鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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6-2.

▽△▽―――――▽△▽

 

「………エイハブ・リアクターを動力源として使っている以上、無線の類は一切使えない。これはアンタらでも分かってるね?」

 

 タービンズ独自の地球行き航路を航行する鉄華団の〝カガリビ〟。それにタービンズの〝ローズリップ〟。火星を出発してから既に半日。邪魔者もなく航海は順調そのものだった。今のところは。

 

 俺とチャドは、今後の航行計画について話し合うため〝ローズリップ〟へと訪れていた。出迎えの女性乗組員にブリッジまで案内され、このコンテナ船を取り仕切る片腕義手の女性…キャンベラ・マーフォードに早速今後の航路についてレクチャーされることとなった。ブリッジ壁面にあるディスプレイには、今後の宇宙航路図が表示されている。

 

 キャンベラ船長の先の問いかけに俺とチャドは小さく頷いた。宇宙航海における基礎的な知識だ。

 

「ギャラルホルンが管理する〝アリアドネ〟を目印に、正規航路に依らない独自の航路を組み立てているんですよね? キャンベラさん」

「その通り。話が早くていいね。まぁ、それがウチら輸送業者の仕事だからね。アンタたちはあたしらの指示通りに舵を切ってくれればいいのさ」

 

「お願いします」

 

「ま、安心しな。航路自体には大した難所は無いからね。途中デブリ帯に近づくけど、特に緊急の用事って訳でもないから今回は3日かけて迂回する。………だけどね」

 

 と、キャンベラは声を落として、ディスプレイに映るそのデブリ帯の表示を、コツンとフック型義手の先で突いた。

 

「アンタら、海賊の〝ブルワーズ〟とやり合ったんだろ? なら、非正規航路にはそれを専門に狙う海賊がいることも知ってるね?」

「はい」

「アストンたちも、元はブルワーズのヒューマンデブリだったからな」

 

「………人身売買業者から仕入れたデブリの子供に爆弾巻いて特攻させる、ゲスみたいな連中ばかりさ。モビルスーツを持ってる輩はもっとタチが悪い。つい数日前も、このデブリ帯を突破しようとしたテイワズ直属の船が3隻、消息を絶っている」

 

 船が3隻。ということはそれなりに護衛部隊も充実していたはずだ。

 それがやられたとなると………

 

「それだけの大がかりな海賊がここに潜んでいるということですか?」

 

 俺の問いかけに、キャンベラは軽く両手を挙げた。

 

「そんな情報はいままで無かったんだけどねぇ。ブルワーズも壊滅したって話だし、夜明けの地平線団もこの辺りじゃ見かけないし。………ギャラルホルンが小遣い稼ぎのために海賊紛いのことをしてるって噂もあるけどねぇ」

 

 とにかくも、かなり手強い海賊がこの辺りに控えている可能性があるということだ。

 

 こちらが投入できるモビルスーツは7機。俺の〝ガンダムラーム〟と〝ランドマン・ロディ〟が5機。それにフェニーが持ち込んだ〝百里〟が1機。巨大レールキャノン〝ビッグガン〟も加えて、火力自体は相当なものになる。

 しかし、それでも最盛期には〝ガンダムグシオン〟以下10機以上の〝マン・ロディ〟を抱えていたブルワーズに数で劣る。本格的な海賊に遭遇した場合、練度はともかく数的に不利な状況で戦わなければならない。

 

 

「アタシら〝ローズリップ〟にゃ自衛戦力はないからね。海賊とやり合うってなったらアンタら鉄華団が頼りさ」

「任せてください。全力で〝ローズリップ〟を守ります」

 

 頷く俺とチャドに、「頼もしいね」とキャンベラははにかんで見せた。

 俺は、チャドへと振り返り、

 

「チャドさん」

「ん? 俺?」

「戦闘になったら俺はモビルスーツ隊を指揮します。チャドさんは〝カガリビ〟をお願いします」

 

「お、おう。分かった」

 

 艦については、操艦、管制等を一通りこなせるチャドの方がずっと上手くやれるはずだ。

「決まりだね」と、キャンベラは用が済んだディスプレイをオフラインにし、航路図を表示していた画面は暗転した。

 

