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ドルトコロニー群へと迫るL7駐留艦隊の艦列の中で、いくつもの火球が煌めいては消えていく。
『ぐぶ………っ!』
もう何度、敵の断末魔を聞いたことだろうか。
俺はコンバットブレードを突き立てた〝グレイズ〟からその刀身を引き抜き、それを蹴飛ばして次の〝獲物〟へと〝ラームランペイジ〟を飛翔させた。
敵艦隊のど真ん中で暴れているにも関わらず周囲のハーフビーク級からの対空砲火はまばらだ。同士討ちを恐れてのことだろう。だからこそ、殺りやすい。
今度はもう1機の〝グレイズ〟に急迫して、ほとんどゼロ距離からガトリングキャノンを撃ち放った。眼前で〝グレイズ〟の身体が跳ねて踊り、無数の装甲の破片をまき散らしながらやがて動かなくなる。
そして次の獲物へ………俊敏な〝ラームランペイジ〟はコンバットブレードやガトリングキャノンを駆使し、次々にギャラルホルンのモビルスーツを屠っていっていた。
引き金を引く。
ガトリングキャノンを発射する衝撃がわずかにコックピットを揺らす。
メインモニター越し、眼前の〝グレイズ〟が無残に撃破されていく。
それなのに――――大して何も感じなかった。
俺は、人を殺している。
原作ではおそらくここで終わらなかっただろう命だ。それを、俺の個人的なワガママを理由に、殺して回っている。
恐怖、逡巡、そして後悔は………一人一人を殺す度に瞬間的に湧き上がってくるが、すぐに冷めてしまった。
俺は何をやってるんだ――――――――――――?
『ま、待って………っ!』
今度は命乞いが接触回線越しに聞こえたような気がした。だが、躊躇うことなく俺はコンバットブレードを突き刺し、さらに〝ラームランペイジ〟のスラスター全開で、その勢いで背後を航行していたハーフビーク級戦艦のブリッジに〝グレイズ〟の機体ごと串刺しにした。
小規模な爆発がハーフビーク級のブリッジで散発し、ノーマルスーツを着ていないギャラルホルンの将兵が宇宙空間へと容赦なく吸い出されていく。
さらに戦艦の艦尾へと回り込み、2基のメインエンジンノズルへとガトリングキャノンを乱射。
数百もの特製ガトリング弾がメインエンジンノズルの構造を撃ち抜き、破壊し、〝ラームランペイジ〟が離脱したその瞬間には、艦尾から連鎖爆発を起こして、航行不能に陥った。
そしてその爆発が、艦尾から射出された数基の脱出ポッドを飲み込み、焼き尽くす。
俺は人を殺している。
だが何のために?
何故恐れない?
何故躊躇わない?
何故後悔しない?
思考が滅茶苦茶に脳内を駆け巡る間にも、〝ラームランペイジ〟は止まらず、ギャラルホルン相手に猛威を振るい続けた。
「………」
頭から胸部にかけて潰される〝グレイズ〟。
艦首のブリッジを撃ち抜かれて沈むビスコー級。
逃げようとした〝グレイズ〟に、ガトリングキャノンを撃ち放ち、その機体はメインスラスターからの爆発に呑み込まれて吹っ飛んでいった。
だが、
「こいつは………キリがないな」
次から次へと湧いてくる敵モビルスーツ隊。1機潰せば2機。2機潰せば4機現れるかのような………さすがにガンダムフレームとはいえ単騎で殺し切れる相手ではなかった。今は圧倒できとも、直にガトリングキャノンの弾は無くなり、そこを長距離射撃で狙われれば、重装甲の〝ラーム〟に比べて防御力が脆弱になっている〝ラームランペイジ〟はなす術も無い。
だが、もうそろそろ………
『くそ………あの青いモビルスーツめ!』
『10機以上の〝グレイズ〟に、クルーザー、ハーフビーク級まで………』
『迂闊に近づくなッ! 殺されに行くようなものだぞっ!』
『ですがこのままでは………っ!』
『ん? 何だこの―――――――――――』
そして、
『―――――私は、クーデリア・藍那・バーンスタイン』
始まった。
▽△▽――――――▽△▽
『今、テレビの画面を通して、世界の皆さんに呼びかけています。………わたしの声が届いていますか?』
ああ。聞こえているとも。
今、全世界に〝革命の乙女〟の放送が流れている。
この、ノブリス・ゴルドンと、マクマード・バリストンの手によって。
事が起こる前に、ダミー企業であるGNトレーディングとテイワズを介して鉄華団に託した貨物が暴露され、さらには前々からバーンスタイン家に仕込んでいたエージェントの存在すらも嗅ぎつかれるとは想定外だったが………故にあの小娘は、予想以上の化け物ぶりを見せつけてきた。
数日前に送られてきたクーデリアからのメールの内容。そしてその後の、木星圏にいるマクマードとのLCS越しの会談を思い起こし、ノブリスは一人笑みを浮かべた。
