プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第06話 車上の決闘

 アルビオン王国の長閑な田園風景を、見事な装飾が施された列車が走り抜けていく。

 

 ロンドンへと向かう、王室専用列車だ。

 

 その貴賓室には勿論王族であるプリンセスが。そして賓客として、和装に身を包んだ一団が乗り込んでいた。

 

 この度、日本から先の太政大臣である堀川公が外交特使として両国の条約改定の為に渡英してきており、プリンセスはその迎えの役目を仰せつかっていた。

 

「極東の島国相手なら、ウチらの空気姫で十分って事か……」

 

 これは、ドロシーのコメントである。

 

「リスクも考えた上で、でしょうね。暗殺者の件は、王室の耳にも入っている筈だから」

 

 共和国側でも堀川公暗殺の為に日本からの刺客が、既に英国内に入り込んできているという情報を掴んでいた。

 

 やってくる暗殺者の名前は、藤堂十兵衛。先のボシン・ウォーでは単身装甲艦に乗り込み、百人以上を斬り捨て艦を撃沈せしめたという凄腕中の凄腕である。

 

 アルビオン王室としては万一暗殺騒ぎに巻き込まれた場合、王位継承権は第4位で派閥も持たず、失っても痛くないプリンセス・シャーロットを選んだのだろう。

 

 と、これがアンジェの意見だった。

 

<……違う。暗殺のターゲットになっているのは……寧ろプリンセス>

 

 プロフェッサーの見解は違っていた。

 

「どういう事?」

 

 じっ、と警戒するような視線を向けてアンジェが尋ねてくる。プロフェッサーは少し居心地が悪そうに体を揺すった。

 

 プリンセスの推薦によって同じチームとして活動するようになってからも、アンジェとはまだ共同でミッションを遂行した事も無いし殆ど会話もしていない。未だ信用されてはいないのだろうと、プロフェッサーは話しにくさを我慢しつつ説明を続けていく。

 

<ベアトリスから聞いているかも知れないけど……ノルマンディー公は、プリンセスが共和国と通じていると考えている>

 

 推論ではあるが、しかしスパイとして常に最悪の状況を想定して行動すべしと訓練されているアンジェやドロシーは「まさか」「考え過ぎだろう」などと一笑に付すような事はしなかった。二人とも真剣な顔になって「続きを」と促してくる。

 

<……だが、いくら内務卿のノルマンディー公とは言え、王族相手に直接手を下す事など出来ない。自分の子飼いの部下を動かす事も難しい。千里の堤も蟻の一穴という言葉もある。人間の犯行は、全く証拠を残さずに行う事は現実的に不可能。そして僅かな証拠から足が付けば、彼の地位が一夜にして吹っ飛ぶ事も考えられる。それは無視出来ないリスクだから……>

 

「確かに……」

 

<……では、どうする? 自分がノルマンディー公だとして……自分が関わったという証拠は一つも残さずに、プリンセスを始末したい。ならば、どうする?>

 

 プロフェッサーの謎かけ(リドル)に、3人はそれぞれ考える。

 

 まず口を開いたのはベアトリスだった。

 

「犯人と自分との間に何人も人を仲介させる……ですか?」

 

<完全とは言えない。実行犯や連絡人が捕まったらそこから芋ヅル式に自分に辿り着かれる可能性もある>

 

「じゃあ、実行犯の口封じをする?」

 

<良い手ではあるが、やはり完全ではない。それに口封じした事がバレたら、具体的に何をしたとは分からなくても何か後ろ暗い事があると感づかれて怪しまれる>

 

 正解を導き出したのは、アンジェだった。

 

「ん……確実には成功しなくても良い計画を立てる」

 

 プロフェッサーは頷いた。

 

<正解。必然である必要は無い……蓋然(がいぜん)でさえあれば良い>

 

「蓋然、って言うと……」

 

「絶対ではないがある程度の確率でその事象が、起こるべくして起こるという意味だな」

 

