泥の錬金術師   作:ゆまる

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決闘

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「また喧嘩したのか」

 

「だってあいつら、いちいち突っかかってくるんだ。俺たちは錬金術の勉強してるだけなのに」

 

「それで、勝ったのか?」

 

「……三対一だったし、先に殴られたし」

 

「言い訳はしなくていい。いいか、錬金術は確かに便利だが、体も鍛えておけ。どれだけ優れた錬金術を持っていようと、最後にものを言うのは体だ。強くなれ。守りたいものを守れるように」

 

「それは、約束?」

 

「ん、そうだな。じゃあ『毎日強くなる努力をすること』。約束できるか?」

 

「わかった。約束」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将とお見受けする。俺の名前はマーシュ・ドワームス。立ち話もなんだから中に入れてくれ。寒いし」

 

「少将!ポケットに銀時計とマスタング大佐の紹介状が入っていました!」

 

「マーシュ・ドワームス……泥の錬金術師か。入れてやれ。マスタングの紹介状は破り捨てておけ」

 

現在、マーシュはこの国の最北端、ブリッグズ砦で兵に囲まれていた。

砦の上からそれを見下ろす、金の長髪を携えたキツイ目をした美女は、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将。アレックス・ルイ・アームストロング少佐の姉である。

 

「ほら、歩け」

 

「おっ、とと」

 

砦の周りはいっそう雪が積もっており、ただ前へ進むだけでも一苦労だ。しかしブリッグズ兵は慣れているようで軽くザクザクと進んでいく。

 

「こんなひ弱そうなのが国家錬金術師ねぇ……世も末だな」

 

砦への階段を登りつつ、

モヒカン頭で右手に鋏とチェーンソーを合わせたような機械鎧をつけた厳つい男が、マーシュをジロジロと眺めながら悪態をつく。

 

「わぁ、見た目だけ厳ついチンピラが粋がってる。ブリッグズも大したことねえな」

 

それに対してマーシュがにこやかに罵倒を返し、モヒカンが頭に青筋を立てる。

周りの兵たちも、マーシュを見る目を警戒から怒りへ変えた。

 

「見た目だけかどうか、試させてやろうか!!」

 

モヒカンがそう叫ぶと、右手のチェーンソーが回転を始める。

 

「やめろ」

 

しかしアームストロング少将の声が響き、ブリッグズ兵たちの動きがピタリと止まった。

階段の先では少将が腕を組み仁王立ちしていた。

 

「ただの私闘なら止める気はなかったが……ブリッグズへの侮辱は、すなわち私への侮辱だ。わざわざここへ喧嘩を売りにきた、と見ていいな?」

 

「ここの掟が弱肉強食ってのは聞いてる。だから、俺がアンタに勝ったら、俺の言うことを聞いてくれ」

 

修羅のようなオーラが滲み出すアームストロング少将に、物怖じすることなく言い放つマーシュ。

 

「……よかろう。では、決闘だ。貴様が負ければ、埋める」

 

「……どこに?何を?」

 

「埋める」

 

そう言い、背を向け砦の中へ入っていく少将。

おそらく、山のどこかにマーシュの死体を埋めるという意味でいいだろう。今更ながらマーシュは少し後悔してきた。

 

「おまえ、死んだな……」

 

「命知らずにも程があるだろ……」

 

「まだまだ先長い命だろうに……」

 

ブリッグズ兵の怒りの目が今度は憐憫の目となってマーシュへ注がれる。モヒカンももう怒りを鎮めたようだ。

 

「ふん、俺と戦ってたら片腕ぐらいで許してやってたんだがな。お前もう四肢すら残らんぞ」

 

「心配ご無用。俺も、見た目だけの男じゃないのさ」

 

ーーー

 

ここは、ブリッグズ砦の中、恐らく訓練場のような場所なのだろう。

戦車や大砲があるところを見ると、ここで色々試運転もしているのかもしれない。

ともかく、人二人が戦うには充分すぎるほど広い場所だった。

壁沿いにはブリッグズ兵がズラリと並んでいる。

その中央で、マーシュとアームストロング少将は向かい合う。

そして中心に、アームストロング少将の部下、マイルズ少佐が立つ。

 

