鉄と血のランペイジ   作:芽茂カキコ

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奇襲

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト2コロニーは、凄まじい衝撃に何度も地響きを起こし………だがそれは、唐突な沈黙へと変わった。

 

「よいしょ………っと!」

 

 ドルト2コロニー内部にある駐留基地。

 背後の崩れた基地施設に足を取られ、バランスを崩して倒れた〝グレイズ〟に、〝バルバトス〟の巨大メイスが振り下ろされ、〝グレイズ〟の胸部コックピットは無残に潰された。コロニー内部では火器類の使用が大きく制限されるので、〝バルバトス〟が得意とする格闘戦の本領を発揮し、パワー一点で劣る〝グレイズ〟はただ圧倒されるより他なかった。

 

「………これで、モビルスーツはあらかた倒したか?」

 

 まさかコロニー内部の基地に直接攻撃を受けるとは思っていなかったのか、三日月らの急襲にギャラルホルン駐留部隊は対応が遅れ、緒戦で駐機してあった3機を、パイロットが乗ることなく破壊された他、モビルワーカー隊もあらかた踏み潰され、逃亡しようとしたギャラルホルン兵士は………後から殺到した労働者らに包囲され、日頃弾圧されていた鬱憤を晴らすかのようにリンチされていた。

 

『よう三日月!』

「シノ………それ、全部ピンクになったんだ」

『おうよ! これが完全体の〝2代目流星号〟だッ!!』

 

〝バルバトス〟の傍らに立つ全身ピンクの〝グレイズ〟改造機……〝流星号〟。

 ブルワーズから奪ったモビルスーツ用消耗品の中にあった大量のナノラミネートアーマー用塗料。

それまで塗料不足で頭部しかペイントできなかった〝流星号〟も、ようやく全身を染め上げることができたのだ。頭部には目のような意匠まで施されている。

シノはすっかり上機嫌で、

 

『んじゃあここで、でっけぇ鉄の華ぁ咲かせてやっか!』

「ここでの戦闘はもう終わりだよ」

『あ? そうか?』

 

 すでに駐留基地各所に、撃破された〝グレイズ〟やモビルワーカーの残骸が転がっており、武装した労働者たちが………トラックを連れて続々と敷地内に足を踏み入れていた。

 

『ありがとう鉄華団!』

『物資は俺たちが運び出すから、他のコロニーの応援に行ってくれ!』

 

 代表者からの通信に「分かった」と三日月は短く答え、〝バルバトス〟を大きく飛翔させた。〝流星号〟もそれに続く。

 この駐留基地を襲撃したのは、大部隊を動かすにあたって武器弾薬を確保するため。鉄華団が運んできた武器類は、戦闘用モビルワーカーや歩兵用の火器ばかりで、モビルスーツ用の消耗品、ライフルの弾薬や補充用スラスターガスはすぐに底が尽きる。そのためにドルト2の駐留基地を襲ったのだ。

 

『まずは〝イサリビ〟に補給に戻らねえとな! もうガスがやばいぜ』

「そうだね」

 

〝バルバトス〟のコックピットも【FUEL】の警報が鳴っている。コロニー内部とはいえ重力のある環境での戦闘で、宇宙空間に比べて余計にガスを消費するからだ。

 

「そろそろ、他のコロニーでも始まってるかな」

『ああ。昭弘とカケルの機体が、改修されてパワーアップしてるそうじゃねえか。俺も一度、ガンダムフレームって奴に乗ってみたいぜ!』

 

 

 もちろん名前は〝流星号〟だッ! がはは! という騒がしいシノを連れ、三日月が駆る〝バルバトス〟は宇宙港に向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルト1、ドルト4、ドルト5

 公害による環境汚染著しい劣悪な環境に押し込められている工業コロニーの労働者たちは、穏健派であるナボナの指揮の下、同時多発的に行動を開始した。

 自分たちが働いていた工場を襲撃し、滅茶苦茶な破壊活動を繰り返す者。

 会社のモビルスーツ格納庫や宇宙港に殺到し、保管されていたモビルスーツやランチを奪う者。

 

 ドルトコロニー群の一つ、ドルト1にて。厳重に封鎖されていた会社所有のモビルスーツ格納庫に、爆薬を満載したトラックが突っ込む。保安隊の防御はさほど厳重ではなく、武装した労働者たちによってほとんど障害なく制圧されてしまった。

 暴徒と化した労働者たちは、破壊されたシャッターからモビルスーツ格納庫へと次々潜り込んでいく。

 そして………保管されていた十数機の作業用モビルスーツ〝スピナ・ロディ〟を前に、誰もがニヤリと笑った。

 

「あったぞ!」

「よし、いただきだ!」

「武器は!?」

「5番のロッカーだ!」

 

