを杭とした。

弱まっていく水の中で反撃に転じようとした保流だったが、視界に現れたのは襲来してきていたカスタム傀儡。後ろに引かれた右腕のチェーンソーが、水流に乗せて一気に突き出される。

肥満男の丸い腹に回転する刃が刺さり、内側に着込まれていた防具の繊維が絡みついて停止する。より勢いが減った水遁の中で、激痛のあまり大きな体を震わせる悪忍。下僕の刺突を確認した春花の右手が襟首から放され、左手が傀儡へと伸ばされる。細長い指で火炎放射器の先端を掴んだ少女は、気合の入った大声で叫んだ。

 

「っらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 空へと振られる細い左腕。掴まれた傀儡が肥満男ごと持ち上げられ、空中に血の線とともに大きな弧を描く。半円の終点では、春花の試験管を拾い集めた日影の姿があった。保流の落下点を見極めた蛇の少女が薬品をバラ撒いていく。

チェーンソーの刺さった中年男がコンクリに叩きつけられる寸前、全速力で疾駆した日影が、春花に飛びかかって傀儡から引き剥がす。

転がっていく二人の背後では轟音。保流に押しつぶされた多くの薬品が雷と爆裂を発動させ、凄まじい閃光と猛火を生む。加えて残されたカスタム傀儡が、炎の中でダメ押しの電撃と火炎を放っていた。雨に濡れた悪忍を電流が駆け巡り、業火が焼いていく。

 近接戦闘や薬品の投擲が通じにくいなら、水遁を掻き消すほどの大火力に放り込んでしまえばいい。丁度雨も降っていたので、威力が増大する電撃も追加だ。春花は戦いが始まってからすぐに、爆薬と放電の薬品を選別して捨てていった。あとはどうやって罠にかけるかだったが、命長の忍がサポートするように立ち回ってくれたおかげで、保流に接近できた。日影は作戦を理解してくれていたが、刺厳は気づいていなかったので、上空へ逃がすとともに陽動役になってもらった。

 

「・・・春花さんだけは敵に回したくないで、ほんま」

 

 薬品で生み出された嵐を見つめて、蛇の少女がしみじみとつぶやく。あの暴虐の中では、耐久力に優れた水遁使いといえどただでは済まない。死ぬか瀕死の重傷だ。

二人の視線の先に、重なる飛行剣に乗った刺厳が空から降り立つ。刃を収めつつ頭を向けてきた剣士は苦笑していた。おそらく日影と同じことを考えているのだろう。

 壮年に得意げな笑みを返した春花が何かに気づく。すぐに刺厳も振り返り、オーバーヒートして落下している傀儡の向こうに、業火の端からよろめきながら出てきた人影を見つけた。火だるまになった保流が大量の蒸気を上げながら、海へ向かって歩いていく。

 

「逃がさん」

 

 燃えながらも鎮火しようとしている悪忍へ、手練れの剣士が背の一振りを抜きながら駆けていく。もはや勝負は決した。一撃で仕留める!

炎に包まれる保流が刺厳に向けて、水鉄砲を発射。この期に及んで忍法を発動できる中年男に驚きつつ壮年が避けるが、水弾の飛翔していった方向に気づき、反転。

 

「飼珠っ!」

 

 弾丸の行き先には、横たわる娘の姿があった。刺厳が最大速力で水弾を追いかけようとした時、過ぎ去った水球が破裂。発生した激流は、飼珠ではなく父親の方へ放たれた。

意表を突かれた剣士は、飛行剣で防御する間もなく吹き飛ばされていく。

 

「刺厳!」

 

 助けに飛び出そうとした春花と日影の視界左端で素早い何かが動いた。

 押し流された刺厳に、待ち受けていた保流が炎の体で背中側から組みつく。

 

「お゛ま゛え゛さ゛え゛、い゛な゛け゛れ゛は゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 灼熱となった悪忍が自慢の体重でのしかかり、細身の剣士を押し潰す。道連れの覚悟を伴った保流の重い重い体は、刺厳では押し返せない。剣も振るえず、ただ懸命に耐えるので精一杯だ。悪忍の煉獄が剣士の身を焼いて力を奪っていく。過酷な加重と焦熱で、呼吸と意識が消えかけようとしていた。

 

「すまぬ・・・飼珠っ・・・」

 

 娘が救ってくれた命を父が諦めかけた時、保流の体に真っ赤な何かが衝突してきた。高速でぶつかったそれは、勢いを止めずに大男を剣士から引き剥がす。

全身を焼かれた刺厳が振り返ると、血塗れの飼珠が火だるまを海の方へ押しやっていた。瀕死の体をガクガクと痙攣させながらも、トンボの推進力で巨体に挑む。悪忍も最後の力を振り絞って踏ん張るが、より死に近いはずの女を食い止められない。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっ!!」

 

 叫ぶ保流に焼かれながらも、飼珠が薬袋から黒球を飛翔させる。力なく浮遊する忍法球を従えた薬使いは、海際で父へと振り返った。命を吸い取られた死の顔。それでも飼珠が満ち足りたような、哀しむような表情を見せたのがわかった。父を救えたことへの安堵感と、母を救えなかったことへの無念さを湛えた薬使いが、悪忍とともに海へと体を投げ出す。

 

「飼珠ううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!!」

 

