閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】   作:なまなま

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 飼珠は格闘術にまでトンボの力を利用し、凄まじい体術で二人を吹き飛ばすも、日影が捨て身の戦法で深手を負わせることに成功。
 決着がつこうとしていたが、両者の間に割って入った刺厳が飼珠を救うと言い出した。そして守られる飼珠もまた、危篤状態の母・獣静を救うために禁忌薬を自らに使っていたのだった。
 悲壮な決意と覚悟を伴った忍たちを前に、春花の心が揺れ動く。


第六話 Sword

 並々ならぬ覚悟を携えて向かってくる刺厳に対し、より大怪我を負っている日影を庇った春花が前に出る。心は乱れていたが、生き残らなければ答えを見出すこともできなくなる。今はとにかく刺厳を倒すことに集中すべきだ。

 揺れ動く少女の心へ分け入るように、刺厳の細身の剣による刺突が突き出される。春花は最小限の動きで右に回避しつつ、返しの左手刀で男の左側頭部を襲う。銀の忍は瞬時に反応した左手で受け、軌道を横薙ぎに移した刃で反撃。

予想していた春花は後方宙返りで躱すと同時に左足で刺厳の下半身を狙っていく。男は縦回転の蹴りを右に避けるが、友の影に隠れるように迫っていた日影が毒ナイフの刺突で奇襲してきた。

 

「秘伝忍法、ぶっさし」

 

 目にも止まらぬ踏み込みとともに突き出された毒ナイフはしかし、急加速でさらに右へ移動した剣士を捉えることができなかった。

 

「ちっ!」

 

 避けた刺厳は既に右腰から二本目の剣を引き抜いて向かってきている。秘伝忍法発動後の隙を狙う男から守るように、春花が間に立って防御の構えをとる。

男の右手から繰り出された逆袈裟を右腕で逸らし、間を置かず襲ってきた左手による正面下からの切り上げを右の堅いハイヒールで踏み抑える。逸らされた右の剣は、翻って少女の首に向かってくるが、下から突き上げられた左手の拳で迎撃される。

 好機と見た春花の右手が正中線へ渾身の突きを放つ寸前、背後から胴に回された腕が強引に二人の距離を離す。ほんの一瞬遅れて春花の眼前を、迎え撃ったはずの剣が上から一刀両断の軌跡を描いていった。

友を刺厳から引き剥がした日影が、後退しつつ投げナイフを連続で放っていく。銀の忍は鮮やかな剣捌きで、すべてのナイフを軽々と弾いて見せた。距離をとった抜忍たちは、冷や汗を流して長身の男を眺める。

 

「あ、ありがとう、日影ちゃん。でもこれは・・・」

「そうや。刺厳さんは飼珠さんとおんなじや」

 

 速さに秀でる日影の必殺奇襲を躱した移動術、自由だった春花の右手よりも速い、迎撃されたはずの刃。それは紛れもなく、飼珠と同じトンボの急加速や急降下を利用した戦闘技術だった。日影が退避させなければ、今頃春花は縦に真っ二つだっただろう。

 

「嫌な予感がするで」

 

 蛇目に凝視されていた銀の忍に動き。背と腰に刺さる五本の剣が、金属の擦れる音を上げてゆっくりと引き抜かれていく。柄を持つ者はない。

抜き身となった剣は、ゆらりと切っ先を天に向けたかと思うと、一斉に少女たちの方へ倒れる。五振りの刃を従える刺厳は凄まじい威圧感を放っていた。

 

「飼珠が薬球なら、刺厳は剣・・・ね。トンボの力は命長が与えたものだったってことかしら」

 

 永命魂のような薬品を作り出せる命長なら、秘伝動物の力を授ける忍具を生み出していても驚かない。飼珠の方を一瞥すると、先ほど対峙した場所から動かず、苦しそうに胸を押さえている。彼女が参戦してこないのが救いだ。

