鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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2019年、新年あけましておめでとうございます!
芽茂カキコです。

USBデータの破損から始まり、退職等々ですっかり執筆が遅れておりますこと、申し訳ないです。
この度再就職のメドがついたので、これから次話残りの執筆を再開します。

ついては完成しております次話前半のみとなりますが、以下順次投稿します。



7-1.生まれる嫉心

 

 

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【機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ二次創作】

【鉄と血のランペイジ 仮想1.5期 前回までのあらすじ】

 

 

 クーデリアを地球へと送り届ける。鉄華団としての初仕事を成功させ、その実力やテイワズ傘下企業としての看板を背景に順調に成長しつつある〝鉄華団〟。

〝ガンダムラーム〟と共に鉄華団へ加わった蒼月駆留は、地球経済圏・アーブラウに依頼された仕事のため、実働三番隊を率いて地球へと向かうが………ブルック・カバヤン率いる〝ネオ・ブルワーズ〟、そしてフォーリス・ステンジャ率いるギャラルホルン艦隊の攻撃を受ける。

 

圧倒的不利な戦況。しかしカケルの機転と実働三番隊の実力によってギャラルホルン・海賊連合艦隊は撃破。1期で共に戦ったクランクらの救援もあり、カケルたちは無事、地球への活路を開くことに成功した。

 

 

 一方、鉄華団火星本部では…

 

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▽△▽―――――▽△▽

 

「………もうすぐ夜明けだね」

 

 小高い断崖の上。三日月とオルガが見下ろすのは、どこまでも続くような広大な農園の光景。その中にポツンと「ばあちゃん」こと桜・プレッツェルと、クッキー、クラッカーが暮らす家と倉庫が立ち並んでいる。

 

 つい数ヶ月前まで、この光景の半分近くはまだ未開拓で、火星の赤茶けた大地を剥き出しにしていた。それを、鉄華団の団員たちが力を合わせ、機械も集めて開拓し、桜農園は今までの2倍以上の規模にまで膨れ上がったのだ。当然、その分農園が手にする金も増える。

 

 今までの民間警備の仕事と、そして火星ハーフメタル採掘事業と並び、農業事業でも着実に鉄華団はその存在感を示そうとしていた。

 オルガもまた、三日月と同じく眼下の光景に視線を落としつつ、

 

「いよいよ歳星へ出発だ。そこでテイワズと杯を交わしゃあ、俺らはいよいよ名瀬の兄貴と肩を並べることになる。………テイワズの直系団体だ」

 

 スラムのガキ、宇宙ネズミと蔑まれ、大人の都合でいいように扱われてきた子供たちの集まり。それがCGS参番組であり、今までの鉄華団だった。

 これからは、もう違う。今までの境遇を一変させるチャンスをオルガたちは得たのだ。

 

「この規模の農場だけじゃ、まだまだ金は足りねぇよ。鉄華団に入りてぇって居場所のねぇヤツらもわんさと集まってくるからな。いつかは、まっとうな商売だけでやっていく」

 

 ここからでは見えないが、【SAKURA FARM】の看板の上には鉄華団のエンブレムが描かれている。いつかは、モビルスーツや戦艦でドカドカ撃ちあうような荒事からは足を洗い、農園や火星ハーフメタル鉱山、他にも戦争とは無縁の商売だけでしっかり食っていく。オルガや三日月のような、戦う以外行き場の無い連中の食い扶持として。

 

―――――そのためにも、最短で行く。オルガの言葉に、三日月は頷いた。オルガが目指す道は三日月が目指す道でもある。たとえ右目、右腕が使い物にならなくなったとしても、三日月の決意、それに覚悟はいささかも揺るがない。

 

「どうせ止まれねぇなら、なりふり構っちゃいられねぇ。まごついてる暇なんかねんだ。………ビスケットに聞かれちまったら止められるだろうな」

「止めないよ」

 

 その時、背後から飛び込んできた聞き慣れた声。オルガと三日月は振り返る。

 ここまで続く、緩やかな坂道をビスケットが上ってくる所だった。

 