 ベアトリスの疑問には、ドロシーが答えた。

 

 亡き者にしたい要人が居るとする。しかし自分が疑われる事は万一にも避けたい。

 

 だから例えばその要人の側近を無能で揃えるとか、護衛の兵士に高齢で動きが鈍い者を多く選ぶとかするのだ。そうすれば暗殺が成功する確率は高まるが、絶対確実ではない。だが不確実さの見返りとして、自分は暗殺者とは何の関わりも無いのだから疑いの目からは逃れられる。

 

<成功すればそれで良し。失敗しても自分には疑いが掛らないから同じ事を何度も繰り返して、いつか暗殺が成功すればそれで良い。これはプロバビリティーの完全犯罪……謀殺の手法の一つ……>

 

「今回も、そのパターンだと?」

 

 ドロシーの問いに、プロフェッサーが頷く。

 

<暗殺者、藤堂十兵衛はやって来ないかも知れない。やって来たとしても護衛に阻まれて、堀川公を討つ事は出来ないかも知れない。でも、逆に堀川公を殺す事が出来るかも知れない。あわよくばプリンセスがその騒ぎに巻き込まれるかも>

 

 仮に暗殺が失敗に終わってプリンセスが今回助かったとしても、ノルマンディー公には問題にならない。その時は機会を見付けてはまた同じような事を繰り返せば良いだけだからだ。そうして続けていれば、いつか起こる事はいずれ起こる。いずれはプリンセスを葬れる。

 

 証拠は何一つとして無い。

 

 考え過ぎ、心配性かも知れない。

 

 だが……

 

「私達はそうだと決め付けて、心して任務に当たらなければならないという事ね……」

 

 懐のCボールの感触を確かめながらのアンジェの言葉に、プロフェッサーは深く首肯した。

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェ、ドロシー、ベアトリスの3名は今回は、プリンセスお付きのメイドという役柄(カバー)でプリンセスと同じ車両に乗り込んでいた。

 

 紅茶を飲み交わすプリンセスと堀川公からはいくらか離れた位置で、しかしいつ襲撃があっても即応出来るよう緊張を解かずにいるアンジェ達(ただし訓練を受けていないベアトリスだけは完全ではないのでどうにもぎこちない)。その雰囲気が伝わってしまっていて、車両内には異様な空気が漂っていた。

 

「そうですか……堀川公の熱意は伝わりました」

 

 少し空気を変えようと、カップを置いたプリンセスが切り出した。

 

「私には何の決定権もありませんが……必ずお祖母様にお引き合わせすると、約束しましょう」

 

「おお……かたじけのうござる」

 

 感動した様子の堀川公は席を立つと、両膝を付いて土下座する。

 

 これは日本では最上級の「礼」に当たる動作らしい。しかし些か仰々しすぎて、プリンセスの笑顔が引きつった。

 

「や、やめてください……そんな……」

 

「それでは……」

 

 元通り着席した堀川公が、視線を動かす。

 

「しかし、驚きました。我が国と同じでアルビオン王国でも、鎧を飾る習慣があるのですな」

 

「鎧?」

 

 プリンセスは首を傾げる。

 

 確かに大貴族の屋敷や王城では甲冑を飾っているのも珍しくはないが……この列車の中にそんな物は積み込んでいなかった筈だが……?

 

 戸惑いつつもプリンセスは堀川公の視線を追っていって……「ああ」と得心が行った表情になる。

 

 コー、ホー……コー、ホー……

 

 プリンセスの後ろに置かれた車椅子の上で、腕組みした姿勢のまま不動でいるプロフェッサー。

 

 確かにヘルメットやマスクといったパーツから、動かなければちょっと風変わりな鎧に見えるかも知れない。

 

 プリンセスは思わず吹き出してしまった。

 

「彼女は鎧ではありません。私の大切なお友達です。この姿は……少し、持病がありまして……」

 

