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昼過ぎのエドモントン廃駅にて――――
「世話になったな、少年」
そう言ってクランクは、俺にその大きな手を差し伸べた。「あ………」と俺は慌てて腰を下ろしていたコンテナから立ち上がろうとしたのだが、
「いや、そのままでいい。その怪我ではな」
と苦笑されてしまい、俺も気恥ずかしく笑いながらその手を握り返した。クランクの背後ではアインが少し頬を緩めながらこちらを見守るように佇んでいる。
ようやく鉄華団としての初仕事………クーデリアを地球に送り届ける任務が終わり、鉄華団の面々は誰もがモビルワーカーや物資の撤収作業に追われていた。雪之丞が野太い声で発破をかけ、いつも通り団員たちがそれに元気よく応える。
撤収はいたって手際よく、俺の周りも、俺が腰かけているコンテナ以外何も残っていなかった。片足片腕が潰され、ナノマシン治療後の自然治癒のためにギブスを嵌められて固定されている身では、このコンテナがちょうどいいイス代わりだ。
「俺も、クランクさんには本当にお世話になりました。鉄華団のことも………」
「なに、大したことはしていない。これで、子供たちの未来が無事に開けてくれるといいのだが………」
いくばくかの懸念を湛えた目で、クランクは撤収作業に追われる少年たちを見やっていた。
これから火星ハーフメタルを元手に、火星の経済は上向くに違いない。雇用の充実もこれから始まる。聞くところによると鉄華団もテイワズの下で火星ハーフメタル事業にこれから本格的に加わるとか。ビスケットがその事業の音頭を取るなど、見渡せば明るいニュースばかり。
それでも、
「………皆、これからも戦い続けると思います」
「だが、これからは戦わずに平和に生きるという選択肢もあるだろうに」
「俺も、いつかは皆がそんな未来を選んでくれると信じています。でも………今はまだダメです」
ギャラルホルンでは、これからマクギリスとラスタル・エリオンの覇権争いが激化し、鉄華団は否応なくその政争に巻き込まれる。
鉄華団が身を寄せているテイワズでも………火星ハーフメタル利権を手土産に急激な躍進を遂げることになる鉄華団を妬み、足を引っ張り、願わくば潰してやろうと画策する者や勢力が現れるだろう。ジャスレイ・ドノミコルスとか。もしかしたら、原作で語られなかった敵も現れるかもしれない。
「今の鉄華団には敵が多すぎます。警戒して、備えないとすぐに潰されてしまう」
「そうか。そうかもしれんな………」
「俺が言うのも変かもしれないですけど、もしクランクさんが鉄華団に入ってくれたら………」
だがクランクは、首を横に振った。
「すまんが、それはできん。俺もかつてはギャラルホルンの一員だった男だ。子供たちの境遇に憤り、同情し、一時は轡を並べて戦ったが………あの時の戦いで俺は多くの部下、教え子を失った。その恨み、決して忘れた訳ではない」
「………俺が憎いですか?」
その問いかけにも、クランクはかぶりを振った。
「お前も、手塩にかけて育てた部下を失えば分かるだろう。だが、恨みつらみに振り回されて復讐を志すのは間違いだ。そのようなことで死んだ者が浮かばれるはずがないからな。間違いを正し、正しいことを為す………すなわち、年端もいかぬうちに戦いの中で生きてきたお前たちの、運命を変える戦いに身を投ずる。それこそが俺にとって今最も正しい道だと思った。それだけが理由だ」
「俺も、クランク二尉と共に行くのが正しい道と確信しています!」
ギャラルホルン式の敬礼でアインが直立する。その生真面目な表情に、「また俺に階級を付けているぞ」とクランクは苦笑しつつ、
「とりあえず、俺とアインはモンターク商会が手配したトレーラーに乗ってここを離れる。雇い主であるモンタークにも状況を報告せねばならんしな。………だが、道を違えども志が同じならば、また相まみえることもあるだろう」
