鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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【オリキャラ解説】

クレスト

・年齢:10~11歳
・出身:地球 アフリカンユニオン

ブルワーズから保護された、元ヒューマンデブリの少年団員。
大人の海賊たちから食糧や薬を盗むなど手癖が悪く、解放された後も鉄華団に心を許さなかったがカケルとの交流によって少しずつ警戒心を解いていく。

元ブルワーズのモビルスーツパイロットとして優れた技量を持ち、鉄華団でもブルワーズから譲渡された〝マン・ロディ〟のパイロットとして活躍する。


(原作では)

乗機の〝マン・ロディ〟の火器管制システムの故障によって陸戦隊に回されており、ブルワーズ艦に上陸してきた鉄華団員によって射殺された。
(本作中では火器管制システムの不調の中出撃し、〝ラーム〟が搭乗していた〝クタン参型〟のブースターユニットを破壊するなど健闘した)





モンターク邸にて

▽△▽――――――▽△▽

 

 ヒューマンデブリは、いつ叩き起こされて戦場に駆り出されてもいいように、眠りは浅い。そうでなければ、もしクダルの前で眠そうな様子を見せたりふらつこうものなら殴り飛ばされるし、集中力が欠ければ即、死に直結するからだ。

 

 昔、母さんと乗っていた客船が海賊に襲われ、捕獲されてヒューマンデブリとして毎日戦うようになってからずっと、クレストは深い眠りについたことなど無かった。ヒューマンデブリの寿命は長くない。だから人間のように長く眠る必要などないし、与えられる休みだってほとんどない。戦いと戦い、略奪と略奪、戦いの後の重労働の間、偶然できた合間に、クダルや海賊たちに隠れて1時間ぐらいこっそり眠る毎日だった。

 

 鉄華団に譲り渡され、4人部屋の寝床で寝られるようになっても、ブルワーズの時の習慣がすっかり染み付いてしまった身体は頑なに長い睡眠を受け入れようとはしなかった。1時間、長くても2、3時間だけ浅く眠って、身体から力が抜ける前にすぐ目が覚めてしまうのだ。

 

 

「ん………」

 

 

 どうしても眠れない。

 眠っちゃいけないような気がする。もうクダルだって、ブルワーズだっていないのに………

 

 今、クレストたちがいるのは、モンタークというお金持ちの屋敷だった。鉄華団の船に帰還し損ねたクレストたちの救援に駆けつけ、まずは宇宙港に、そしてモビルスーツから降りた自分たちだけ、車でこの屋敷に連れてこられたのだ。

 屋敷に着いた時には日も暮れて、ここまでクレストらを連れてきた女性に、まずは休むように言われて寝室を二部屋あてがわれた。一部屋にはクレストとカケル、もう一部屋にはビトーとペドロ。

 

 どれだけ目を瞑っても休めない。きっと、隣の部屋のビトーやペドロも同じだろう。ヒューマンデブリがぐっすり休んでいいはずがないのだから。

 ベッドに横になるだけで何時間も無為に過ごすのは、これまでの慣習からあまりにもかけ離れており、クレストは気分の悪さすら感じた。

 

「もういいや」

 

 他のことをしよう、とクレストはもぞもぞとベッドから抜け出した。向こうのベッドにはまだカケルが………この上なく幸せそうな寝顔で眠っており、起こさないよう、そっと床に足を着ける。足音を立てないよう動き回ることは、ヒューマンデブリにとってごく当たり前のことだった。わずかな足音でもクダルや海賊の耳に入れば、どやしつけられ、殴られ、クダルの機嫌が悪い時には宇宙に捨てられた奴だっていたからだ。

 

 今、クレストが着ているのは柔らかい素材の青いパジャマで、屋敷の人から与えられたものだった。ヒューマンデブリが一生着るノーマルスーツのような雑な作りでもなければ汚くもない。鉄華団の制服よりも、ずっと清潔で柔らかい。

 それでも、ベッドの外で動くには少し肌寒くて………そっとクローゼットを開けると、ヒューマンデブリには一生縁のないような上等な衣服がかけられていた。

 真っ白なシャツに赤いチョッキ、ズボンにベルト、黒い靴下に靴。

 

………どうせ、鉄華団のノーマルスーツは取り上げられたし。

 

音を立てずにこっそり着替えて、クレストは部屋のドアを開けた。鍵はかけられていないが少しでも力を入れるとキィ、と扉が軋むので慎重に。わずかにできた隙間から、クレストはまだ力をつけたばかりの線の細い身体ですり抜けた。

と、そこで隣の部屋も少し開け放たれていることに気が付いた。きっと、ビトーたちも耐えかねて外に偵察に出かけたのだろう。

 屋敷の通路、その床には踏めば少し沈むほどのカーペットが敷かれており、売り飛ばせば高そうな絵画や、よく分からない彫刻、それに古い甲冑が点々と並んでいた。

 

