桜ねねは走っていた。
有体に言えば寝坊をしてしまい、会社までの道を全速力で走っていた。
(あ~っ!やばいやばいよっ!
うみこさんっ、カンカンってよりギラギラだよっ!!)
昨日の段階で急用のプログラム作業が入り、時間厳守を言い渡された次の日。
つまり今日だ。
開始しょっぱな遅刻は流石にまずいし、怒った彼女は何より怖い。
全速力で走るも青葉の次に運動神経も体力もない。
そんな彼女は駅から30メートル走ったところで肩で大きく息を切らしてしまう。
「ぜぇーーっ、はぁっ、ぜぇーーっ、
あぅ~~っ、これじゃ間に合わないよぉ~~…」
「あれ、ねねさんじゃないですか?」
低い声が低い彼女に背から降りかかり、ねねは振り返る。
するとそこには…
目を見張るほどの端正な顔の青年がいた。
黒髪だが、陽の光を受けて『緑の黒髪』を体現している。
服は公立の学生服を着ており、
肩にはナイロン製の学生かばんをたすき掛けていた。
「え…あのっ…誰ですか?」
端正な青年の顔つきに見惚れながらも、
ねねは警戒の色をあらわに尋ねる。
青年はわずかに驚いたものの、納得し口元に手を当てて含むように笑った。
「うみこさんに面接を申し込んだものですよ。
貴女のことは聞いてます。これからよろしくお願いします」
「えっ!?あぁ…そうなんだっ(だったら怪しい人じゃない、かな)」
「っと、それより…このままだと遅刻ですね。
ねねさん、ちょっと失礼しますっ!」
「っ、えぇえぇ!?ちょ、ちょっとっ…」
ヒビキはひょいと器用にねねを抱きしめて持ち上げた。
いわゆるお姫様だっこの体制である。
「この方が早いんでっ、行きますよっ!」
「ちょっ、ああああっ!!」
ねねの制止も無視して青年は駆け出した。
びっくりして青年の懐をぎゅとつかんでしまう。
いや、それよりも…
(うぅぅ~…恥ずかしいぃよぉ~…)
興味深げな視線が突き刺さるのを感じ、
ねねは彼の懐に顔を埋めた。
そして、二人は割と早くに会社前についた。
青年はねねを下して一息ついた。
「ふぃ~…何とか間に合いましたね」
「うっ、うんっ…!」
ねねは顔を真っ赤にしてそういった。
青年は特に答えることもなく、中に入る。
「あっ、社員証はもってんの!?」
「…あぁ。一応、頂いてます」
若干、思案してから確認するように青年は言った。
ねねはその間を疑問に思ったが、それよりも入社を優先した。
「ありがとねっ!
お兄さんのおかげで助かったよっ!
これでうみこさんに怒られずに済むぅ~」
「桜さん…私が何ですか?」
「っ、ひぃぃぃっ!!?」
いきなり背中に渦中の人物が現れた。
その事にねねは仰け反るように飛びあげる。
「大袈裟ですね。
しかし、その調子だとぎりぎりだったようですね。
間に合ったのでこれ以上は何も言いませんが…」
うみこは呆れたように溜息を吐く。
そして隣にいる青年を見て溜息を吐いた。
「しかし、貴女も災難ですね。
葉月ディレクターの提案とはいえ、そうなってしまうとは」
うみこは一瞬、青年を見た後苦笑気味に青年を見た。
「ははっ、まぁ、俺で慣らそうということでしょうね」
「しかし、見事ですね。発音も音色も違います…
変装の域ですね。これは」
うみこは感心したように青年の体を見回した。
ねねはうみこのその様子に違和感を覚えた。
何というか顔見知りというか、結構前からあってる雰囲気だ。
しずくの名前が出たことから、青年はこの会社の人たちと関わりがあるのだろう。
「あっ、あの~…うみこさんっ、
えっと、この人知ってるんですか?」
「私だけじゃなく、皆さんも知ってますよ」
困惑するねねの様子が面白いのかふっと微笑むうみこ。
「そうですね。じゃぁ、自己紹介を頼めますか?」
うみこは青年に向き合って笑みを浮かべていった。
彼女には珍しい、どこか悪戯したような子供のような笑みだった。
「はイ、私の名前は九能ヒビキでス。
今日からよろしくお願いしまス」
「えぇぇえええええっぇえええええ!!!?」
ねねの驚愕の絶叫が響き渡った。
キャラハン、プログラマブース
「ほえ~~っ」
「おぉ~~…」
「すごいっ、イケメンじゃんっ!」
「(こくこく」
「やっぱ、写真よりかっこよくなってんじゃん♪」
「私が今まで見た男この人よりもイケメンかもしれませんね」
上から青葉、ゆん、はじめ、ひふみ、
そしてツバメ、紅葉のリアクションだ。
当のヒビキは好奇の目に居心地の悪さを感じ、
頬をポリポリ書いた。
「あんまり嬉しくないですヨ?
