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戦闘から一夜が明け、
また朝日が昇った――――――。
夜明けの眩い陽光に、海が輝きタンカーが照らされる。
甲板上に全団員が集められ、その視線の先…オルガが一段高い場所に立って全員を見渡していた。俺は、タービンズの面々とクランクやアイン、フェニーと一緒に、少し離れた場所から見守る。
オルガは表情厳しく口を開いた。
「―――みんな聞いてくれ。ここまで本当によくやってくれた。けど、まだ終わりじゃねえ。俺たちの仕事はまだ終わってねぇんだ」
その言葉に、続けざまの勝利に浮かれていた団員たちは、気を引き締めるように居ずまいを正す。オルガは続けた。
「この地球には、俺たちを潰したがってるヤツらがいる。だがな、ヤツらはわかってねぇ。鉄華団は………ただのガキの集まりじゃねえってことをな! 今までは攻撃を受けるたび、降りかかる火の粉だと思って払ってきた。ここから先はそうじゃねぇ! 今から俺たちの前に立ちふさがるヤツは、誰であろうとぶっ潰す!」
そうだろミカ? オルガは鋭い目線で、三日月を見下ろした。三日月も唇を結び、小さく頷く。
「ああ。邪魔するヤツは全部敵だ………!」
ここから先。厳しい戦局が待ち構えていることを俺は知っている。
このままでは数多くの団員の命が散ってしまうことも………
俺も、後ろでその様子を見守りながら、ギュッと拳を固く握りしめた。クランクがチラッとこちらを見、フェニーも少し不安げな表情を向けてくるが、今は何も応えられない。
オルガは、再び前を見据え、全員の視線を見返した。
「これはただのドンパチじゃねえ! 俺たち……俺たち鉄華団全員が未来を掴むための、戦いだ。俺たちは命と金を引き換えに、生まれた時から今日まで生きてきた。だがな、俺たちはただ使われるだけの道具でも消耗品でもねぇ! ただのガキだの道具だのとバカにしているクソジジイ共に思い知らせてやろうじゃねえか」
そして一拍置いたオルガは、全員と、一人一人と視線を交わし合うようにしっかり見渡してから、
「―――――そんでもって、この仕事をきっちり達成して、でっかい未来を掴んでやろうじゃねえかッ!!」
その瞬間、団員たちの歓声が爆発した。
「やってやろうじゃねえか! ギャラルホルンなんざメタクソだぜ!」
快哉を上げるシノに、昭弘も腕組みしながら小さく頷いた。傍らで昌弘がその横顔を見上げる。
「兄貴。俺………」
「俺たち全員で、家族全員で掴む未来だ。意地を見せるぞ、昌弘」
「よっしゃあタカキ! どっちが一番敵を多く倒せるか勝負な!」
「ライド、お互い団のために頑張るだけだろ?」
「つまんねーこと言うなって! 勝負の方が燃えんだろ!?」
「うおおおっ! 何か……何か……えーと………」
「燃えてきた?」
「そうそれ! 燃えてきたぜぇっ! 行くぞペドロッ!」
「うん………! ビトーと一緒なら、どんな敵でも戦える」
「俺たちは………いつものようにやるだけだ」
「そうだな」
頷き合うアストンとデルマ。それでも、そんな彼らでも若干表情が綻んでいるのが分かった。
クレストも、シーノットらと集まり、見渡せば誰もが思い思いに気勢を上げていた。
宇宙ネズミとして蔑まれ、消耗品として使われ続けてきた参番組の少年兵たち。
ヒューマンデブリとして、残酷な運命を受け入れるしかなかった少年たち。
こいつら全員に未来を。ここじゃない何処か。全員が笑って生きることができる―――――本当の居場所に。
少年たちの気勢に、クランクは満足そうに頷いていた。
「見るがいい。これこそが正道というものだ。少年たちの歩む未来――――守るために戦うぞ、アインッ!」
「はいっ! クランクさんにお供します!」
タービンズのアジー、ラフタ、エーコも苦笑しながら、
「ま……いい面構えになってきたんじゃないの? 最初に比べてさ」
「仕事きっちり終わらせて、ダーリンにギューってしてもらうんだから!」
「あ、ずるい! 私も!」
これから起こる過酷な戦いを前に、今の俺は祈ることしかできない。
どうか―――――――
「全員に、辿り着いて欲しいんだ。俺は………!」
「できるわよ。皆が力を合わせれば」
フェニーの言葉に振り返り、ふと微笑み返して頷いた俺は、遥か頭上、どこまでも澄んだ青空を見上げた。
その後の航海は、どこまでも続く青空同様、順風満帆そのものでギャラルホルンの追撃も途絶える。タンカーは無事、目的地であるアラスカ・アンカレッジへとその日の夜のうちに入港した。
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人間であることを捨てる。
ギャラルホルンによる世界秩序。今の世はその選択の上に築かれたのだ。