 これは先の任務で、レークサイドホテルに入った時と同じカバーだ。

 

<プロ……いや、シンディと申します。私は生まれつき肺が悪く、埃や塵を吸う事が出来ないので……面を被って顔を見せない非礼は、お許し下さい堀川公>

 

 そんな会話が交わされて少しだけ場の空気がほぐれたように思えた時だった。

 

 一瞬、窓から差し込んでいた陽光が陰る。列車が水道橋をくぐったのだ。

 

「!!」

 

 アンジェが、顔を上げて天井を睨む。

 

「誰か来た」

 

「走っている列車ですよ? そんな筈……」

 

<いや、アンジェの言う通り。私の電界にも、侵入者が掛った>

 

 プロフェッサーが、車椅子から立ち上がった。

 

 プロフェッサーの武器である「電気」。天才を自負する彼女の叡智の結晶たる異端の先端技術だが、しかし自然界には、生まれながらにしてこの力を使いこなす者達が居る。それはデンキウナギやシビレエイといった発電魚である。

 

 彼らは獲物を殺傷したり威嚇目的の他に、自らの周囲に微弱な電場を展開して周囲の様子を知る為にも電気を用いる。例えばデンキウナギは目が小さく、しかも視界が利かない濁った泥水の中に生息しているがこの能力によって、自分が置かれた状況を完璧に把握する。

 

 同じエレキ使いであるプロフェッサーにも、似た芸当が出来るのだ。

 

「私は前から行く」

 

<では、私とドロシーは後ろから。挟み撃ちにしよう>

 

 

 

 

 

 

 

 果たしてアンジェとプロフェッサーの言葉通り、侵入者は居た。

 

 車両の屋根、その中程に泰然と腰掛けて、望遠鏡で周囲の様子を探っている。

 

「誰なの?」

 

 背後から、見事なバランス感覚で揺れを物ともせずに屋根に立つアンジェが声を掛けた。

 

「西洋の女は無礼だな。人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るものだ」

 

 すくっと、侵入者は立ち上がった。

 

 小柄ながら、こちらもアンジェと同じく少しも体幹がブレていない。走行中の列車の、しかも激しく揺れる屋根に立っているにも関わらずだ。良く訓練されているのが一目で伺い知れる。

 

「……拳銃が二挺、懐と、腰の後ろか。それに左の靴、何か仕込んでいるな。微かに金属の音がする」

 

「!」

 

 ぴくっとアンジェが片眉を上げてゆったりと目を大きくする。これは穏やかな驚きの動作だった。

 

 恐らくは僅かな重心のズレや着衣の不自然さを見て取ったのだろう。しかしこの侵入者が自分の装備を完璧に看破した事を受け、彼女は警戒を強くする。百人斬りをやってのけたという評判は、誇張ではないらしい。眼前敵への警戒値を引き上げる。

 

<お前が、藤堂十兵衛か……男だと思っていた>

 

 くぐもった声が聞こえる。独特の呼吸音も。

 

 シュコーッ……シュコーッ……

 

 侵入者の背後にいつの間にかプロフェッサーが立っていた。

 

「……傾き者か? 面妖な……腰の辺りに、何か持っているな。それにその右手……籠手……いや、義手か」

 

 侵入者はプロフェッサーの装備についても一目で完全に把握してしまった。

 

<ほう……>

 

 ガスマスクのレンズから漏れる紅い光が、少し太くなったようだった。これはアンジェと同じくプロフェッサーが目を見張った動作だった。

 

<これがクロオビ、というヤツか>

 

 感心したという声色だった。

 

 アンジェと同じく、眼前敵の脅威評価を上向きに修正するプロフェッサー。

 

 しかし、彼女も同じように侵入者の戦力を推し量っていた。

 

 敵の武器は、腰に差している刀だ。

 

 他に武器を隠し持っているかも知れないが、しかしこれがメインウェポンであるのは確実だろう。取り上げてしまえば敵戦力は激減。

 

 プロフェッサーはそう考え、電磁力を侵入者の刀へと作用させて取り上げる。

 

<!!>

 

 ギィン!!

