閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】   作:なまなま

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 暗殺舞台となる港にやって来た春花と日影。思いに耽る二人の前に現れたのは、命長の監視役・刺厳であった。
 彼がもたらした飼珠の哀れな過去は、春花に重なって心を締めつける。
 そんな彼女のもとへ、足手まといの小野がやってきた。後方には迫り来る黒い忍。戦いは予定外の幕開けを迎えた。


第四話 Flying

 蛇目の少女がコンテナの間をまっすぐ走っていく。後方の通路では、爆発や電撃、氷結に硫酸など、薬品による様々な攻撃が炸裂している。しかし、俊足の少女を捉えることはできず、日影は無傷だ。

 

「・・・逃げ回ってるだけやと消耗して負けてまうな」

 

 走りながらつぶやいた日影が、コンテナの角を右に曲がる。積み荷を挟んで並走していたから、出合頭に不意打ちの一撃を食らわせてやろう。

 コンテナの横を抜けて刃を振るおうとした日影の脚が止まる。右に現れるはずの敵の姿がない。代わりに足元へゴルフボール大の黒い球体が三つ転がってくる。

 気づいた日影が反転して駆けだそうとするよりも早く、球体が破裂。爆発が閃光と煙を上げながら少女を吹き飛ばす。

腕で頭と体を守った日影は宙に投げ出されるも、黒煙をまといながら膝をついてなんとか着地。腕の外側は爆裂によって焼かれ、血を流していた。しかも爆弾に仕込まれていたらしい鋭い針が、傷口に突き刺さっている。

日影は手早く針を抜くと手当もせず、黒煙を背にして再び走り始める。彼女が今いた場所に黒球が落下し、酸が弾ける。球の軌道からすると、コンテナの向こう側から投げられたようだ。

 

「なんや?入れ違いになってたんか?」

 

 相手の位置に違和感を覚えながらも、左に曲がる。次の角を抜けた先に黒衣の忍がいるはずだ。

あっという間に走り抜けた日影がナイフを構えて左右を確認する。コンテナの谷間に人影はなかった。

 

「もっと先か?」

 

 恐るべきコントロールで遠投してきている可能性を考え、日影が前へ進もうとする・・・直前、後ろに気配。振り返った日影が見たのは、闇に溶けこむ球が背後からバウンドして向かってくるところだった。間に合わない!

破裂した球体から迸ったのは猛火。忍の薬品により発生した水平の火柱が日影を飲み込む。

抜忍は大急ぎで火炎から脱出し、地面を転がりながら体をコンクリに擦りつけて燃え移った火を消化する。炎に抱かれた体には所々に火傷の痕ができ、服の端々が焼き切られていた。

 酸素を奪われた日影は、苦しそうに息をしながらも前に向かって駆け出す。前方にいると思った敵が、後ろから攻撃してきた。まさか、相手は一人じゃないのか。とにかく敵の居場所が分からない以上、動かなければ死ぬ。

混乱しつつも走っていく日影の前に、右から転がってくる黒球。反射的に左へ跳躍してコンテナの上へ逃げると同時に、下では水の飛散する音と溶解液の白煙。

 コンテナの上から周囲を見渡すと、先ほど自分が爆裂攻撃を受けたあたりで、瞬間的に発生する分厚い氷が見えた。コンテナの影から出てきたのは白衣を羽織った友の姿と、カスタム傀儡に守られている小野。

 

「春花さん!コンテナに上った方がええ!」

 

 呼びかけに気付いた春花がこちらを向いて頷く・・・と、どこから現れたのか足元に転がってくる球。逃げるように薬使いがコンテナの上へ跳び、傀儡が追随する。獲物を捉え損ねた黒球は毒となって飛び散った。

春花がコンテナの上を跳び伝って日影のもとまでやってくる。彼女も駆けつける間に激しい攻撃を受けたようで、白衣の数か所に穴が開き、あちらこちらに切り傷と火傷を負っている。傀儡と小野を庇いながら戦ってきたにしては軽傷な方だ。

周囲を警戒している傷だらけの日影を見て、春花が叫ぶ。

 

「酷いケガじゃない!早く手当てしないと!」

「その余裕はなさそうやで!」

 