 とりあえず他の部屋を一部屋ずつ確認する。ブルワーズの上陸部隊に回された時、襲撃した船の生き残りが隠れてそうな場所をしらみつぶしに探して殺して回るよう、それに隠し財産があれば持ってくるよう真っ先に叩き込まれた。稼ぎが少ないと、殴られたり、悪い時には他のヒューマンデブリの前でみせしめに殺される仲間だっていた。

 

 カケルも、モンタークという人には気を許していない様子だった。少しでも屋敷の情報が分かった方がいいに決まっている。

 クレストは慎重に一部屋一部屋開けて回ったが、どれも似たような、ベッドや机、戸棚がある部屋ばかりだった。どの部屋にも価値のありそうな古い本が並んでおり、モンタークという人物がどれだけ富んだ人物であるかが容易に想像できた。

 

 と、一つだけ違う扉を見つけて、クレストはゆっくり扉を開け、わずかな隙間から中を覗き込む。

 そこは大きな机が奥に置かれた、ただっ広い部屋だった。壁にガラス戸の棚が並んでおり、いろんな品々が置かれている。

 何の部屋だろう? クレストは興味本位で足を………

 

 

 

 

―――――まあまあ、いけませんよ! 旦那様の邪魔をしちゃあ。

―――――坊ちゃんはあちらでお勉強しましょうねぇ。

 

 

 

 

「え?」

 

 誰かに呼びかけられた気がして、クレストは思わず振り返った。誰もいない。

 誰だか分からない。実際に呼びかけられた訳じゃない。でも、すごい懐かしい気が………

 母さんと乗っていた客船が海賊に襲われて………でも、それ以前の記憶はクレストにはほとんど残っていなかった。使い捨ての道具として、いつも殴られて、誰かの死と隣り合わせで、身体も心もすり減る辛く、苦しい毎日で少しずつ昔の思い出を失っていく。

 

 

楽しい思い出なんてあっても無駄だし、余計に苦しくなるだけだから。

 

 

そうしてヒューマンデブリは消耗して最後には何も無くなって死んでいくのだ。少し年上で、もう死んでしまった仲間からそう聞かされてきた。

 母さんと客船に乗って………でも、その前には俺、どこにいたんだろ。

 何してたんだろ。

 

 取り留めも無く脳裏の隅で思い悩みながら、クレストはガラス戸の中の品………美術品であったり、古い武器であったり、を一つ一つ眺めていた。

 と、その一つに………クレストの無くなってしまったはずの記憶に引っかかるモノがあったのだ。

 

 

「………バイオリン?」

 

 

 ガラス戸の中で立てかけられている木製の楽器。弦もしっかり引かれて、弓もこまめに手入れされているようで、手に取ればすぐにでも弾くことができそうだった。

 だが、ガラス戸はしっかり鍵がされていて、ガラス自体も頑丈そうで割ることなどできそうにない。鍵は、古めかしい錠前だから、細い金具さえあれば………

 

 

 

「―――――音楽に興味がおあり?」

「ひっ!?」

 

 

 

 唐突に背後、それも至近から投げかけられた言葉に、クレストは思わず裏返った悲鳴を上げてしまい、ギョッと振り返った。

 警戒していたはずなのに………いつの間にか長い金髪の綺麗な女、クレストたちをこの屋敷まで連れてきた、確かエリザヴェラと名乗った女がクレストの背後で立っていた。

 

「な、なんだよっ………! おれは別に……っ!」

「あら、とても熱心にご覧になっていたから、興味がおありかと思って。よろしければ手に取ってごらんなさい」

 

 エリザヴェラは優しくクレストに言って、ふとポケットから鍵を取り出した。

 そしてガラス戸のロックが解除され、エリザヴェラは棚の中からヴァイオリンを引き出す。

 さあどうぞ、と差し出されるそれに、クレストは恐る恐る手を伸ばした。

 

 

 何となく、なぜか自分の手がその持ち方を覚えている気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

「んあ………ぁ?」

 

 少しずつ意識がはっきりしてくる。目覚めの感覚と共に俺はぱちくりと眼を開け、まだ重い首を回して周囲を見やった。

 どこだここ? と、寝起きでまだしっかり働かない脳裏に問いかけて………ああ、と1日前の記憶を手繰り寄せる。

 モンターク商会の降下船に乗って地球・ウラジオストク宇宙港に降り立った俺とクレスト、ビトー、ペドロはエリザヴェラに車で連れられて、数十キロ離れた古めかしい城館へ。船の手配が整うまでここでお休みください、と寝室と寝間着、パイロットスーツから着替えるように、と衣類まで用意されたのだ。

 油断する訳にはいかなかったが、地球降下戦で疲弊しきった身体はフカフカのベッドの魅力に抗えずに………少しだけ、と自分に言い訳しておいてぐっすり夢の中に落ちてしまったらしい。窓からは燦燦と朝日が差し込んでいた。それでも尚、ベッドの外が肌寒いのは、ここが極寒の気候地帯に位置しているからだろう。

 

 

「ん? クレスト?」

 

 

 見ると、隣で寝ていたはずのクレストの姿が無く、部屋中見渡しても見当たらない。

 起き上がりロッカーを開けると、着替えが一つ無くなっており、代わりに子供用のパジャマが掛けられていた。外に出たのか?

