プリンセス・プリンシパル PROFESSOR(完結)   作:ファルメール

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第17話 プロフェッサー暗躍

 

 ロンドン町中の寂れた洗濯工場。

 

 夜中で人気の無くなったそこに、チーム白鳩のメンバーが集まっていた。勿論、プロフェッサーも居る。

 

 現在、チーム白鳩は昨今のタブロイド紙を騒がせている怪人『毒ガスジャック』を捕獲もしくは暗殺する任務に従事していた。毒ガスジャックは共和国寄りの要人ばかりを狙う神出鬼没の殺人犯で、しかし背後関係は無く単独犯と見られている。

 

 ちせなどは、

 

「そいつを退治すれば良いのだな? 任せろ、毒ガス使いなど物の数では無い」

 

 と、息巻いていた。

 

<……見付けさえすれば、殺すなり捕らえるなりは難しくないが>

 

 プロフェッサーも同意する。そもそも肺病によってマスクを外す事が出来ない彼女にとっては、あらゆる場所の大気が「死」に等しく、彼女はいつもその中で暮らしているのだ。今更毒ガス程度でびくともするものではない。しかし彼女の言葉にはもう一つの意味があった。見付けさえすれば。つまり……

 

 どうやって見付けるか?

 

 その問題がクローズアップされた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 しかし手がかりはあった。

 

 奴に殺された死体の状態から見て、毒ガスジャックが使うのは神経ガス。ジュネーブ条約で製造禁止となった御禁制の品である。

 

 現在では生産もされていないそれを、下手人はどうやって手に入れたのか。

 

 答えは簡単だった。王国広しと言えど、そんな危なげなものを保管しておく場所はそう多くない。

 

 ロンドンの壁の内部にある、軍の貯蔵庫。そこに、条約以前に製造されたガスが眠っている。

 

 そして壁の構造上、貯蔵庫に行くには兵舎を通らねばならないので、犯人はそこを通っても怪しまれない人物、つまりその兵舎の人間である可能性が高い。

 

 そこまでは絞り込めたが、しかしそこからまた新たな問題が浮上してきた。

 

 兵舎の人数はおよそ1200人、しかも男ばかり。構成員全員が女性の彼女達はチーム名は白鳩なのに雪山の鴉以上に目立ちすぎる。

 

 しかしそこでアンジェが発言した。

 

「男は洗濯しない」

 

 この一言で、作戦は決まった。

 

 兵舎の軍服は全てまとめて、外の洗濯工場に出している。検査薬を使ってその中から神経ガスが付着した軍服を見付ければ良いのだ。

 

 こうした経緯から、プリンセスも含めたチーム白鳩のメンバー5人は従業員として洗濯工場に潜入したのだ。

 

 プロフェッサーは今回は待機だった。ガスマスクを装着せねば出歩けない彼女は、どんな設定のカバーを使っても町工場の従業員として働くには無理がありすぎる。

 

 これは至極納得の行く理由であったし、だからこそプロフェッサーはその時間を利用してダニー・マクビーンの面接を行ったりイングウェイ少佐と接触したりもしていたのだ。

 

 そうして潜入から数日が経った日の夜に、グランベル家にプリンセスから「工場を買ってほしい」と電話があったのだ。

 

 取り敢えず話を聞いてからという事で、連絡を受けたプロフェッサーはすぐに件の工場へと向かった。当然かも知れないがそこには、チームが全員揃っていて彼女は一番最後だった。

 

「夜遅くに呼び立ててごめんなさいね、プロフェッサー」

 

<いえ、お呼びとあらばいつ何時であろうと>

 

 一礼した後で、プロフェッサーは任務の進捗状況を確認するが……

 

 どうにも捗っているとは言い難いようだった。

 

 と、言うのもこの洗濯工場の作業効率は著しく付きで悪く、このままでは全ての服をチェックするのに一ヶ月は掛かってしまうペースであるらしい。その原因は、この工場の機械はガタがきており定期的に休ませつつ使わねばならないからだった。

 

<……それで、私がこの工場を買い取ってしまって作業効率の上昇を図れ、という事ですか>

 

