閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】   作:なまなま

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 黒幕・命長は全てを知り、忍たちを操り人形のように踊らせていたが、命長自身もまた、厳しい束縛の中で生かされている使命感の怪物であった。
 日影に助けられた春花は、地獄の老君による誘いを拒み、偽りの忍務は幕を下ろした。
 しかし春花と日影、そして刺厳の戦いはまだ終わっていない。元凶となった忍に答えを求めるべく、闇の中へと足を踏み入れていく・・・


最終話 Liberation

 決意を秘めた刺厳に続き、乱れた心の春花と無感情な日影が歩いていく。雨粒の乗った短い草が足を濡らし、暗闇の中を冷たい風が吹き抜ける。古びたアパートの壁面には茶色くなったツタが張り巡らされ、シミやヒビ割れなどで汚れに汚れていた。

『102』と書かれた扉の前で刺厳が立ち止まり、鍵で解除する。春花の秘伝忍法を受けた後、瀕死の飼珠は刺厳にアパートへの地図と扉の鍵を託していたのだ。

 軋む扉が金属の擦れる嫌な音を立てて開けられる。途端に生ゴミのような悪臭が鼻をつき、冬だというのに虫が飛んできた。玄関から雑多な物が所狭しと散らかされており、足の踏み場もないような状態だ。

三人は懐中電灯を頼りに隙間へ靴を下ろしながら、廊下の先にある部屋へと進んでいく。

 辿り着いた暗い暗い一室では、ゴミに囲まれた布団に入り、上体を起こしている老女が待ち受けていた。

光に照らされたのは痩せこけた土気色の肌と、ボサボサの真っ白な長髪。分厚い赤の半纏で細い体を包んだ老人は、入ってきた三人を白濁した目を細めて見つめる。

 

「・・・刺、厳・・・か・・・?」

「そうだ、獣静」

 

 不治の病に侵された獣静には、わずかに視力が残っているようだ。飼珠を狂わせた女は、一目で刺厳だと見抜いてみせた。

美しかったという老女が、今や死した山姥のような容貌となっていたが、三人は憐れみを感じてはいなかった。目の前にいる女こそが、飼珠の命を奪った発端に他ならない。

 密かな憎悪を抱える少女たちに向けて、獣静がしわがれた声を出す。

 

「・・・そっちの一人、は、春花だな?・・・蛇女の・・・刺厳、お前は・・・悪忍になって、いたか」

「そうではない。彼女たちと飼珠を巡って戦ったのだ」

 

 薬使いだったという女は、蛇女時代の春花を知っていた。名前を呼ばれた少女の中で獣静と母の姿が被る。

悪しき母の幻影に、春花が膨れ上がる不快感を携えて立ち向かっていく。

 

「あなたは飼珠と禁忌薬のこと、どこまで知っていたの?」

「禁忌薬・・・?」

 

 疑問の声でつぶやいた獣静は少し考えを巡らせていたが、ふと気づいたように腰の後ろに左手を回す。戻された手には、拳大の赤い球が乗っていた。球から伸びる何本もの細い管は、老女の服の中へと続いている。

 

「これのことか・・・?飼珠が夜、ここを、出る前に・・・私を起こして、絶対、に外すな・・・と言い、残していった」

 

 その物体を見て、春花の息を止める。刺厳も正体に気づいて驚きに目を見張っていた。

 

「獣静、お前は元から起き上がれていたのか?」

「いいや・・・多分・・・長い間、眠って、いたような・・・気がする。わからんが・・・目覚めたら、なぜ、か・・・忍、装束の、飼珠がいて・・・泣いて、いたな・・・」

 

 三人が顔を見合わせる。

 

「飼珠は・・・擬似的な禁忌薬の作成に成功していたんだわ」

 

 春花が驚愕に声を震わせる。実物を持っていたとはいえ、たった一人で永命魂を真似て新たな装置を作り上げていたのだ。獣静は健全と言えるまで回復したわけではないが、不完全とはいえ禁忌の一部が再現されている。たとえ春花でもこれほどのものを作れはしない。