予想以上の強敵だった刺厳を前に、春花が後方に待機しているカスタム傀儡を指で呼ぶ。こうなっては、小野の安全なんてどうでもいい。二千万も手に入るか怪しいので二の次だ。とにかく全力で生き残らなければならない。

 

「行くぞ」

 

 傀儡が辿り着く前に、刺厳が五つの剣を放ちつつ疾駆。薬品を投げつけたいところだが、剣は薬球とは違って試験管を一方的に破壊できる。高速飛行する剣は薬品攻撃を躱して接近してくるだろう。無駄に武器を消費して隙を作るくらいなら、素直に白兵戦で対応する方がマシだ。

 使い手より先に抜忍たちの間合いに入った飛行剣が、上下左右正面から襲い来る。

左からの二つを日影のナイフが弾き、右の二つを春花の掌が打ち払う。正面からの刺突を躱した二人の足元で四本の刃が縦横に荒ぶるが、抜忍たちは後方跳躍で回避。追ってきた一振りを、空中で春花が蹴り飛ばす。

 

「待ってたわ。期待してるわよ」

 

 着地した主のもとへ、小野を見捨てた下僕が到着。一瞬振り返ると、中年は大慌てでコンテナの間へと逃げていくところだった。飼珠にも刺厳にも彼を殺す理由はないし、必要としていない。死ぬはずだった戦いから脱出できて羨ましい限りだ。

 

「やるではないか」

 

 二人と一体になった抜忍に向かって飛行剣が再び向かってくる。今度は刺厳も一緒だ。

 

「死んじゃ駄目よ、日影ちゃん!」

「春花さんも気ぃつけや」

 

 お互いを奮い立たせて剣士へと駆ける。五本の刃が描く軌道は、先手と反撃を許さない下からの抉るような刺突。体を仰け反らせて回避した二人へと、本体である刺厳が斬り込んでくる。

 

 春花の胴へ向かう内側への左薙ぎは、叩き落とそうとした少女の右掌底の前で斜め上に急上昇して頭を狙う。防御を指示されていた傀儡が守るように金属の腕を間に差し入れるが、今度は剣が急降下。美しい太ももの横でほぼ直角に軌道を急変させる。

傀儡の防御を読まれていると予測していた春花は、反射的に後ろへステップした。細身の剣を避けきれず、太ももに赤い線の切れ込みが入る。

 

 春花へ向かうと同時に日影を狙ってきていた右の剣。上から打ち下ろされた斬撃を、二人の距離を離すためのものだと察した日影は、躱さずにナイフに手を当てて受け止めた。細い体格から連想されるよりも重い一撃に、飼珠に殴られた腕が激痛を発する。

防がれた刃は即座に右へ移動し、瞬時に斜め下へと軌道を変えて少女の脇腹へと振られる。両腕を防御に使わされた時点で、がら空きの胴から下を狙われるとわかっていた日影は、軽く後ろに下がりつつ左足を蹴り上げる。柔軟な体に沿って、ほぼ垂直に放たれた蹴りが刺厳の剣を打ち上げ、勢いを利用したバック転で距離をとる。

 

 後ろへ下がった二人に、背後から五本の刃が急襲。反応したカスタム傀儡が、二人との間に滑り込んで腕を広げる。少女たちの背中でプロペラのように高速回転して、剣を弾いた。ファインプレーだ。左右で別々の人間が動かしているかのごとき卓越した剣術に、二人だけでは手一杯で飛行剣を防げなかった。

 前からは刺厳が再び迫ってくる。二人の分散を図る中央付近への両刺突に、左右への回避を余儀なくされた抜忍たちが互いの距離を広げてしまう。

 刺厳が選んだ各個撃破の第一対象は春花。向かってきた剣士に対して、少女が下僕を連れて後退していく。五本の剣は、まるで独立した生き物のように日影へと飛翔していった。

刺厳の判断は正解だ。彼の得意とする接近戦においては、負傷していても春花より日影の方がうわて。さらに先の飛行剣との戦い方を見る限りでは、なぜか二人はあの手の攻撃に慣れているらしく、五本だけでは足止めはできても止めを刺せないし、春花に飛行剣を放っても傀儡は自由になってしまう。