「よぉビスケット。もう行けそうか?」

「うん。後は俺たちが出発するだけだよ」

 

 そう言うとビスケットは、オルガと三日月に並んで、どこまでも続くような農園の景色を見やった。地平線の果てが、わずかに白み始めている。

 

「………ここまで、来たんだね」

「ああ。危ない橋もだいぶ渡ったがな」

「それでも皆、オルガについてきた。俺も一緒だよ。オルガが目指す道は、俺の目指す道でもあるんだ。………まあ、少しはこっちの話も聞いてもらいたいけど」

 

「そうだな。俺一人で突っ走って谷底に真っ逆さまなんてなったら、目も当てられねえもんな」

 

 そういうこと。とビスケットは表情を緩めてみせる。オルガや三日月も。

 

 

「オルガが止まらない限り、俺も止まらない」

 

 

 三日月は、真っ直ぐ夜明け前の空を見ていた。その瞳の強さはいつも変わらない。真っ直ぐで、濁りが無い。

 

「これまでも、これからもね」

 

 変わらねえな、ミカは。とオルガは微笑し、そして朝日が差し込み始めた空に自然と姿勢を改めた。

 

 

「………朝だ」

 

 

 まばゆい陽の光が、薄暗かった夜空を取り払っていく光景はいつ見ても不思議な、目を惹きつける感覚をオルガ達に与えてくれる。

 それが〝美しい〟という感性であることを、オルガや三日月はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 蒔苗老がアーブラウの代表になり、火星ハーフメタルの規制解放、そしてギャラルホルンの根深い腐敗が暴かれたことで、世界は少しだけ、しかし確実に変わり始めていた。

 その変化を歓迎する者もいれば、そうでない者もいる。

 

「………けっ。親父も耄碌したモンだぜ。よりによってガキの集まりをテイワズ直系組織に入れちまうなんてよ」

 

 テイワズ本部である惑星間巡航船〝歳星〟。

 その内部にある、JPTトラスト代表邸宅。マクマード・バリストンの居城たるテイワズ代表邸に次ぐ敷地面積を誇り、その屋敷も壮大だ。

 

 石造りの上品な居間で、一杯ですら庶民には手が届かないであろう高級酒を安酒のように呷るのは―――――この屋敷の主、JPTトラスト代表にしてテイワズの実質的ナンバー2たる男、ジャスレイ・ドノミコルス。

 

 ソファにふんぞり返る彼の向こう側には、瀟洒な椅子に腰を下ろしたジャスレイ直属の部下たちが、同じ酒を振る舞われている。

 部下たちは高級酒に手を付けることもなく、

 

「まあ、いつもの親父の道楽ですよ。年寄りの暇つぶしみたいなもんでしょ? 実質テイワズはジャスレイの叔父貴が回してるようなモンだし」

「気にするこたァありませんよ。いくら名瀬でも弟分の組織一つを直系にしたからって、後継者争いなんてできやしませんって」

 

「当たり前だ。あんな女を囲いまくった優男にテイワズを好きにさせてたまるかよ」

 

 苛立たし気にジャスレイはグラスを荒々しく置き、窓の外の光景に目を向けた。

 

「だが、どうにも気に入らねえ。嫌な予感がビンビンしやがるぜ………」

 

「まさか名瀬の奴が叔父貴に喧嘩を売るなんて………」

「そんな訳あるかよ。叔父貴と名瀬のタービンズじゃ、そもそも規模が違いすぎるだろうが」

「だが鉄華団ってのは、あのギャラルホルンに一発ぶちかましたって組織らしいぜ。ホントがどうかは知らねえが」

 

 

 口々に言い合う取り巻き達には目もくれず、ジャスレイは暫し外の光景を見、思案にふけった。

 現テイワズ代表、マクマード・バリストンは、じきに代表の座を退くとされている。そしてその後継者として誰もが、テイワズのナンバー2たるジャスレイにもたらされるものと考えている。ほとんど決定事項だと言っていい。

 にも関わらず〝親父〟マクマードは、何かと名瀬を気に入り始め、そしてその弟分である鉄華団を直系組織として迎えるとまで言い出した。だが後釜を挿げ替えるにしては名瀬は役者不足だ。