獣静は飼珠を秀才に引き上げたつもりだったかもしれないが、命長との関わりを経た薬使いは、紛れもない天才の域にまで到達していた。

 病に侵された老女の表情に薄い閃き。

 

「・・・これ、は、そういう装置、か」

「そうだ。それは飼珠が作った模倣品。そして彼女は、本物を使ってお前を救おうとしていたのだ」

 

 刺厳の言葉に、獣静が浮かんだ疑問を口に出す。

 

「飼珠は、どこだ?」

 

 老女の問いで部屋が静寂に包まれる。意を決したように、刺厳が真実を伝えていく。

 

「飼珠は、死んだ。お前を救うために持ち出した禁忌薬を、他の者に利用されまいとして戦い、死んでいった」

 

 娘の死を教えられた母は、少しの間呆気にとられたようになっていたが、不意にカラカラと笑いだす。

 

「死んだ!あの飼珠が!私の、愚かな、一人、娘が!」

「何がおかしいというの!?」

 

 母親に侮辱された娘を、自分に重ねてしまった春花がたまらず叫ぶ。しかし獣静はなおも笑いながら続ける。

 

「だって、阿呆じゃないか!わた、しから離れた、のが、いけなかったんだ!わたし、と、いれば、ただただ可愛い、人形として、生き続けられたというのに!」

「お前ッ!!」

 

 飛びかかりそうになった春花の前に日影が割り込む。

 

「あかんっ、春花さん」

「お前のっ、お前のために飼珠は死んでいったのよ!?人形としてしか愛さなかったお前のためにっ!!生を狂わされながらも、お前への仁義を通すためにっ!!獣静ッ!!」

 

 春花の心が怒りで埋め尽くされていた。刺厳についてきたのは、獣静が飼珠の仁義に値する人間かどうかを見極めるためだ。飼珠の想いを理解しきれなかった少女は、少しでも気高き薬使いに近づきたかった。自分と同じ苦しみを味わった彼女との間にある、母への想いの違いが何だったのかを知りたかった。

だが、待ち受けていたのは反吐が出るような邪悪な人間だった。

 人形として扱われる苦しみを知っているからこその激昂を、獣静は幽鬼の声で笑い飛ばす。

 

「だから、どうしたというのだ!あいつは、自分の、役目を捨てた!利用、価値のなく、なった人形、など、朽ちて、当然!」

「ふざけるなッ!!殺してやるッ!!獣静ッッ!!」

「かかか!馬鹿な、悪忍だ!善忍、崩れに、肩入れするとは!かかかかか!天才、かと思って、いたが、ただの大馬鹿者、だったか!」

 

 悪意の声で嘲笑う獣静と、日影に抱き止められながらも殺意を剥き出しにする春花。

両者の間に、長身の刺厳が無言で割り込んだ。

 

「刺厳ッ!あなたは許せるの!?飼珠が生かそうとしていたとしても、こんな女に救う価値など欠片もないわ!」

「ありがとう、春花」

 

 背中越しにかけられた壮年の声に、春花が叫びを止める。

 

「獣静を責める資格を持たない私の分まで、お前は怒りをぶつけてくれた」

 

 静かで低い剣士の声には、抑え込まれた感情の波濤が感じられた。全身が強張り、両手は血が滲むほど強く強く握りしめられている。

再び発せられた刺厳の声は、怒りと悲しみ、そして悔恨に震えていた。

 

「だがこれ以上、お前の心を汚すわけにはいかぬ。これは私が招いた結果でもあるのだ」

 

 獣静の笑い声が止まる。濁った目は、男の顔を凝視していた。

 

「ならば、私が決着をつける。ここから先は、お前たちに見せるべきものではない」

 

 言葉の意味を悟った日影が、春花の肩を抱いて踵を返す。

 

「・・・車で待ってるで」

 

 春花は何か言いたそうに刺厳へと顔を向けたが、自分以上に心を痛めている剣士に何も発することができなかった。ただ、友に抱かれて部屋を出ていく。

 

 

 

 暗闇に包まれた車の後部座席で、春花は右に座る日影の肩に顔をうずめていた。怒り、悔しさ、憐れみ、無念、困惑・・・心の中を激情の嵐が荒れ狂い、抑えるのがやっとだ。体を震わせ、拳を強く握りしめ、目と唇閉じきって、溢れ出そうな感情を封じ込める。こんな不甲斐ない顔を友には見せられない。

