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十数時間後。
ブルワーズの縄張りとなっているデブリ帯に、2機のモビルスーツが侵入した。テイワズの〝百里〟と、テイワズ製長距離ブースターを装備した、青い見慣れぬ機体。
その報は直ちにブルワーズ艦のブルック・カバヤンの下へと伝えられた。
「哨戒中のマン・ロディより報告。接近する敵モビルスーツを発見しました!」
「く……モビルスーツ隊を全部出せっ!」
クダルを失い、計6機ものモビルスーツを失い戦力が半減したブルワーズに残されているのは、不調の機体含め7機の〝マン・ロディ〟と強襲装甲艦が2隻。随伴する輸送船にはまともな武装は無い。
強襲装甲艦から〝マン・ロディ〟が次々と吐き出され、デブリ帯の果てへと消えていく。この宙域では未だに最大規模の戦力とは言え、5機の〝マン・ロディ〟とクダルを潰した敵相手にどこまで通用するか………!
モビルスーツ隊の指揮はほとんどクダルに一任してきた今、頭を欠いたモビルスーツ隊だけでブルワーズは敵と対峙しなければならないのだ。
だがブルック・カバヤンには退く、という考えは無かった。
鉄華団とかいう新興の組織とタービンズを蹴散らし、クーデリアとかいう娘をギャラルホルンの高官に引き渡せば、どでかい後ろ盾が付くことになる。それこそ、テイワズ直属の輸送船を襲っても差し支えなくなるぐらいに。
依頼を達成し、ギャラルホルンとのコネと後ろ盾を手にデブリ帯の外にも活動範囲を広げて大暴れする。当然稼ぎは莫大なものになり、損失は瞬く間に贖われる。思い描く未来予想図に、ブルックはにんまりと笑みをこぼした。
なんにせよ、モビルスーツの初期投資は莫大だが、その乗り手であるヒューマンデブリはいくらでも安値で買い集めることができるのだから。宇宙ネズミのクソガキを死ぬまで働かせれば、いくらでも損失は補填できる。
「モビルスーツ隊、敵機と交戦を開始しました!」
「本命はその後ろの船だッ! さっさと探しだして沈めちまえ! 本艦も全速前進!」
2隻の強襲装甲艦がメインエンジンを点火させ、周囲のデブリを散らしながら前進する。
前方では既にモビルスーツ同士の戦いが始まっており、7機の〝マン・ロディ〟が2機のモビルスーツを包囲している所だった。だがその目まぐるしい軌道にこちらの攻撃はほとんど追いついていない。
「ち………ガキどもは何やってやがる!? たかが2機、さっさと沈めちまえッ!! タービンズの船は!?」
「エイハブ・リアクター、反応ありません!」
どこかに隠れてやがるのか………? だがこの辺りにゃ船を隠れさせられる場所も、迂回路も無いはず………
「まあいい。斥候が来たってことは、どのみち後からやって来る。それまで………精々かわいがってやれッ!!」
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「ちっ………!」
動きのいい〝マン・ロディ〟が放ったマシンガンの弾が、ついに〝ラーム〟が装備している〝クタン参型〟に直撃。もろに食らったブースター部が破裂する寸前、素早くそれをパージして距離を取った。〝マン・ロディ〟が急迫してくるが、ガトリングキャノンをばら撒いて牽制。接近戦を諦めた敵機は小惑星の陰へと潜り込んだ。
『もう~っ! こう狭くっちゃやりにくい!』
「当てるよりもまず動き続けないと。この数の差、止まったら………!」
僚機の〝百里〟に乗るラフタ・フランクランドと共に目まぐるしく回避機動を繰り返し、砲火を浴びせて迎え撃つが、唐突に3機の〝マン・ロディ〟に前方を塞がれてしまった。
すかさずガトリングキャノンを浴びせたが周囲のデブリを砕くばかりで、なかなか命中しない。〝マン・ロディ〟隊はデブリを上手く盾に、じわじわとこちらを敵艦の主砲有効内に追い詰めようとしていた。
追い込まれまいと応射しても、デブリを盾に撃ち返され、針路の変更は悉く阻まれる。ここは相手のホームグラウンド。まともにやり合えば勝ち目はない。
原作の三日月でさえ苦戦したのだ。
『まだなのダーリンは!?』
「く………あと少しだッ!!」
徐々にダメージが蓄積していく〝百里〟と〝ラーム〟を収める〝クタン参型〟。ラフタ共々、苦しい戦況に思わず苦悶の声が漏れてしまう。
そして、もうすぐそこで敵艦の艦砲が狙いを定めている。
このままでは………。
だがその時、もう間近に見えていた敵艦に次々……側面後方から砲撃が浴びせかけられた。
やがて、デブリが密集している区域から現れたその巨体は………
「来たッ! 〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟だ!」
『もうっ! 遅い~っ!』
