鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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5-1.嵐の前

▽△▽―――――▽△▽

 

 火星。

 長らく地球経済圏の植民地として、不平等な経済協定の下に貧苦を強いられてきたこの星に、激震が走った。

 

 クリュセ自治区首相の娘、クーデリア・藍那・バーンスタインが地球の経済圏の一つ、アーブラウとの交渉により経済協定の一部改訂――――火星ハーフメタルの規制解放という成果を勝ち取ったのだ。

 

 主だった鉱物資源が枯渇した火星において、未だ潤沢な鉱脈を誇る火星ハーフメタルは重要な外貨獲得源の一つであり、規制解放が正式にクリュセ自治政府から発表されると、各企業は一気に火星ハーフメタルの採掘事業参入へと乗り出した。

 だが、それに先んじて土地利権の確保、それにクーデリアの声明によって3つの企業が主要な利権を独占することとなった。

 

 

 火星の実業家、ノブリス・ゴルドン擁する企業グループ。

 木星圏開発複合企業、テイワズ。

 そして、地球のモンターク商会。

 

 

 まるで、火星ハーフメタルの規制解放を予期していたかのようにこの3つの企業の行動は素早く、規制解放とほぼ同時に有望な採掘土地の確保、機材・土地の調達、輸送路・販売網の構築を行い、他社に先んじて利権の多くを確保することに成功したのだ。

 

 そして鉄華団も、アドモス商会(仮名)との提携による事業の参画。それに、その戦闘力を買われて航路上の障害……宇宙海賊等の排除や、輸送護衛業務などを請け負うことでこれから潤うことができるはずだ。

 さらに、仕事はそれだけに留まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

『――――さて、前々から打診しておったが、アーブラウ防衛軍創設にあたりその軍事顧問としての役目を、鉄華団に任せたいと思う』

 

 鉄華団火星本部。

 その団長室にて、オルガはLCSを繋げたタブレット端末越しの相手――――アーブラウ代表の蒔苗東護ノ介と直接通信を交わしていた。

 一国の代表が一企業、それも立ち上がったばかりの零細な会社と通信を持つなど前例があるはずがない。だが、オルガは悠々と、

 

「ご利用ありがとうございます。この仕事、鉄華団として精一杯努めさせていただきます」

『ほっほ、期待しておるぞ。契約書等の委細は後日、そちらにデータで送ろう。鉄華団としての手はずはどうなっておる?』

「カケル………蒼月駆留が率いる鉄華団実働三番隊を送ります。それとテイワズ地球法人の施設を借りてエドモントン郊外に地球支部を開設、そこを活動拠点とする予定です。支部長はチャド。副支部長にはタカキを」

 

『はて、タカキ………ああ、最初に儂の応対をしたあの少年じゃな? ちと若い、いや幼すぎはしないかの?』

「タカキは年少組のまとめ役です。それに色々と仕事を覚えていて役に立つ」

『ふむ………まあ実務の詳細はそちらに任せよう。創設するアーブラウ防衛軍、他国に先んじて実戦能力を持たせたいのでな。しっかり励んでもらうぞよ?』

 

 はい。とオルガは力強く頷いた。

 

「失望はさせません。鉄華団でも粒よりの面子を送るつもりです」

 

 流石にミカや昭弘といった鉄華団戦力の要を送る訳にはいかない。そもそもミカは人にモノを教える何てことは柄でもないし、昭弘は面倒見がいいが、昭弘なくして実働二番隊は機能しない。シノも同様だ。

 

 モビルスーツ乗りとして実力があり、礼儀もしっかりしており、事務もそこそこできて、現場を任せられる人材………といえばカケルが真っ先に思いつく。カケルを教官役の筆頭に置く。

 チャドは、年長者として年少組に慕われており、教養もある。地球支部長として組織の要に就いてくれればこれほど頼もしい奴はいない。

 

 細かい気配りができるのがタカキの持ち味だ。何だかんだ言って年少組はタカキによって率いられており、先の地球行きの仕事で様々な仕事を覚えたタカキは現場のあちこちの局面で役に立つ。実働三番隊に加わっているアストンら元ヒューマンデブリも、いつもは年長者や年少組とは一歩離れた態度を取っているが、タカキにはそれなりに心を開いているらしい。アストンとよく食堂に行っているのをオルガはよく見かけていた。

 

 

「後で地球行きの面子のリストを送ります。ガキばっかりだが全員実力者だ。ギャラルホルンでも容易に手出しできないレベルの」

『それは頼もしい。結構! して、いつ頃こちらに来てくれるのかの?』

「今、新しい機体と装備の受け取りにカケルが歳星にいるから………火星を発つのが今から2週間後として、早ければ来月の半ばぐらい、ですね」

 

『うむ分かった。細かい話はまたこちらの担当者から連絡させよう。今からが待ち遠しいわい』

 

「ありがとうございます。蒔苗先生」

 

 

 うむ、と蒔苗は鷹揚に応えて、そこで通信は終了した。

 

 前々からの打診を受けて、鉄華団はすでに地球支部開設に向けた準備を急ピッチで進めていた。

 地球支部に送るモビルスーツは6機。カケルの〝ラーム〟、それに改修された〝ランドマン・ロディ〟が5機。モビルワーカーは20台。

 団員の数は、60~70人ぐらいになるだろう。鉄華団実働三番隊を母体に、希望者も加えて送り出す。地球支部長チャド・チャダーン。副支部長タカキ・ウノ。実働部隊隊長に蒼月カケル。