そこから導き出される結論は一つ。

 

 

 

「………〝院政〟だろうなァ」

 

 ジャスレイの一言に、取り巻き達の視線が一斉にジャスレイの方を向いた。

 

「い、院政って………ボスの座を退いても何だかんだ口出して実権を手放さないこと、でしたよね?」

「その窓口としてタービンズ、それに鉄華団。急成長中の組織を可愛がっておくことで後々の影響力を確保したいんだろうよ。………ったく、タヌキみたいな真似しやがるぜ」

「ど、どうするんです親父? もうしそうなら………」

 

 

 決まってるだろうが。ジャスレイは立ち上がり、驚いた取り巻き達を睥睨した。

 

 

「やられる前にやるまでよ。それも、俺の影が気づかれないようにな。………例の奴らに連絡を取れ」

「例の奴らって………まさか圏外圏最強って傭兵の!?」

「一人でも報酬は最低1億ギャラーは下らないっていう………」

 

「ああ。それを丸々3人雇ってやる。先約があればこっちで手を回してやるからよォ―――――ベルナッツ、グドシー、ロプキンズ、3人耳揃えて集めて来いやァ!!」

 

 

 へ、へい! と弾かれたように、取り巻き達は大慌てでジャスレイ邸を飛び出していく。圏外圏でもトップクラスと言われる彼らは、当然依頼人の秘密を守る。それでいてジャスレイ・ドノミコルスの名前を出せば、何にも優先してこちらの依頼を受けるに違いない。

 

「………まあ、明日の式典にゃ間に合わねえだろうが。おいたをする悪ガキにゃあしっかりお灸を据えてやらねえと、なァ?」

 

 

 ジャスレイは一気に、グラスに残っていた高級酒を呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 数日後。

 惑星間巡航船・テイワズ本部〝歳星〟。

 

 テイワズの催事の中でも、特に重要な行事にしか使われない畳敷きの大会場にて。マクマード・バリストン、ジャスレイ・ドノミコルスらテイワズの重鎮。さらには名瀬・タービンらテイワズ直系組織の幹部が畳の上に座して並ぶ。その衣装は黒い和装、袴羽織で統一されており、此度行われるこの行事の重要性を改めて認識させる。

 

 正面の壁に掛けられているのは、テイワズ、そして鉄華団のエンブレムが描かれた垂れ幕。

 

 ジャスレイ、名瀬らの向こう側に位置する先頭の一角に、鉄華団の面々――――ユージンやビスケット、三日月、メリビットが。向かいに並ぶテイワズ幹部ら同様に袴羽織を着、この儀式に臨む。

 テイワズと鉄華団。垂れ幕のエンブレムが見下ろす中、マクマード・バリストンとオルガ・イツカが親子の盃を交わすこの儀式に。

 

 式自体は厳粛かつ静粛の中で執り行われた。仲人によって盃に注がれた御酒を、まずマクマードが、次いでオルガが残った半分を、力強く一気に飲み干す。

 

 

 かくて、テイワズと鉄華団は正式に親子分となり、鉄華団はテイワズ直系組織としてその地位を認められることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~、疲れた~」

「あ、ダメだよユージン! そんな座り方したらシワになっちゃうよ!」

「うへえ~」

 

 親子盃の儀が終わり、ようやく控え室に戻った途端ユージンがげんなりしたようにソファに身を投げ出す。慌ててアトラが立ち上がらせようとしたが、すっかりダラけきったユージンはテコでも動かない構えだ。

 一方、静々と戻ってきたメリビットは長時間の儀式などものともしない様子で、

 

「いけませんよ、副団長。これからはこういう行事を毎週何度もこなさないといけないんですから」

「げ。マジかよ………」

「夜には祝宴がありますし、近々には圏外圏の著名企業を集めた園遊会も。年末年始にはテイワズの繁栄を祈念する儀式がありますし、他にも………」

 

