鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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4-2.

▽△▽―――――▽△▽

 

 マーズファング。

 

 火星、クリュセ市では最大規模の民間警備会社。兵士500名を数え、モビルワーカー保有数は100台以上。これほど大規模な民間警備会社はクリュセや、火星全土でそう例は無い。

 他の火星都市にも支社を持ち、業務達成率の高さから各都市自治政府の覚えもめでたく、独立運動活発化による治安の悪化を背景に、着実に成長しつつあった。

 

 だが………

 

 

『――――既にご存じの通り、〝鉄華団〟と呼ばれる新興の組織が、クーデリア・藍那・バーンスタインを地球へと送り届け、火星ハーフメタルの規制解放の立役者となり火星へ帰還しました。先日の発表からまだ間もないですが、いずれ鉄華団は火星中に知られた民間警備会社となるでしょうねぇ。それが、貴方が一代で築き上げた〝マーズファング〟の隆盛にどれだけの影を落とすのか………』

 

「フン。所詮はガキどもの寄せ集めに過ぎんよ。まあ、分不相応なモビルスーツ戦力を持っているのは確かに厄介だが。貴様からの贈り物が役に立ちそうだ」

 

 

 クリュセ市から遠く離れた荒野の一角にある、民間警備会社〝マーズファング〟本社基地。

 巨大な基地施設に、慌ただしく行き来するモビルワーカー。それに、居並ぶモビルスーツはEB-04〝ゲイレール〟。1機1機の右肩にマーズファングのエンブレム………赤い牙の紋様が施されていく。それがEB-04jc4〝シャルフリヒター〟も合わせ、計20機。

 モビルスーツの威容をも見下ろせる社長室にて。代表取締役社長ディラス・ホライゼンは、通信用タブレット越しの相手に軽く鼻を鳴らした。筋肉質な巨体を高級感のある椅子へと沈め、横目でタブレット端末を見やる。

 

 

「全く、受け取っておいてこの言い草は悪いが、よくあれだけのモビルスーツをかき集めてきたものだ。しかもギャラルホルン火星支部に知られない形で内密に。利害の一致とはいえ、よほど鉄華団に恨みがあるとお見受けするが」

 

 

『地球の、さる筋より入手しました〝ゲイレール〟が20機。是非とも御社の躍進のためお役立ていただきたい。経過はいかがでしょうか?』

 

「モビルスーツ戦の手練れを集めている所だ。20機全員分とはいかんがな。旧CGSの兵士だった連中ウチで再就職させて、奴らの施設・戦術の情報も丸裸だ。それに、向こうは半数近くのモビルスーツがまだ宇宙にあるらしい。戦力が分かれている今が奇襲の好機だ。―――――今日の夜、仕掛ける」

 

『了解しました。鉄華団は私にとっても目障りな相手。良い取引ができて幸いでございました。では、ご武運を』

 

 

 名も名乗らなかった通信相手の男――――マーズファングに20機ものギャラルホルン旧型モビルスーツ〝ゲイレール〟を送ってよこしたその男からの通信が切れる。

 取引内容は至ってシンプルだ。お互い〝鉄華団〟という新参の組織を疎んじている。向こうはモビルスーツを流すことができるが直接手を下すことができず、こちらは直接仕掛けることもできるが十分なモビルスーツ戦力を持っていなかった。

 

 

 今、利害は一致し、後は鉄華団を叩き潰すのみ。

 

 

 ディラスは椅子にふんぞり返ったまま、社長室の半ばで直立している男たち……マーズファング幹部や旧CGSの一軍であった男たちに向き直った。

 

 

「聞いてたな野郎ども。2700に鉄華団に対して攻撃を仕掛ける。モビルスーツの方はどうだ?」

「はっ! 問題ありません。初めての連中も、基礎操縦訓練を終わらせました」

「よろしい。不慣れな連中から前に出す。………戦力は温存しないといけないからな」

 

 練度の低い奴を肉壁にして消耗する。いつものやり方に、モビルスーツ隊を束ねる男はニヤリと笑った。

 

「了解しました」

 

「奴らの基地の監視はどうなっている?」

 