 元ヒューマンデブリ団員の多くを受け入れた実働三番隊の性質上、どうしても年少の幼い団員が目立つが、実力の面でオルガは疑問を抱いてはいなかった。元ヒューマンデブリはデブリ帯の宇宙海賊という過酷な環境で生き抜いてきた、戦士として優れた経験を持っているし、元CGSの年少組だって実力では負けてない。その経験をアーブラウ防衛軍に伝えることができれば、必ず一皮剥けた、実戦で使える組織に防衛軍は育つはずだ。

 

 

 今頃―――チャドは地球支部開設のための事務手続き手伝いに追われているだろうし、必要な物資をまとめる作業はタカキに監督させている。カケルはフェニーたちと一緒に歳星で、鉄華団のための新しいモビルスーツ、装備、それに実働三番隊に割り当てる艦の受け取りに行っているはずだ。

【CALL OFF】の表示と共に暗転するタブレット端末から視線を外したオルガは、ふと天井を仰いだ。

 

 

「頼んだぜ、チャド。タカキ。カケル、それに皆もな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

――――木星コングロマリット、テイワズ。

 その本社たる惑星間巡航船〝歳星〟にて。

 

 

「ああっ! まさか〝サブナック〟をこの手でいじれる日が来るなんて! この美しいフレームデザイン! 幻のツインリアクターシステム! エイハブ・リアクター直結の背部キャノン砲システム! でもメインOSの阿頼耶識は取り外されてるし、キャノン砲の砲身も無いし、装甲と電装系の一部は取り外されてるし………よかろうッ!! 私の腕の見せ所だな!! さあ見せてやろう歳星整備オヤジのモビルスーツ鍛冶術ってヤツをねぇッ!!!! まずは――――――」

 

 

 あの弟子にしてこの師匠アリってやつか………

 歳星の工廠に運び込まれたガンダムフレーム〝サブナック〟を目の当たりにした瞬間、歳星整備長は〝バルバトス〟の時と同様にすっかり大興奮して、目まぐるしく機体の改修作業に飛びつき始めていた。

 

 がっつりオーバーホールしなければ使い物にならない〝サブナック〟について、原作での〝バルバトス〟や〝グシオンリベイク〟の時同様に、テイワズ持ちで改修が施されることとなった。無重力のデッキに固定された〝サブナック〟の周りを、テイワズの技術者たちがせわしなく飛び交っていく。

 

 俺にできることはなさそうだな………

 

「あ、えーと。後任せていいですかね?」

「もちろんッ!! 見ていてくださいっ! 消耗品全交換はもちろん! フレーム・リアクターの再調整! 集められるだけの資料を集めて完っ全な〝サブナック〟をご覧に入れますよぉ~ッ!!!」

 

 

 とりあえずは整備長に任せておけば、いずれ復活した〝サブナック〟を見ることができるはずだ。

 整備長以下、歳星のメカニックたちがこぞってフレームだけの状態になった〝サブナック〟に取りついていく。そこは彼らに任せて、俺は次の仕事に向かうことにした。

 

 歳星での俺の仕事は大きく4つ。

 

―――1つ。先の戦いで撃破した民間警備会社〝マーズファング〟から賠償金として譲渡されたモビルスーツのテイワズへの売却。

―――2つ。譲渡されたガンダムフレーム〝サブナック〟の修復を歳星工廠に依頼すること。

―――3つ。歳星の設備で修復された強襲装甲艦の受け取り。オルクス商会から賠償金として譲渡されたあの強襲装甲艦だ。鉄華団、実働三番隊所属艦として地球への足に使うことになる。

 

―――そして4つ目は………

 

 

「よぉ、カケル」

 

 無重力デッキの通路を進むと……いつもの高そうな白いスーツを着た名瀬・タービンが、こちらに気が付いて軽く手を挙げてきた。

 

「名瀬さん。マクマードさんの所では?」

「先客と揉めてるみたいだったからな、先にこっちの仕事を済ませることにした。お前らが火星でぶっ潰したモビルスーツ20機、全部テイワズが買い取ることにしたからな」

 

 これで1つ目の仕事は完了する目途がついた。俺は深く名瀬に頭を下げる。

 

「仲介ありがとうございました、名瀬さん。モビルスーツ…特にギャラルホルン旧型機のリアクターはテイワズぐらいじゃないと取扱いできませんので」

「モビルスーツのリアクターはウチらでも自主生産できないからな。むしろ、今ロールアウト中の新型機に取り付けるリアクター供給のメドがついたって、工業部門の連中は大喜びさ」

 

「新型機………テイワズ初の完全量産型モビルスーツ〝獅電〟ですね?」

 

 ああ、と名瀬は通路内側の壁面ガラスの向こうを顎でしゃくる。

 床を蹴って近づき、覗くと――――今俺たちがいる通路は工廠区の工場が一望できる場所にあり、眼下の工場では人型……新品のモビルスーツフレームが製造ラインに乗せられて1機1機製造されてく光景が広がっていた。まだフレームだけの姿だが、それがテイワズ初のマスプロダクト・モビルスーツフレーム〝イオ・フレーム〟であることは一目瞭然だった。

 