 モビルスーツ操縦経験者たちがパイロットスーツに着替え、開かれた〝スピナ・ロディ〟のコックピットへと飛び込んでいく。コロニー建設工事に携わった中年以上の労働者がほとんどだ。

 

「行けるか!?」

「あったりめぇだぁ! 外壁工事で毎日乗っていたんだぞ!」

 

 見てろよ会社の野郎………! 低賃金、長時間労働、公害への対策も補償も無し。これまで踏みつけられてきた鬱憤を晴らすべく、不満と怒りに燃えた労働者たちが乗り込む〝スピナ・ロディ〟が次々起動し、頭部モノ・アイを起動させる。

 計器表示、各駆動部、スラスターガス、どれも問題はない。

 だが、

 

『ちょっと待った! やっぱりだ。ナボナさんの言っていた通り、タンクと武器が細工されてやがる!』

『スラスターはすぐに補充するから待ってろ!』

「武器は!?」

『発射機構がバラされてるが、何とか直せそうだ。………ランチの方もチェック回せッ!』

 

 会社のモビルスーツや武装ランチには細工が施されているかもしれない。鉄華団の誰かがナボナに囁いた言葉は、すぐに各コロニーの労働者たちにも行き渡り、スラスターガスの補充が始まったほか、モビルスーツ用火器もメカニックらを中心に慌ただしく修理されていく。

 その時、モビルスーツ格納庫の外が騒がしくなった。激しい銃撃戦の音が中にまで飛び込んでくる。

 

「や、やべぇぞ! ギャラルホルンのMWだっ!」

『俺の機体にガスを補充しろ! さっさとしろッ!』

「無茶だ! 武器も無ェのに………」

『近接戦用のブーストハンマーがあるだろうが!』

 

 モビルスーツ格納庫の外では、武装し立て籠もった労働者と鎮圧に乗り出たギャラルホルン部隊が激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 そして、ギャラルホルン側はMWを投入。大口径砲の砲口をバリケードの後ろに隠れた労働者へと………

 だがその時、バリケードの背後のシャッターが破壊された。「ぎゃあ!?」「な、何だぁ!?」と破壊されたシャッターに危うく押しつぶされそうになった労働者たちが逃げ惑う。

 そこから現れたのは………モビルスーツ〝スピナ・ロディ〟だった。破壊されたシャッターをさらに引き裂きながら、強引に外へと身を乗り出す。

 

『モビルスーツを降りて投降しろ!』

『バカが! 状況を考えやがれッ!!』

 

 スラスターガス満タンの〝スピナ・ロディ〟が、推力全開で投降を呼びかけたギャラルホルンMW隊へと襲いかかる。

 MW隊はすかさず砲撃を開始。だが、モビルスーツのナノラミネート装甲を撃ち抜けるはずもなく、

 

『食らいやがれッ!!』

 

 MW隊に肉薄した〝スピナ・ロディ〟がブーストハンマーを振り下ろす。その足下にいたMWは半ばからひしゃげ、弾薬に引火して爆散した。

 そこから先は、さらに出てきた〝スピナ・ロディ〟による………一方的な虐殺だった。MWは全て潰され、不利を悟ったギャラルホルン兵士が逃亡しようとするも、修理が完了したライフルを食らい、次々と無残な肉片と化す。

 

『へ! いい気味だぜ』

『すぐにギャラルホルンもモビルスーツを出してくるぞ!』

『分かってる! ドルト3に急ぐぞッ!』

 

 

 30分後………兵装や推進機構の修理が完了した武装ランチや〝スピナ・ロディ〟が次々と各コロニーから発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽△▽――――――▽△▽

 

 ドルトコロニー群外周宙域。

 L7宙域駐留艦隊のみならず、月外縁軌道統制統合艦隊アリアンロッドまでもが集結し、数十隻にも及ぶハーフビーク級戦艦と無数のモビルスーツを展開させ、圧倒的なその威容を知らしめていた。

 彼らの任務は一つ………これから暴動を起こすドルトコロニー群の武装労働者たちを鎮圧すること。武器商人を通じて武器を手に入れた暴徒はコロニーの治安を乱す危険分子であり、それを撃破・鎮圧するのは当然の任務だった。

 だが艦隊上層部や、事情を知る士官であれば知っている。これが、ギャラルホルン上層部によって意図的に仕組まれたマッチポンプであるということを。定期的に『膿』を出す、すなわち見せしめに不満分子を一掃することによって各コロニーや火星自治領を引き締め、二度とギャラルホルンや経済圏に逆らおうなどとバカな真似をさせないようにする。それこそが、今のギャラルホルンによる「強制的平和維持」のやり方だった。

 

 アリアンロッド艦隊から少し離れた地点を航行する、ギャラルホルンが7大家門ボードウィン家所有の戦艦〝スレイプニル〟。

 