 二人の目に、すぐ下から飛び上がってきた五つの薬球が映る。球に背を向け、逃げるように大跳躍した二人の後方では大きな爆発音。3ブロック先のコンテナ上に着地した一般人と抜忍たちが冷や汗を流す。

 

「か、勝てるんですか!?コレ!?」

「春花さん、相手は飼珠さん一人やんな?」

「ええ、そうよ。でも戦術が凶悪。未来が調べてくれたわ」

 

 不安に駆られた小野の叫びを無視する二人の右に、再び襲ってくる黒球。二人が逃げるが、今度は破裂が少し早い。氷でできた無数の針が打ち出され、跳んでいる春花のふくらはぎに一本命中。薬使いは逃げた先の積み荷の上で、力任せに針を引き抜く。

小野が出血のアーチに身を竦めているが、今は負傷より情報共有を優先。

 

「飼珠は薬と術を発生させる小型忍法書を、球に封じ込めて使っているの」

「球一つ一つが忍法みたいなもんか。えらい手間と金がかかっとんな」

 

 日影が自分の傷を一瞥しながら続ける。

 

「おかしいのは飼珠さん自身の居場所や。置いてったと思ったら追いつかれてたり、前にいると思ったら後ろにいたり、わけわからんで」

「飼珠の秘伝動物がトンボだからよ」

 

 春花の答えを邪魔するかのように下界から球が現れる。準備していた春花は、跳躍と同時に球へ試験管を投げつけて氷の壁を発生させる。球から生まれた猛火は氷の壁を瞬く間に溶かしてしまったが、逃げる時間を稼ぐには十分だ。

次のコンテナに着地した日影が不思議そうに問う。

 

「トンボ?それがどないしたん?」

 

 未来が知らせてくれた恐るべき飼珠の戦術。その秘密は秘伝動物にあった。

 秘伝動物とは、優れた素質を持った忍がイメージし、具現化することができる動物や無機物あるいは空想上の生物などの総称である。個々の特性や血統が強く影響し、召喚される秘伝動物は千差万別。具現化の形態も、イメージそのままの姿として現れたり、エネルギー体や能力のみとして利用されたりと様々だ。その力を借りて独自の忍法や戦術を編み出していくことも、忍の強さを決める重要な一要素なのだ。

 

「トンボって、飛ぶのがとっても上手いのよ。急降下や急浮上はもちろん、速度の緩急や上下左右の反転に後退まで、自由自在にこなす上に長距離飛行も可能」

 

 目の前と左右に、説明を遮る三つの黒球が襲来。今は逃げの一手だ。

即座に後ろへステップしながら春花が試験管をコンテナに叩きつけ、前方向のみの爆発を起こす。黒球から飛び散る硫酸を防ぎつつ、後方に逃れた二人が別の積荷の上に着地。

 薬使いが未来の報告に分析を交えて解説する。

 

「飼珠の薬球は、そんなトンボの動きをしながら向かってくるのよ。まるで慣性や重力を無視するように飛びながら、しかもこっちの死角を突いて急襲してくるから、夜の闇も相まって避け辛いなんてもんじゃないわ」

「コンテナの影でアレが飛び回っとるんか」

 

 日影が積荷の谷間に視線を落とす。

飼珠は自身を危険にさらすことなく、秘伝動物の能力を最大限に発揮した飛び道具だけで、二人の抜忍を圧倒していた。未来の助けがなければ、混乱の中で二人ともやられていたかもしれない。

指党組で酷使されていたのも、この強力な戦術があれば納得できる。獣静は飼珠の人生を犠牲にして、卓越した忍を作り上げていた。

 蛇の目が薬使いへと戻され、難敵の対策を求める。

 

「飼珠さんの居場所がわからな、どうしようもないで。特にわしみたいに近づかな本領発揮できん奴は、成す術なしや」

 

 少女の言葉を裏付けんとするように、下界から黒球が浮上。しかも周囲五方向に一つずつ!