―――――全てを承知した上で、この儂を利用しようとはな。さらにはマクマードと利権を競わせるような真似までするとは。
―――――あの娘、まだまだ化ける余地がありそうだ。
ノブリスはオフィスの窓の外、火星植民都市の街並みやその先の荒涼とした大地を見下ろし、端末越しのクーデリアの演説に耳を傾け続けた。
▽△▽――――――▽△▽
『皆さんにお伝えします。宇宙の片隅……ドルトコロニーで起きていることを。そして、そこに生きる人々の真実を』
瀟洒な建物が立ち並ぶドルト3の街並み。
その道路の片隅に、1台の報道中継車が止まっていた。
報道用機器操作用のコンソールが並ぶ車内にて、
「………よし。これで大丈夫だ。一度報道用の専用回線に入ってしまえば、コロニーの通信システムを物理的に破壊されない限り、邪魔が入ることはないからな」
「良かった………。あの、ありがとうございます!」
ビスケットが頭を下げると、報道用機器を操作していた男……ドルトコロニーの公共放送機関DCN(Dort Colony Network)のディレクター、ソウ・カレは「いやいやいや」と首を横に振って、
「いいっていいって。むしろ礼をいいたいのはこっちの方さ。………個人的には今回のギャラルホルンのやり方は一方的過ぎると思っていたからね。労働者側の声もできるだけ伝えたかったんだ」
「それでも………兄さんも助けてくれて」
ソウの向こうで所在なげに佇む男……ドルトカンパニー役員であり、かつてはビスケットの実の兄で合ったにサヴァラン・カヌーレは
「いや………でもこれで、労働者たちが一人でも多く助かるのなら………」
「最初、あのいかつい方が会社に来た時は何事かと思いましたけどねぇ」
ソウや、カメラマンのハジメ、アナウンサーのニナの視線の先で………男、クランク・ゼントは憮然とした表情で黙って答えなかった。
事の始まりは数日前。公共放送機関DCNの本社ビルに一人の男……クランクが姿を現したのがきっかけだった。
そして、コロニー労働者の側に立つ活動家、クーデリア・藍那・バーンスタインの声を放送に乗せてくれと、クーデリアから託されたという情報チップを見せて応対に当たったソウに詰め寄ったのだ。
さらにはドルトカンパニー役員であり、労働者組合との交渉の窓口にもなっているサヴァラン・カヌーレからも、労働者の声をもっと報道するよう会社に口添えがあり………日頃のギャラルホルンや地球優位の放送ばかりで不満や鬱憤が溜まっていたソウら一部の社員は、会社から報道専用回線に直通できる報道中継車を1台と機材を持ち出すことに成功。クランクから渡されたクーデリアからのメッセージを放送することができたのだ。
クランクがDCNを、ビスケットがドルト社員にして兄であるサヴァラン・カヌーレを動かしたことによってクーデリアの放送はドルト中で報道され………この時彼らはまだ知らないが、全世界に向けても発信されている。
報道中継車の小さなモニターの中で、クーデリアはドルトコロニー内における地球出身者とコロニー出身者の格差や差別、工業コロニーでの公害問題などに分かりやすく触れつつ、
『―――――私は、自分の生まれ育った火星の人々を救いたいと思い、行動してきました。けれど、あまりに無知だった。ギャラルホルンの支配に苦しむ人々は、宇宙の各地に存在していたのです』
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ドルト3の富裕層市民たちが、
工業コロニーの暴徒たちが、
装備の大半を失いながらも鎮圧に躍起になっているギャラルホルン兵士たちが、
誰もがクーデリアただ一人の『声』に、動きを止め、耳を傾けていた。
『私はドルトコロニーで、自分たちの現状に立ち向かおうとする人々……コロニーで生まれ育った労働者たちに出会いました。彼らは、人間が人間らしく生きられる世界を手にするために、そしてそんな世界を次の世代の子供たちに託すために、武器を使わない平和的な方法で行動してきました。………ですがそんな彼らに、ドルトカンパニーの経営陣、そしてギャラルホルンは武力による弾圧という手段を取りました………!』
そのギャラルホルン、アリアンロッド艦隊の旗艦でも、その放送を捉えることができた。
メインスクリーンに映し出された、流れるような金髪の少女……クーデリア・藍那・バーンスタインの面立ち、そして彼女の口から発せられるギャラルホルンへの糾弾の数々。艦隊司令官は苛立たしげに、
「何なのだこの娘は………! 直接放送局を押さえろ! 機材を破壊してでも止めるんだッ!」