「ま、1ヶ月と少しの長旅だからね。お互い仲よくやろうじゃないの」

「はい。よろしくお願いします」

「よ、よろしく頼みます」

 

 俺とチャドはキャンベラの……義手ではない方と握手を交わした。

 それにしても………

 

「あの、キャンベラさん………」

「ん。何だい?」

「この船、義手義足の人が多いように見えるんですけど」

 

〝ローズリップ〟のブリッジを見渡せば―――操舵手は両腕が義手、通信オペレーターは義足。俗に言う五体満足の人間が一人もいない。タービンズの特色として、乗組員は全員女性だ。

 ああ。とキャンベラは自分のフック型義手を軽く挙げて笑って見せた。

 

 

「長期航路の輸送業ってのをやってればね、海賊に事故、フレアによる宇宙線障害………無事に済む奴の方が少ないくらいさ。名瀬が〝タービンズ〟って形でアタシらを守ってくれる前は、女の安全を気にかけてくれる奴なんざ誰もいなかった。腕や足を失えば、もう使い物にならない、義手代も勿体無いって経営者の男どもにお払い箱される運命さ。名瀬やアミダの姐さんはそんなアタシらに手を差し伸べてくれたんだ」

 

 

 圏外圏、特に木星圏で女性の地位が著しく低いのは俺も知っている。長期航路の輸送業者という仕事が女にとって、最悪な終着点の一つだということも。

 

 

「………ここにいるのは、タービンズ以外には行き場の無い女ばかりさ。色々あって男どもから逃げてきた。名瀬って男は大した奴だよ。ウチらみたいな使い捨ての人間も、ちゃんと女として扱ってくれるんだからね」

「俺たち鉄華団も、いわば名瀬さんに拾われた身だと思っています。名瀬さんが兄貴分になってくれたお陰で、仕事ももらって皆食えるようになったんですから」

 

「はは、大きい男なのさ。名瀬・タービンって男はね。女や子供、立場が弱くて搾取されるしかない奴らの拠り所になってくれてる。………変わってるけど、本物の男さ」

 

 

 その後、事務的なやり取りを2、3交わして、俺たちは〝ローズリップ〟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「じゃあ、俺、次の哨戒当番だから」

 

〝カガリビ〟の通路の分かれ道。ビトーやペドロとシミュレーターで訓練していたアストンは、パイロットスーツがあるロッカールームのある方へと足を向けた。基本的に艦の作り、どこに何の部屋があるのかブルワーズも鉄華団も大して変わらない。

 

「ああ。………けどなアストン! 次こそは必ず模擬戦勝ってやるからなっ!」

「………そっちだって2回勝っただろ?」

「2勝4敗で負け越してんだよ!! 戻ってきたらすぐにシミュレーターだからな!」

「ああ、分かった」

 

 

 ビトーがここまで訓練が好きだなんて知らなかった。鉄華団に入ってから、ブルワーズにいた誰もが変わった気がする。物音一つ気づかれれば大人の海賊に殴られたブルワーズとは違い、鉄華団はどこも騒がしくて賑やかだ。自分たちのようなヒューマンデブリの連中も、自然と口数が多くなっている気がする。

 

「じゃあ、気を付けてね。アストン」

「ああ、ペドロ。この宙域はまだ安全だってカケルさんも言ってたからな」

 

 ビトーやペドロと別れ、アストンは床を蹴って無重力空間の通路を進んだ。

 哨戒任務は特に重要な任務だ。ブルワーズでは、商船団を襲う時はまず哨戒のモビルスーツから潰し、パイロットを人質にして混乱させてから船を攻撃する。つまり最初の哨戒でしくじれば海賊相手に後れを取るという訳だ。

 

 哨戒任務は2機の〝ランドマン・ロディ〟で行う。今日組むのはクレスト。ブルワーズでは予備のパイロットだったが、射撃がかなり上手い。哨戒任務の相棒としてビトーやペドロに後れを取る奴ではないと――――――

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 と、何かが通路に浮かんでいるのに気がついたアストンは通路の床に降り立って止まった。

 通路の、また曲がり角から無重力空間で浮かんで漂ってきたのだ。手に取り、「何だこれ?」と思わず首を傾げる。あまり見慣れないモノなので、それがタブレット端末に直接文字を書き込むためのペンだとすぐに気づかなかった。

 今度は別のモノが通路の角から流れてきた。誰かヘマしてコンテナの中身をぶちまけたのか?