ならば、刺厳にとって面倒な日影を封じつつ、早々に春花を制してしまった方がいい。日影と傀儡の組み合わせより、春花と傀儡を相手にした方が戦いやすいのだ。それに使い手である彼女を倒せば、自動的に傀儡も機能を停止するだろう。そして、残った日影との一対一なら刺厳に軍配が上がる。

 春花も剣士の思惑と、自身の圧倒的不利に気付いていた。実質二対一とはいえ、刺厳の反応速度についていけない傀儡では大きな戦力にならない。中距離での薬品攻撃をしかけたいところだが、トンボの能力を持つ相手からは逃げきれないだろう。薬使いはこの恐るべき剣士に、接近戦で勝たなければならなくなった。

 

「日影ちゃんに死ぬなって言っておいて自分は死ぬだなんて、許さないわよ春花」

 

 自身に言い聞かせるようにつぶやいた春花は、薬品と傀儡の気弾を刺厳に向かって乱れ撃つ。銀の忍は驚くべき速度で爆裂やガス、氷結に気弾、そのすべての直撃を避けて少女に近づいてきた。

春花は大勝負に出る覚悟を決めつつ、前にカスタム傀儡を配置して両腕による連打を指令する。刺厳の細身の剣二本では、頑丈な機械の破壊は困難。連続パンチを躱して本体への接近を試みた剣士は、傀儡と重なるように投げられていた試験管に気付き、急速後退。

 下僕の背に当たった試験管が割れ、爆発を起こす。刺厳の前が黒煙で満たされ、中の様子がうかがえない。

 

「傀儡ごと爆破するとは・・・しかしこれで春花を残すのみ」

 

 煙が薄まるのを油断なく待っていると、正面に揺らぎ。黒煙を破り、白衣を大きく広げた春花が猛進してきた。あまりにも恐れ知らずな突撃に、男は違和感を感じつつ少女へ剣を振るう。

前で交差された腕が開かれ、バツ印を描くように斬撃が放たれる。傀儡使いは過剰なほどの低姿勢で躱し、蛇のように剣士の脚へ飛びかかる。思いもよらない戦法にもトンボの脚が超反応し、回避不可能の蹴りを繰り出す。鎌となった爪先が春花に迫るが、必中の攻撃はギリギリのところで空を切った。

 

「っ!?」

 

 急加速した足の先端が少女の頭を粉砕する寸前、飛びかかったはずの彼女の体が引き戻されたのだ。足元の傀儡使いを注視していた刺厳の視界上部に影。地を這うカスタム傀儡が黒革のベルトを掴んでいる。ベルトの先には足枷をはめた春花の右足首。隠し持っていたSM道具を自身に装着して、緊急回避に使ったのだ。黒煙の中からの突進も、広がった白衣も、足元への無謀な攻撃も、拘束具に気付かせないための奇策。

 瞬間的に謀られたことに気づいた刺厳だが、接近され過ぎていて既に攻撃に転じている春花を迎え撃てない。

 

「おおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 勇ましい雄叫びとともに傀儡使いの強烈な左アッパーが炸裂!大男でも吹き飛び気絶する一撃を顎に受けた剣士は、一歩退いただけで耐えきった。さすがに一瞬動きを止めてしまった刺厳へ、春花が抱きしめるように組みつき、相手の脚に自身の長い脚を蛇のように絡めて拘束する。火傷が激痛を催すが、気にしている場合ではない。

 巨乳の少女に密着され脚まで絡められるなど、状況が状況なら喜ぶべきところだが、刺厳は気が気ではない。近接戦闘の間合いを保つために、拳の一撃を耐えたのがまずかった!