 コンクリに這う父の目の前で、娘の姿が波止場の外へと消えていき、着水の音が続く。次の瞬間、大きな爆発音と大量の水しぶきが上がった。飼珠の薬品が発動したのだ。

空へ舞い上がった海水は雨に混じって豪雨のように降り注ぎ、血で赤みがかった水と大小の肉片を港に散らしていく。次々と聞こえてくる誘爆の音を、忍たちはただただ呆けたように聞いていた。

 飼珠の死を示すように、次第に聞こえなくなっていく爆発音。血と肉の雨が降り止んでいく中、四つん這いで呆然としていた刺厳の前に黒い物が落ちる。それは飼珠の薬袋であった。父親は袋へ這い寄り、娘の形見を抱きしめて号泣する。その身を犠牲にして自分を助けてくれた飼珠を、救うことができなかった後悔と絶望の涙。

刺厳に歩み寄った少女たちは、立ち尽くして見守ることしかできなかった。娘に致命傷を与えたのは自分たちなのだ。

 やりきれない気持ちに唇を噛む春花の後方から、軽薄な印象を与える女の声が投げられる。

 

「あー・・・感動のクライマックスを迎えてるとこ悪いんだけど、そのままエンドロールに行かないでよ?」

 

 抜忍たちが振り返ると、命長の忍がコンテナの前で永命魂を握っていた。死せる飼珠の命を保管した禁忌忍具は、忍の右手で活発に脈打っている。

 永命魂を持つ女を、春花の翡翠の瞳が警戒の色を宿して観察する。

自分より少し高い背の忍は、親子と同じ命長の制服に身を包んでおり、目元は暗闇で確認できない。親子と違うのは、紺色を基調としている点と押し上げられた胸元、そして武器らしき装備が見当たらないところだ。だが丸腰とはいえ、全員に気づかれず現れた隠密技術、直立のまま右拳一発で巨体の保流を吹き飛ばした剛腕、戦場を自在に移動した機動力などから、相当な実力者だとわかっている。

 

「お前は・・・何のためにここへ来た」

 

 身構えていた少女たちが、背後からの声に驚く。顔を向けると、悲しみと無念の影をまとった剣士が立ち上がっていた。火傷にまみれた父親は、すでに娘の形見をしまいこんで剣の柄に手をかけている。刺厳に永命魂は不要だが、飼珠が守ろうとした物を悪用するならば、容赦なく切り捨てるつもりなのだ。

しかし刺厳どころか負傷した三人で挑んでも、無傷の強者相手では勝ち目が薄い。戦闘はあまりに分の悪い賭けだ。

 

「ちょちょ、やめてよオジサン。あたしは命長の指令で永命魂の回収に来ただけだってば」

「・・・ようやく本物の命長がお出ましかいな」

 

 左手を振ってわざとらしく慌てる女の言葉に、日影が呆れたようにこぼした。紺色の忍はマスクに手をかけつつ、ほくそ笑むような声で返す。

 

「すまないね、日影君。あたしも命長の専属忍ってわけじゃないんだ。雇われのフリーランスさ」

 

 言いながらマスクを外した女の目元は暗いまま。いや、暗いのではなく大きめのサングラスをかけていたのだ。現れた艶々とした朱色の唇はニヤニヤと笑みを作っており、顔の端からは制服と同じ色のミディアムヘアーが垣間見える。

 その紺色の髪を見て、日影は気付いた。

 

「あんた・・・昼間のカフェにおった店員さんやないか」

「よくわかったね、せーかい~!変装してたから結構印象違うでしょ?」

 

 紺色の女がナイフ使いを指差しておどける。反対に春花の胸中では怒りと疑問が湧いてきていた。

 

「いろいろ聞きたいことと言いたいことがあるけど、その前に名乗るくらいはしたらどうかしら?」

 

 敵意のこもった少女の言葉に、全く動じない女は「そーだなー」と口に出して悩み始める。完全にバカにしている。

 

「よし!最近お気に入りの『花田』でいこう!うん、あたしの名前はハナダだよ!」

 

 ふざけた名乗りに怒りを押し殺しつつ、春花が刺厳に目を向ける。壮年は小さく首を横に振り、未知の忍であることを示した。

 傀儡使いが花田へ追及の矛先を突きつける前に、フリーの忍が先手を取ってくる。

 

「怒るのも無理はないし、疑問もあるだろうけど、あたしに言われても正直困る。てなわけで、黒幕さんとお話してちょうだいな」

「黒幕?」

 

 春花の声を無視して、花田が懐から取り出した折り畳み式の三脚を組み立てていく。雨の中に置かれた三脚の上には携帯用プロジェクターが設置され、取り出されたタブレット端末へと慣れた手つきで接続されていく。

あっという間に上映の準備が整い、花田が三人を手招きする。

 

「ささ、皆々様方もっと近くへ」

 

 顔を見合わせた傷だらけの忍たちは、警戒心を保ちながらも苦痛を堪えて向かっていく。気に食わない相手だが、保流戦のサポートといい、永命魂を手にしているのに逃走していないことといい、どうやら敵というわけではないらしい。何より、彼女の言った「黒幕」が気になる。

 花田は少し距離を置いて集まった忍たちへ「最近のは便利だよね。防水とかもバッチリでさ」などと無駄話を挟みつつ、タブレットを操作する。

 

「これでよし。お互いの顔を見て会話できるようにしといたから、あとは何でもお好きにどうぞ」

 

 花田の手袋に包まれた指が液晶に触れ、黒幕を出現させた。

 

                                      第九話へ続く


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