 ぬあー! 聞きたくねー! とユージンは袴のままソファに寝転んでしまい、「せめて上だけでも脱いでっ!」とアトラとひと悶着起こすこととなった。

 木星圏の開発を担うコングロマリット(企業複合体)、テイワズ。複数の企業体が寄り合い、代表の下でまとまった組織ではあるが、その運営を円滑に進めるために企業間、幹部間の交流は欠かせない。結果、企業主催のパーティやら儀式、贈答等、行事の煩雑化は自然の流れだった。

 

「団長さんとビスケットさんはエントランスでテイワズ幹部の方々をお見送りしているんですよ? 副団長という肩書なんですから。さ、ユージンさんも」

「ちょっと休ませて………」

「後にしなさい!」

 

 

 

 ユージンが控え室で駄々をこねまくっているその頃―――――

 

 

「この度はご参列いただき、誠にありがとうございました」

「うむ。これからの活躍を期待しているよ。頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます。精一杯、務めさせていただきます」

 

 オルガは一礼し、テイワズ幹部……エウロ・エレクトロニクス系の関連会社社長であるその中年の男は、会場のエントランスからゆっくり歩き去った。

 会場を後にするテイワズ幹部らの見送りだ。一言二言申し添えて一礼するオルガやビスケットらに、中には無視するか露骨な悪態を見せる者もいたが、おおよそ平穏に幹部らは会場を後にしていった。

 

 

「………今ので最後か?」

「名瀬さんと、まだ何人か残ってるみたいだけど、とりあえず一息付けそうだよ。お疲れ様、オルガ」

「ああ。この後も祝宴やら何やらあるからな。まだまだ気は抜けねえよ」

 

 

 見れば、三日月が遠くにあるソファに腰を落ち着かせて、袴のポケットにまで忍び込ませていた火星ヤシを口に運んでいる。他の連中は、控え室に戻ったらしく、広いエントランスにオルガとビスケット、三日月の3人だけが残されていた。

 

 と、

 

「よぉ。これでお前らも晴れて正式なテイワズの一員だな」

 

 和装を着こなした名瀬と、その隣にアミダが。「兄貴」とオルガは早速居ずまいを正して、

 

「今回の盃、兄貴の進言のお陰だと聞いています。本当に、恩に着ます」

「なーに言ってやがる。お前らがキッチリ仕事を果たした時点で、親父はもうその気だったみたいだぜ?」

「何にしても、ホント、よくやってくれたよ」

 

「ラフタさん、アジーさん、タービンズの方々にも本当にお世話になりました。何から何まで」

「鉄華団がここまで来れたのもタービンズの皆さんのお陰です」

 

 オルガとビスケットが深々と頭を下げる。「よせよ。こそばゆいなァ」と名瀬は笑ってみせた。

 

「………ああ、所でな。今夜の祝宴会なんだが」

「はい。親父も来ていただけるとか」

「の予定だったんだがなぁ、ちょっと会計関係で緊急会合を開くことになったらしくてな。親父は来れねぇそうだ」

 

 そうですか、とオルガは応えただけで、他に特に反応することは無かった。宴会よりもテイワズの事業の方が重要であることはオルガでも当然理解できる。盃が交わされた以上、その後の祝宴会が特に重要だとはオルガも思わなかった。

 

「ま、代わりと言っちゃ何だが、俺とアミダ、ラフタとアジーに他何人か連れてきてやるからな」

「はい! 姐さん方をしっかりもてなすようウチの連中にはよく言っておくんで」

「おいおいおい。主役はてめーらだぜぇ? そこんとこ間違えんなよな」

「けど………」

 

 

 とその時、「おうおう仲がいいこって」と幾分かの侮蔑を含んだ声が名瀬の背後から飛び込んできた。

 現れたのは、袴から着替えたのか、仕立てのいいイエローゴールドのコートとスーツに身を包んだ、中年の男だ。

 

 その視線がオルガを捉えた時、こちらを見下すような感情を含んでいることをオルガは見逃さなかった。今まで、マルバやCGSの一軍連中が同じ目でオルガ達を見てきたからだ。同じ雰囲気を纏っている。

 

