Cクラスの臆病者 作:ビビり山田
綾小路清隆。
Dクラスのあまり目立たない男子生徒だ。
しかし、クラスのブレイン堀北鈴音と話している姿がしばしば見受けられると聞いたので堀北に何か吹き込む機会は十分にあると考えられる。
「昨日はごめんね。ウチのクラスの奴が須藤君を勘違いで訴えてしまったみたいで」
「ああ。別にいいぞ、気にしなくても。須藤ももう...気にしてないみたいだしな」
そう言って須藤の方を見ると堀北鈴音の方を向いてだらしない顔をしている。
なんともわかりやすいことだ。
「ありがとう。でも須藤君だけでなく君にも迷惑をかけたね」
その瞬間、綾小路清隆の顔がだるそうな真顔から緊張感をほのかに感じさせるキリッとした真顔に変わった...気がする。
「俺に迷惑?一体なんのことだ」
「いやいや、惚けなくてもいいよ。君のお陰で須藤君の退学は免れたんだから。」
「俺のお陰?須藤の潔白は堀北があの三人衆に証明したのであって、俺がやったわけじゃない」
「そうなのかい?」
「ああ」
どうやら彼自身はあまり目立ちたくないらしい。何が目的なのかは知らないが、退学者を出さないように立ち回った功績は褒められるべき事なのに、その役目を堀北鈴音に押し付けている。
わからない。全くもって綾小路清隆という男の考えがわからない。
「なるほど。勘違いしていてごめんね、はなしてくれてありがとう」
そう言って僕は軽く手を振り、Dクラスを後にした。
○○○
端橋渡。
Cクラスの生徒それも龍園に次ぐ副リーダーのような奴がまさか自分に話しかけに来るとは思ってもいなかった。
少なくとも、俺が端橋に一ノ瀬と話しているところやカメラを設置しているところを見られた覚えはない。
俺たちの姿を見た人間も時間帯的に限りなく少ないはずだ。
そんな情報を手に入れている奴だ。端橋には俺が監視カメラを用意した事はバレていると考えていい。更にそれに加えて、俺が堀北を隠れ蓑にしている事も気付かれただろう。
面倒だな。
一番の問題はこのことを龍園に言うのかと言う事だが、龍園に聞かれたら言うだろうな。
これは端橋が龍園の命令に従っていると言う点から考えればすぐにわかる。
明らかに龍園に怯えている。
龍園の配下とまではいかないが、頼まれた事は大概断らないだろう。
「龍園が聞かないことを祈るしかない、か。」
暫くは堀北を標的に据えてくれると思っていたのだが、誤算だった。
俺も早く
「面倒だが、自分のためだ」
俺が勝つ為に。最後に俺が勝っている為に行動しよう。
困ったときに頼りになるリーダーのもとに向かうべく、俺は席を立った。
○○○
龍園に報告すべきか否か。しかし、僕がDクラスに行っていたのは確実に知られているだろう。
龍園に告げ口した奴が必ず一人はいるはずだ。僕だったら龍園のご機嫌取りに少しでもなるなら迷わず報告する。
「よお、端橋。Dクラスはどうだった」
案の定知っていたか。
「いつも通りって感じだったよ。特に変わった事はないかな」
当たり障りのない答えだ。これで龍園が機嫌を損ねる事はない...はずだ。
「ほう、そうか。少し騒がせてしまったからなぁ、心配してたんだよ俺は」
そんな事毛ほども思っているように見えないぐらい、机に足を乗せてアルベルト(黒人外国人)に肩を揉ませてかなり寛いでいる。
「で、何か収穫はあったか」
さっさと聞いて来たことを言えと、そう言うことか。
「ああ、実は・・・」
僕は堀北鈴音を隠れ蓑にしてDクラスを操っている存在、綾小路清隆が厄介だと包み隠さず全て龍園に告げた。
もう少しすれば龍園も気付いたであろう綾小路清隆の存在を伝えたことで、今後彼の存在を把握していないことで生まれる損害は減少することだろう。
いくら龍園でも存在すら知らない相手に策を打つ事はできない。
「綾小路清隆、初めて聞く名前だな」
先程までのふざけた姿勢を正して思考する龍園。そう、僕はこの龍園も知らない情報を与えることで、逃げる隙を作ったのだ。
それじゃあ、僕はこれで。と小さい声で言ってその場から退散する。
「ちょっと待て」
え。
「な、なにかな?」
まさか呼び止められるとは思っておらず、動揺が思いっきり表に出てしまった。
「その綾小路清隆。得体が知れなくて怖いよなァ」
笑みを浮かべて僕にそう言ってくる龍園。そうだ、得体が知れなくてなにを考えているのかわからない。
ビビりの僕としては不安要素であり、なにをされるかわからないので夜もぐっすり眠れなくなるだろう。
今日以降は綾小路清隆の情報を重点的に集めることを決意するぐらいには警戒している。
つまり、龍園の言う通りだ。
「そうだね..,」
「そんな奴こんな学校にいて欲しくないよなァ」
...この学校からあの男がいなくなる。そうすれば、Dクラスも終わりだろう。Cクラスの支配下に置くことだって難しくない。
堀北は綾小路に操られている人形だ。龍園の敵ではない。
「...だとしたら、どうするつもりなんだい?」