「STH-16〝獅電〟。親父はこれを、まずはテイワズ内の武闘派組織に。データを取った後は他の組織………地球にも売り出すつもりらしい」

「地球では今、経済圏毎の独自軍事力を整備する機運が高まってますからね。鉄華団もアーブラウ防衛軍の軍事顧問の任を依頼されました」

 

「おう、頑張れよ。地球での稼ぎはお前らの肩にかかってる、って言っても過言じゃねえからな」

 

 気障に軽く額をコツン、と突いてくる名瀬に、俺は少しだけ笑い返した。

 

「大袈裟すぎますよ。俺ら鉄華団は、まだ名瀬さんの足元でチョロチョロしている、弟分に過ぎません」

「そりゃあ、今はな。だがこれから10年……いや1年でお前らの姿は大きく様変わりしているはずだ。オルガも、テイワズのお膝元で細々やってくつもりはないんだろ?」

 

「そのつもりです。オルガは、鉄華団をもっとデカくして、団員たち皆に楽をさせてやりたいと」

 

 鉄華団を大きくして、給料ももっとたくさん出せるようにして、団員たち………それに行き場のない奴らに楽をさせる。それがオルガの方針だった。

 この世界では生き残ったビスケットも、今アドモス商会と火星ハーフメタル事業で提携することで、荒事以外で鉄華団がまっとうに仕事をしていくための方法を模索している。

 

 俺がやるべきことは、まず予測できる危機を回避すること。そして予測できない事態に実働部隊の隊長として対処することだ。

 

 と、自然と表情が難しくなってしまう俺に、また名瀬さんが「そう気負い過ぎんなよ」とまた軽く小突いた。

 

「お前らはよくやってるよ。俺も親父も、そこはちゃんと見ている。むしろ、頑張りすぎてどこかで息切れしてしまうじゃねえかって、そっちの方が心配だぜ」

「そう、でしょうか? 俺は………」

 

「前と上を向くのも大事だけどな。たまには周りをよく見ることだ。………ほらな」

 

 

 その時、「カケル!」と通路の奥から―――強襲装甲艦の調整作業、その陣頭指揮を取っている、ノーマルスーツ姿のフェニーが飛び寄ってきた。

 

「カケル! よかったわ、ちょうど新しいモビルスーツのことで相談が………あ、名瀬さん」

「よう。………んじゃ、後は若いモン同士で頑張ってくれや。それと、午後から親父と面会だからな。昼食ったらタービンズの事務所に顔を出してくれよ」

「了解です、名瀬さん」

 

 

 じゃあな、と床を蹴って無重力の通路を飛んで去っていく名瀬。しばらく目で追ってから、俺はフェニーに向き直った。

 

「新しいモビルスーツって何だっけ? 〝ランドマン・ロディ〟はもう火星に持ってっただろ?」

「ふふん。支援用のモビルスーツよ。団長に頼んで、1機入れてもらうことにしたの。今、〝カガリビ〟に搬入してる所よ」

 

〝カガリビ〟――――〝イサリビ〟に次ぐ鉄華団所属艦となる、新しい強襲装甲艦の名前だ。

 こっちよ、とフェニーの先導についていくと、デッキ移動用のエレベーターが。

 宇宙港がある階下まで下り、そこからまた通路に出れば、壁面の強化ガラス越しに宇宙港の光景が………そして桟橋の一つに係留されたスカイブルーの強襲装甲艦を目の当たりにすることができた。

 

 これが、強襲装甲艦〝カガリビ〟。艦首に描かれた鉄華団の華のエンブレムを見、ついつい口元に笑みが零れてしまった。正真正銘の鉄華団2番艦だ。

 フェニーも、俺の隣に立って、

 

「カケルの船よ。まあ、ありふれた強襲装甲艦だけど」

「十分さ。こいつと、皆がいれば俺は鉄華団のためにもっと働ける」

 

〝ガンダムラーム〟の力で、俺はこの世界で鉄華団の運命を変える手助けができた。

 艦があれば、それだけ活動範囲も広がる。その分仕事は増えるが、〝イサリビ〟〝ホタルビ〟とは違う3番目の艦の存在は、必ず鉄華団の力となるはずだ。

 乗り込むのは年少組や元デブリ組を中心とした、実働三番隊。ブルワーズやオルクス商会で阿頼耶識に繋がれて操艦や管制で働かされてきた元ヒューマンデブリたちは、ここでその実力を発揮してもらうことになる。

 

 ヒューマンデブリは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き選ばれた奴ら――――ブルワーズ、オルクス商会から譲り渡され、人間として鉄華団に迎え入れられた元ヒューマンデブリたちは、そう評するに値するだけの優秀な船乗りばかりだ。

 

時に、元ヒューマンデブリたちは、人間としてごく当たり前に扱われているものの、アストンたちのようにまだ身元が分かっていない者も多く、社会的にはまだヒューマンデブリのままの奴もいる。だが、じきにその問題も解決されるはずだ。

 艦についても元ヒューマンデブリたちについても、心配するべき事項はほとんど存在しなかった。

 

 

「………で、新しいモビルスーツってのは?」

「ほら、アレよ」

 

 見て、とフェニーが示した先。〝カガリビ〟の後部モビルスーツ用ハッチへと、1機の細身のモビルスーツが運び込まれていく。

 すぐに俺は、その機体が――――テイワズ製高機動モビルスーツ〝百里〟であることに気が付いた。

 