日影が跳躍体勢に移るが、水平方向への移動では被害を免れないと考えた春花は、右手で日影を抱き寄せ、同時に左手で五つの試験管を足元に投げつけつつ傀儡の腕に掴まる。

白衣で友を覆った薬使いの下で試験管が割れ、黒球を巻き込んで爆発。爆発寸前に急浮上した傀儡と、脚を畳んでジャンプした春花が爆風で加速する。

 

「どわああぁぁっ!?」

 

 小野が驚き叫ぶなか、上空に飛び上がった二人と一体が、眼下で雷と爆裂の嵐が猛威を振るっているのを確認。相手は今の攻撃で終わらせる気だったようだ。通常の跳躍では嵐に巻き込まれて死ぬか、深手を負っていただろう。

 カスタム傀儡が重量過多で上昇できなくなり、降下を開始。徐々に速度が加速し、春花がコンテナに激突する前に下僕から手を放す。衝撃を殺すように受け身をとった傀儡使いが白衣を開いて、保護していた友を解放した。

 日影が脱出させてくれた礼を言おうと振り返って、言葉に詰まる。

爆発で強引に脱出したために、春花の白衣は下半分が黒く焦げ付き、裾が焼け落ちて少し短くなってしまっている。下方からの爆風で焼かれたらしく、白衣の中では脛を覆うレッグウェアに大きな穴が開き、地肌は火傷と血に塗れていた。白衣の中を燃やさないために足を畳んで蓋をしたせいだ。

 痛みで苦しそうな顔をしている春花に、日影は気づかいの声をかけなかった。

負傷を承知の上での脱出だ。一刻を争う戦いの最中で、自分が春花のためにできることは少しでも早く飼珠を倒すこと。ならば・・・

 

「春花さん、わしはどないしたらええ」

 

 日影の考えを察した春花も無駄なことは言わない。お互いに心の中を知っている。

 

「わたしがあぶり出す。飼珠を見つけたら全力で走って」

 

 春花は言いつつ、グローブから取り出した強力な鎮痛剤注射二本のうち一つを日影に投げた。二人は手首に素早く注入し、注射器を捨てて行動を開始する。

薬使いは前方に向かって走り出した。後ろにはケガの様子を見て深刻な顔をしている小野を、片手で抱えた傀儡が続く。それをさらに日影が追い、三つの影がコンテナの上を渡っていく。

 前を走る春花の腕が白衣の内側に伸ばされ、両手指に大量の試験管を挟んで戻ってきた。苦痛に汗を流しながらも狡猾な笑みを浮かべた薬使いが小さく飛翔、色とりどりの試験管を空へと放る。

 

「秘伝忍法、Scatters Love!」

 

ほぼ同時に薬使いを抹殺しようと周囲から黒球が現れるが、追っていた背後の傀儡が大きなアームで主人の肩を素早く掴んで引き戻す。前方では三つの球が炸裂し、爆裂と閃光が発生。

一拍遅れて上空の試験管も破裂し、広範囲に毒々しい色の雨を降らせた。

 主を無理矢理回避させた下僕は勢いを殺さず、そのまま春花を後方へ投げ飛ばす。後ろを走っていた日影が、ほぼ水平に飛んできた春花を最小限の動きで避けて反転し、追いかける。

打ち出された春花の手には、すでに新たな試験管。勢いが弱まり、自分の足で走り出した春花の周りに再び薬球が浮上。白衣の忍は気にせず跳躍して、試験管を空に放り投げる。

球の術が発動する寸前、驚異的な速さで追いついていた日影が、春花の腰に腕を回して後方跳躍。傀儡の隣に着地した二人の前方では、電撃と氷結が空振りの処刑を行っていた。

その上空で軽い破裂音。春花の試験管がまたも毒の雨を生み出した。

 日影が何かに気付き、春花を放して右へ疾駆し始める。研ぎ澄まされた蛇の感覚が、毒の雨で緊急退避を余儀なくされた敵の居場所を突き止めたらしい。薬使いが傀儡に掴まれた小野の襟首を右手で掴んで奪い取り、ナイフ使いを追う。

 

「えっ!?ま、守ってくれるんですよねっ!?」

 

 傀儡から引き剥がされた中年男が不安を口に出すが、少女は気にも留めずに傀儡に向けて左手でいくつかの指示を送る。命じられた傀儡は速度を上げて主人の前に躍り出ると、機械の両腕を前方に掲げて気弾を生成し、連射し始めた。