 

 ……よりも早く。

 

 侵入者は空間に着衣の色である黒い影が帯を引くような速さで彼女に接近してくると、同時に抜刀。斬りかかってきた。

 

 プロフェッサーは咄嗟に、斬撃を義手で受けた。耳鳴りするような金属音が響き渡る。

 

<……!!>

 

 マスクの下で、プロフェッサーの顔が強張った。

 

 今のは、ひやりとした。磁力を発動させる暇も無かった。

 

「お主今、何かしようとしたな? 急に『気』が変わったぞ。銃を撃とうとする瞬間のように……」

 

<……!!>

 

 偶然ではなかった。

 

 この侵入者は、プロフェッサーが刀に磁力を作用させようとするのを、それとは知らないだろうがその意図を感じ取って技の発動を潰してきたのだ。

 

「ふっ、はっ!!」

 

 続けざま、侵入者は鋭い斬撃を繰り出してくる。

 

 横薙ぎ、袈裟斬り、突き。

 

 しかし今度は侵入者の方が驚く番だった。

 

 プロフェッサーはスウェイ、半身逸らし、斜に構え。

 

 殆ど上体の動きだけで、その場を動かずに三連続攻撃をかわし切ったのだ。

 

「!!」

 

<良い攻撃だが、私に速い動きは通じない。目は、良いのでね>

 

 プロフェッサーの両目に嵌められた義眼は、内蔵された電子脳によって最初に義手で受け止めた一撃でこの侵入者の太刀筋を解析し、二撃目以降はその攻撃パターンを不完全ながら予測して、しかも生身の人間がどんなに訓練しても到達出来ない恐るべき動態視力で攻撃を見切って、最小の動作で回避してしまったのだ。

 

 侵入者は続いて三段突きを繰り出したが、プロフェッサーはメトロノームのように体を振って刺突を全て避けきった。

 

「出来るな……!!」

 

 畏敬の念が込められているかのような呟きを、侵入者が漏らす。

 

 パン、パン!! ギィン、ギィン!!」

 

 乾いた音、そして一瞬遅れて金属音が響く。

 

 最初の乾いた音はアンジェの援護射撃の銃声だった。しかしこの侵入者は、飛来する弾丸を刀で弾いてしまったのだ。

 

「!!」

 

 アンジェは、目を見張る。

 

 侮っていたつもりは無いが、銃弾が通用しないとは。まだ自分の戦力想定が甘かったと、思い知らされた。

 

「では、これはどうだ?」

 

 侵入者は懐からCボールより一回り小さいぐらいの球体を取り出すと、自分達が立つ屋根に叩き付けた。

 

 ちゅどっ!!

 

 破裂するような爆音。同時に閃光と、煙が一帯を包む。

 

<!!>

 

 侵入者に最も近いプロフェッサーは、僅かな時間だが完全に視界を奪われた形になる。

 

 ここは走行中の車両の上なので、風に流されて煙は一秒と経たずに晴れる。しかしその半分の時間でも、白兵戦では命取りだ。

 

 ギィン!!

 

 しかし、再び金属音。

 

 煙に紛れ左に回った侵入者の斬撃を、プロフェッサーは義手の掌で防いでいた。

 

「驚いたな」

 

 侵入者の声には、その言葉通り驚愕の響きがあった。

 

「目に頼り過ぎだと思っていたが……見えなくても見えるとは」

 

<クロオビではないが……私には電気の力がある。素晴らしいだろう?>

 

 と、プロフェッサー。視界を防がれても侵入者の位置を把握して攻撃を防いだのは、この侵入者の来襲を察知したのと同じ電位の結界だった。

 

「……」

 

 仕切り直しとばかり、侵入者は数歩の間合いを取った。

 