艦隊司令官はオペレーターらに喚きたてるが、その間にもクーデリアの糾弾は続く。
『ギャラルホルンは労働者たちに攻撃を開始しました。そしてその戦闘………いえ、虐殺は今も続いているのです!!』
▽△▽――――――▽△▽
ドルト3周辺宙域。
三日月の〝バルバトス〟は、集結した労働者組合の武装ランチや作業用モビルスーツの群れを縫うようにして飛び、ようやくたどり着いた母艦〝イサリビ〟の前方甲板の上に機体を着地させた。すでにシノの〝流星号〟が先客として佇んでおり、三日月に次いで昭弘の〝グシオンリベイク〟も甲板上に足を着ける。
その間にも音声のみで、クーデリアの言葉が紡がれていく。
しばらくの沈黙の後、
『………この放送が皆さんの耳に入っている時、私が乗る船はギャラルホルンの艦隊に包囲されていることでしょう。………私は問いたい。あなた方は正義を守る存在ではないのですか? 貧しく、弱い立場の人々を願いや思いを踏みにじることが、これがあなた方の言う正義なのですか? ならば私はそんな正義は認められない! 私の発言が間違っているというのならば………』
おいおい何を言い出すんだぁ……? というシノの乾いた笑いと言葉は、次の瞬間発せられたクーデリアの力強い言葉に塗りつぶされてしまった。
『………ならば構いません! 今すぐわたしの船を撃ち落としなさいッ!!!』
そして放送は終わった。
残されたのは沈黙と………
『おいおい………!』
『うわ………!』
『な、何言ってくれちゃってんのぉ?』
だが、昭弘や昌弘、シノと違い、三日月は眼前の大軍に対して笑みをこぼした。クーデリアの力強い決意が、三日月に力を……今やるべきことを与えていた。
敵がどれだけいるか、どれだけ強いかなんて関係ない。
クーデリアの意思を押し通す。それが三日月の仕事だ。
「どっちにしろやる………ッ!」
三日月はコントロールグリップ(操縦桿)を握り直し、迫るギャラルホルンの艦隊やモビルスーツを迎え撃つべくフットペダルに力を………
『動くな三日月ッ!』
通信越しの鋭い声。〝イサリビ〟ブリッジにいるチャドだ。
そして、見ればコックピットモニターの向こうでも、異変が起きていた。
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「………よし! 望み通り沈めてやるっ! 全艦ッ! 攻撃………」
「統制局より緊急指令です!」
総攻撃を命令しようとした寸前。
アリアンロッド艦隊旗艦にもたらされた、ギャラルホルンの軍事力を統括する統制局からの指令。
それは………直ちに全ての攻撃を中止せよ、というものだった。
「バカな………! あの小娘をあと少しのところで………っ!」
「経済圏……ドルトコロニーを領有するアフリカンユニオンの意向もあるかと。経済圏の本格的な反発を招くことになれば………」
副官の進言に、艦隊司令官は「ぐぐ………っ!」と歯噛みしつつも、緊急指令に反することなどできる訳が無く、自衛を除くすべての戦闘行為を中止するよう命令を発した。
その瞬間、ハーフビーク級戦艦の砲撃は止まり、〝グレイズ〟隊が敵機に突き付けていたライフルを上方に持ちあげて静止。やがて翻って戦闘域から離脱していく。
鉄華団からの追撃は一切なかった。
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「攻撃が、止まったか………」
物言わぬ遺骸と化した〝グレイズ〟の成れの果てを突き飛ばし、静かに周囲を見やると、先ほどまで激しく銃撃や砲撃をこちらに浴びせかけていた〝グレイズ〟やハーフビーク級戦艦が、すっかり沈黙してしまっていた。
原作のまま、クーデリアの演説や事前のノブリスらへの根回しによって地球経済圏の一つ…アフリカンユニオンをも動かし、統制局に作戦中止を命ずるように、クーデリアが仕組んだのだ。
経済圏が重い腰を上げた背景には、ノブリスやマクマードの影響だけでなく、経済圏それ自体の意向も反映されているのだろう。世界唯一にして最強、強大な軍事力を背景に政治的発言権にも触手を伸ばそうとするギャラルホルンに、経済圏のいずれも不満と危機感を抱いているのは周知の通りだ。どこかでギャラルホルンを抑えるきっかけを探していたとしても別に不思議ではない。
「退散、するか」
正直、ガスがかなりヤバい。〝ラームランペイジ〟のランペイジアーマーは徹底的な軽量さが売りだが、それでも戦いが長引けばそれだけスラスターガスも消耗する。コックピットのメインモニターの端で、【FUEL】の警告が躍っていたことに、俺はそこでようやく気がついた。