 

「おい。どうした―――――」

 

 通路の角を覗き込むと………見えたのは見慣れた鉄華団のジャケットでも、ノーマルスーツでも無かった。クリュセの街や宇宙港で見る、普通の人間の服を着た女……それもアストンよりも年下に見える。小さな女の子だ。

 

「誰だ? ここで何してるんだ?」

「え、えっと………タカキお兄ちゃんとはぐれちゃって………きゃっ!」

「………っと」

 

 女の子は無重力の通路で、なぜかひっくり返っていた。こちらに振り返ったその慣性で、さらにくるくる回転し始めている。アストンは、その子が大事そうに抱えている、チャックが空いたカバンを掴んで、女の子を通路の床に立たせてやった。

 

「あ、ありがとうございますっ………」

「タカキと知り合いなのか?」

 

 女の子はこくり、と頷く。ならタカキに会わせた方がいいだろう。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 アストンは手近な端末に近づいて、通信コマンドを押し込んだ。

 文字、はまだよく分かっていないが、どこを押せばどこに通じるかは知っている。

 ブリッジに通信を繋いだ。あそこなら全体に放送がかけられるし、ブリッジクルーもブルワーズからの馴染みだ。

 

 

「ブリッジ。タカキに会いたいって女がいる。第1ロッカールーム前に来てくれって伝えてくれるか?」

『え!? 女!?』

「小さい子だ」

『………なんだ妹か。分かったよ』

「………何でがっかりした声出してんだよ」

 

 

 よく分からないが、数分後『あー、あー! タカキさん! 妹さんが第1ロッカールーム前っすよー!』という雑な放送が艦内中に流れた。

 

 

「多分、しばらく待ってたらタカキが来ると思う」

「あ、ありがとうございます! その………私、宇宙のことも船のこともよく知らなくて………」

「俺も、頭バカだからよく知らない………」

 

 文字だって、最近年長の兄貴分たちに教わり始めたばかりだ。

 

「でも、無重力を泳ぐの上手ですねっ!」

「最初の頃はビビったけど、すぐに慣れる」

「そ、そうなんですね………」

「ああ」

 

「………」

「………」

 

「ご、ごめんなさい………」

「い、いや俺の方こそ………俺、デブリだから話とかあんましたことなくて………」

 

 ブルワーズから鉄華団に移り、待遇が良くなって口数が増えた奴ばかりだったが、アストンは他の仲間ほど変わることができなかった。一番古い記憶がデブリとして生きていた記憶で、それ以前のことなど全く分からない。思い出、と呼べるものも無いので他の仲間みたいな思い出話をすることもない。そもそも、仕事のこと以外の話自体、あまり得意ではなかった。

 

 

「じゃあ、俺………」

「あ………っ!」

「え?」

 

 呼び止められて、アストンは「あ」、と自分がペンを握ったままであることを思い出した。

 

「これ………」

「え? あ、カバンから出ちゃってた。ありがとうございます! ………あ、わっ」

 

 ペンを受け取ろうとして、またひっくり返った女の子を、アストンはまたカバンを掴んで元の床に足をつけた状態に戻した。

 

「す、すいません………」

「動く時は、なるべく体の………その……真ん中を動かさないようにした方がいい。それか、どこかに掴まるとか」

 

 アストンはどうにも奇妙な気分に襲われた。デブリ仲間に無重力が苦手な奴なんていなかったし、そもそも、こんなにも長く誰かと話すことだってほとんど無かった。無重力通路でどうすればいいのか、教えたのだってこれが初めてだ。

 

「じゃあ………」

 

 アストンは踵を返して、ロッカールームへの通路を再び進もうと………

 

