プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第21話 アンジェVSプロフェッサー

 

 アルビオン王国軍の兵舎。

 

 沈痛な表情で整列する兵士達の前には、いくつもの棺が並んでいた。

 

 世界中に植民地を持つアルビオン王国は当然ながら多種多様な人種の坩堝であるが、そこには明確な区分が存在する。極めて簡単に言えば、アルビオン王国本国の出身者とそれ以外の2つだ。政治や軍事の中枢は当然ながら前者がその殆どを占めており、逆に後者は工場やケイバーライト採掘場での労働力や、軍であれば銃弾の矢面に立つ前線へと配属される。

 

 10年前の革命で壁によってロンドンが東西に隔てられてからも、王国と共和国の間では慢性的に小規模な戦闘が頻発している。そしてつい先日にもそれがあった。

 

 そして戦闘が発生する以上、負傷者や死者が出るのは必然であり、その死者が植民地の出身者である事もまた必然であった。

 

 略式ながら葬儀が終了して殆どの者がその部屋から退出した後も、一人だけ並んだ棺の前で立ち尽くしている軍人がいた。

 

 軍服の階級章から、佐官クラスであると分かる。

 

 以前、グランベル家を訪ねていたイングウェイ少佐であった。

 

 棺の中で眠っているのは、全て彼の部下だった。

 

 彼等の顔も家族構成も、イングウェイは全て覚えている。

 

 次の休暇を楽しみにしていた者も居た。

 

 家族に会いたいと口癖のように言っている者も居た。

 

 恋人の為に、手柄を立てたいと語っていた者も居た。

 

 今はその誰も、もう話さないし動かない。

 

 イングウェイは自問する。上官である自分は部下達の家族や恋人に、彼等の銃を持って会いに行かねばならないだろう。

 

 その時、自分は何と言えば良いのか。

 

 「息子さんは女王陛下の為に立派に戦って死にました」?

 

 「殺したのは国泥棒の共和国の兵士です。私のせいではありません」?

 

 「彼等の死は指揮官である私の責任です。それで気が済むなら、好きなだけ私を殴って下さい」?

 

 答えは出ない。

 

 彼等の帰りを待っていた人達に自分は、どう言えば? 何と答えれば?

 

 移民、貧困、格差……

 

 持てる者は何もせずともより多くの物を得て、持たざる者はどれほど働いても報われない。

 

 この国は腐っている。

 

 誰かが先頭に立って、この国を変えなければならない。

 

「ミス・グランベル……」

 

 シンディは言っていた。今は待って力を蓄え、信頼出来る同志を募れと。

 

 だがそれはいつの話になるのだ?

 

 一年後か? それとも十年後か?

 

 それまでの間に何度こんな戦いがあって、自分は何度こうして部下や戦友を見送らねばならないのだ。

 

 それまでの間に、どれほどの民が困窮に喘ぐのだ?

 

「……!!」

 

 噛み締めた歯がぎりっと鳴って、彼は心中で一つの事を決めた。

 

 もしシンディがこの場に居たのなら……彼女は「早まった事はやめてください」と自分を止めたろうとイングウェイは思う。一方で彼自身の見解は違っていた。

 

 自分達が立つのは、遅過ぎたぐらいだと。

 

 その時だった。

 

「あぁ……イングウェイ少佐は、ここにおられましたか」

 

「!」

 

 背後からの声に、警戒しつつイングウェイは振り返る。

 

 そこには、一人の女性が立っていた。

 

 すらりとした長身で、ハシビロコウのように鋭い瞳をした女性が。

 

「私はゼルダ。この国の今後について……是非、お話ししたいと思いまして。あなたを探していました」

 

 

 

 

 

 

 

「う……うむ……?」

 

 後先考えずに思い切り酒を飲んだ次の日の目覚めのような頭の重さを感じつつ、その男は目を開けた。

 

 目に入ってきたのは寝室の天井ではなく、どこかの病院のような無影灯の眩しさだった。

 

「ほほはほほは?」

 

 此処は何処だ? そう言おうとして、口が動かずに舌が回らないのに気付いた。

 

 見えないが、猿ぐつわかギャグのようなものが口に噛ませられている感覚があった。

 

「ひゃ、ひゃにひゃひゃった?」

 

 混乱しつつも起き上がろうとして……しかし体がベッドに縛り付けて固定されているのが分かった。

 

 頭、首、肩、肘、手首、腰、膝、足首……

 

 関節という関節がベルトで縛り付けられて、雁字搦めにされていた。

 

 一体全体何が起きたのか……?