「………あァ、オルガ。知っているとは思うがコイツはJPTトラスト代表のジャスレイ・ドノミコルス氏だ」

「知っています。今日は参列いただき、ありがとうございま―――――」

 

「けっ。ガキがいっちょ前の真似してんじゃねえよ。親父の気まぐれだか何だか知らねえが、こっちはいい迷惑だぜ」

 

 まだ子供の集まりに過ぎない、と鉄華団に不快な表情を向けてきたテイワズ幹部たちは先ほど多く見てきたが、このジャスレイという男の態度はその最たるものであった。

 あからさまな敵意、それに侮蔑に名瀬やアミダ、ビスケットも表情を硬くし、遠くのソファに座っていた三日月もおもむろに立ち上がる。

 名瀬はジャスレイの前に進んで、

 

 

「………ジャスレイよぉ。今回の件は鉄華団が火星ハーフメタルってデカいシノギを持ってきたからこそって分かってんのか?」

「クーデリアとかいう女が地球のボンクラ共と交渉して手に入れたんだろ? そこのクソガキ共が獲ってきた訳じゃあねんだよ」

 

 

 その結果に至るまでにクーデリアが、そして鉄華団がどれだけの辛苦を味わったかも知らない様子のジャスレイに、オルガも不快感を隠せない。

 

「………つまり俺らがテイワズ直系組織に加わったのが納得できねえ、と?」

「はっ。親父が決めたことだ。今更俺がどうこう決めることはできねえよ。ただな………ガキなんか直系に入れちまったらよぉ、〝テイワズ直系組織〟って看板の価値が下がっちまうんだわ」

 

 そうだろ? 違うか? あァ? と挑発するように啖呵を切るジャスレイ。見かねた名瀬が「おい」と一歩前に進み出ようとするが、

 

「いいですよ兄貴。言わせておけば」

「オルガ………」

「たった一度の仕事で実力を認められるなんざ、そんな話ありはしませんよ。だからこそ、これから親父にも、アンタにも見せてやるつもりですよ。―――――俺ら鉄華団の実力を」

 

 その鋭い眼光に、ジャスレイは一瞬たじろいだ。

 オルガの眼は、何人もの人間の死を見てきた者の眼だ。そして、何人も殺してきた眼でもある。

 そういった戦争や荒事を〝下々の連中〟に押し付けるだけのジャスレイとは、土壇場の場数が違う。

 

「―――――へ、へっ。お手並み拝見と行こうじゃねえか。折角の盃だ、無駄にしてくれるなよな。それと………帰り道には精々気を付けるんだな。ここは、泣く子も黙る木星圏なんだからよ」

 

 

 それだけ言うとジャスレイは、コートのポケットに手を突っ込んだまま、悠然とその場を後にした。

 残された者たちに、しばし気まずい沈黙が流れる。

 最初にそれを打ち破ったのは「誰? アイツ」という三日月の言葉だった。

 

「オルガに喧嘩売ってる割には全然強そうに見えないけど」

「そりゃ、奴の強みは武力じゃなくて〝財力〟だからな。JPTトラストはテイワズの金融部門を取り仕切ってる。いわば金庫番だ。金が無けりゃ戦争もできねえし、何よりメシも食えない。―――――あの男が次のテイワズ代表と目されている男だ」

 

 応える名瀬に「ふーん」と三日月は何の気無さそうに、また火星ヤシを1個つまんで口の中に放り込んだ。

 一方、ビスケットは表情を暗くし、

 

「反感を買うのは分かってたけど、そんな大物に目をつけられるなんて………」

「それが大人の世界ってもんさ。誰が一番かなんて競い合って、潰し合う。くだらない理由で争って………それで割を食うのは女子供って相場は決まってるのさ」

 

 アミダの言葉は、オルガや三日月、ビスケットにも実感があるものだ。ほんの数ヶ月前まで、大人の都合でいいように使い潰される身だったのだから。

 こうしてテイワズ直系組織に迎え入れられたとしても、あのジャスレイのような男がいる限り根本の境遇を変えることはできないかもしれない。

 