「あれは――――テイワズの〝百里〟?」

「そうよ。お父さんに買ってもらった新品よ。武装を取り外してスラスターガス補給ユニットに補給ホース、ウェポン取付ラックを装備。重装甲で活動時間が短い〝ラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟を前線で支えることができるわ。パーツを換装すれば地上でも十分使えるし」

 

「へぇ。でも、誰がパイロットやるんだ? ウチは阿頼耶識持ち以外で………」

「私よ。これでも〝スピナ・ロディ〟のパイロット免許持ってるの」

 

 そうか。

 確かに活動時間の短さは〝ラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟がネックとする所だ。重装甲ゆえにスラスターガスを大量に消耗し、結果的に動ける時間も、範囲も短くなってしまう。

 だが補給用のモビルスーツがあれば、状況は大きく改善される。ナノラミネート装甲を持つモビルスーツなら、迅速に補給拠点を展開することができ、いちいち着艦するよりもずっとスムーズにガスや弾薬の補充ができるはずだ。特にこれから――――――――――――――――

 

 

 

「――――――――――――ええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!???」

 

 

 

 きゃっ!? と俺の絶叫にフェニーが飛び上がった。

 

「な、な、何よ!?」

「モビルスーツを『買って』もらった!? さ、サリラーマンの生涯賃金ぐらいあるんだぞ!?」

「ば、バカじゃないの!? 定価で買う訳ないでしょ!? ウチのお父さん、テイワズの取締役だから3割の社員割引で………」

「い、いや普通ポンって買えないだろ………てか、それ以前にフェニーをモビルスーツに乗せる気はないからな」

 

 あぶねぇ。

 危うく大事な所をスルーする所だった………

 

「はあ!? 何でよカケル!?」

「危ないからに決まってるだろーが! 戦場だぞ!?」

「何寝ぼけたこと言ってるのよ!? 今まで散っ々アンタたちの無茶な戦いに付き合ってきたじゃない!」

「前線と後方じゃ状況が全然違うんだよ! 補給機は必要だけどパイロットは他の奴にやらせる」

 

「それこそ無茶よ! 補給機器管制システムの制御がどんだけ面倒か分かってんの!? 専門の資格も必要だしちょっと勉強しただけじゃ―――――」

 

 

 

 

 

 以下、通路でギャーギャー言い合う俺たちを………向こうで団員たちが覗き見していることに俺たちは気づかなかった。

 

 

「………何やってんだ? カケルとフェニーさん」

「喧嘩だろ」

「どっちが勝つかな?」

「フェニーさんだろ。カケル、もう押されてるじゃん」

 

「あ、やられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「………まあ心配するこたァねえよ、グノー。あんたのお嬢さん、鉄華団のメカニックとして良い腕振るってるそうじゃねえか。メカニックの血は争えねえなぁ」

「は、はいマクマード代表。ですが我が家の一人娘ですので、もしフェニーの身に何かあったらと思うと………」

 

〝歳星〟居住区中心部にあるテイワズ代表邸宅。

 その応接室にて。やや髪の毛が後退している男………〝リノア重工〟社長グノー・リノアは勧められたソファに腰を下ろし、垂れ流れる汗を何度もハンカチで拭い続けていた。テイワズ傘下企業であるリノア重工を率い、〝百錬〟〝百里〟、それにこれからロールアウトする〝獅電〟の開発製造にも技術者として関わる有能な人物であるが、家庭では亭主関白とはいかないようで、

 

 

「………どうにもアレは勝ち気な所が妻に似すぎたようで、前々から欲しがっていたモビルスーツを与えてやったら少しは落ち着くかと思ったのですが、今度は鉄華団と一緒に地球に行くと言い出す始末でして。聞けばせっかく斡旋したドルト6の仕事も辞めてしまったとのことですし………恐れながら、何とか代表の方からそのぉ………フェニーを我が家に連れ戻すために口添えの程を………」

 

「話を通してやってもいいが………そいつはフェニー自身が決めることじゃねえのか? 無理矢理連れ戻した所で言うこと聞くような嬢ちゃんじゃねえだろ?」

「そ、それはそうなのですが………鉄華団というのは、年頃の男たちばかりの組織とのことで。もしフェニーの身に何か間違いが起こったら私は………」

 

「そこはオルガによく言い含めといてやる。まァ、名瀬が言うには男同士でベタベタしてる連中らしいからな。だが、清い恋愛の一つや二つさせといて損はねえだろうよ」

 

「それはごもっともなのですが………どうにも地球生まれの意中の男性がいるようで………地球生まれということでそれなりにいい身分の方のようなのですが、私としてはフェニーにはもっと家柄のいい……よろしければマクマード様の側室としてご縁談できればと思う次第でして。性格はご存じの通り少々難ありなのですが、母親譲りの器量の良い………」

 

 すっかり予定の時間を超えて、今度は家の縁談話を始めたグノーに、流石にげんなりし始めたマクマードだったのだが………

 その時、ドアが軽くノックされ、この邸宅を守る黒服が「代表」と部屋に入室した。

 

 

「そろそろ、名瀬様と鉄華団の蒼月駆留様との面会時間です」

「おお、そうか。悪いが、ちと込み入った話をせにゃならんのでな。今日はここまでだ」

「そうですか………で、では代表。私はこれで」

 

 グノーはソファから立ち上がって深々と一礼し、落胆した足取りでその場を後にした。それを見送りながら、マクマードは一本葉巻を咥える。

 