 進み出たのは監視に出した兵士二人組だった。途中で鉄華団の少年兵と出くわしてしまい、返り討ちにあったそうだが。

 

「へ、へい! バッツォの隊を送りやした!」

「ネズミ一匹見逃しませんぜ!」

 

「次。施設の見取り図と奴らの戦術は?」

 

 へい、と兵士が一人、ディラスの前に出た。元CGS一軍の兵士で、少年兵のクーデターで射殺されたハエダ、ササイに次ぐナンバー3だった男だ。

 

「報告書の通り、元は厄祭戦時代の前哨基地を再利用して使っています。構造はココと大して変わりありません。戦術………と言ってもその場でガンガン行くのがガキ共の戦い方で戦術なんざ立派なモンはありませんぜ」

 

「だろうな。地球で上手くやったのも、テイワズの後ろ盾があればこそだろう。だがここは火星。テイワズがどんだけでけェっつっても、影響力はそう強くはねぇ。――――野郎ども! やれるな?」

 

 へい! と男たちは一斉に頷いた。と、元CGSの兵士がニヤリと下卑た笑みを浮かべて、

 

「事が終わった後は………ガキどもは好きにしていいんで?」

「当たり前だ。嬲るなり売るなり、好きにしな」

 

 

 これが、マーズファングの悪名高さ、そして兵たちの士気の高さの所以でもある。略奪、強姦、奴隷売買……ディラスは部下たちを抑えることなく、戦いが終われば好き勝手やらせていた。ディラス・ホライゼンについていけばそれなりの旨味がある。だからこそマーズファングに火星中のゴロツキが集まり、なおかつ高い業務達成率を誇るのであった。

 

 

「今回のヤマはヤバいが、その分旨味もデカい。どうやら俺たちのバックには………ギャラルホルンが付いたみたいだからな」

「〝ゲイレール〟を下ろすのにもほとんど顔パスでしたからねぇ」

「都合よく第3地上基地の連中も引きこもってるようで。ちょっとやそっとじゃ起きてこないでしょうよ」

 

 ギャラルホルンとしてはこの事態を静観する構えのようだった。ギャラルホルン火星支部としても、支部長を殺し、モビルスーツをも何機も撃破した鉄華団には相当な恨みを抱えていることだろう。公僕の干渉は心配しなくても良い。

 

 

「久々に、気兼ねなくひと暴れできそうだな………」

 

 

 眼下で整列する〝ゲイレール〟隊を見下ろし、ディラスは一人ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 地球軌道上――――――

 地球外縁軌道統制統合艦隊の母港である宇宙基地〝グラズヘイム1〟。

 

 ファリド家の後継者として、そして先の失態によって地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官の地位を退いたカルタ・イシューに代わり、マクギリス・ファリド〝准将〟は真っ新な状態で引き渡された執務室で、艦隊の現状に関する報告書に目を通していた。

 

 前司令官カルタ・イシューは極めて高潔な女性であり、火星支部とは違いマクギリスがどれだけ資料を精査しても汚職が疑われるデータは出てこなかった。強いて挙げるならば容姿端麗で家柄も良く、なおかつ腕も立つ士官を親衛隊員に取り立てて優遇したぐらいか。監査局の頃にマクギリスが監査したいかなる部署より、地球外縁軌道統制統合艦隊は発足当時の志の高い状態を保ち続けていた。

 

 報告書の確認は、次に装備の状態へと―――――その時。

 

 

『准将。例の男より通信です』

 

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官の任を引き継ぐにあたり副官として採用した、石動・カミーチェ二尉だ。近く一尉に昇進させることが内定している。実務・戦闘の両面で役に立つ優秀な男だがコロニー出身という生い立ちもあり、マクギリスが引き立てるまではコロニー駐留部隊の小隊長として、優秀過ぎるが故に冷遇されてきた。

 

 今はその才覚故に多くの権限を与え、そしてマクギリスと厄祭教団の繋がりを知る数少ない人間の一人でもある。

 

「そうか。繋いでくれ」

 