 

 彼は体の中で唯一自由になる頭を使って、覚えている限りの記憶を辿ってみる。

 

 昨日は確か、行きつけの阿片窟へ行って……そしてたっぷりと楽しんで、その帰り道で……

 

 コー、ホー……コー、ホー……

 

 そこまで思考が動いた所で、それまで無音だった部屋に、呼吸音が響き始めた。

 

 目の筋肉を限界まで使って眼球を動かした彼の視界に入ってきたのは……全身を真っ黒いローブに包んで、顔にはガスマスクを装面した怪人だった。プロフェッサーだ。

 

<あぁ、ようやくお目覚めですか。ドリアンさん>

 

 男とも女ともつかないくぐもった声で、プロフェッサーはその男、ドリアン・グレイを真上から覗き込みながら言った。

 

「ほはへははへは!?」

 

<私が何者かなど、どうでも良い事でしょう? どのみち、あなたが知った所で、誰に語る事も出来ないのだし>

 

「ははひほほうふふふほりは!?」

 

<うん? まぁ、自分がこれからどうなるのかぐらいは、知っておいても良いか>

 

 プロフェッサーはそう言うと、ドリアンが拘束されているベッドのすぐ傍らの台に置いてあった一枚の肖像画を手に取ると、彼に見えるようにかざす。

 

 ドリアンの顔がさっと青ざめた。

 

 肖像画に描かれていたのは、品性の下劣さが滲み出たように醜悪な笑みを浮かべた、醜い容貌の男だった。

 

 顔にはシミや皺があちこちに刻まれていて、真っ白になった髪は抜け落ちて薄くなって、中途半端に残っているのが余計に見苦しさを強調していた。

 

 幽霊通りやスラムの浮浪者と言われても少しの違和感も無いような男だったが、しかし身に付けている衣装はパリッとした一点物である事が絵でありながも分かって、ミスマッチさを感じさせた。

 

<この絵は、今から20年以上前……あなたが本当に二十歳ぐらいの頃に描かれたものらしいわね?>

 

 そう言ったプロフェッサーが視線を落とす。ベッドに括り付けられているドリアンは、どう見ても二十歳そこそこ、どんなに若作りであろうと三十路には至っていない絶頂の美しさを持つ青年にしか見えない。

 

<そしてあなたは『自分の代わりにこの肖像画が年を取れば良いのに』と願い……何の偶然か作為か……本当にあなたは年を取らなくなって、代わりにこの肖像画の方が老いるようになった……>

 

「はんへほへほ!?」

 

<意志によらず口を割らせる方法など、いくらでもある>

 

 プロフェッサーはそう言って、既に使用した注射器をドリアンに見せた。先端から出た薬液が、針をつうと伝った。

 

<……まだまだ世界には、科学では説明の付かない事が多くある……実に興味深い……>

 

 プロフェッサーは注射器をメスに持ち替えると、ドリアンの頬に研がれた刃を走らせた。

 

 本来ならすっぱりと切られたそこから傷が開いて血が流れ出る筈なのだが……

 

 しかし付けられた傷は時間が逆行しているかのように塞がって、ものの数秒で痕すらも残らずに消失した。

 

<……>

 

 プロフェッサーが肖像画を振り返ると、ちょうど肖像画の中のドリアンの頬の、同じ部位に傷が描かれていた。この空間にはプロフェッサー以外は身動き出来ないドリアンしかおらず、誰も肖像画に触ってなどいない筈なのにだ。

 

<……不思議だ……是非、このメカニズムを解明したい……解明出来ぬまでも、これは……ギミックが分かれば暗殺にも……>

 

 ターゲットへ立派な肖像画を送りつけて、その後ターゲットと肖像画を褒めちぎって「私の代わりにこの絵が年を取れば良いのに」と祈らせて、そうした後で、絵の胸にナイフを突き刺せば好きなタイミングで、ターゲットがどこに居ても暗殺出来る。

 