 次は鉄華団だ。ギャラルホルンの守りを突破してクーデリア・藍那・バーンスタインを地球に送り届けるという、一見実現不可能な仕事を完遂し、しかもギャラルホルン自体にも甚大な被害を与え、その権威を失墜させる一助にもなった、少年兵ばかりの新興傭兵企業。

 これを手札に加えているという事実は、テイワズにとって大きな利益になる。武闘派として世界中に知れ渡った鉄華団を航路防衛の要に据えれば、今まで以上に宇宙航行の安全は確保されるに違いない。だが、同時に鉄華団を落として名を挙げようと企む大規模な組織………〝夜明けの地平線団〟のような大海賊を刺激することにも繋がるだろう。

 

 そしてそれ以前に―――――鉄華団の大戦果の源泉、誰がこれだけの結果を出すよう鉄華団を導いたのか、それをはっきりさせる必要がある。

 

 

「………蒼月駆留か」

 

 マクマードは手元のタブレット端末を取り上げる。そこには今日ここを訪問する予定の少年………鉄華団実働三番隊隊長である蒼月駆留のプロフィールが表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 原作で見知っているが………ここに来たのは初めてだ。

〝歳星〟居住区、ささやかな湖の中心に建てられたテイワズ代表邸宅。エントランスゲートは勿論、各所を屈強な黒服たちが守っており、瀟洒な邸宅でありながらも、同時に堅牢な城塞を思わせる。

 

 邸宅に辿り着くための小舟を名瀬と共に降り、俺は自分の表情が硬くなるのを感じながら眼前の豪邸を見上げた。ここに………〝圏外圏で一番恐ろしい男〟が住んでいるのは承知の通りだ。

 

「カケルはここに来たのは初めてだったな?」

「はい。………スーツの方が良かったですかね?」

 

 手持ちの中で一番きれいな団員服で来たのだが………こじゃれたスーツ姿の名瀬や黒服の前に立つと、どうしても場違い感が否めない。

 だが「構わねえよ」と名瀬は笑ってみせる。

 

「今日はただの挨拶だ。オルガだって最初に来た時は、お前と同じ格好だったからな。だが、失礼のないようにな」

「はい………!」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んで、俺は名瀬の後に続いた。

 近づくと、エントランスゲートを守る黒服たちの一人が名瀬の前に進み出る。

 

 

「お久しぶりです、タービンさん。本日はどのようなご用件で?」

「ああ。親父に会いに来た。こいつを親父に紹介したくてな。アポした通りだ」

 

 黒服はこくり、と頷くと背後の部下の一人に目配せする。

 次の瞬間、重厚な音を立てながらエントランスゲートが開いた。その奥にある、瀟洒な邸宅や、美しく整えられた前庭がはっきり俺の目に映る。疑似的であってもコロニーや宇宙船内で自然環境を作り、維持するのには相当なコストがかかる。この景色だけでも、テイワズ代表マクマード・バリストンがどれだけ莫大な権力や財力を持っているのかが分かる。

 

「んじゃ、行くか」

 

 気軽な様子の名瀬だったが、対する俺は重苦しい表情を隠せずにこくり、と頷き、名瀬に続いて屋敷の中に立ち入った。

 と、

 

 

 

「――――では、リノア様。お気をつけて」

「お時間を取らせてしまい失礼いたしました。それでは………」

 

 邸宅の玄関扉が開け放たれ、高級そうなスーツに身を包んだ一人の中年の男が中から出てきた。………今、リノアと………?

 エントランスゲートに向かい振り返ったその男と目が合った。

 

「おや………?」

「よお、リノア社長。―――カケル、こちらはエウロ・エレクトロニクス系テイワズ傘下企業の一つ、〝リノア重工〟社長のグノー・リノアさんだ。お前んトコのフェニー・リノアの親父さんだ」

「え………!? は、初めまして。鉄華団の蒼月駆留と………!」

 

 俺は慌てて自己紹介しようと………だがグノー氏はいきなり俺の両肩をガシッ!! と掴んできた。

 ち、近い近いっ!!

 

「……………き、君がフェニーの初めての彼氏かね?」

「へ!? え、えーと………お、俺としてはフェニー、さんと仲良くさせてもらえればと………」

「そうか………やっとあの、妻に似てまともな男が怖気づいて寄り付かない性格で男運も無い上に、ジャスレイ様以下片っ端から正妻側室の縁談が破談し続けてきたフェニーにも彼氏が………」

「は、はぁ………」

 

「カケル君ッ!!!」

 

 ごっつ!!! と額同士が激突して俺の意識は一瞬飛びかけた。この、妙な押しの強さはきっと両親それぞれから受け継いだのだろうな………などと脳裏の端で思ってしまったが、はっきり言ってそれどころではない。

 

「いいかね………! 見ての通り私の娘フェニーは、妻に似て気が強くて、腕っぷしもあり、生活能力は皆無で、何よりも男の後ろに付き従うことを良しとしない奔放強情な子だが―――私のただ一人の愛娘である。万一、万が一! 傷一つでもつけたらだね………」

 

「い、命に代えてもフェニーは守る覚悟です!」

 

 当然の覚悟だが、とにかくこの男の強烈な圧から離れなければ。一見すると、嫁の尻に敷かれてそうな中間管理職風の弱々しい印象を受けてしまうが………そこはあのフェニーの父親だ。