 一方でプロフェッサーは背後にドロシーが追い付いてきて銃を構えている。侵入者を挟んで反対側でも、アンジェが油断無く銃口を侵入者に向けていた。

 

 しかし二人とも、これまでの攻防でこの侵入者が只者ではない事は十分分かっていたので迂闊に銃を弾く事が出来ない。

 

 僅かな時間、膠着状態が生まれる。

 

<……二人とも、下がっていて>

 

 それを破ったのはプロフェッサーだった。

 

<どうやら、飛び道具でこの敵を倒すのは難しそうだ>

 

 前進しつつ、すっと右手を上げるプロフェッサー。その掌に、腰のベルトに掛けられていた「柄」が浮き上がって収まった。

 

<剣で、勝負を付けよう>

 

 唸り声のような音が鳴って、柄の先端から光が滝の如く迸って、光刃を結んだ。

 

 光の剣。初めて見る武器であろうが、侵入者は慌てた素振りを見せずに刀を構え直す。

 

 プロフェッサーは光刃をくるくる回すと、「礼」をするように垂直に立てた刃を自分の眼前に置いて、それから野球でバットを構えるような、東洋の剣術で言う八双の構えを取った。

 

<きえぃっ!!>

 

 奇声を上げながら、先に仕掛けたのはプロフェッサーだった。

 

 手首をコネるように使って紅い刃を回しながら侵入者へ接近する。

 

 ジッ、ジッ、ジッ!!

 

 光刃の切っ先が金属製の屋根に触れて、その部分が赤熱化して紅い線が走る。

 

 これは威嚇の動作だった。

 

 見た事の無い武器に、物体を斬るのではなく溶断する攻撃。

 

 普通の者なら怯み、威圧される。

 

 しかしこの侵入者は普通ではなかった。

 

 刃が電光によって形成され柄の重さしか無いが故に、常軌を逸して速く紅い壁が迫ってくるかと錯覚する程の連続攻撃。しかし侵入者は繰り出される斬撃の中で自分の体に当たる軌道のものだけを取捨選択して完全に見切り、しかも触れるだけで屋根を溶かした事から刀で受けるのは危険と悟って、攻撃を避けて身をかわしていく。

 

<……!!>

 

「無駄が多いぞ」

 

 フェイントも含めて一秒間に12回の攻撃を繰り出したが、全てかわされてしまった。

 

 これはプロフェッサーにとっても驚きだったが、しかしすぐに気を取り直して次の攻撃に移る。

 

 プロフェッサーは斬撃を低くして侵入者の足を刈ろうとする。だが失敗に終わった。侵入者の動きは速く、足は常に宙に浮かんでいるようであったからだ。

 

 今度は侵入者が攻撃に転じた。先ほどのプロフェッサーに負けないぐらいの高速斬撃・連続攻撃を繰り出してきたが、プロフェッサーの義眼は既にほんの僅かなクセや予備動作、筋肉の流れや視線などこの侵入者の動きのパターンを完全に解析しており、全ての攻撃を完璧に捌き切った。

 

 プロフェッサーは再び攻勢に転じたが、先ほどの焼き直しのようにすべて避けられた。しかし焼き直しなのは侵入者の攻撃も同じで、プロフェッサーは全て回避しきってしまう。

 

 神速の攻防の中で二人の立ち位置は目まぐるしく入れ替わり、時には転落さえ危ぶまれるが絶妙のバランス感覚で体勢を整えて姿勢を制御する。

 

 アンジェとドロシーがプロフェッサーを援護しようとするが、しかしあまりに二人の動きが速く0.5秒前に侵入者が居た位置にプロフェッサーが入るので、迂闊に銃撃する事も出来ない。

 

 ならば勝敗を決するのはやはり二人の得物、光の刃と鉄の刃。そのいずれか以外では有り得ない。

 

 侵入者の刀がプロフェッサーの心の臓を断ち割るのが先か。

 

 プロフェッサーの光刃が侵入者の首を飛ばすのが先か。

 