 ついに春花にはわからなかった。なぜ飼珠は、あんな女のために命を捨ててしまったのか。貫こうとしていた仁義はなんだったのか。報われぬ死の先に何を見ていたというのか。

一方で、わかったこともある。自分には飼珠のように母を想うことはできないだろうということだ。獣静への怒りを抑えきれなかった自分には。それがなぜだか、すごく悲しく、恐ろしい。

つまるところ、自分は飼珠の言ったような人間なのかもしれない。これから先も彼女のようになれるとは思えない。

自分の心に向き合う余裕もなく生きてきて、一体どうなってしまったのだろう。気がつけば、自分自身を見失ってしまっていたのではないか。

 千々に乱れる思考と心中に、無感動な声が一本の芯を通さんとする。

 

「港で言いかけたままやったけどな・・・」

 

 上から降ってきた日影の言葉。刺厳が現れる前、二人は紅蓮隊の仲間たちが蛇女時代と変わったと、そんな話をしていた。

 蛇の少女が刃に阻まれた言葉の続きをこぼす。

 

「あんな、春花さん・・・春花さんは、もっと自分のことを大事にしてもええと思うんや」

 

 澄み渡るような優しい日影の言葉。

 

「わしらのこと、いつも気にかけてくれとるんは、ありがたいで。でもな、春花さんは時々それに一所懸命になりすぎて、自分のことが二の次になってる場合があるんよ。昨日もそれで大忙しやったろ?」

 

 友の真摯な想いが春花の心に波紋を作り、感情の雫が溢れ出てくる。必死に抑えようと日影の手を握るが、想いの波は止まらない。

 

「わし、一人で頑張りすぎてる春花さんを見ると・・・心が少しザワザワってなる気がするんよ。わしらに頼らんで・・・わしらのために無理をして、しまいには倒れてしまうんやないかって」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・日影ちゃん・・・」

「謝らんでもええよ」

 

 もっと言いたいことがあるはずなのに、ポロポロと零れていく想いをまとめきれず、小さな声で謝ることしかできない。

 

「ただ・・・飼珠さんみたいにはなってほしくないんや」

 

 春花の手に力がこもる。握られた少女には、友が自分のために感情を抑えようと頑張っているのだとわかった。わかってしまう。春花はそういう少女なのだ。

だからこそ、日影はしっかりと伝えることにした。

 

「飼珠さんみたいに、わしらのために命を投げ出すなんてこと、絶対にやめてな。獣静さんと違うて、わしらには春花さんがおらんとダメなんやから」

 

 春花が日影の体に抱きついて、胸元に顔を押し付ける。

友は自分の心をちゃんと知ってくれていた。日影はずっと、心の葛藤を察して助け舟を出してくれていたのだ。わかっていたつもりだったのに、いつの間にか置き去りにしてしまっていた。

難しいことなんて何もない。彼女たちと生きていくと決めたではないか。

一人で抱え込んでいた想いを預けられる仲間がいる。自分を想ってくれる友がいる。

悩んだって、わからなくたっていい。心の中にある確かな絆・・・それだけで前に進める。いつだってみんなと一緒にいるんだ。

 春花はようやく気づけた。自分だけの葛藤、悲しみ、命じゃない。

飼珠や命長のように孤独に戦っているのではない。一人で命懸けになる必要などないのだ。

だから・・・大丈夫。彼らの呪縛を吹っ切ってしまえる。逃げだしたって、抱き止めてくれる人たちがいるから。

 

「・・・ありがとう。日影ちゃん」

「ええよ」

 

 震えた声に柔らかく答えた日影は、春花の背中を優しく撫でる。濡れた左肩に気づかぬように窓の外へ向けられた黄金色の瞳。

刺厳が戻ってきたら、アジト近くまで送ってもらおう。汗もかいたし、沢山汚れた。

 

「帰ったら・・・お風呂にしよか」

 

 つぶやいた日影が見上げた先、暗い雲間から覗く美しい三日月が、心の束縛から解き放たれた人形たちを静かに見守っていた。

 