「あ、あのっ!」

 

 また止められて、アストンは「何だ?」と振り返った。哨戒任務の時間が近い。そう長くはいられないのだが。

アストンを呼び止めた女の子は、何故か頬を少し赤くしながら、

 

「わたし………フウカって言います! フウカ・ウノ。タカキお兄ちゃんの妹、です………」

「そうか」

 

 フウカっていうのか。教えてもらったその名前を覚えて、アストンはまたロッカールームへの――――

 

「あ、あのっ! 名前、教えてもらってもいいですか………?」

「え……?」

「あ。ご、ごめんなさ………っ」

「え? い、いや。………俺の名前、アストン」

 

 鉄華団に入るとき、仲間内で初めて会う時に名乗り合ったことはあったが、仕事で関係の無い奴から自分の名前を聞かれたことなんて初めてだった。フウカは「アストン、さん……」と名前を繰り返す。

 

 今度こそ、とアストンはその場から立ち去ろうとして………名前を〝全部〟言ってないことに気がついた。アストンという名前の後にもう一つ、〝兄貴〟からもらった新しい名前がある。

 

「――――アストン・アルトランド」

「え?」

「それが、俺の名前」

 

 タカキも来たし、もう俺がいる必要はない。

 アストンは今度こそ翻って、その場を後にする。………激しい訓練をした訳でもないのに、何故か心臓がいつもより大きく波打っているのを感じていた。

 

 

 

 

 

「あ、アストンっ! ………あ、行っちゃった」

「お兄ちゃんっ!」

「フウカ! ………ゴメン、ちょっと話が長引いちゃって」

「私こそ、勝手に先に行っちゃってごめんなさい………。でも、アストンさんが助けてくれたの」

 

「へぇ。後で俺からもお礼言わなきゃね。さ、行こう、フウカ」

「うんっ!」

 

 

妹のフウカの手を引いたタカキは、一度チラッとアストンが消えた通路を見やったが、すぐに前に向き直ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 モビルスーツ格納庫に、ようやくパイロットスーツを着たアストンの姿が見えた。整備班の団員と2、3言葉を交わして、自分の〝ランドマン・ロディ〟のコックピットに潜り込む。

 

 既に準備を整えていたクレストは、コックピットモニター越しにそれを見やっていた。これで哨戒任務に出発できる。既に前の哨戒モビルスーツ隊は帰投し終えており、後はクレストらの発進を待つのみとなっていた。

 

『………待たせたな』

「大丈夫だよ。――――モビルスーツ隊、準備できました」

 

『ブリッジ了解! アストン機から発進どうぞ!』

 

 作業クレーンで先に格納庫下のカタパルトデッキへと吊り降ろされるのはアストンの〝ランドマン・ロディ〟だ。モビルスーツがカタパルトに固定され、発進準備が完了する。

 

 

『―――アストン・アルトランド。〝ランドマン・ロディ〟出るぞッ!』

 

 

 アストンの〝ランドマン・ロディ〟が母艦である〝カガリビ〟から勢いよく射出される。

 ガコン、という短い衝撃と共に、次はクレストが乗るモビルスーツがカタパルトデッキへと降ろされていった。

 

 

――――アストン・〝アルトランド〟。

 

 

 アストンやビトー、ペドロ、デルマは昌弘の兄だという昭弘・アルトランドに引き取られた。他にも身寄りの無い者は手を挙げた年長の団員に引き取られ、それぞれ名前を与えられている。皆、新しい名前を受け入れて、ブルワーズにいた時とは違う表情を見せ始めていた。

 

 クレストも、カケルが引き取り手として名乗り出てくれた。だが、差し出されたその手を、クレストはまだ握り返せずにいる。

 

 クレストの〝ランドマン・ロディ〟もカタパルトへと固定された。同時に『発進、いつでもどうぞ!』とオペレーターからの声。

 

 

 

「―――――〝ランドマン・ロディ〟、クレスト機出ますッ!」

 

 

 