「ええ……借金もあるようだけど……それも含めて、お願い出来るかしら?」

 

<お望みとあらば>

 

 少し申し訳なさそうな素振りを見せるプリンセス。一方でプロフェッサーにしてみれば、彼女が自分に対してそのような態度を見せる事自体が心外だった。

 

 プリンセスはもっとそうするのが当然であるように、「そうせよ」と命じてくれれば良いのだ。自分は「そうあれかし」と。その命令を忠実かつ確実に遂行するだろう。ましてプロフェッサーは、プリンセスに対して己という存在そのものを一枚のチップとして賭けているのだ。必要とあらば命さえ差し出す気でいるのに、たかが金如きで何をか言わんやである。グランベル家の財産を丸ごとよこせと言われたとしても、彼女は拒まなかったろう。

 

<…………>

 

 まぁ、それでも自由になる金があまり多くないプリンセスが自腹を切らずに自分を使ってくれる程度には頼りにされているのだと自己完結したプロフェッサーは頭を切り換えて、早速機械を調べる事にした。

 

<……さて……>

 

 すっと、人差し指と中指を立てた右手を内から外へと動かす。

 

 するとプロフェッサーの指先と見えない糸で繋がっているように機械の蓋が開いて中の構造が見えるようになった。

 

 プロフェッサーは手招きしてベアトリスを呼び寄せると、二人で内部を覗き込む。そして、

 

<……うわぁ>

 

「えぇ……」

 

 二人は揃って、呆れ声を上げた。

 

<何だ、これは……>

 

 頭痛を感じているように、プロフェッサーはマスクの額を義手の指で叩く。カンカン、と冷たい音が鳴った。

 

「どうなっているのだ?」

 

 機械については門外漢のちせが、少し戸惑ったように尋ねてくる。

 

 プロフェッサーは紅い光を放つ視線を向けてベアトリスに説明するように促した。

 

「グリスの差し過ぎで、しかもそのグリスが埃と絡まって固まってしまってるんです。これじゃあ、まともに動かないのは当たり前ですよ」

 

<この分では……>

 

 プロフェッサーは手を伸ばすと、磁場を使って備え付けのアイロンを引き寄せた。

 

 宙を飛んで彼女の手に収まったアイロンは、そのまま磁力によってバラバラに分解されて部品の一つ一つが空間に浮遊する。プロフェッサーはそれらの部品を順番に自分の目の前に動かして吟味していたが十数秒もすると、

 

<やはりか>

 

 予想通りという風に、吸気口から呼吸音とは別に溜息が漏れた。

 

「どうなっているのだ?」

 

<掃除が一度も行われていないのだろうな。あちこちに埃が溜まってしまっている。ここまで酷いと、埃に引火して発火したりする危険があるが……火事などは無かったの?>

 

「う……うむ……」

 

 どこか歯切れ悪く、応答するちせ。プロフェッサーはこの反応で、おおよその内情を察した。

 

<まぁ、火傷のけが人は出ても工場が丸焼けにならなかったのは、不幸中の幸いと言えるか……>

 

「事故は無くなるのか?」

 

「はい、古くなった部品を取り替えれば大丈夫です」

 

<分解清掃も必要になるが、問題無い。全て、天才である私に任せて>

 

「そうか……」

 

 ちせが、安心したように大きく息を吐いた。

 

「機械の配置も良くない。導線が複雑すぎる。作業の順番に並べれば、無駄な移動を省ける」

 

「多分、買った順番に入れていったんでしょうね……」

 

「重そうですしね……」

 

「重さならゼロに出来る」

 

「ようし、ならついでに道具の配置も変えるか!!」

 

「字が読めない人も居るから、機械の扱いは絵を使って説明しよう」

 

 アンジェやドロシーも、それぞれの意見で作業効率の改善案を打ち出している。

 

<では、工場を買い取る金は明日にでも用意するので……アンジェ、ドロシー、効率化計画の打ち合せをしよう。ベアトは必要と思う器具をリストアップして。こちらもすぐに用意させる>

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「そこの有象無象、誰でも良いわ。社長を呼んで頂戴。フランキーが来たって言えば分かるわ」

 