 最初は良いアイディアかとも思ったが、いくらなんでも手間が掛かりすぎだし確実性に欠け過ぎるかとプロフェッサーは思い直した。

 

「はへへふへ!! ほへはいは、ほほはらはひへふへ!! はへはらひふはへも!!!!」

 

 涙を流し、失禁しながら訴えかけるドリアンにプロフェッサーはやっと気付いたように振り返った。

 

<止めてくれなんて……おかしな事を言う。こうなる事はあなただって望む所の筈だが?>

 

「へ?」

 

 プロフェッサーの言葉の意味を掴みかねて、ドリアンは間の抜けた声を上げた。

 

<あなたは言っていたよ? 自分の悪徳を償う為に、これからは人の役に立ちたいと。その機会が遂に訪れたのよ>

 

「ひ、ひはい!?」

 

<そう……あなたはこれから、どれほど立派に私の役に立つ事か……この、肖像画に老いや傷を肩代わりさせるギミックが明らかになれば、医療や諜報で無限大の応用が可能になるし……仮にそうでなくとも、生きた健康な肉体を好きなだけ刻んで好きなだけ弄って、好きなだけ打てるなんて……今までやりたくても出来なかった人体実験が沢山あるのでね。この機会に、それを一気にさせてもらおうと思っているのよ>

 

 プロフェッサーの声には、隠しきれない喜色が滲み出ていた。声も明らかに弾んでいる。

 

 この男? いや女かも知れないが……プロフェッサーが自分に何をするつもりかを悟って、半狂乱になったドリアンは体をばたつかせてベッドから逃げようとするが、拘束ベルトはどの一本も軋みすら上げなかった。

 

「はふへへ!! はふへへ!! はふへへ!!」

 

<往生際が悪いな? 大体、あなたはそんな事言える立場じゃないでしょうに。この肖像画を描いた友人を殺すだけでは飽き足らず、悪徳を共有した仲間を使ってその死体を酸で溶かして証拠を隠滅したわね? スパイだって、中々そこまでは……>

 

 くっくっと肩を揺らすと、プロフェッサーは壁に掛けられていたノコギリを手に取った。

 

 ドリアンの目が、飛び出さんばかりに見開かれた。

 

<手始めにこれから始めようか……これから長い付き合いになるのだから。これぐらいで泣いていたら大変よ?>

 

 そっと、ギザギザの刃がドリアンの肩に当てられて……プロフェッサーが思いきり曳こうとして力を込めた、その時だった。

 

 ビーッ、ビーッ!!

 

 チャイムのような音が、部屋に響き渡った。

 

<!>

 

 顔を上げたプロフェッサーは<ちっ>と舌打ちを一つすると、ノコギリを手近の台に置いた。

 

<残念だが、来客のようだ……続きは、また今度に>

 

 プロフェッサーはそう言って、ドリアンに背を向けるとこの部屋から退出していった。

 

「はっへ!! はふへへ!! ほほはらはひへ!! ほへほはふひへ!! ほへはいは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 メイフェア校地下の、プロフェッサーのラボ。

 

 本日この部屋を訪ねてきたアンジェは、慣れた手つきで照明器具のスイッチを押した。

 

 怪物の唸り声のような音が鳴って、部屋が色とりどりの光に満たされる。

 

 きょろきょろと辺りを見渡したアンジェは、程なくして探し人の姿を見付けた。

 

<どうかしたの? アンジェ>

 

 この部屋には所狭しと用途不明の機械が置かれていて、物陰や死角も多い。

 

 無数の影の中から這い出してきたように、真っ黒いローブ姿のプロフェッサーが姿を見せた。

 

<あなた達は、今日は海軍卿の居城から機密書類を盗み出してくる任務に就いていたと聞いていたけど……>

 

「それなら、もう済んだわ」

 

<それは良かった>

 

 プロフェッサーはそう言うと、煎れた紅茶をアンジェに勧める。

 

 アンジェはそれには手を付けようとする素振りも見せなかった。

 

「今回の任務にはもう一つ、別の目的があったの」

 

<ふむ?>

 

 先をどうぞ、と手を振ってプロフェッサーが促す。

 

「海軍卿の下に、先に潜入していた共和国側のスパイの内偵……これも仕事の一つなの。裏切って二重スパイになったりしているリスクは常にあるから」

 