 ブリッジにはきっと、カケルもいるに違いない。

 後ろめたさから逃れるように、クレストは母艦から射出された後、フットペダルを踏み込んで先行したアストン機を追った。

強襲装甲艦〝カガリビ〟やタービンズのコンテナ船〝ローズリップ〟がみるみるうちに離れていく。やがて遮るものが何一つない宇宙空間に、〝ランドマン・ロディ〟2機が飛び駆けるのみとなった。

 

 

〝ランドマン・ロディ〟は、ブルワーズが所有していたモビルスーツ〝マン・ロディ〟を改修したもので、地上での任務に対応するために脚部が地上用フレームとユニットに換装された。ナノラミネート装甲の塗料も〝マン・ロディ〟の暗い緑とは異なり、明るい白とオレンジへと塗り替えられ、その他細かい改良でずっと使いやすくなった。

 

 

 哨戒任務は、決められたコースを決められた速度で飛び、ちょうど母艦の周りをぐるりと一周するような形になる。敵を見つけたら1機が引き付けて、もう1機は離脱して母艦へと報告する。ブルワーズにいた頃から慣れきった仕事だ。

 モビルスーツに乗っている短い間だけ、ヒューマンデブリは少しだけ自由になれる。ここにいればクダルや海賊たちからの暴力から離れられるし、戦いになれば日頃の鬱憤を晴らすように暴れられる。

 

 大人の目が無くなれば、自然と退屈を紛らわすように仲間と話もできた。

 

『………なぁ』

「どうかした?」

『いや………。お前って、もう自分の名前決めたのか? 他の奴らが、心配してたからさ。カケルさんに引き取ってもらうんだろ?』

 

 アストンから話しかけてくるのは珍しい。戦闘になれば必要な指示を飛ばすし、しっかり声も張り上げてくれるのだが、日頃のアストンは無口で物静かだった。

 アストンの問いかけに、クレストは………ふと自分の手のひらを見た。ブルワーズのお仕着せだったブカブカのノーマルスーツと違い、鉄華団ではパイロット全員に自分に合ったパイロットスーツが支給される。

 

 スープ付きの温かい食事に清潔な服。シャワーだって浴びていい。気に入らないからと殴ってくるような大人も鉄華団にはいない。

 

 鉄華団に来て人間扱いされている、とクレストも、元ヒューマンデブリの誰もが感じていると思う。

 それでも―――――

 

 

「………ダメだよ」

『な、何で………』

「アストンだって分かってるだろ? 俺たちがブルワーズでどんなこと、してきたか」

 

 アストンは黙って答えなかった。

 ヒューマンデブリは大人たちの肉壁で、それにガス抜き用のオモチャだ。船を襲えば大人は皆殺し。子供はデブリとして売るために捕まえて袋に押し込める。奪った物資を船に積むのもデブリの仕事だ。

大人の海賊たちからは気まぐれに殴られ、蹴られる。食事や水を抜かれるのは当たり前。それすら罰としてはマシな方でもっと酷い目に遭うことだってあった。

 

 

「おれ、デブリだから。おれがカケルの家族になったら、カケルの名前まで汚れる。それは、嫌だ」

 

 

 カケルは、すごい奴だ。強いモビルスーツを操り、ギャラルホルンのモビルスーツや戦艦を次々倒して、指揮は的確だ。同じようなモビルスーツを使っていたクダルなんかとは比べものにならない。

 皆、カケルのことを尊敬している。クレスト自身、団長や三日月よりもカケルについていきたいと思っている。だから実働一番隊に入ったシーノットや馴染みの元デブリ仲間と離れ離れになってでも、カケルの隊に入りたいと思った。

 

 だけど、だからこそ………

 

 

「カケルは、すごい人だから。おれなんかが邪魔したら、ダメだ。………おれ、デブリのままでいいよ」

 

 

 カケルに迷惑をかけるぐらいなら、敵に突っ込んで死んだ方がマシだ。

 ヒューマンデブリは宇宙で生まれて、宇宙で死ぬことを恐れない。

 