ハーフビーク級戦艦を1隻。
ビスコー級クルーザーを2隻。
〝グレイズ〟を15機以上。
赤い彗星には遠く及ばないが、それでも足止めとしてはまずまずの戦果だ。
追撃が無いことを再度確認すると、俺は〝ラームランペイジ〟を翻らせ、ドルト3目がけて機体を飛翔させた。
途中、1機の〝グレイズ〟とすれ違う。
コックピット部分が無残に抉られ、おそらくパイロットは即死したことだろう。
殺したのは、俺だ。
そして俺が鉄華団と共に進み続ける限り、敵の屍は積み上がり続ける。
わずかな感慨だけが胸のある地点まで上がった後に、ゆっくりと沈殿していき、恐怖や逡巡、苦悩の類を覚えることは、それだけはできなかった………。
▽△▽――――――▽△▽
かくて、ドルトコロニーを巡る一連の騒乱は、一旦その幕を閉じた。
ギャラルホルンは、当初の目論見から大きく外れた事態の変化に翻弄され、労働者たちの暴動や鉄華団の乱入を抑えきれなかった結果………工業コロニーの駐留部隊が壊滅。増援として駆けつけたL7宙域駐留艦隊も、ハーフビーク級戦艦や多数のモビルスーツを喪失するなど甚大な被害を被った。
後詰めのアリアンロッド艦隊が活動家クーデリア・藍那・バーンスタインの座乗艦を捉えるも、アフリカンユニオンの意向を汲んだ統制局からの緊急指令によって、沈めることも戦闘の継続も叶わず、鉄華団の強襲装甲艦や組合側の武装ランチ、モビルスーツがドルト3へ入港していくのを見守るより他なかった。
組合側も、少なくない被害を被ったものの、鉄華団の介入によって各コロニーの多くの戦力がドルト3に集結することができ――――――――そしてコロニー環境や待遇改善を訴える抗議活動をドルト本社前で展開。
武力衝突になれば組合側のみならず鉄華団のモビルスーツまでドルト3に乱入しかねない事態に、モビルスーツ戦力の大半を失ったドルト3駐留ギャラルホルン部隊は刺激を恐れて出動できず、労働者らに包囲されたドルトカンパニー本社……そしてその経営陣たちはついに観念したのか、代表者同士による話し合いに合意。
クーデリア・藍那・バーンスタインやサヴァラン・カヌーレを仲介者に、組合代表ナボナ・ミンゴ氏とドルトカンパニー取締役との間で話し合いが持たれ、結果として下記の取り決めが交わされた。
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・一つ、労働者の出自ならびに性別、不合理な身体的特徴や社会的背景・思想を理由に待遇や機会に差別を設けないこと。
・一つ、CEOならびに上層部はこれまでのコロニー出身労働者への差別的な応対、行動を謝罪し、コロニー出身労働者への待遇改善に取り組むこと。アフリカンユニオンが定める労働基準法を遵守し、全労働者向け健康保険・介護保険・厚生年金・雇用保険を整備し、法定賃金を支給すること。また、これまでも給与支払い不足分を一部補償すること。
・一つ、過重労働が深刻化している現状を改善する他、週休二日制・有給休暇制度を直ちに整備すること。
・一つ、ドルト1、2、4、5の工業コロニーで深刻化している公害問題に取り組み、3年以内にドルト6と同程度の環境基準値となるよう取り組むこと。
・一つ、労働者組合の活動を容認し、会社側がその活動費用の一部を負担すること。
・一つ、今回の騒乱によって生じた費用や損害は全てドルトカンパニー本社が補償すること。
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その他、コロニーの限定的な自治権等、アフリカンユニオンの自治法に関する部分は認められず、後日の政府担当者との会談に持ち越すこととなったが、おおよそ組合側の要求が通される形で、双方は合意に達した。
しかし、ドルト3以外の工業コロニーでは、ナボナら組合中枢の指示を受け付けなくなり暴徒化した労働者たちによる破壊活動が続いており、現地駐留のギャラルホルン部隊が悉く壊滅した状態で治安は急激に悪化。しかし組合が自発的に自警活動を行うことによって、事態は少しずつ沈静化へと進んでいく。
ギャラルホルンを撤退に追いやった鉄華団は労働者たちの歓呼を浴びながらドルト2へと入港。無事にテイワズから託された貨物を下ろし、ナボナ・ミンゴの受け取り証明サインをもらう。
こうして鉄華団は、テイワズの一員としての波乱に満ちた初仕事を、完遂した。
これで【第6章 ドルトコロニー騒乱】については一区切りつけようと思います。
次章、ドルトコロニー編にていくつか話を挟みつつ、地球降下編に移っていきたいと思います。
次話につきましては11/10(金)投稿予定です。