それは正直…」
「ヒビキちゃん…ううん、ヒビキ君、どんまい」
事の発端の妹は我関せずという風にぼそっとつぶやいた。
「誰のせいダっ!!誰ノっ!」
ヒビキは常備していたのか、懐から瞬間的にハリセンを取り出し、
妹の頭を小気味よくぱしんと叩いた。
「あぅ!」
無表情で軽く仰け反る。
音は響いたが、それほど痛くないようだ。
「ハリセンで突っ込む人を間近で初めて見たわぁ~」
ゆんは感心したようにハリセンを操るヒビキを見やり、
そんな感想を零した。
「いやいや、そんなしみじみ言われてもね。
しかし、ヒビキちゃんは学生服なのは何でなの?」
「舞台衣装ならあるんですけド、今、
男物であるのがこれしかなかったんですヨ…
高校の時に来ていたのをまた着るなんテ」
遠い目をしてヒビキは天井を見る。
それはそうだと一同は納得した。
「じゃっ、終業後に時間があったらヒビキんの服っ、皆で見立てようよっ!」
「ねねちゃんっ!?」
「いいねっ!!それ、私ねねっちの意見に賛成っ!!」
ねねは思いきり手を挙げてそんな提案をした。
ツバメはそれに乗っかり皆に微笑む。
「せやなぁ~それ面白そうやん♪
葉月さんに連絡入れんとなぁ~」
「ヒビキちゃん、ちゃん付けで読んでますから参加していいですよね?」
「私も…参加、したい、かな?」
ゆん、紅葉、ひふみも笑みを浮かべてそういった。
冷や汗を垂らしてヒビキは青葉とうみこに救いを求めるように見やる。
着てきた自分もどうかと思うが、上司命令で不可抗力だ。
そもそも、仕事はするが基本もうメイドで手一杯なんだから放って置いて、
というのが心情だった。
「…この中で過半数、決まってますしもう覆ることはない、かと…
それに少し、悪いとは思うのですが私も興味があります」
気まずげにヒビキから視線を逸らしてうみこは答える。
ヒビキは一縷の望みをかけて青葉に振り向く…が。
青葉の頭から某バイ菌男のような触角、背中から蝙蝠の羽が生えている…
そんな姿を幻視した。
心なしか服装も黒いキャミソールを纏っており、変な色気を醸してるような…
姿も幻視した。
「ふっふっふ~…ヒビキぃん?
残念だけど、先輩権限で君に拒否権はないのだよ~っ、
存分に私たちのために頑張ってくれたまえ」
(あっ、いっ、いじわるな青葉ちゃんだぁ…)
(えっ、青葉ちゃん、こんなキャラだったのカ!?確かにイニシャルがSSになるけド!?
ダブルサディスト青葉ちゃン!?)
「ふっふ~ん…ヒビキんっ、何か失礼なことを考えたのかなぁ~」
「うっ、いやいヤ…何度もないですよォ…先輩っ!?」
座って冷や汗をかいてるヒビキの前に、椅子から立ち上がり座る青葉。
うっすら加虐的な笑みを浮かべて、彼女の顎をくいっと持ち上げる。
(えっ、これなにこレ…どういう状況なン?こレ)
困惑するヒビキの耳元で青葉はそっと囁く。
「ヒビキちゃんの見せてない部分っ、いっぱい見せてくださぁい…
私たちがたっぷりと、じっくりと見てあげますから…ね」
「っっっ…!?」
耳元でそう囁かれたヒビキの背骨から電流が走る。
ぞくぞくするような不快でいて、気持ちよさを感じる律動だった。
その二人の様子を見て、全員が顔を真っ赤にしていた。
「ちょ、ちょっとっ、青葉ちゃんのキャラが変わってんだけど!?
あんなキャラだっけ!?」
「知らんわっ!?なんなん、あのアダルティな会話っ!?」
「いっ、意地悪な青葉ちゃんが出てきたんだっ…
ヒビキちゃんっ、には悪いけど逃げないとっ…!!」
「青葉さん…私も…負けられませんねっ…
今度は私がヒビキさんを…っ!!」
「ももっ!?違うからっ、目指す方向そっちじゃなくていいからっ!?
(でもっ、ヒビキと二人でいるときに参考にさせてもらおうかなっ♪)」
「あっ、あおっちの秘められた攻撃性が出てきたぁ(がくがく」
「あのっ、精神尋問はサバゲーの駆け引きに使えますね。
私も桜さんに試してみましょう」
「やらなくていいですよ!?」
「…お姉ちゃん、何かいいね(´・ω・`)」
今の青葉とヒビキにとって周りのやりとりは目に入らないのか、
二、三そのやりとりを二人がした後、
冷静になったヒビキは落ち込んで帰ろうとしたのは言うまでもなかった。
無論、青葉が必死で止めたのは想像に難くない。
「おぉ~…年下の先輩に調教される年上の後輩もいいねぇ」
鼻血を出しながらスマホでカメラをぱしぱしと二人の様子をしずくは撮っていた。
余談だが、二人の写真は額にとって飾ったそうな。
活動報告にたまになんか書いてるので見てください。
感想もお願いしますね~…。
あと、newgame!で別作品を書きます。
バッドエンド風味のドロドロしたifルートです。
それでは。