 俺の言葉を聞いてようやくグノー氏は「そ、そうかね」と俺を解放してくれた。

 

「と、とにかく! 仕事柄難しいかもしれんが、フェニーに危険が及ばないよう最大限配慮したまえ。くれぐれも! 買ってやったモビルスーツに乗って戦場やデブリ帯を飛ぶような真似はさせないでくれたまえよ。くれぐれも!!」

 

「フェニーにはよく言っておきます………」

 

 フェニーがモビルスーツに乗るか乗らないかで大喧嘩した挙句、一発ぶん殴られたばかりなのだが………俺は、若干腫れた右顎の下を思わずさすってしまった。

 ようやく、グノー氏が踵を返してエントランスゲートへ向かって立ち去っていく。

 どっと疲れが押し寄せてきて、俺は「はぁ」と小さくため息をついた。

 

「い、いきなり疲れた………」

「はは。まあ、年頃の娘を持つ者として、色々必死なんだろうさ。察してやれよ」

「……名瀬さん、ちょっと面白がってません?」

「おいおい、面白いに決まってるだろうが。恋バナは女の大好物だからな。アミダたちにいい土産話ができそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

「よぉ、来たか名瀬。それに………」

「お初にお目にかかります。鉄華団実働三番隊隊長、蒼月駆留と申します」

 

 通された応接室で盆栽を手入れして待っていたマクマード・バリストン。タービンズと鉄華団の兄弟結縁盃之儀で顏は見たことはあるが、こうして直に向かい合うのは初めてだ。

 深く一礼する俺に「若ぇのになかなか、しっかりしてるじゃねえか」とマクマードは鷹揚に笑ってみせた。

 

「地球行きで忙しいだろうに、呼びつけて悪かったなあ。なーに、大した要件じゃねえ。………おーい! 客人にカンノーリを出してやれや。クリームたっぷりのなぁ」

 

 その呼びかけに、通路で控えていた黒服が「へい」と一礼して踵を返す。表情が硬いままの俺に、マクマードは原作1期でオルガと会った時同様に気のいい笑みを浮かべて見せた。

 

「ウチのカンノーリはうめぇからな。オルガたちにも食わせてやったんだが」

「オルガからお話は伺っております。………えっと、ご配慮感謝いたします」

「はっはっは! 若ェのにそんな堅苦しくするんじゃねえよ! こっちまで肩が張っちまうぜぇ」

 

 やがて、黒服が「お待たせしました」と、数分と待たずに漆の皿に乗せられたカンノーリを運んでくる。一礼し、黒服が立ち去る所まで視線で見送った所で、

 

「まぁ、立ち話も何だからな。二人とも座ってくれ」

「し、失礼します」

 

 勧められるがままにソファに腰を下ろし、「はは、なに行儀よく待ってやがる。食え食え」と好々爺然とした態度を崩さないマクマードに、

 

「い、いただきます………」

 

 と頭を下げて、俺は恐る恐るカンノーリを1個、手に取って口に運んだ。口の中いっぱいに心地よいクリームの甘みが広がって、思わず1個丸ごと頬張ってしまう。

 その様子を名瀬共々、微笑ましい様子で見ていたマクマード。そこで葉巻を一本取り出して、

 

 

「なーに。今日の要件は大したことじゃねえよ。ちと面構えが見たくなってなァ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ドルトで俺とノブリスを出し抜いた男の顔をな」

 

 

 

 

 

 発せられたその一言に冷たい戦慄が、俺の背筋を瞬間的に走り抜けた。

 思わず喉で詰まりかけたカンノーリを無理やり飲み込み、俺は努めて冷静に眼前のマクマードを見やった。………滴る汗だけはどうしようもなかったが。

 

「………誰が、何をしたと?」

 

「しらばっくれるようなコトでもねェだろうが。お前ら鉄華団に託したGNトレーディングの荷物の件。お前さんは――――中身を察して鉄華団とクーデリアに警告し、届け先のドルトの労働者組合にも話が通じるように裏で渡りをつけた。結果、アフリカンユニオン政府も味方につけて暴動は大成功し、ギャラルホルンの面子は丸潰れ。ドルトカンパニーも、労働条件の改善に応じざるを得なかった。なかなか楽しい筋書きじゃねえか」

 

「全てがご自分の思惑通りに行かなかったからと、俺に八つ当たりする気ですか?」

 

 1期でのドルトでの一件は、クーデリアが絶望的な困難の中でどのように真価を発揮するのか、マクマードにとってはそれを試す舞台だったのだろう。使えない武器を与えられた労働者たちはギャラルホルンに虐殺され、自身も死に晒される。ノブリスの手下たち………ノブリスのエージェントであったフミタンや殺し屋たちの手で。その状況下でどのように〝化ける〟のか、マクマードは見定めたかったのだろう。

 

 俺は、その思惑を台無しにした。労働者に与えられた武器が使用可能になるよう働きかけ、鉄華団も巻き込んでギャラルホルン・アリアンロッド艦隊に一発ぶちかました。おそらくこの一件で、テイワズやノブリスとギャラルホルン三者の、水面下での関係は一気に冷え込んだことだろう。金銭に換算すれば一体どれだけの損害が発生したのか、俺には想像もつかない。

 

 だが―――――、

 

 