 折良くと言うべきか借金取りがやって来た。

 

「分かってるでしょ社長、返済期限の事」

 

「え、えぇまぁ……」

 

「払えないって言うならこんな場末工場ぶっ潰しちゃうから覚悟しなさい」

 

 今ひとつ頼りない社長は、押し出しの強い(借金取りとは常にそういうものだが)フランキーに押されっぱなしである。ここで社長も開き直って「今月の仕事が終われば金が入ってきて利息は返せる」とでも言い返せればまだ良かったのだが、残念ながらそこまでの器量は彼に無いようだった。

 

「この工場、なくなっちゃうの?」

 

「だからあの社長に経営は無理だって言ったのよ」

 

 社長室の前に詰め掛けた従業員の少女達も、それぞれ不安を口にしている。

 

 と、プリンセスが社長室に入室した。

 

「お取り込み中失礼します」

 

「何よあんた」

 

「この工場、私が買い取ります」

 

 いきなり出たその言葉に、社長もフランキーも一瞬目が点になった。

 

 しかし、すぐにフランキーが調子を取り戻して詰め寄ってくる。

 

「何よあんた、こっちは真面目な話をしているのよ。娘っ子は引っ込んで……」

 

 フランキーがそう言い掛けた所で、プリンセスはにっこり笑うと軽く拍手を二度打った。

 

 シュコーッ……シュコーッ……

 

 独特の呼吸音が響いてきて……

 

 プロフェッサーが部屋に入ってきた。

 

 今度は先程以上に全員が固まった。

 

 今のプロフェッサーの姿は、真っ黒いローブに全身を包んで顔にはガスマスクという普段着と言うにはあまりの異装。ぶっちゃけ怪人である。

 

 通路を歩いてきた所を見た少女達も、あんぐりと口を開けて固まってしまっている。

 

<……>

 

 プロフェッサーは何も言わず、手にしていたケースを中身が社長やフランキーに見えるように開く。

 

 思わず、息を呑む音が部屋に響いた。

 

 ケースの中には、ポンド紙幣がぎっしりと詰まっていたからである。この工場の借金がどれほどあるかは不明だが、それでも工場を買い取って借金も丸ごと返済して余りあるだろう。

 

「ほ、本当に工場を買い取ってくれるんですか?」

 

 縋るような口調と目線で、社長が尋ねてくる。プリンセスはもう一度、にっこりと笑って頷いた。

 

「はい、買い取ります。借金もこちら持ちで返済します」

 

「ちょっとあんた、でまかせ言うんじゃ無いわよ、女のくせに何様のつもりいたーい、痛いの!!」

 

 苛立ち紛れに手を伸ばしたフランキーだったが、途中からは悲鳴が取って代わった。いつの間にかプリンセスのすぐ隣まで来ていたアンジェに、手首を掴まれて腕を捻り上げられたからだ。

 

「女に手ぇ上げてんじゃねぇぞクソが!!」

 

 アンジェはそのまま、東洋のブジュツ・合気道を彷彿とさせる投げでフランキーを背中から床に叩き落とした。

 

<……>

 

 プロフェッサーはそれを見て、誰にも気付かれないよう腰のベルトにぶら下げている電光剣に伸ばしていた手を引っ込めた。

 

「ケツの穴の小せぇ事言ってんじゃねぇよ!! この女が買うって言ってんだ!! 黙って売りやがれ!!」

 

「やだもう……」

 

<……>

 

 少しだけ戸惑ったように、プロフェッサーはアンジェに顔を向けた。

 

<アンジェ、そのカバーは一体何だ?>

 

「先日母親が病気で倒れた為、心を入れ替えて働く事にしたが素行は隠せない不良娘……今回の任務には最適なカバーよ」

 

<あ、そう……>

 

 プロフェッサーはそれ以上問い詰める事はせずにしゃがみ込むと、未だに床に転がっているままのフランキーと目線を合わせた。

 

<では、金額などの交渉事は私に任されている……場所を変えて、話をしよう>

 

 そう言ったプロフェッサーは、背後のプリンセスを振り返る。プリンセスは頷いて返した。これは「任せます」という意味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、フランキーの事務所に通されたプロフェッサー。