「俺ら鉄華団に、そんな真似はさせませんよ。テイワズ直系組織として筋はキッチリ通すが………仲間は無駄死にさせねぇ」

「〝死に場所は鉄華団の団長として、俺が作る〟………か?」

 

 名瀬のその問いかけは、かつてオルガ自身が名瀬に言ったものだ。鉄華団の団員を、オルガが家族と見出した彼らをCGS参番組の時のように無能な大人の都合で無駄死にさせないために。

 オルガは名瀬の方に向き直り、力強く頷いた。

 

「その決意は変わらないつもりです」

 

 いささかの曇りもないその答え。

 名瀬は、フッと笑みを返した。

 

「分かったよ。それじゃ、俺はお前らの兄貴分として支えてやるまでのことだ」

「兄貴………!」

「んじゃ、お堅い話はここまでにするか。今日の祝宴、楽しみにしとけよ。なにせ、歳星一、木星圏トップクラスの超高級料亭だからな。お前、刺身とか大丈夫なんだっけか?」

「サシミ?」

「生魚の切り身に醤油浸して食うアレだよ。魚料理ならあの店が一番旨いからなぁ」

 

 魚。

 その単語を聞いて真っ先に………三日月が露骨に嫌そうな顔を見せたがちょうどオルガが視界を遮っていて、名瀬がその表情を見ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団とテイワズが親子の盃を交わしたその翌日。

 木星圏の〝歳星〟の航路をトレースするように、1隻のビスコー級民間仕様輸送船が、ややデブリが散乱する宇宙空間を進んでいく。この辺りは海賊も出没しない安定した宙域であるため護衛のモビルスーツはいない。

 

「およそ6時間後に歳星に入港します。クーデリア様には問題なく航行している旨、お伝えください」

「分かりました。引き続きよろしくお願いします」

 

 このビスコー級輸送船の船長に一礼し、女性――――フミタン・アドモスは艦橋を後にした。

 この船を外から見れば、モンターク商会のエンブレムが描かれていることにすぐ気が付くだろう。だが、現在チャーターしているのはアドモス商会だ。

 火星ハーフメタルの採掘・一次加工業によって順調に事業を軌道に乗せつつあるアドモス商会だが、まだ自前の船を持つには至っていない。特に惑星間航行の需要が高まりつつある今、船舶や人員の確保は並大抵の努力や金では足りない。

火星ハーフメタルを地球へと運ぶ輸送船を潤沢に持っているモンターク商会との提携・船舶のチャーターは自然な流れと言えた。

 

 この船の目的は一つ。乗客、クーデリア・藍那・バーンスタインをテイワズ本拠地である惑星間巡航船〝歳星〟へと送り届け、そして火星へと連れ帰ること。

 

 

 

 

 クーデリアは今、用意された客室でテイワズ代表マクマード・バリストンへの報告書データをまとめている所だった。

 と、ドアチャイムが鳴り、クーデリアはふと顔を上げた。この船に乗っているのはクーデリアとわずかな乗組員。それに―――――

 

 扉のロックを解除して開けると、待っていた来客の姿にクーデリアはふと微笑む。

 

「フミタン」

「お嬢様。あと6時間で〝歳星〟に入港いたしますので」

「ええ、分かったわ。よかったら入って頂戴。ちょうどお話したいと思ってたの」

「失礼します」

 

 いつも通りの丁寧な物言いで、フミタンはクーデリアに続いて部屋へ入る。

 モンターク商会が運航するこの船は客室も整っており、寝室やデスクの他にも簡易的な応接ソファも設えられている。

 

 促されたフミタンは一方のソファに腰を下ろし、クーデリアも向かい側へと座った。

 

「ハーフメタルの新規採掘区画のことなんだけど………」

「はい。人員、資材、施設建設、有望な区画の選定。全て事前に終了しております。テイワズ、モンターク商会、鉄華団ハーフメタル社との提携で、どれも滞りなく進んでいるかと」

「ありがとう、フミタン。ここまでスムーズに来れたのもあなたのお陰よ」

 

 いえ、私は………とフミタンは不意に視線を落とした。

 