「分かりましたクランクさん。また、お会いできると信じています」
この人なら、また俺たち……鉄華団の力になってくれるに違いない。
ここで別々の方向に歩んでも、また。
ではな、とクランクは踵を返し、アインも「失礼します!」ときびきびした所作でその後を追った。その奥に見えるのは2台の、モンターク商会のエンブレムがあしらわれたモビルスーツ運搬用トレーラー。そしてその上の荷台に乗せられた〝フォルネウス〟と〝アクア・グレイズ〟。
2人の戦士が立ち去るのを、俺はコンテナに腰を下ろしたまま見守っていたのだが、
「………ぬあーにカッコつけてんのよ」
「んで!?」
ゴン、とタブレット端末の角で頭を叩かれ、驚いて振り返るとそこにはフェニーの姿が。
「よう、フェニー」
「ようじゃないわよ! ダメじゃないのベッドで寝てなきゃ!」
「誰も絡んでくれないから暇だったんだよ」
メディカルナノマシンによる治療も終わり、再生した骨の定着のためにベッドで横になるようドクターにも言われていたのだが………撤収作業で誰もが大わらわになっている中、俺の即席の病室に来てくれるような物好きなどいる訳もなく、適当に誰かに絡んでやろうと松葉杖を突きながら病室を抜け出して、今に至る。
「明日には出発で皆忙しいんだから、怪我人は大人しくしてなさいよ」
「ちぇ。もうちっとチヤホヤしてくれたって………」
「はいはい。宇宙に出て暇になったら好きなだけカケルのこと構ってあげるから」
「よろしくお願いしますm(o・ω・o)m」
ったく、調子いいんだから………と呆れ顔のフェニーだったが、
「でも………カケルが生きててよかった」
「命に代えてでも守ってやるって言っただろ? 死んでも〝ラーム〟はフェニーに残してやるし」
「バカ。私たちメカニックが必死こいて整備してあげてるのはね、あんた達パイロットが無事に戻ってこられるようにするためなのよ。………機体だけ戻ってきたって、意味ないんだから」
そう言ってフェニーは、俺と背中合わせになるようにコンテナに腰を下ろした。背中越し、彼女のジャケット越しにその体温を感じ、思わず俺はビクリと身をすくめてしまった。
「フェニー………?」
「振り向かないで。………ホントに、ホントに心配したんだから」
背中合わせに、ふと手を伸ばしてフェニーの手に触れる。一瞬、ビクッと震えたが、おずおずと指先を触れ返してきた。
「ゴメン、フェニー………」
「うん」
「でも、〝ラーム〟の装甲が厚いお陰で助かったぜ。フェニーのお陰だな」
「べ、べ別にあんたのためじゃないし! 広域制圧機としての〝ラーム〟の特性とガンダムフレームのツインリアクター出力を最も効果的に活用するために―――――」
とその時、こちらに近づいてくるいくつかの人影が。
「あ。クーデリアさん」
「え?」
フェニー共々見やると、三日月やアトラと一緒に、クーデリアがこちらへとやって来る所だった。
「お久しぶりです。カケルさん」
「こちらこそ………つっ」
「あ、そのままで大丈夫ですよ」
コンテナから腰を浮かそうとする俺を押し留めつつ、クーデリアは静かに微笑み、小さくお辞儀した。
「この度は、私の護衛を引き受けてくださって本当にありがとうございました」
「い、いえ。俺はほとんど鉄華団のオマケみたいなもんですし、大してお役にも立てず………」
「何言ってんの? カケルが援護してくれたお陰でモビルワーカー隊が皆助かったんだろ。それに、あの時助けてくれなかったら俺も危なかった」
火星ヤシを一粒口にしながら三日月。「それだけではありません」とクーデリアは続けた。
「ドルトでも地球に降りる時も、適切なアドバイスをカケルさんにもらいました。それにフミタンのことも………」
「そういえば、フミタンさんからは何か連絡が?」