「ですが、マクマードさんの思惑である『クーデリア・藍那・バーンスタインの真価を見定める』という目的は達成できたはず。アリアンロッド艦隊を言葉で退けたのはクーデリアさんです。彼女は、あなたに莫大な利益をもたらしてくれる金の卵で間違いなかった。………俺は、傭兵として自分に危害が及ばないように立ち回ったに過ぎません。ご存じの通り身体が資本ですので」

 

「………ほう」

 

 納得していないのは火を見るよりも明らかだった。だが俺としても全部をつまびらかにするつもりはない。………残っていたカンノーリをもう1本、口に運び、親指に付いたクリームを舐めて、俺は〝圏外圏で最も恐ろしい男〟の次の言葉を待った。

 

 長い数分。マクマードは葉巻をくゆらせ続け、名瀬は足を組んで事の次第を黙って見守っている。ふぅ――――、とマクマードが吐いた煙が中空に溶けて消えて、

 

 

 

「お前さん、〝厄祭教団〟って組織に聞き覚えはあるか?」

 

 

 

 厄祭………? 原作には登場しなかったその固有名詞を、俺はすぐに脳に埋め込まれた情報チップで検索をかけた。

 

〝厄祭教団〟――――1件の該当あり。

 厄祭戦時代を復活させ、その文化習俗、文明、技術を蘇らせるべく教義を掲げる宗教組織。不透明な人や金の流れから20年以上前にギャラルホルンによって違法組織に指定されたが、組織としての構成、人員、規模すべてが不明。違法組織指定後は活動現場を確認することもできず、ギャラルホルンによる捜査は10年以上前に打ち切られている――――――。

 

 

 なぜ、マクマードはその組織の名前を?

 

 

「聞き覚え………名前と概要程度でしたら」

 

 そうか。と、灰皿に灰を落としながら、マクマードは続ける。

 

「ドルトでの一件は、お前さんの言う通りだ。多少目算が狂った所もあるが本来の目的を達成することはできた。俺としてもこれ以上ガタガタ抜かす気はねえよ。だが、一つだけ聞かせてくれ。………お前さん、〝厄祭教団〟とつるんでるのか?」

 

「いいえ」

 

 即答した。見ず知らずの組織だ。だが、この場でマクマード・バリストンの言葉の端に乗ったことから………ヤバい組織集団であることは容易に想像できた。

 厄祭教団――――この名前、覚えておこう。

 

「全て俺が、俺の判断で行動したことです。俺に後ろ盾はありません。………テイワズ以外には。マクマードさんが俺を目障りだとお考えなら、俺はこの場で死ぬしかないと思います」

「………それだけの大事をやらかした自覚はあるんだな?」

「俺や鉄華団、それに雇い主であったクーデリアさんにとって、また自身の安全のために最善の行動を取ったまでです」

 

 俺は、マクマードの目を真っ直ぐ見据えた。圏外圏において一大権勢を築き上げた男、その凄まじい圧に目を逸らし、逃げ出したい気持ちに駆られてしまうが、食いしばって耐える。

 

 

 

 どれだけ沈黙が流れたのか。「ふ………」と口角を緩めたのはマクマードだった。

 

 

 

「………はァっはっは!! そうかそうか。なら、この話はこれで終いだ。お前は自分と雇い主、仲間のために頭と度胸を働かせた。中々の切れ者じゃねえか。……どうだ? 俺ならもっと金になる雇い主を紹介してやれるが。お前さん程の傭兵なら相場の倍、いや3倍出しても惜しくはねえよ」

 

 すっかり茶目っ気のある好々爺に戻ったマクマードだが、俺は静かにかぶりを振った。

 

「お心遣いありがとうございます。ですが結構です。俺には、鉄華団でやるべきこと、やりたいことがありますから」

「うむ、そうか。確かこれから地球経済圏、アーブラウからの仕事を受けるんだったな。なかなかでけェ仕事を引っ張ってきたじゃねえか。お前らの働きがテイワズの地球での稼ぎにも直結するからな。気合い入れて行ってくれや」

 

「はい! ご期待に応えられるよう粉骨砕身、仕事をさせていただく所存です………つきましては」

 

 

 テイワズ全体を取り仕切るマクマードに面会できる今しかない。俺はソファに腰を据えたままずい、と身を乗り出す。

 

 

「つきましては地球での人事―――――監査役や事務関連の外部アドバイザーの人選について、マクマードさんよりご言質をいただきたいものがあるのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 蒼月カケルがマクマードの代表邸宅から立ち去る。

 窓越しにそれを見守りつつ、マクマードは背後の名瀬へと振り返った。

 

「………どうだ? 名瀬」

「嘘は言ってねぇ………ように見える。少なくとも嘘をつく目をしていなかった」

「ふ、俺と同じだな。………正直、なかなか小気味いい若者じゃねえか。度胸もあって頭も回る。戦闘の腕もピカイチときた。だがな………」

 

 マクマードは、執務机の上に置いてあったタブレット端末を名瀬に手渡した。

 表示されていたのは、カケルが所有するガンダムフレーム〝ラーム〟の整備記録。以前――――鉄華団とタービンズが義兄弟として縁結びする前、歳星に入港した時の記録だ。整備長が詳細に記録を残していた。

 

 名瀬は、指でモニター上の表示をスライドさせ、情報の一つ一つに目を通していく。

 

「一見するだけなら、ただの………レアなガンダムフレームだ」

「フレームの強度記録項目を見てみな」

 