 その艦橋で、ガエリオ・ボードウィンは事態の推移を苛立たしげに見守っていた。

 彼が護衛すべき盟友、マクギリス・ファリドは婚約パーティ後の休暇で、彼の婚約者でありガエリオの妹でもあるアルミリアの下にいるか、自分の時間を過ごしていることだろう。

 一時的にお役御免となった間にボードウィン家所有艦まで持ち出し、自分に敗北の屈辱を与えた組織……〝鉄華団〟やあの白いモビルスーツ、それに思い出すだけでも腹立たしいあの宇宙ネズミの小僧に雪辱を果たさんとしたのだが………運の悪いことに鉄華団は騒動の渦中であるドルトコロニー群に寄港。指揮系統の違いからガエリオらは足止めを食らっていた。

 

「………少し落ち着かれては如何ですかな?」

「これが落ち着いていられるか。奴らはもう目と鼻の先にいるというのに………!」

 

 苛立たしげにブリッジの端と端を行ったり来たりするガエリオに、〝スレイプニル〟艦長を務める士官はわずかに嘆息しながら、

 

「事前連絡も無しに来た上に、大規模鎮圧作戦の最中に来たのです。どうかこらえなさい。統制局に花を持たせるのも、後々のためかと………」

「ふん。お前が政治をしろというのなら、受け入れよう」

 

 不本意極まりないと言わんばかりに、ガエリオは鼻を鳴らした。

 アリアンロッド艦隊はボードウィン家同様のセブンスターズが一家門、エリオン家の直轄であり、今、その領分をほとんど無断で侵そうとしているのだ。下手を打てばボードウィン家とエリオン家の対立にも繋がりかねないスタンドプレー。艦長が気をもむのも、ガエリオも多少は分かっていた。

 

 と、コロニー群周辺で、次の瞬間いくつもの炎の花が咲き開いた。それに砲火の軌跡も。

 その光景に、ガエリオはさらに苦々しい面持ちを隠さなかった。

 

「武装勢力への攻撃が始まったようですな」

「攻撃? 虐殺の間違いだろうが。………挑発して牙をむかせ、平和維持の名のもとに粛清する。わざわざ使い物にならない武器まで与えてな。全く、統制局らしいやり方………」

 

 だがその時、いくつもの警告音が〝スレイプニル〟の艦橋に響き渡った。

 

「………ん?」

「組合側とコロニー駐留部隊の交戦が始まりました! 武装ランチの一斉射撃で〝グレイズ〟5機と警備クルーザーが損傷! 3機………いえ、4機の撃墜を確認!」

 

 刹那、交戦宙域で飛び交う通信が艦橋に響いた。

 

『こ、こちら5番機! 組合側からの猛攻を受け………ぎゃ!』

『行かせるなッ! 砲火を集中しろ!』

『駄目だ! 数が多すぎるっ!』

『アリアンロッドが援護できる距離まで後退しろ!』

 

 

『逃がすかよ!』

『ギャラルホルンっつっても大したことねーなァッ!!』

『撃て撃て!』

 

 メインスクリーンに映し出される拡大画像を見ても………〝グレイズ〟が組合側モビルスーツの猛攻を抑えきれずに1機、また1機と撃破されていく様が。組合側モビルスーツやランチの火器は正常に機能しており、集中した砲火に、1隻のギャラルホルンクルーザーが撃沈された。またしても〝グレイズ〟が撃破され、組合側モビルスーツが縦横無尽に飛び交う。連携などあったものではないが、力押しの突撃を繰り返され、ギャラルホルン側の連携もすっかり断たれてしまっていた。

 

「各コロニーでも武力衝突が始まりました! 戦況は混乱を極めている模様!」

「ち………駐留部隊は何をやってるんだ!? 武装していようが、たかが作業用モビルスーツとランチだろうが!」

「コロニー駐留部隊はさほど実戦経験がある訳ではありません。アリアンロッドの射程に入ればすぐに制圧できるでしょうが………」

 

 その時、周囲の激戦に比して不気味な静寂に包まれていたドルト3でも戦闘が始まった。あまりにも鋭い軌跡を描いて飛ぶあの機体は………!!

 

「ドルト3で、〝グレイズ〟3機が行動不能!」

「予備兵力として控えていた本隊より増援が急行中!」

「………あれが、探しておられた機体では?」

 

 言われるまでもなかった。あの無茶苦茶な機動を見せる白いモビルスーツ………ヤツだ!

 

「この状況ならモビルスーツを出しても問題にならないかと」

「ぐ………本意ではないがこの機会は逃がせん。行くぞッ!」

「はっ! モビルスーツデッキ、特務三佐の〝キマリス〟の出撃準備を――――!」

 

 

 唇を噛んだガエリオは床を蹴って、モビルスーツデッキへと続く艦内エレベーターへと飛び込んだ。

 

 

 


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