 しかしこれまでの攻防を見る限り互いの攻撃力を、互いの防御力が上回ってしまっている。プロフェッサーの攻撃は侵入者の訓練された五感と鍛え上げられた体術によってかわされてしまい、侵入者の攻撃はプロフェッサーが装備する最新テクノロジーによって捌き切られる。

 

 どちらも、相手に攻撃を当てられない。

 

 ならば、手は二つしか無い。

 

 一つは長期戦・持久戦に持ち込んで、相手が疲れて集中力が僅かに落ちて、ミスを犯すまで辛抱強く待つか。

 

 もう一つは捨て身、相打ち覚悟で乾坤一擲の一撃を仕掛けるか。

 

「ふっ……世界は広い。こんな術は、今まで見た事が無いぞ」

 

<……それは、当然。私は天才だから。しかし天才的なのは、何も頭脳だけではない。本物の天才は、体の使い方も天才なのよ>

 

「確かに」

 

 不遜にも聞こえるプロフェッサーの物言いだが、侵入者は素直に認めた。

 

「天稟は凄い。自惚れて良いだけの力はある」

 

<当然>

 

「だが……」

 

 チャキッ、と鍔鳴りの音がする。

 

「感服したが、お前一人に長々と時間を費やせない」

 

 侵入者は、両手で剣を把持して大上段に振りかぶった。

 

「次で終わりにしよう」

 

 フェイントも何も無く次の攻撃が振り下ろしの一刀だと教えるような構えだ。これはつまり、読まれても見切られても関係無いという事。次の一撃は、プロフェッサーの体捌きや見切りを超える速さで繰り出すという意思表示・挑戦であり宣戦布告だ。最大のパワーと最速のスピードと最高の技で、防御も回避も不能の一撃を叩き込むつもりだ。

 

 侵入者は、捨て身の一撃を繰り出してくる。

 

<……>

 

 プロフェッサーもそれを悟って、斜に構えて剣を持つ右手を後ろ、左手を前方に、弓を引き絞るような独特の構えを見せた。

 

 先制攻撃かカウンターか。いずれにせよ、プロフェッサーも次の一撃で決着を付ける所存である事は疑いようが無い。

 

 生か死か、あるいは相打ちか。

 

 恐らくは後数秒の間に、その結果が出る。

 

「……っ」

 

 アンジェは、頬を冷たい汗が一筋伝っているのを自覚した。

 

 僅かに、侵入者の重心が前に傾く。

 

 動く!!

 

 誰もがそう思った、その瞬間だった。

 

「待たれい!!」

 

 車両の走行音と風の音に負けないぐらいに張り上げられた大声が響いた。

 

 堀川公の従者の一人だった。名前は、大島と言ったか。窓から体を乗り出して、大声で叫んでいる。侵入者もプロフェッサーも、アンジェもドロシーも、全員の視線が彼に集中した。

 

「その者は暗殺者にあらず!! しばし待たれよ!!」

 

 四人の動きが止まった。大島は、侵入者に向けて更に大声を張り上げた。

 

「ちせ殿!! 何故ここに!!」

 

「知れた事、藤堂十兵衛を討ち果たす為じゃ!!」

 

 侵入者は、そう言って顔半分を覆っていた布を外す。

 

 露わになったのは、アンジェやプリンセスとそう変わらないだろう、しかし東洋人の特徴だろうかなり幼く見える少女の顔だった。

 

「私はその為に、はるばるこの異国の地まで来た」

 

<……>

 

「……」

 

 アンジェとプロフェッサーは、視線を交わし合う。

 

 完全に味方だと確定した訳では無いが……しかし今、侵入者……ちせは剣を下ろしている。

 

 ひとまずは、危険は去ったと見て良いだろう。プロフェッサーは光刃を消した。

 

 コ、ホ……コ、ホ……

 

<……久し振りに、良い運動になった>

 

「あなた、息切れしてるわよ」

 


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