<……では、我々チーム白鳩の動きも、定期的に別のスパイチームに探られている?>

 

「恐らくはね」

 

<へえ……それで?>

 

「結論から言うと、潜入先のスパイ……委員長が王国に通じている証拠は見付からなかったわ。敢えて彼女の下宿の侵入者発見用のトラップに痕跡を残してみたけど、彼女は動かなかった。後ろ暗い所は無かったと、私達は判断してコントロールにもそう報告したわ」

 

<それは良かったわね。お友達が二重スパイでなくて>

 

「違うわ、彼女は友達じゃない」

 

<……>

 

「でも、一つ別の事が分かった」

 

 アンジェはポケットからスリングショットを取り出して、思い切りゴムを引っ張った。

 

 これは要するにパチンコだが、材質に金属は使われておらず弾も石。金属でないからプロフェッサーには操れない。そして狙いは、彼女の眉間にぴったり合っている。

 

「プロフェッサー、あなた委員長と繋がっているわね」

 

<どうして気付いたの?>

 

 反射的な早さで、プロフェッサーが尋ねた。この反応には、アンジェが少し意外そうに目を見開く動きを見せた。

 

 少し意外だった。こういう場合、最初は「何を言っているか分からない」ととぼけるものだと思っていたが。

 

<あなたがここへ来て、そんな質問をする時点で確信を得ているのでしょう? 無駄な会話は好きではないわ>

 

「……眼鏡よ」

 

<眼鏡?>

 

 鸚鵡返ししたプロフェッサーに、スリングショットを構えたままでアンジェは頷いた。

 

「委員長は昔からかなり重度の近視で、眼鏡が手放せなかった。けど昨日会った委員長の眼鏡は、輪郭が少しも凹んでいなかった」

 

 近視用の眼鏡は凹レンズが使われていて、レンズ越しに見る輪郭が凹んで見える。だが輪郭に凹みが無かったという事は、そのレンズに度が入っていなかった、つまりはアンジェが普段から使っているような伊達眼鏡であったという事だ。この時代にもコンタクトレンズは発明されているが、しかしそれは度が入っていない物で、視力矯正の為に使われる物はまだどこの諜報機関でも実用化されていない。

 

 にも関わらず、委員長は度が入っていない眼鏡を掛けていてしかし動作や作業に不自由が生じている様子は少しも無かった。つまり視力は人並み以上のものになっているという事になる。

 

 成人している委員長の視力が、ここまで劇的に回復するとは考えにくい。残された可能性は……

 

「人間の視力を回復させるような技術……それを持っているのは一人だけ」

 

<……>

 

 キュイッ、と音を立ててプロフェッサーの両目の義眼がピントを合わせようと動いた。

 

「プロフェッサー、あなたは委員長と接触していたのね……恐らくは私達やプリンセスと接触するよりも前に」

 

<……中途半端な品物をユーザーに提供するのは私の科学者としてのプライドが許さなかったが……それが仇になったか>

 

 しかしそんな僅かな違和感から、そこまで思考を進ませて真実ににじり寄って来るとは。

 

 アンジェの優秀さに感心したように、あるいは観念したようにふう、と息を吐くような動作を見せるとプロフェッサーは天井を仰いだ。

 

<えぇ、その通りよ。彼女と取引してね。彼女のスパイとしての証拠を闇に葬る代わりに私の義眼の安全性を実証する為の、検体になってもらったのよ>

 

 あまりにもあっさりと、プロフェッサーは認めた。

 

<それで? お友達のスパイ……委員長は二重スパイではなかった。そして彼女は私と繋がりがあった。事実はそこまで。それでアンジェ、あなたはどうしてそんな物騒な物を私に向けているのかしら?>

 

「あなたの本心が聞きたいの」

 

<本心? それは前に話した筈。プリンセスにお仕えし、彼女に女王になってもらって、この国を変える……その言葉に偽りは無いわ>

 

「……それは信じても良いけど……でも、あなたは危険過ぎる。例え暴発する可能性が1パーセントだとしても、いつ弾けるか分からない爆弾を手元に置いておく習慣は、黒蜥蜴星には無いの」

 

<だから? 私を殺そうと? ふむ……>

 

 空気清浄機を作動させて、プロフェッサーはガスマスクを外した。

 