「ええ。私が火星ハーフメタル産業に関われるよう、商会立ち上げの準備をしてくれています」
ノブリスの元エージェントとして火星の裏事情にも精通しているだろうフミタンがクーデリアの側にいるという事実はかなり大きい。それに、クーデリア自身も、姉のように頼れる存在が身近にいることに、自然と表情が和らいでいるようだった。
「カケルさんには本当にお世話になりました。報酬の方も、すぐにとはいきませんが必ず。ご満足いただける額をご用意しますね」
「あ、だったら鉄華団の………俺の給与口座に振り込んでもらってもいいですか?」
俺の手元にあるのは、綺麗に折りたたまれた鉄華団のジャケット。
「フェニー」と声をかけると、「ん」とフェニーはコンテナから腰を浮かせて立ち上がり、そっとジャケットを羽織らせてくれた。
「わぁ……」とアトラが嬉しそうに表情を明るくし、「へぇ」と心なしか三日月も。
「鉄華団実働モビルスーツ隊、蒼月駆留。鉄華団共々、これからもご贔屓にお願いします」
「はい! よろしくお願いしますね」
撤収作業は順調に進み、辺りが落ち着きを見せる頃には、空は真っ赤な夕焼けに染まり始めていた。
▽△▽――――――▽△▽
――――そして、何事にも、終わりと区切りがある。
「みんなよく頑張ってくれた! 鉄華団としての初仕事、お前らのおかげでやりきることができた」
撤収作業もようやくひと段落ついた日暮れ前。エドモントンの淡く綺麗な夕焼けと、トレーラーに載せられた隻腕の〝バルバトス〟を背に、そして雑然と集まった団員たちを前にオルガのよく通る声が響き渡った。
ビスケットやユージンやシノといった年長組の面々。
昭弘と昌弘兄弟。その周りにはビトーやペドロ、アストンやデルマも。ビトーやペドロは頭を包帯でグルグル巻きにされて片腕も吊るなど痛々しい姿だが、それでもしっかり立って、オルガを見上げている。
その後ろにはチャドとダンテ。
年少組も、タカキを始め、ライドやダンジ。エンビ、エルガー、トロウといった子供たちも、トレーラー荷台の上の団長を見上げて、その言葉を聞いていた。その隣にはクレストやシーノットたち。原作よりも年長組、年少組どちらもその数はずっと多い。
クーデリアやアトラも、団員たちに混じっていた。クーデリアは地球に残ることになったが、今日はここに泊まっていくという。
それに、ふと振り返れば………遠くの駅舎に背を預けるように、名瀬がアミダやラフタ、アジー、エーコたちと共にこちらを見守っている。
俺は後ろの方で、小型コンテナに座ったまま、隣に佇むフェニーと共にオルガを見やった。
「………けどなここで終わりじゃねぇぞ。俺たちはもっともっとでかくなる!」
オルガがさらに声を張り上げた。
が、「けどまあ………」とニヤリと悪戯っぽく口角を吊り上げて、
「次の仕事までは間があるからな。………お前らァ! 成功祝いのボーナスは期待しとけよ!!」
その瞬間「待ってましたッ!!」と待ち構えていた団員たちの歓声が爆発した。
「ボーナスだってよ!」
「すっげぇ!」
「もうパーッと使っちまおうぜ! パーッと!!」
「いくら出るのかなぁ」
「………ぼーなすって何だ?」
「お、おれに聞くなよ」
喜んだり、笑ったり、戸惑ったり………様々な表情を見せつつ浮足立つ団員たちを、オルガはトレーラー荷台の上から笑いかけて見下ろしていたのだが、
「………ああ、そうだ。お前らもう一つ! 今日から新人が一人、鉄華団に入るからな!」
おぉ? 新人? 誰? と途端に困惑したように皆が顔を見合わせる。
オルガは「カケル!」と遠くの俺に呼びかける。その瞬間全員の視線が一気に俺に集中して、
「………えぇ?」
「何か一言、ビシッと決めてくれよ」
まさかここで紹介されるとは思わず。というか新人の自己紹介があるとは思いもよらず………マジで?