 

 

                   『閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】』 終





 『閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】』をお読みいただき、ありがとうございました。
お疲れかもしれませんが、よろしければもう少々お付き合いくださいませ。

 今回の主役は春花様でした。といっても母性溢れる女王様な面というよりは、少女らしく豊かな感情を表に出したり、悩んだりする姿に焦点を置いて描かせてもらいました。
みんなのために一生懸命になったり、楽しく騒いだりしている一方で、表に出てこない実はとても繊細で脆い部分が、彼女にもあると思うのです。
普段の春花様はそういう弱い部分を見せませんが、それは辛い過去や心の傷を持つが故の無意識な優しさのような気がしています。それがまた魅力的でもあるのです。
とはいえ、エッチでドSな春花様も大好きですので、そういう要素も戦術や会話にちょこっと差し込んだりしてみました。
でも最終的には紅蓮隊の絆のお話みたいになってましたね。

 惑う春花様を描くにあたり、持ち出したのは暗い過去の話。
大人びた彼女を揺さぶるために、似た過去を持ちながら過剰なまでの仁義に燃える飼珠というキャラクターを用意しました。同じ薬使いにしたのも共通点を増やすためですね。
とはいえ試験管を使わせるのも芸がないということで、忍法球なんてものを持たせてみました。当初はこの球だけで戦う忍だったんですが、春花様の相棒として登場させた日影ちゃんを活躍させにくかったので、良きところで接近戦をしてもらうことに。
でも格闘はどうすんのよってなった時に、秘伝動物というお助け要素を利用しようと思いつき、色々考えていく中でトンボに決定。忍法球にも応用でき、予想以上に活躍してくれました。

 飼珠の背景を大まかに決めていると浮かび上がってきたのが、命長製薬という架空企業でした。ここで飼珠の背景を足すために、企業における忍や忍社会の拡大解釈を少々入れさせてもらいました。
そこからは割とスムーズに小野や刺厳、花田などのオリジナルな登場人物が決まり、物語に配置していく作業へ。
 当初、小野は最後まで無能な小野のまま、ただの命長の監視役である刺厳とは戦わない、種明かし役は花田、といった具合に飼珠を倒すだけのスマートな構成だったなのに・・・
書いているうちにアイディアがポンポン出てきて、なんだかどえらいことになってました。黒幕の命長に至っては初めは影も形もありませんでした。
これでもかなり削った方なんですが・・・文量多くなってしまって本当に申し訳ないです。

 ただ、複雑になっていく中で、蚊帳の外気味だった日影ちゃんの出番を増やせたのはよかったです。書きながら日影ちゃん可愛い!カッコイイ!ってなって、最後の締めも任せてみました。
彼女を相棒役に選んだのは、揺れ動く春花様を際立てるには物静かな性格の彼女がうってつけだったこと。そして最小限の言葉で友を支える、同い年の日影ちゃんだからこそ出せる優しさや頼りがいのある面を描きたかったからです。
・・・ただ、関西弁で変なところなかったかは少し心配。

 今作で一番苦労したのは戦闘シーン。敵が増え、回数が増え、設定が増え・・・書きながら頭が熱~くなりました。
トンボの能力や近接戦闘に保流の水遁・・・難しいったらないです。ただでさえ春花様一人だけでも、扱い辛い薬品に加えて傀儡も使うので展開を考えるのが大変でした。
伏線や暗示的な表現も少し意識して書いてみたのですが、こちらもまた難しいですね。頭よくないと上手くいかないって痛感しました;
しかし、そういう試行錯誤とか自分への挑戦みたいな部分が、小説を書く醍醐味でもあるのですよね。楽しい!

 それと前作【忍の業】に登場した花田が、ちょい役レベルですが今作でも出てきましたね。そんなに重要な役回りでもなかったのですが、唯一の忍務成功者を少しでも印象的な人物にしたいと思って採用しました。

 まだまだ述べたいことは沢山あるのですが、何事も加減が大事ということを今作の執筆で学んだので、ここらで終わりにしたいと思います。グッパイです!

 ぜひぜひ、感想や評価をお聞かせくださいませ。

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