「そんなの簡単だろ。いられなくなるようにしてやればいいんだよ」
三人衆で失敗した計画を綾小路にも仕掛けてやろうと言うことか。
「まさか、綾小路君を須藤と同じような暴力事件の犯人に仕立て上げるのかい?」
彼はそんな問題を起こすような人間ではないと思うのだが。
「そいつは綾小路がどんな奴か調べてからにするさ」
それよりも、と龍園が続けて言った。
「お前にも手伝ってもらいてぇな。端橋」
悪い笑顔だ。だが、今回に関しては不確定要素、不安要素を取り除くことのできる良い機会だ。
本気で手を貸して綾小路を消してしまうのも悪くない。
「そうだね。もちろん手伝わせてもらうよ」
龍園を敵に回しても何も良いことはない。Cクラスで3年間過ごすなら、絶対に敵に回しては行けない人物だ。
「そう言ってくれると思ったぜ。必要な時は呼ばせてもらうわ」
「ああ、いつでも力を貸すよ」
それまでは、各々手を打って置こう。
共同で綾小路を追い詰める時、それは綾小路清隆がこの学校を去ることになった時だ。
○○○
「どうした伊吹。怖え顔して」
話を終えた龍園が私の顔を見て言った。
「別に...何でもないわ」
龍園の事は気に食わないが実力だけは認めている。あっという間にクラスを纏め上げ、自分の配下にしてしまったそのカリスマ性。
目的のためならば手段を選ばない合理性。普通の人間に出来ない思考を平然とやってのける精神性が悪いところでもあり、良いところでもある。
だが、
「龍園、アイツは本当に大丈夫なの?」
私が同じクラスのあの男、端橋渡という人間に抱くイメージはあまり良くない。
チャラチャラした金髪の見た目に似合わない程優しい性格だ。基本、頼まれた事は断らない人間でクラス内でも人気の高い男子だ。
クラスメイトとしてからに抱くイメージはあまり悪くはない。というより、私も遊んだことがあるのでむしろ気遣いもできる良い感じの人だ。
だが、だからこそ龍園が気にかかる理由がわからない。
自己主張も強くなく、空気を読むことに特化した優しい人間が龍園のような非道な作戦でなくとも人一人を潰すことができるのか。
最後に日和って逃げ出すのではないかと危惧している。
私は龍園に正直にそう告げると、龍園は笑いだした。
「人一人潰せるか不安、か。なるほどなぁお前たちはそう思っているのか」
「何で笑う?そんなに不思議か」
むしろそう思う方が普通だと思っていた。
「まあ、心配する必要はねぇよ。なぜならーーー」
ーーーーーーアイツは既に
え、という声が漏れた。鳥肌が止まらない。この短期間で退学になった人は一人もいない。だが、文字通り
入学当初は五月蝿くて事あるごとに誰彼構わず絡んでいた奴。
それが今では、クラスの1番右後ろの席で気が狂ったように紙に何かを書き殴っている。
テストも書き殴って汚い字ではあるが回答している。点数はお察しだが。
私はてっきり龍園が潰したものだと思っていた。
「ああ、俺も鬱陶しいから潰そうとしたさ。だが、潰そうとした翌日には既にアイツはああなってたんだよ」
龍園は笑いながらそう言った。龍園は手始めに反抗的なやつを潰していったのだ。その中には勿論、私やアルベルトも入っている。
おかしいと思っていたのだ。龍園があそこまでするものなのか、と。龍園なら服従させて駒として使うとはずだと不思議に思っていたのだ。
「ああ、俺だったらそうするな。俺の事よくわかってるじゃねぇか伊吹」
コイツの事がわかっても嬉しくない。鬱陶しいだけだ。
「まあ、そういうわけで心配はいらねぇ」
別の意味で心配になって来たが、まあ龍園が言うのだ。問題ないのだろう。
しかし、この話を聞いた今でもあの男が悪どいことをする所が想像付かない。
何かの間違いじゃないのかと思ってしまう。
少し、モテる奴への嫉妬からか端橋によく突っかかっていたような気がするが、何かあの男の逆鱗に触れるようなことをした或いは、言ってしまったのだろうか。
「全く思いつかない」
あの優男が怒る所が全く想像できない。
龍園曰く、それもあの男の術中にはまっている証拠だと言っていたが最後まで私は疑問を抱かずにはいられなかった。
○○○
誰もいない放課後のCクラス。
「おでがわるがっだ...ゆるじでぐだざいぃぃ...」
「駄目だ。書き続けろ」
僕の安寧を、平和を、日常を、そして誇りを傷付けたゴミだ。もう僕の命令なしでは話すこともできない。
強力な暗示を掛けられあらゆる行為を規制される。
「お前が悪いんだ。お前が僕にあんなことを言うから...」
分かっていても言われたくなかった。
僕にとって最低の言葉。
僕は気が短い。しかしそれは人と違ってある一言がトリガーになってキレると言うもので、短気とは少し違う気がする。
その一言さえ言わなければ、僕はどれだけ何を言われようとも笑顔で流す事ができるだろう。
だから、
「その一言を言ってしまったお前が悪い」
こみ上げた怒りをぶつけるように髪を乱しながら何度も彼の頭を机に叩きつけた...