 

 来客用のソファーにどっかりと腰を下ろすと、手にしていたケースをフランキーのデスクに置いた。

 

「お、おほっ……」

 

 金を出さない相手にはとことん高圧的に、逆に金を出してくれる相手にはとことん下手に出るのが金貸しである。プリンセスが借金まみれで倒産寸前の工場を買い取るという意志が本気で、プロフェッサーが金を出してくれる事が分かると、もう彼女を邪険に扱う理由は存在しなかった。

 

 それに工場を潰すというのは社長をもっと追い込む為の脅し文句で、実際には今回は利息分だけでも搾り取れれば上出来と思っていた(勿論、それでも支払いが滞るようなら本当に潰していただろうが)だけに、元金纏めて一括払いでポンと支払ってくれるなど考えてみれば棚からぼた餅である。

 

 フランキーは喜色を顔全面に出して、ケースの中の札束を確認していく。

 

 10分後、抵当に入っていた工場の代金と借金を合計した金額を受け取って、領収書をプロフェッサーに手渡した。

 

「今後ともご贔屓に……融資の際は是非弊社にご相談を……」

 

<……>

 

 プロフェッサーは無言で受け取った領収書を懐に仕舞うと、そっと手を差し出した。

 

「……?」

 

 この動作の意図をフランキーは掴みかねたが、契約が完了された事を確かめる握手のつもりなのだろうと彼も手を差し出す。

 

 だが、違っていた。

 

 じゃららららっ……

 

 プロフェッサーのローブの袖口から、光り輝くきらびやかなネックレスやブレスレットがこぼれ落ちたのだ。

 

「!! う、うおおおおおっ……!!」

 

 一瞬見ただけで、フランキーにはこれが宝石店では数十万ポンド単位で取引される代物であると見抜いた。

 

 落として傷でも付けたら一大事と、彼は今までの人生の中で初めてと思う程に素早く動いて、落下するアクセサリーを空中でキャッチした。

 

「ふ、ふうーーーーっ……」

 

 どれ一つとして床にぶつからなかったのを確かめると、大きく息を吐いたフランキーの全身からどぼっと脂汗が噴き出てきた。

 

 安心した所で、ともすればこんな超高級品を傷物にしかねなかった暴挙に及んだプロフェッサーを睨み付けた。

 

「ちょ、ちょっとあんた何考えてんのよ!! こんなの落として傷でも付けたら……!!」

 

<融資……と言うのは違うわね。寧ろその逆。私はこの会社……いや、あなた達丸ごと買い取りたい。そのアクセサリーは前金よ>

 

 プロフェッサーは、抗議はバッサリと無視して話を進め始める。

 

「買う? 私達を……?」

 

<えぇ>

 

 プロフェッサーは頷くと、窓枠にそっと指を這わせる。

 

 埃が溜まっていて、指の動いた軌跡だけに線が引かれた。

 

<これは双方にメリットのある話なのよ。もし私の話に乗るなら、こんな薄汚い事務所でしがない金貸しなどでくすぶっている必要は無い。ゆくゆくはこの町の顔役に上り詰めて、もっと贅沢な暮らしを送れる身分になれる事を約束するわ>

 

「……ほ、本気で言ってるの?」

 

<勿論、本気よ>

 

 フランキーとて、現状に不満を抱いていなかった訳ではないのだろう。プロフェッサーの言葉は、確実に彼の欲望や野心をくすぐったようだ。

 

「わ、分かったわ。それで、私は何をすれば良いの?」

 

<……>

 

 ソファーに腰掛けたプロフェッサーは一拍置くと、足を組んだ。

 

 そして次に彼女の口から出た言葉に、フランキーはバック転しながらひっくり返る事になった。

 

<『楊貴妃』を『殺し』たいの>

 

「ひ、ひぃぃいやぁあぁぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げ、青ざめて冷や汗だらけになったフランキーは、がたがた震えながら正気を疑うような目でプロフェッサーを見てくる。

 

「あ、あんたそれ……本気で言ってるの?!」

 

<勿論、本気よ>

 

 『楊貴妃』。それが意味する所は。

 


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