 マクマードの言葉に、名瀬はその項目をモニターに表示させる。

 メカニックは専門外だが、それでもタービンズの長としてモビルスーツの記録には日々目を通している。

 数値の微妙な異常に、すぐ気が付いた。

 

「こいつは………」

「モビルスーツのフレームってのは、知っての通り数百年が経っても摩耗しない。リアクターの寿命はさらに長い。だが人間が作る物だ。数百万分の一であっても、かならずフレームは削れる。………だが、こいつは」

 

〝ラーム〟には骨董品と呼ばれる厄祭戦時代のモビルスーツ特有の………コンマ単位でのフレームの劣化、数百万分の一の強度低下すら発生していなかった。

 この数値を示すことができるのは、〝百錬〟や〝百里〟といったごく最近になって開発されたテイワズのモビルスーツ、もしくはギャラルホルンの機体だけ。どれだけ完璧に保存しておいたとしても、経年によって人間の被造物はわずかであっても消耗する。

 

 それが存在していないということは――――――

 

 

 

 

 

「親父まさか………」

「ああ、そのまさかだ。カケルが乗り回している〝ガンダムラーム〟は厄祭戦時代に製造された骨董品じゃねえ。――――――つい最近になって造られた(・・・・・・・・・・・・)新品のモビルスーツ(・・・・・・・・・)だ」

「だがガンダムフレームのリアクターは、今のギャラルホルンでも製造できないっていう………」

 

 

「できるヤツがいるじゃねえか」

 

 

 厄祭教団。

 厄祭戦時代を復活させ、その文化習俗、文明、技術(・・)を蘇らせるべく教義を掲げる宗教組織。

 テイワズ独自の情報網によれば………ギャラルホルン、テイワズ同様に独自のモビルスーツ製造技術を保有しているという。

 リアクターの製造技術も。

 

 裏社会で恐れられる組織には一つの共通点がある。『自らに関する情報を外部に知られていない』という点だ。

〝厄祭教団〟は本拠地も、規模も、財源も、組織としての中核に関わる情報の多くが闇の中に厳重に閉ざされている。彼ら自身の手によって。裏社会において完全に自らを秘匿するだけの資金力、情報力、そして実力を有しているのだ。

 それを探ろうとすれば、相応の報復が与えられる。例え相手がテイワズでも、ギャラルホルンであったとしても。

 莫大な資金を投入し、無数の諜報員を死に至らしめて入手できたのは断片的な情報ばかり。それだけで、いかに厄祭教団と呼ばれる組織が危険であるかは理解できる。そんな危険な連中に立ち向かう愚かしさも。

 

 

「じゃあ、やはりカケルは厄祭教団と………」

「つるんでいるか、もしくは知らずに利用されているのか。何にせよ、こいつはちと厄介な案件だ。――――カケルを殺して済むような話なら楽なんだがなァ」

 

 だがそのようなことをすれば、もし蒼月カケルという男が厄祭教団と深い関わりを持っていた場合………教団を刺激することにもなりかねない。いかにテイワズが巨大組織とはいえ、全貌も不明な得体の知れない連中を相手にやりあうのは、あまりにも分が悪すぎる。

 

 

 は………、とマクマードは葉巻の煙を吐き出す。

 

 

「名瀬、カケルの動きから目を離すな。今はそのぐらいしかできねぇ」

「分かりました」

 

 名瀬もまた立ち上がり、応接室から去る。

 マクマードはそのまま静かに、窓の外の景色を眺めていた。その心中を誰にも推察させることなく。

 

 

 

 





【オリメカ解説】

・STH-14s〝百里〟(フェニー機)

鉄華団メカニックであるフェニーが実働三番隊の地球行きにあたり後方支援用として導入した(父親に買ってもらった)モビルスーツ。
テイワズ製〝百里〟をベースに、本機の特徴である大型バックパックにはスラスターガス補給ユニットや補給ホース、ウェポン取付ラックが備え付けられており、本来長期戦に向かない重量機である〝ガンダムラーム〟や〝ランドマン・ロディ〟の稼働時間延長のための補給機として活躍する。

〝百里〟本来の持ち味である大推力による高速戦闘能力・長期航続能力や高度索敵能力も健在。但し、基本的に非武装の機体であり、パイロットとなるフェニーの技量の問題もあり、モビルスーツの護衛を不可欠とする。

(全高)
18.5メートル

(重量)
33.4t

(武装)
基本的に非武装。(大型バックパックにウェポン取付ラックが備えられており、バズーカ砲、ライフル等の持ち運びは可能)

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【オリキャラ解説】

グノー・リノア

出身:木星圏
年齢:45歳

エウロ・エレクトロニクス系テイワズ子会社、リノア重工の代表取締役社長を務める男。フェニーの父親。
自身もモビルスーツの製造開発に携わる技術者であり、同時にテイワズ幹部の一人としても経営に参画する。
自身が斡旋したテイワズ系の企業を辞めて男だらけの鉄華団に加わったフェニーを案じており、マクマードやジャスレイとの縁談を勧めようとしたり、モビルスーツを買い与えて引き止めようと試みるが一切上手くいかず、やむなくカケルにフェニーを危険な目に遭わせないように念を押す。


(原作では)
登場無し。
テイワズ技術部門の幹部として、現場や経営に関わり続けた。

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お待たせしましたm(_)m
全2話にて投稿したいと予定しています。

次話については、特に問題なければ翌日(6/10)更新予定です。





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