「………私は、一度は貴方を裏切った人間です。そこまでご信頼されるのは………」

「分かってるわ。でも、フミタン自身が望んでしたことじゃないでしょう?」

「はい。ですが………」

「私はこれから、もっと多くのことを知らなければいけないわ。それに沢山のことをやらなければ。………目的を達成するためなら、ノブリス・ゴルドンとだって今後も関わるつもり」

 

 フミタンは顔を上げる。何を隠そう、そのノブリスこそがフミタンを庇護し、エージェントとして仕立て上げてクーデリアを暗殺しようとした張本人なのだから。クーデリアもそれは既に承知している。

 それでもクーデリアの瞳には、いささかの濁りも迷いもなかった。

 

「私一人では何もできないわ。そのために助けてくれる人が必要なの。フミタン、あなたの力が必要なの。これまでのように、それにこれからも………」

 

 全てを理解した上で、なおも前に進もうとする〝革命の乙女〟。

 その濁りの無い瞳が一時、疎ましく思った時もあったが、今は―――――

 

「あの、ドルトコロニーでのお約束を違えるつもりはありません」

「フミタン………」

「全力でお嬢様をお支えいたします」

 

 見出した〝希望〟の火を消さないために。

 ありがとう、とクーデリアは微笑む。まだ彼女が幼い頃、出会ったばかりと変わらない微笑みで。

 フミタンも、自然と自分も小さく笑みを浮かべていることに気が付いた。

 

 

「あ、そういえばフミタン! 今、歳星には鉄華団も来ているそうなの。だから、もし………」

 

 

 

 

 

 その時、甲高い警報が船内中に響き渡った。

 そして砲弾が着弾する衝撃も。

 

 

 

 

「きゃ………!」

「お嬢様!」

 

 慌ててフミタンが身を乗り出して、クーデリアを支える。

 船内放送のスピーカーが起動した。

 

 

『総員緊急配置! 繰り返す、総員緊急配置! 武装したモビルスーツからの襲撃―――――』

 

 

 さらに直撃の衝撃が船を襲う。

 この船には武装は無い。護衛のモビルスーツも。ここは、テイワズの警備が行き届いた安定した宙域であるはずなのだ。

 それが襲撃されているということは………

 

 クーデリアを守るように抱き支えながら、フミタンは船窓ごし――――迫るモビルスーツの一隊を睨むより他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『………いいぜ! 船のエンジンはぶっ壊した』

『護衛のモビルスーツもいない。楽な仕事だぜ。ホントにこれに〝革命の乙女〟ってのが乗ってんのかよォ?』

『おいおい、これはただの〝餌〟だぜ。本命は例の組織――――〝鉄華団〟だ』

 

 推進装置を破壊され、漂流するビスコー級輸送船。

 それを取り囲むように展開するのは、3機のモビルスーツ〝百錬弐式〟が2機と、長距離強襲型〝百里〟が1機。

 

〝百錬弐式〟はテイワズの〝百錬〟を総合的にアップグレードした、圏外圏で手に入る機体の中ではトップクラスの性能を誇る。だが、これほどの改修機はテイワズに関わりのある警備会社や、テイワズが贔屓にするレベルの優れた傭兵にしか供給されていない。

 長距離強襲型〝百里〟もまた、ノーマルの〝百里〟を圏外圏が持てる限りの技術力を駆使してチューンアップした、ベース機のスペックを大きく凌駕する機体だ。モビルスーツをこれだけ徹底的にカスタマイズできるだけの金・人脈・名声を持つ人間は圏外圏広しと言えども10人もいないだろう。

 

 ベルナッツ、グドシー、ロプキンズ。

 圏外圏でも最高峰に位置すると名高い傭兵が3人。

 

 

『行くぞ。――――狩りの時間だ』

『おうよ』

『ちーとは楽しませてもらわねェとな』

 

 

 彼らは、攻撃した輸送船が完全に航行不能状態となっていることを確認。やがて散開し、漂流するデブリの影へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 




特に問題なければ、次話については1/2にて投稿予定となります。
オリキャラ・オリメカ解説についても次話にて投稿予定です。



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