乱れ撃ちされた小さめの気弾は、次々と日影の両側を通過したり、銅の谷間に着弾していく。

蛇の少女を狙うルートが前方と上方に限定されたため、薬球が上空から襲い来るが、見えている攻撃なら打ち落とせる。日影の手が振られ、投げナイフが黒球を両断。中に入っていた硫酸が降り注ぐも、彼女には遅すぎる。

コンテナを跳び渡ると、二つの球が前方から向かってきたので再び投げナイフで破壊。一度食らった火柱が発動するが、今度は横移動で難なく回避する。

 さらに走っていき、次のコンテナの端で地面へ飛び下りると、迷わず左に疾走。前方の物影から球が飛んでくるが、日影の動きに応じて援護を継続していたカスタム傀儡の気弾によって粉砕される。阻止された爆炎の横を通り抜け、さらに走る。

 

「見つけたで」

 

 蛇の目が捉えたのは黒衣の忍。コンテナの群れを抜けた先、波止場の奥で標的が立っていた。遠隔攻撃の突破を悟り、無駄撃ちをせずに少女たちの到着を待っている。日影の舌が唇を舐め、近接戦の予感が表情に獰猛さを加える。

 積荷の谷を抜けると、上を走っていた春花と傀儡が合流。小野は再び機械のアームに掴まれていた。

 

「逃げ回るのはおしまいかしら、飼珠」

 

 コンテナから降り立った春花が、好戦的な笑みを浮かべて黒衣の忍を見据える。

命長の制服なのか、色が黒であること以外は刺厳と同じ服装。しかし装備は剣ではなく、腰回りにいくつも提げている大きめの革でできた巾着袋。中には二人を苦しめた薬の忍法球が詰められているのだろう。

春花より少し低い程度の背丈のはずだが、胸が小さく線も細いためか小柄に見える。黒いフードとマスクで表情が隠れているものの、影の中で爛々と輝く橙色の瞳だけは確認できた。

 執念を感じさせる目が微笑むように歪む。

 

「あの戦いの中で遠くの足音を聞き分けて的確に追えるなんて、どういう聴覚してるのよ。しかも、命長の情報を買おうとしていたのが、まさか蛇女の春花とは」

 

 飼珠がかすれた老女のような声で答える。昼間に書類で見た清潔感と希望を感じさせる写真からは想像もできないような、しわがれた声だった。

 病でも患っているかのような声色が、憎しみを帯びる。

 

「お前のことを、いつか殺してやりたいと・・・そう思っていたのよ」

「知っているわ。でも、あなたはわたしのことをちっとも知らない。知っている気になっているだけよ」

 

 春花の返しに、飼珠がカラカラと笑う。

 

「調べたわよ。お前も私のように母の人形として生きていた。ただただ歪な愛を注がれて、自分というものを失ってしまった。そうでしょう?」

 

 光る目が鋭くなる。まるで春花を目で殺そうとしているかのようだった。

 

「お前は辛く悲しい過去を持ちながら、悪を助長する忍へと落ちぶれた。私がいくら願い、努力しても手に入れられなかった、素晴らしい才能を持っているのに!お前はそれを、人々を苦しめるために使ったんだ!」

 

 飼珠の全身から怒りが放たれる。

 

「なぜだ!なぜ苦しみを味わったお前が、世の敵になった!?」 

 

 少女の顔が曇る。善忍に歪んだ教育を施された女は、春花の過去を知ってもなお、憎み続けていた。いまだに獣静の束縛は飼珠を手放してはいない。

 

「あなたにはわからないわ。母親の呪縛から抜けられないあなたには」

 

 少女の言葉を、黒衣の忍が鼻で笑う。

 

「・・・お前こそ私のことを何も知らない。私は母の想いを乗り越えた」

 

 返された女の声には確固としたなにかがあったが、春花には言葉の意味がわからない。

 

「どういうこと?」

 

 橙の目が嘲笑う。

 

「お前には辿り着けない。愚かな悪には、死んでも理解できないでしょうね!」

 

 女の責めるような声が夜闇を切り裂いた。

 

                                      第五話へ続く


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