「私、マイルズが立会人を務めさせていただきます。時間は無制限。どちらかが戦闘不能となるか、降参を宣言すれば決着。よろしいですか?」

 

「構わん」

 

「ああ。あ、誰か剣貸してくれない?片方だけ武器持ってるってズルくない?」

 

マーシュがブリッグズ兵へ目を向け、手をブラブラさせる。

確かに決闘と銘打っている以上、素手対剣で戦わせるのも不公平だろう。

 

「貸してやれ」

 

「チッ」

 

「ありがとう」

 

アームストロング少将に言われ、一人のブリッグズ兵が渋々自分の剣をマーシュへと手渡す。

マーシュはにこやかにそれを受け取り、中の剣を確認することもなく、鞘に入れたまま構えた。

 

「では……始め!!」

 

瞬間、少将の姿が消えた。否。姿勢を低くしてマーシュへと一気に突っ込んだのだ。その速さはまさしく弾丸。そこらの錬金術師ならば反応すら出来ずに叩き切られて仕舞いだろう。

ブリッグズ兵も嘆息する。少将殿は手加減というものができない。このクソ生意気な男もこれで終わりだ、とそう思っていた。

ギィンと金属音が響くまでは。

 

「悪いが剣はからっきしなもんで……。盾として使わせてもらう」

 

少将の剣を、マーシュが鞘に納めたままの剣で受け止めた音だ。

ブリッグズ兵がどよめき、少将も眉をピクリと動かす。

しかし一瞬で剣を引き、ニ太刀。

またも受け止めるマーシュ。

一合一合、剣がぶつかり合うたびにギィンギィンという音が響き渡る。

一太刀一太刀が一撃必殺。並みの人間には反応も出来ない速さ。仮に受け止めても体ごと吹っ飛ばされるような力が込められている。

それを、受け止めている。名前も聞いたことがないような錬金術師が。

一太刀止めただけなら偶然かもしれない。ニ太刀止めただけなら奇跡かもしれない。では、三太刀、止めたなら。四は、五は、六太刀は。それ以上は。

ブリッグズ兵たちは、自分があの場にいたならすでに2ケタは死んでいる、と戦慄する。

少将は表情を変えることなくマーシュに連撃を加える。

 

横一文字。止めた。右から切り上げ。止める。

蹴りのフェイントを入れて袈裟斬り。まだ止める。

唐竹、上からの振り下ろし。膝を折りつつも止めきる。

前蹴り。後ろへ跳んでかわす。

続いて神速の突き。剣の横腹を鞘で殴って逸らす。

回転した勢いで薙ぎ払い。また止めた。

今度は足を狙って切りはらう。鞘を地面に突き立て止めた。

斬り。防ぐ。突き。躱し。蹴り。受け。払い。

弾き。連撃。止。止。止。止める。

 

同じ剣戟を繰り返しているわけではない。少将の剣は段々速くなっている。フェイントも増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。剣も拳も蹴りも頭もフルに使って、敵を斬り殺さんとする。

ブリッグズ兵は、ここまで長く、速く、鬼気迫る顔で、戦っている少将を見たことがなかった。

おそらく、少将の本気。

そして本気の少将でも未だ一太刀も浴びせられていないのが、この国家錬金術師。

もはやこの場にマーシュを侮っているものは一人もいなかった。

ただ手に汗を握り、固唾を飲んでこの勝負の行方を見守っていた。

 

止める。止める。止める。

一瞬たりとも止むことのない少将の剣撃がマーシュへと降り続ける。

止める。止める。止める。

マーシュに余裕はない。むしろ、必死だ。一撃一撃を全力で防ぐ。

止める。止める。止める。

速く、もっと速く。もはや少将の頭の中で、侮辱や決闘云々のことはどうでもよくなっていた。ただ、全身全霊でこの男を、斬る。そのために、速く、もっと速く。

止める。止める。止める。止める。止める。

少将を突き動かすのは、武人の性。ならば、マーシュを突き動かすのは、何だろうか。

 