300年前。長く続く厄祭戦のために、人々は疲弊し、人類存亡の危機に瀕していた。人類が生き延びるためには、誰かが戦争を終わらせる必要があった。戦力の均衡を破る圧倒的な力、人間の能力を超える力で………。
厄祭戦を終わらせる――――その同じ志を持つ者たちが集まり、国や経済圏の枠に囚われない全く新しい組織が結成された。そして彼らは、人類最強の戦力である、モビルスーツの運動性を最大限に高めるシステム…すなわち『阿頼耶識システム』を作り上げた。
そして、その力を限界まで発揮できる72機のモビルスーツ―――――〝ガンダムフレーム〟を。
人間であることを捨て、人間を救った救世主たち。彼らはのちに、〝ギャラルホルン〟と呼ばれる組織になった。
マクギリスは一人、ギャラルホルン地球本部〝ヴィーンゴールヴ〟の地下フロアへと進んでいた。一定以上の身分…ギャラルホルンの、それこそセブンスターズに名を連ねる者でなければ到底自由に行き来できない場所だ。
いくつものエレベーターを経由して下部フロアに。ようやく最下層に到達しエレベータードアが開かれた先…無機質な通路が続いている。硬く足音を響かせながらマクギリスは先へと進んだ。
そして一つの厳重な鉄扉がマクギリスの行く手を阻む。それと、微笑んで待ち構える一人の男も。
「お待ちしておりました。マクギリス様」
「………サングイスか。ガエリオの様子は?」
「どうぞこちらへ」
ヴィーンゴールヴの人間にしてはあまりに奇妙な風体…金色の意匠が複雑に施されたローブを身にまとい、頭もフードですっぽり覆い隠し、笑みを浮かべる口元以外捉えることができない。人々の往来が激しい上のフロアに出れば、間違いなく数分と待たずに兵士に捕らえられるだろう。
だが、ここはギャラルホルンでも特に厳重に機密管理が施された区画。限られた者以外、このフロアの存在を知ることは無く、そもそも許可を持たない人物が出入りすること自体あり得ない場所だ。マクギリスと男……サングイスは、鉄扉を開け放ち、さらに続く冷たい雰囲気を漂わせる通路を歩いていく。
そしてまた厳重に閉じられた扉。今度は武装した二人のギャラルホルン兵士が両脇を固めていた。
サングイスは彼らの手前まで近づくと、
「開けなさい」
それだけ命じると兵士の一人が手元の端末を操作し、扉のロックを解除。重厚な音を立てながら左右へと開かれた。
「どうぞお通りください」
「サングイス様にザドキエル様のご加護がありますように」
「あなたたちも――――厄祭の教えに忠実でありますように」
捧銃の敬礼を示すギャラルホルン兵士に見送られつつ、サングイスに先導されマクギリスはその奥にある広大な空間へと立ち入った。
厄祭戦後、戦後秩序を脅かしうる軍事技術である阿頼耶識システムとその技術は、ギャラルホルンによって封印され、〝人は自然でなければならぬ〟〝人体に機械を埋め込むことは害悪〟という思想をも意図的に広め、その力と可能性を徹底的に封じ込めた。
だが、それでも尚、阿頼耶識システムは途絶えることなく、圏外圏へ不完全な形で流出した他―――――今日に至るまでそのテクノロジーを洗練させた者すらいる。
今、マクギリスが眼前に捉えている男たち………〝厄祭教団〟の司祭や科学者たちのように。
「〝キマリス〟の経過はどうなっている?」
マクギリスがそう問いかけると、端末に集まり何やら議論していたローブ姿の男たち、老科学者たちが一斉に振り返った。そして恭しく首を垂れて、
「これはサングイス司祭にマクギリス様。――――あなた方が厄祭の教えに忠実でありますように」
「ザドキエル様のご加護を―――――」
彼らの間では至極当然となる挨拶を口にした後、一人の老科学者が進み出た。
「全ては万物の偉大なる父ザドキエル様の御心のままに進んでおります。聖霊の一柱たる〝ガンダムキマリス〟の阿頼耶識システムを復活させ、『生体ユニット』との接続同調作業も間もなく最終段階でございます」
「機体の改修は既に完了しており、後はソフトウェア上の問題に対処するのみかと」
それだけ聞くとマクギリスは一歩、また一歩と〝キマリス〟に近づいていく。「ま、まだ意識は戻っておりませんが………」と老科学者の一人が進み出るが構わず、マクギリスは眼前のモビルスーツを見上げた。
そして、
「――――さあ示すんだ、ガエリオ。身を捨てて地球を守ったギャラルホルンの原点を。そして、その〝力〟こそが世界を正しく導く原動力であるということを、この驕った世界に分からせてやれ………!」
薄暗いその空間の奥……1機のガンダムフレームの威容が、マクギリスらを見下ろすかのように静かに佇んでいた。
端末に表示された機体名は
―――――【GUNDAM FRAME - KIMARIS GAELIO】
次章よりアーブラウ編に入りたいと思いますm(_)m