 短くそう命じると、画面が切り替わり一人の………黒いローブに、フードで頭を覆い隠した男が映し出された。例の男――――厄祭教団を率いるサングイス・プロペータだ。

 

『ご機嫌麗しゅうマクギリス様。地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官への栄転、心よりお慶び申し上げます』

「有難く礼を返そう、サングイス・プロペータ。例の件での通信か?」

『はい。マクギリス様にお手配いただきました〝ゲイレール〟が20機、無事に火星へと到着したようで。ギャラルホルン火星支部への重ねてのお手配とご配慮。厄祭教団として心よりお礼申し上げます』

 

「構わない。………だが何が目的だ? 何故そこまで鉄華団にちょっかいをかける?」

 

 その問いかけの瞬間、画面の奥で、サングイスの口元が笑みに曲がったように見えた。

 

『鉄華団は我々が目指す〝厄祭の世〟の象徴そのもの。彼らの下にガンダムフレームは引き寄せられ、その力によって彼らは――――かつてギャラルホルンがガンダムフレームの力で覇権を握ったように、火星……いえ、人類圏そのものを支配するに足る存在となる』

 

「厄祭の世の復活。力あるものによる世界の支配。君たち教団はその神話を自作自演しようとでもしているのか?」

 

『ご想像にお任せ致します。我ら厄祭教団はただ―――――ザドキエル様の教えに忠実であるのみ』

 

 

 向こうから通信が断ち切られ、画面は暗転した。

 マクギリスは執務室の席から立ち上がり、ふと足下……厚さ10メートルにも及ぶ強化ガラス製のフロア越しに見える、蒼穹の宝石の如き地球を見下ろした。

 

「鉄華団。そして………ガンダムか」

 

 

 その口元もまた、彼のように笑みに曲がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽―――――▽△▽

 

 鉄華団火星本部基地は、クリュセ市郊外の小高い荒丘の上に建っている。

 360度見晴らしは良く、およそ一時間おきに少年兵が周囲を見回っている。白昼堂々接近すればすぐに察知され、数分で迎撃態勢を構築されてしまうだろう。

 

 襲撃時間は自然と夜間に限られる。

 

 供与されたモビルスーツ〝ゲイレール〟のコックピット。

 前面モニターの向こう。鉄華団の基地はすっかり寝静まっていた。ロディ・フレーム系の重装甲モビルスーツが2機。屋外で座り込む姿勢で固定されており、稼働している様子はない。

 エイハブ・ウェーブの反応も基地内部に集中している。おそらく地下の格納庫だ。

熱心に周辺を警戒している気配も無い。テイワズが後ろ盾にあることで、すっかり油断しきっているのだろう。

 強襲を仕掛けるに理想的な状況だ。ディラスはほくそ笑んだ。

 

 

「いい子はおねんねって訳か。………では、そのまま永遠の眠りについてもらおうか」

 

 

 マーズファングの更なる躍進のために。邪魔な鉄華団には早々に退場してもらう。

 

『代表。全機、配置につきました』

 

 副官からの報告。「よろしい」とディラスは返し、背後の〝ゲイレール〟2機と〝シャルフリヒター〟2機へと乗機を振り返らせた。

 

「まずはモビルワーカーから。その後、第2から第4モビルスーツ隊を先行させ、敵を引きずり出す。お前たちの出番はその後だ。いいな?」

 

『ハッ!』

『訓練を終えたばかりの新米にゃあちと荷は重いだろうがな。………弾除けにはちょうどいい』

『俺たちも通ってきた道だ。振るいに掛けられて生き残った奴だけが熟練を名乗ることを許される。俺たちのようにな』

『まあ、しばらく高みの見物といこうじゃねーか』

 

 

 ディラス手ずから木星圏でスカウトしたモビルスーツパイロットが4名。木星圏という宇宙海賊が跳梁跋扈する危険地帯で今日まで生き残り、鍛え上げられてきた文字通りの熟練、モビルスーツ戦のプロフェッショナルたちだ。

 そして、ディラス・ホライゼン自身、かつては木星圏の傭兵、モビルスーツ乗りの一人だった。

 