 誇り、なんて無いし。選ばれた奴らなのかも分からない。それでも、誰かの………カケルのためにこの命を使い切ることができたら、ヒューマンデブリとして胸を張って死ねる。

 本当の家族――――死んだ母さんや、地球にまだいるはずの父さんのことは、あまり気にならなかった。人間だった頃の記憶は、どれもぼんやりしていて、到底自分のものだとは思えないほど。

読み書きもしっかりできるし、金持ちしか習わないような教養もあるから、きっと豊かな家の人間じゃないか―――――。メリビットさんにはそう言われたが、いまいちピンと来なかった。

 

 

 分かっているのは自分がただのゴミクズだということ。ゴミクズに優しくしたって、いいことなんて何もない。ただ、差し伸べられた手が汚れるだけだ。

 

 

―――――と、コックピット端末に目を落としたクレストは、機体が予定航路から少し流れていることに気がついた。

 

「………機体がコースから流されてる」

『了解。針路を修正――――――』

 

 

 

 

 その時、コックピットに【CAUTION!】の警告音が鳴り響いた。

 

 

 

 

『!?』

「敵だっ! もう見つかってる!?」

 

 

 コックピットモニター端に映し出されたセンサーの情報―――6個のエイハブ・ウェーブの反応が整然と、だがすさまじい速度でこちらへと迫りつつあった。このままだと追いつかれ、囲まれる!

 6個の反応は真正面から迫っており、回避する暇も無かった。有視界ですぐに6機のモビルスーツの姿が映し出される。

 モビルスーツ………敵機はこちらへとマシンガンの銃口を向け、次の瞬間、一斉に火を噴いた。

 

 クレストら〝ランドマン・ロディ〟2機は素早く回避行動を取り、目まぐるしい挙動に敵モビルスーツの射撃は一切追いつかない。

 

 

『くっ、撃ってきやがった! 間違いなく敵だ!』

「ここからじゃLCSが繋がらない! アストンは下がって〝カガリビ〟に報告を!」

 

 クレストは敵モビルスーツ―――センサーに表示された【IPP-0032〈GILDA〉】―――目がけて〝ランドマン・ロディ〟のマシンガンを撃ち放った。敵モビルスーツ〝ジルダ〟の挙動は遅く、次の射撃でその頭部を捉える。

 

 昔、襲った輸送船を護衛していたモビルスーツがこの機種だった。確か、〝マン・ロディ〟のようにコックピットが胸部にではなく、頭部の後ろのユニットにあるのだという。

 

 直に頭部を狙われた〝ジルダ〟は怯んで後退。だが他の機体が激しく撃ちかけてクレストの急迫を阻止してきた。

 

「行ってくれアストン! 援護する!」

『分かった! ――――すぐ戻るからな。死ぬなよッ!』

 

 

 アストンの〝ランドマン・ロディ〟が翻って飛び去っていく。〝ジルダ〟の数機がそれに追いすがろうとするが、

 

 

「そっちに行かせるかッ!!」

 

 

 クレストはその敵機にマシンガンを撃ちまくって注意を引き付ける。さらに迫る別の〝ジルダ〟にはもう片方のマニピュレーターで〝ランドマン・ロディ〟近接武器であるハンマーチョッパーを握り、一気に打ち込んで激しく火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 アストンからの警報を受け、〝カガリビ〟は直ちに戦闘態勢に入った。ブリッジに飛び込む俺に、通信オペレーター席の団員であるフォルが報告する。

 

「哨戒の〝ランドマン・ロディ〟から緊急通信! 未確認のモビルスーツ隊と交戦中! 数は6機!」

「全艦戦闘態勢ッ! 全モビルスーツ発進準備! 俺の〝ラーム〟も準備させろ。………戻ってきたモビルスーツは!?」

 

「アストンの〝ランドマン・ロディ〟です! クレストは援護のため敵中に………」

 

 アストンを逃がすために囮になったのだろう。長時間孤立させたままにするのはマズイ。

 だが反転して援護に向かうのはさらに危険だ。宙域図を見れば、デブリ帯がすぐそばにあるのが分かる。

 

 と、ブリッジスクリーンに通信ウィンドウが開かれ、アストンの顔が映し出された。

 

 