剣を翻して春花を背から突き刺そうとするが、向かってきていた傀儡が主人の背後に張り付き、長い腕を滅茶苦茶に振るって邪魔をする。主の爆薬をモロに受けたというのに、傷一つない。堅固過ぎる下僕だった。

 日影からヒントを得て傀儡で強化した戦術に、剣士が見事に封じられてしまっている。正攻法で勝てないと悟っていた春花は、一か八か接近される前に奇をてらった独自戦法で賭けに出て、見事に罠にはめたのだ。

薬使いが刺厳の胸で勝利を確信する。男の首元へ回された少女の右手には、鋼鉄の針を備える猛毒の注射器が握られていた。終わりだ!

 致死毒が注入される寸前、春花の右腕に激痛が走り、握っていた注射器が吹き飛んでいく。

 

「春花さんっ!」

 

 遠く右から聞こえる日影の声に視線を向けると、小柄な影が視界を遮る。橙の燃え盛る瞳、飼珠だった。

この土壇場で女が刺厳の助太刀に駆けつけたのを知って、春花が大急ぎで男から離れようとする。いくらなんでもこの二人を相手に単独で勝利することなど不可能だ。

刺厳の胸を腕で突き放しつつ上体を逸らして後退。背後から襲ってきていた二本の刃を間一髪で躱す。右の飼珠へ攻撃の隙を与えないために、カスタム傀儡がパンチを乱れ撃つも、華麗に避けてきた飼珠が少女の背後に回り込む。挟まれた!

 前からは白刃が迫り、背後からは女の貫手が突き出される。至近距離で回避も防御も間に合わない絶体絶命の瞬間、傀儡の下を潜った日影が、春花へ高速の低空体当たりをしてきた。

右腰に鋭い衝撃を受けた傀儡使いが、突っ込んできた蛇目の少女ごと左へと飛ばされていく。二本の剣は春花の首を捉えきれず、女の貫手が体を貫くこともなかった。

 転がっていく抜忍たちが受け身をとりつつ、即座に立ち上がる。傀儡も慌てて主人たちを追ってきていた。

 

「今日、は、助けられて・・・ばっかり、ね」

「飼珠、さん、見つけられたんは、春花さんの・・・おかげや。おあいこやで」

 

 激痛に苦しみながら、波止場に端に立つ二人はお互いの状況を確認する。

日影は春花の死を阻むために、飛行剣を無理矢理突破してきたらしく、体中に斬撃が刻まれ血まみれになっていた。

助けられた春花も、飼珠と刺厳の攻撃から完全に逃れられていたわけではなく、首の右側と右脇腹にできた痛々しい裂傷から鮮血があふれ出ている。致命の一撃を阻止された右手も赤と青に腫れ上がっていた。

二人はすぐに救急道具を取り出して、危険な部位だけに素早く応急処置を施していく。手当てをしながらも、目は敵へと向けられていた。

 

「飼珠!無理をするな!」

 

 少女たちの正面には、大量に吐血している飼珠を支える刺厳の姿。やはり女の体はとっくに限界を超えていたらしい。あんな状態で抜忍二人を相手に体術で圧倒し、日影に痛み分けをさせたのが信じられない。

 心配する男へと顔を上げた薬使いは、善忍の言葉を口にする。

 

「たす、けなければ・・・あなたが、死んでいた・・・。わたしを、助けて・・・くれた、あなたに、一切報い、ずに・・・逝かせるなんて、できない」

 

 それは仁義を重んじる善忍の思考だった。先ほど出会ったばかりの刺厳に報いるため、危険を承知で彼を救いに走ったのだ。歪んだ獣静に育てられた娘は、罪を犯した現在でも、道義を守る善の忍であろうとしていた。

 飼珠の体が痙攣しつつも構えをとる。双眸の輝きは、まだ弱まっていない。

断固たる意志を示す女の隣で、刺厳もまた決然たる覇気をまとって剣を持ちなおす。周りでは五振りの刃が攻撃の時を待っていた。

 春花と日影も戦闘態勢に入り、肩を上下させながら命長の忍と対峙する。横目でお互いを一瞥し、戦術を確認。友の考えは自分と同じだ。飼珠が乱入してきたのなら、勝機はある。この交戦で決める!

 

                                      第七話へ続く


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