 血色が悪い肌が露わになって、色素が抜けかけた髪がさらりと流れる。

 

「困ったわね。どうしたら信用してもらえるのかしら? 二足の草鞋を履いてはいるが私の本分はスパイでなく科学者……あなた達と違って嘘は吐かないわ」

 

「その代わり、本当の事も言わない?」

 

「……!!」

 

 心中で呟いていたのと同じ台詞がアンジェの口から出て、僅かにプロフェッサーが口ごもった。

 

「私も、遊びや冗談でこんな事をしている訳じゃないわ。プロフェッサー、あなたは侯爵家の令嬢。今のままでも十分に裕福な暮らしが営める筈。それがどうして、プリンセスに協力してこの国と、この世界を変えたいと願うのか……納得した理由が聞きたいの」

 

「で……納得が行かなかったら、私を殺すと……」

 

 腰掛けていた椅子から立ち上がってプロフェッサーはふらふらと歩き出す。アンジェが手にするスリングショットの照準は、プロフェッサーの胸にぴったりと合って動いていた。

 

「……プリンセスには一度お話しした事があるけど……そうねアンジェ、あなたになら話しても良いわ」

 

「……」

 

「ただし」

 

 プロフェッサーの口角の左端が、アンバランスに吊り上がった。

 

「あなたとプリンセスの秘密を教えてくれたのなら」

 

「……!!」

 

 アンジェの表情は動かなかったが、スリングショットの石を握る手に力が入って強くゴムを引き絞ったのが分かった。

 

「何を……」

 

「とぼけなくても良いわ。前のオライリー卿の張り込みの時もそうだったけど……あなた、プリンセスのお願いだけは聞いてしまうわね。他の人の頼みは、嘘を吐いて飄々とかわしてしまうのに。あなたの台詞じゃないけど……あなたの本心が聞きたいの。ただ同じ顔で頼まれると断りづらいとか……そんな理由ではイマイチ納得出来ないのでね」

 

「……」

 

 アンジェは無言で、しかしすぐにスリングショットを発射する気配は無い。

 

 気まずい沈黙の時間が続いて……先に発言したのはプロフェッサーだった。

 

「……アンジェ。私が信用出来ないのは仕方が無いでしょうね。でも……ここはプリンセスの為という事で了承してもらえないかしら?」

 

「……プリンセスの?」

 

「今、プリンセスが参加しているのは自分の立場も命も全てベットした一点賭けのレース。このレース、負ければ後も次も無い。勝つしかない」

 

 それはアンジェも認める所である。

 

 王国のプリンセスが共和国のスパイだなどと、バレたらあらゆる意味でプリンセスは終わる。そしてスパイなど長生き出来る仕事でない事は、アンジェも知っている。

 

 つまりは勝って女王になるか負けて破滅するか。プリンセスにはその二つしか無いのだ。

 

「そしてプリンセスが勝つ為には、私の力が必要だと思うけど?」

 

「……」

 

 それはアンジェも認める所だった。プロフェッサーの科学技術は、王国にも共和国にも無い独自のもの。これは特定の派閥を持たないプリンセスにとって、大変な武器になる。共和国側からの支援を抜きにすれば、プリンセスにとってプロフェッサーは懐刀。唯一にして最大の切り札と言えるだろう。

 

 いよいよ追い詰められた時にも、それを交換条件として助命ぐらいは受け入れられるかも知れない。

 

 明晰な頭脳で様々な要素を秤に掛けて、そしてアンジェは。

 

「……」

 

 構えを解くと、スリングショットをポケットに仕舞った。

 

 どうやら、ひとまずは敵意が無くなったようだ。勝ち誇ったように、プロフェッサーはにやっと笑った。

 

「今回は、判断は保留としておくわ。でも忘れないで。もしあなたがプリンセスの為にならないと思ったのなら、その時は」

 

「恐ろしいわね。ならば精々、私も普段の行動には気を付けるとしましょう」

 

 そう言ってプロフェッサーは、再びガスマスクを装着すると影の中に消えていった。

 

 アンジェもまた、地上へと続く出口からラボを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 三日後、Lの後任としてコントロールのリーダーに就任したジェネラルからアンジェとドロシーに、プリンセスの抹殺命令が出された。

 


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