もう終わりは近い。マーシュは遠目に見てもかなり疲弊しており、汗を滝のように流している。対する少将はかなりの疲れこそ見えるものの、まだ意気猛々しく、限界には遠かった。

 

そしてその差は、すぐ表れた。

 

百数十回目となる剣と鞘のぶつかり合い。そこで、マーシュがぐらついた。たたらを踏んでなんとか踏みとどまる。だが、姿勢を崩している。

限界が来たのだろう。もちろん、そこを見逃す少将ではない。

すぐさま神速の剣がマーシュへと襲い掛かる。

 

「う、おおああらあああああああ!!」

 

半身の姿勢からグルリと半回転し、左手で掴んだ鞘で少将の剣を弾き飛ばそうとする。が、弾ききれない。カァンと音がして、マーシュの持っていた鞘が宙へ飛ばされた。

 

決着だ。もうマーシュは少将の剣を防ぐことはできない。

今の体力では躱すことも難しいだろう。

少将が剣を引きしぼり、最後の突きを繰り出そうとした。

 

少将は、その瞬間見た。マーシュの目を。

それは、死にかけの人間の目ではなかった。

最後まで諦めず敵を睨みつける、という目でもなかった。

 

それは、勝利を確信した目。

 

「アンタの負けだ」

 

マーシュが、体の陰から右手の()()()()()を振るった。

半身になった時に、鞘から剣を引き抜いたのだ。飛んでいったのは、鞘だけ。

 

「くっ……!」

 

放たれたその斬撃を、少将がギリギリで後ろに跳んで躱す。

マーシュの目を見ていなければ、危うかっただろう。

今の攻撃がおそらくマーシュの最後の賭け。

もう逆転の目はないだろう。

 

「残念だったな。負けるのはお前のほうだ」

 

少将は、剣を構えなおし、フラフラと立っているマーシュに、トドメを刺そうと足を踏み出した。

 

否、踏み出せない。

 

「言ったろ、アンタの負けだ」

 

少将の足が、沈んでいた。

 

「!?なんだこれは!」

 

「忘れてもらっちゃ困る。こちとら、錬金術師だぜ?」

 

汗を手で拭いながら、ニヒルに笑うマーシュ。

先ほどぐらついたのは、ブラフ。

少将の背後の地面を液体化し、そこに誘導するための。

 

「いや、本気で死ぬかと思った。一秒だってその場に留まってくれないんだもんな。隙なさすぎだ。まぁ、これで勝負はあうおおおおおおおおおお!!!??」

 

勝負はあった、と言おうとしたマーシュの口から悲鳴にも似た叫びがあがる。

少将が自分の剣をマーシュの顔面へ物凄いスピードで投げつけたのだ。

マーシュはギリギリで避け、ブリッジの体勢になっている。

飛んでいった剣はブリッグズ兵の顔の横にビィィィンと突き刺さった。

 

「チッ、私の負けだ。とっとと解放しろ」

 

先ほどの投擲が最後の勝機だったのか、少将がアッサリと自分の負けを宣言した。

それを聞いてブリッグズ兵はざわめき、マーシュはブリッジの状態からビタンと倒れた。

 

「……今、今までで一番死にかけた」

 

仰向けのまま、マーシュがポツリと呟いた。

 

ーー

 

「それで、何が望みだ?」

 

そして今は暖かい部屋の中。マーシュとアームストロング少将が机を挟んで座っている。

周りにはアームストロング少将の部下が何人か囲むように立っている。

先ほどのモヒカンもいるが、もうマーシュには怒りを抱いていないようだった。

 

「そうだな、この国の根底に関わる話なんで、このコーヒー、まっず!……少将が信用出来る人間だけ残してくれるか?」

 

「このブリッグズの人間は私が選んだものだけだ。裏がある者は一人もいない」

 

「んー、言い方を変えようか。()()()()()()()()()()()()()()()()人間だけ残してくれるか?」

 

「……フム、わかった」

 

アームストロング少将が周りを見渡し、モヒカンとマイルズ少佐に目を向けた。

 

「バッカニア大尉、マイルズ少佐。残りたまえ」

 

「「はっ」」

 