 コックピット前面モニター、一部を望遠モードにすれば―――鉄華団基地目がけて四方からモビルワーカー、その後ろに5機ずつの〝ゲイレール〟が迫っているのがよく見えた。間もなくモビルワーカー、モビルスーツ双方の有効射程内に入る。

 

『各部隊より報告。配置につきました!』

「奴らの警備はどうなっている?」

『影も形も見えません』

 

 その報告に、ディラスの脳裏に一抹の違和感がよぎった。

 だが、すでに全機が配置についている。地雷の類があればモビルワーカーの射程内に入る前の地帯に敷設されているはず。

 

「まあ、所詮は戦を知らない素人のガキどもか………。ならば構わん! 撃てッ!! 撃ちまくって宇宙ネズミ共を埋め殺してしまえッ!!」

 

 

 その瞬間、四方に展開していたマーズファングのモビルスーツ、モビルワーカーから一斉に砲火が打ち出された。モビルワーカーはミサイルを、モビルスーツ〝ゲイレール〟隊は手持ち武器である110ミリライフルを。

 

 無数に撃ち出されたミサイル、砲弾の双方が鉄華団基地施設、そしてその周囲の丘に着弾して、高々と激しい爆煙と土塊、それに炎を舞い上げる。一斉着弾による壮絶な破壊音と衝撃波が、遅れてこちらにまで届いてきた。

 

『攻撃、全弾着弾しました!』

『迎撃、ありませんッ!!』

 

「―――――あァ!?」

 

 

 流石に首を傾げざるを得なかった。普通ならここで迎撃の砲火が上がるなりモビルワーカーやモビルスーツを上げてくるはずだ。

 だが、無数の砲火を浴びる中で基地は沈黙し続け、野晒しになっていた2機のモビルスーツも、砲撃に押し倒されたままピクリとも動かなかった。

 

 部下たちも事態に困惑し、

 

『敵基地、一切動きがありません!』

『まさか………逃げたのか!?』

 

 逃げた………こちらの動きを前もって察知して逃げたのか? 運び出すのに手間のかかるモビルスーツは捨て置いて?

 だが、こっちにはギャラルホルンの実質的バックアップがある。テイワズに駆けこまれたとしても、奴らが重い腰を上げることはあり得ない。

 一度奴らを追い払えば、報復される心配はほぼ無い。

 ディラスはニッと笑みを浮かべた。

 

 

「ふん………存外軟弱な連中なのだな、鉄華団というのは。――――なら構わん! 一気に押し入って基地を制圧しろ! 進軍ッ!!」

 

 

 ディラスの号令を受け、モビルワーカーと〝ゲイレール〟隊が前進し包囲網を詰めていく。地雷の類も、反撃の砲火もない。

 そうしているうちに、モビルワーカー隊が基地のゲートを突破して中へと押し入った。

 

『モビルワーカー隊突入しましたッ!』

『ガキどもは一匹もいませんぜ。ちっ! 根性無しが………』

『とにかく取れるモンは取っちまえよ! 地下の入り口を開けろッ!』

 

〝ゲイレール〟隊も四方を囲みつつ、坂を登って周辺を警戒する。周辺はどこまでも続く荒野で、異常があればすぐに気が付く。

 いよいよ、無血開城か。ディラスはようやく、勝利を確信――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その時、〝ゲイレール〟の1機が足をかけていた斜面が爆ぜ、機体は激しく舞い上がる土煙に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「な!?」

 

 一気にエイハブ・ウェーブの観測数値が上昇していく。

 

『エイハブ・ウェーブの反応急上昇!』

『あれは――――――!?』

 

 

 舞い上がった土煙がようやく晴れた時、ディラスの目に映ったのは………内側から爆破されたかのように、ぽっかりと大きく口を空ける斜面。潰れた状態で無残に横たわる〝ゲイレール〟。

 そして、斜面の奥に隠されていたゲートからのっそりと現れたのは――――巨砲を腰だめに構えた蒼い……分厚い重装甲のモビルスーツ。

 

 

 その双眸が放った一瞬の輝きさえ、ディラスの目を釘付けにした。

 

 

 

 

 

 


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