「新人? 誰だぁ?」
「カケル? てか、ウチの団員じゃなかったっけ?」
「クーデリアさんの傭兵なんだと」
「へぇ………全然気づかなかった」
等々、あまりに散々な言われように辟易としつつ、流石に黙して語らずという訳にもいかないので、嘆息しつつまずは「よっこらせ」と立ち上がろうとしたのだが、
「よっしゃあ! ここはこのシノ様に任せとけ!」
「へ? って、うおわっ!?」
ずい、と俺の前に進み出たシノが、次の瞬間身を沈めて………「よいしょぉっ!」と俺を肩車し始めた。
抱え上げられた瞬間、見ている世界が一気に変わり、オルガ同様に全員を見下ろせる視線の位置に。同時に全団員から見上げられて………一気に身をすくめたくなってしまった。
「よっしカケル! これで皆見れるだろ!?」
「ちょ………!」
慌ててワシっ、と片腕でシノの頭を掴みつつバランスを取る。………向こうに見えるヤマギの、何とも言えない微妙な表情に、ついつい心の中で謝罪。
「おらおら~、あくしろよ~」
「わ、分かったから揺らすなって!………えー、この度鉄華団に入ることになった蒼月………」
「声ちっせえぞー!」
「全然きこえねー!」
「指先から声出せー!」
野太い声の年長から、年少にまでやんややんや、とヤジられ………
何というか、すんなり受け入れられたことが嬉しい、に半分。やけに舐められてるような気がしてムカつくのが半分………
「えー! 蒼月駆留17歳!! 童貞!! 好きな食べ物はキムチ牛丼特盛!! えー! 他は!?」
「女! カケルの好きな女のタイプ!」
「男もいいぞー!」
「付き合ってやろうかー!」
「うるせー! 女なら同い年プラマイ2まで!! 男なら11歳以上はすっこんでろッ!!」
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「ったく、何やってんだか」
カケルを取り巻いて、バカみたいにはしゃぐ仲間たちを前に、オルガは前髪を掻き上げて苦笑した。鉄華団の初仕事を成功させることができたと、改めて思い直す。
「オルガ」
「お疲れさま」
三日月とビスケットがオルガの立つトレーラー荷台に昇ってきた。動かなくなったという三日月の右腕はジャケットの中でだらん、と垂れ下がり、右目も心なしか光彩を欠いて見える。それでもいつものミカだった。
それにビスケットも、変わらずそこにいる。
「………終わったな。これでやっと」
「うん」
「この仕事を成功させて、俺たちを取り巻く環境はぐっと良くなるはずだよ。皆にもっと給料もしっかり出せてやれるし、食事や住む所だって。これからは、危ないことをしなくてもまっとうに生きられるよう頑張らなくちゃ」
「ああ。そこは任せるぞ、ビスケット」
「僕に丸投げするんじゃなくて、それも団長の大事な仕事なんだから」
「細けえことはお前の方が詳しいからよ。………火星ハーフメタル事業の音頭、しっかりとってくれよな」
「………やれやれ。僕は僕のできることを精一杯やるよ」
呆れながらも、心なしかビスケットの口元は笑って見えた。
辿り着きたいと、そう願っていた。ミカや、鉄華団の皆と一緒に………いつかミカに語った「ここじゃないどこか」へ。
ここもその一つだ。仲間……家族がこうやってバカ騒ぎするこの景色が。
だが、まだまだ道は遠い。まだまだ先にはもっと、鉄華団だけじゃなく、居場所のない全員をまとめて包めるような、デカい未来が待っているはずなのだ。
そこに着くまで、オルガは止まらない。
団長として、全員をきっちり連れていく。オルガは固く覚悟を決め、ふと三日月の方を見やった。
「………なぁ、ミカ」
「ん?」
「次は何をすればいい?」
次はどうすればいい? そう問いかけつつ道を切り開いてくれるのはいつも、この相棒だった。
そんなオルガの問いかけに、三日月は真っ直ぐ空を見上げて答える。
「そんなの決まってるでしょ」
「………ふ、そうだな」
オルガと三日月は、いつものように軽く拳同士をぶつけ合う。
次にやるべきこと。そう、とっくに決まってるじゃないか。
「―――――帰ろう」
「うん。火星へ………」
その時、
夕焼けの空を一瞬流れ星のような軌跡が浮かび上がり………そして瞬く間に消え去ったが、見た者は誰もいなかった。
芽茂カキコです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
おかげさまで、何とかここまで書くことができました。
今後の展開について、せっかく1期と2期の間で1年以上の空白があるので、鉄血ランペイジ時空における1期と2期の間の優しい話を描く『仮想1.5期』を描いていきたいと予定中です。