二人を残し、他のブリッグズ兵は部屋から出て行く。

 

全員完全に出て行ったこと確認して、マーシュが地図とペンを取り出した。

 

「少し長くなるが、聞いてくれ。アメストリス国民全員が死ぬかもしれん話だ」

 

そしてマーシュは順序だてて、軍がやろうとしていること、国土錬成陣、ウロボロスの連中などのことを説明する。

その内容に、マイルズ少佐とバッカニア大尉の顔に冷や汗が流れる。

アームストロング少将は瞑目したまま動かない。

 

「というわけで、このままいくとこの国の人間全員賢者の石にされる」

 

マーシュがそう締めくくり、ペンを置いた。

アームストロング少将は暫く机を指でトントンと叩いていたが、やがて口を開く。

 

「……それで、貴様の話が真実だという証拠はあるのか?」

 

「うんにゃ、ない」

 

アームストロング少将の問いに真顔で答えるマーシュ。

 

「信じないならそれでもいい。そのためにわざわざ決闘で負かしたんだからな」

 

つまり、アームストロング少将は、マーシュの話を信じようと信じまいと、マーシュの言うことを聞くしかない。

 

「アームストロング家の人間は誇り高いから約束は破らないだろ?」

 

マーシュが悪戯に成功した子供のようにニヤッと笑う。

 

「……フ、どこまでも癪にさわる奴だ。いいだろう、信じてやる。それで、次に、というか最後に狙われているのがここ、ブリッグズか」

 

「そうだ、多分すぐにでもドラクマが攻め込んでくる。誰かに唆されてな」

 

「ドラクマとの戦争は望むところだ。だが、中央の奴らの掌の上で踊らされるのは気に入らんな」

 

「アンタらに、ここで戦うなっつっても無駄だっつーのはわかってる。だから俺の望みは、この先のドラクマとの戦争で血を流させるなってことだ」

 

「……バカにしているのか?」

 

「本気だ。戦争で血を流させないなんてほぼ不可能だ。でも、圧倒的な力の差があったら?このブリッグズ山でなら、アンタらなら、血を出させなくても勝てるんじゃないか?」

 

「戦争を舐めるな。……と言いたいところだが、従ってやろう。敗者に文句を言う権利などはない」

 

「助かる。それと、もし良ければ俺たちにこのまま手を貸してくれたりしないか?」

 

「……フム、マスタングはどうでもいいが貴様ほどの人間が死ぬのは惜しいな。考えておこう」

 

思ってたよりも好感触?とマーシュは内心驚く。にべもなく一蹴されると思っていたのだ。

 

「ああ、ありがとうオリヴィエ」

 

マーシュの発言にギョッとするバッカニア大尉とマイルズ少佐。

アームストロング少将をファーストネームで呼ぶ男を初めて見たからだ。

それも許可もなしに。少将殿の手が剣に伸びていないかをそっと確認する二人。

 

「……フン」

 

だがアームストロング少将は少し鼻を鳴らしただけだった。

これは、許されたということだろうか。

 

「そんじゃあそろそろいくわ。やることはたくさんあるしな。またそのうちくるよ」

 

マーシュが立ち上がり、伸びをする。ちなみにコーヒーはきっちり飲み切られている。

 

「そうか。バッカニア大尉、出口まで案内してやれ」

 

「はっ」

 

最後にアームストロング少将と握手を交わし、マーシュは部屋を後にした。

 

「バッカニア、だっけ。悪かったな、バカにして」

 

「いや、いい。あの決闘のためにわざと言ったということがわかった。そもそも先に喧嘩を売ったのは俺だからな。お前はとんでもなく強かった。悪かったな」

 

「おう、それはそれとしてずっと聞きたかったんだけど雪国でその頭って寒くない?ポリシー?ポリシーなの?後ろの三つ編みと合わせてオシャレポリシーなの?」

 

「バカにしてんのか貴様ァ!!」




思ったよりもヒューズ生存の皆さんからの反響が良くて、ビックリいたしました。
中佐はやはり、皆から愛されているようです。
再登場にご期待ください。

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次の投稿はだいぶ遅くなります、ご容赦ください。

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