『俺がすぐ連れ戻してきますッ!』

「ダメだ。すぐに帰投してスラスターガスを補給しろ。哨戒任務でガスの残りが少ないだろ?」

『でも!』

 

「俺が出る。アストンはすぐに戻れ。――――フェニー!」

 

 今度はモビルスーツ格納庫に通信を繋いだ。『あいよ!』と通信に出たフェニーに、

 

「早速〝百里〟に仕事してもらう。補給ユニットを装備してすぐに出てくれ。発進後はポイントX154、R0099で待機!」

『分かった。―――――アタシの〝百里〟を出すよッ! 準備しな!』

 

 ブリッジも格納庫も臨戦態勢で慌ただしくなる。今度は、ブリッジに入ってきたチャドとタカキに向き直った。

 

「チャドさん。艦をお願いします」

「あ、ああ分かった。………けど、反転して全力でぶつかった方が良くないか?」

 

 その問いかけに、俺は首を横に振った。

 

 

 

「おそらく、それが〝敵〟の目的です。ここで反転すれば――――デブリ帯で待ち構えている敵本隊の袋叩きに遭う」

 

 俺はブリッジスクリーンに宙域図を表示させた。

 2隻の艦…【KAGARIBI】【ROSE LIP】の表示。その上方に【DEBRIS】の広大な一帯が映し出されていた。間もなく、〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟はデブリ帯を横切るコースに差し掛かる。

 

 デブリ帯は、宇宙海賊の類にとって格好の根城だ。非正規航路を航行している以上、このリスクから逃れることは難しい。

 仕掛けてくるのはデブリ帯に入ってから………と思っていたが、想定していたよりも厄介な相手のようだ。

 

 

 だが、この状況を制御する方法はある。

 

 

「〝カガリビ〟は〝ローズリップ〟はこのままデブリ帯に突入してください。………デブリ帯で待ち構えている敵はおそらく、速度を落とした所を見計らって包囲してくるはず。可能な限りの速さで突入し、なるべくデブリ帯が密集するコースを通ってください。そうすればデブリが敵艦の攻撃からある程度守ってくれます」

 

「わ、分かった」

 

「カケルさんっ! 俺も………」

 

 タカキが進み出てくる。俺は頷いて、

 

「タカキは整備班の団員をまとめて補給と整備の態勢を整えてくれ。フェニーがいない間、格納庫の指揮は任せる。一通りの手順はフェニーとおやっさんから聞いてるな?」

「はいっ! 任せてください!!」

 

 鉄華団の仕事に関わる一連の作業を理解しているタカキは、おおよそどの分野でも役に立つ。それに年少組のまとめ役として、陣頭指揮もしっかりこなすことができる貴重な団員だ。

 

 俺は、チャドが艦長席に飛びつき、艦長席前にある操艦用コンソールユニットを立ち上げるのを一瞬チラリと見守ると、

 

 

「―――モビルスーツ隊を全部出せ! 〝カガリビ〟と〝ローズリップ〟を援護するんだ! それとキャンベラ船長に通信して〝ビッグガン〟を準備するよう伝えろ!」

 

 了解! とその言葉を背に、俺はブリッジ出入口へと飛んだ。後のことはチャドとタカキらに任せて、俺はクレストの救援に向かわなければ。いくら手練れでも、6機の敵機に囲まれてそう長く耐えられるとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 数分後、ビトー、ペドロらの〝ランドマン・ロディ〟隊が全機発進。母艦や〝ローズリップ〟の直掩に就く。

 その後、最後に俺の〝ガンダムラーム〟の発進準備が整った。

 

 

「〝ガンダムラーム〟、蒼月駆留で出撃するッ!!」

 

 

 すでにデブリ帯は間近。小さな岩塊や構造物の残骸がぽつりぽつりと現れ、2隻の艦をかすめるようにして飛び去っていく。

 カタパルトから射出された〝ラーム〟はその重厚な見た目に反して目まぐるしい挙動で急旋回。哨戒のモビルスーツ隊が接敵した宙域ポイントへと、全速力で駆けた。

 

 

 

 


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