 俺も用意されていた暖かそうな普段着に着替え、通路へと………

 

 

「うひゃあっ! なんだこれ、つめてーっ!」

「雪だよ。寒くなったら、雨が雪になって積もるんだ」

 

 

 聞き慣れた騒ぎ声に、翻って窓を開けてみる。入り込んできた冷気に一瞬身をすくめて下を覗き込むと、バタバタとビトーとペドロが屋敷の中庭に飛び出してきた所だった。こちらもパイロットスーツではなく用意されていた、まるで良家の子息風のような上下だ。育ちの悪そうな表情や体つきとアンバランスなのか少し可笑しい。

 窓の外からは屋敷の中庭が一望でき、一面雪化粧で彩られていた。

 雪、なんてものに見慣れていないのだろう。元々活発らしいビトーはすっかり未知の光景にはしゃぎ、その後ろで「あ、危ないよー」と頼りなくペドロが窘めている。

 

「おーい。お前らクレスト見なかったか?」

 

 2階から声をかけてやると、「おっ?」「あ!」二人がこちらを見上げて、

 

「俺たちは見てねーぞ!」

「す、すいません。俺も………」

「そっか。とりあえず二人とも、もっと厚着しないと身体冷えるぞー」

 

 それだけ言って俺は、またドアの前に戻って通路に足を踏み入れた。

 モンターク商会、おそらくマクギリス所有の邸宅なのだろうが………紛うことなき貴族の屋敷だ。広々とした通路には赤絨毯が敷き詰められて、壁には大小の絵画。敷地は広大で、マクギリス個人の経済力の巨大さが伺い知れた。

 

 と、その時。どこからかバイオリンの繊細な音色が、俺の耳まで流れついてきた。

………誰だ? こんな所で『パッヘルベルのカノン』なんて弾いてる奴は。

 

 

 

 

 音色に誘われるように通路を進み、その源と思しき一室で俺は足を止める。2つのバイオリンによる、素人として聴いても見事なアンサンブル。1stはまだ不慣れなのか所々で音が飛んだりしているものの、それを伴奏が支えてカバーし、間もなくお馴染みの速弾きのパートに………

 

 邪魔をしないようそっと扉を開けると、意外にもクレストの小さな背が俺の視界に飛び込んできた。傍らにはエリザヴェラが佇み、二人でささやかに『カノン』を演奏しているのだ。仕立てのいい衣服を身に着けたクレストは、まるで音楽教師から指導を受ける名家のお坊ちゃんのようだった。

 邪魔するのも悪いので、気取られないよう扉越しにたった一人の聴客を気取ることにする。

 やがて、最後の一節まで弾き終わり、ささやかな演奏会は終わりを迎えた。

 エリザヴェラはにっこりとクレストに笑いかけて、

 

「お上手ね。まだ指が慣れてない所もあるみたいだけど、練習すればすぐに上達するわ」

「う、うん………あっ」

 

 

 そこで俺の存在に気が付いたクレストに、俺も「上手いもんだな」とありきたりな感想を投げかけて部屋に入った。

 

「てか、バイオリンなんて弾けたんだな」

「うん………昔、お母さんが教えてくれたから。弾き方なんて、もうずっと忘れてたけど」

「お母様はきっと優れた音楽家だったのでしょうね。クレスト君も、とても繊細な指遣いでしたわ」

 

 褒められて気恥ずかしげに俯くクレスト。俺も、軽くその跳ねた蜂蜜色の髪を軽く掻き撫でてやると、「へへ………」と少し嬉しそうにはにかんだ。

 これが………本来ならブルワーズ編で死ぬ奴だなんてな。

 

 

「………ところでエリザヴェラさん」

「はい、カケルさん」

「俺たちはすぐにでもオセアニア連邦領、ミレニアム島に向かわなければならないのですが」

 

 

 原作通りなら、近日中の夜明けにはギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊所属部隊による総攻撃が始まるはずだ。のんびりしている時間はそう残されていない。原作より多めの戦力を確保できているとはいえ、1機でもモビルスーツ、モビルワーカーが必要となるのは間違いないのだ。

 だが、エリザヴェラはおっとりとした笑みを浮かべるばかりで、

 

 

「まずはカケルさんもお目覚めになりましたので、お食事にいたしましょう。じきに我が主モンターク様より連絡がございますので、どうそそちらでご要望をお伝えくださいませ」

 

 

 

 

 

 

 


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