通常であれば撃沈は避けられないデブリ帯の危険地帯を、阿頼耶識システムによる機動によって走破し、ブルワーズ艦隊の後方へ回り込んだ〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟。
奇襲への混乱と後方からの激しい砲撃に耐えかねたか、ブルワーズ艦隊は愚策にもその場で反転して主砲の射程内に収めようとする。だが、停止し巨大な横腹を晒したその瞬間から、〝イサリビ〟らの猛撃を食らう。
乾坤一擲の奇襲攻撃によって、攻守は一瞬にして逆転した。
『ごめん。待たせた』
『アジー! 援護しな』
『はい。姉さん』
『〝流星号〟が行くぜおらァッ!!』
次々出撃する鉄華団やタービンズのモビルスーツ隊。センサー上でも〝バルバトス〟やアミダ、アジーの〝百錬〟。それにシノの即席〝二代目流星号〟の反応が現れた。
それに………
『うらァッ!!』
現れたでっぷりと太った巨体。
その機体が持つ胸部400ミリ砲が炸裂した瞬間、ブルワーズ艦1隻の側面主砲が、なす術なく爆発に呑まれて撃破された。
『な………あの機体って!』
「〝グシオン〟だと!? パイロットは………」
『俺だ』
通信が開かれ、メインモニターの端に映し出されたのは昭弘の姿。
〝ガンダムグシオン〟のコックピットに、昭弘は座っていたのだ。
「昭弘………その機体は………っ!」
『被害を受けていたのはコックピットだけだ。修理すれば使えるようになった』
『で、でもそいつって………!』
『問題ない。昌弘を……それに仲間や家族を助けるためだ。こいつにはこれからしっかり役に立ってもらう』
それきり、昭弘は〝グシオン〟を駆り、敵艦の艦砲射撃のただ中へと突っ込む。
持ち前の重装甲で艦砲すら跳ね除け、至近距離で再び胸部400ミリ砲が炸裂。敵艦側面主砲がもう一門、完全に破壊された。
そして突然の奇襲に大混乱に陥った〝マン・ロディ〟隊。
追い込むはずが追い込まれる形となった彼らは、すっかり連携を寸断されてもなお抵抗を続けようとするが、アミダやアジーの〝百錬〟の相手ではない。それに、
『殺さないようにって、難しいな』
マシンガンを撃ちまくりながら逃げる〝マン・ロディ〟1機を猛追する三日月の〝バルバトス〟が滑空砲の一撃でマシンガンを、二射目で頭部を破壊。動きが止まった所を、〝マン・ロディ〟の右腕をメイスで潰し、左腕の装甲の間に太刀を突き刺して、背後の小惑星へと縫い付けた。難しいとか言っておきながら、キラ・ヤマトを彷彿とさせる見事な手際だ。
そして、運悪くその近くにいた2機目も、同様の運命を辿った。
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「ブルワーズ艦1隻、全火器の破壊を確認しました!」
「続けて2隻目も、残り主砲が一つです!」
胸部の内蔵砲を撃ち放ち、さらには巨大なハンマーを振り下ろして次々にブルワーズ艦の艦砲を破壊していく〝グシオン〟の戦いぶり。〝ハンマーヘッド〟のブリッジで名瀬は思わず、
「ほほぅ。ありゃすげえな」
『あの威力でモビルスーツかよ………』
モニター越しに〝イサリビ〟のオルガも呆然とした様子で、〝グシオン〟が次々、ブルワーズ艦の艦砲や対空砲を破壊していく様を見守るより他なかった。緒戦で後ろを取られ、損害を被り指揮系統が混乱していたブルワーズ艦は、ほとんどなすがままに火器を潰されるより他ない。
やがて、ブルワーズのモビルスーツ〝マン・ロディ〟の部隊も全て戦闘不能となり、ブルワーズ艦2隻も火器を全て失って沈黙する。
「よーし、んじゃ撃ち方やめ。全機そのまま待機で」
『頼んます、兄貴』
「おう。だが上手くいかなかったら………そん時は諦めて船は沈める。ブルック・カバヤンに繋げ」
〝ハンマーヘッド〟オペレーターによって通信がブルワーズ艦に接続され、オルガの姿が消えた後、メインスクリーンにブルック・カバヤンのすっかり冷や汗だらけの顔面が大写しになる。
「よう。調子はどうだ? ブルック・カバヤンさんよォ」
『ぐぐ………!』
「どうだ? ここらで一つ、手打ちと行こうじゃないか。賠償は………そうだなぁ。艦1隻と全モビルスーツ、消耗品を全部。それとヒューマンデブリ全員ってのはどうだ?」
『………はァ!? てめ、そりゃいくら何でも吹っ掛けすぎ………!』
「払えねぇってんなら、てめェの命でカタをつけな。断るなら、撃沈する」
鋭い眼光で睨み据えられ、その威圧に怯み上がるブルック。断れば皆殺しだ。
だが、言う通りに賠償を払えば宇宙海賊としては二度と再起できなくなる。それに恨みを持っている周辺の業者に対して無防備にすら。
その事実に気が付いたのかブルックは顔を真っ赤にして、
『ふ……ふざけてんじゃねえぞ若造がッ!! おいっ! 全速でここを離脱! ずらかるぞ!』
「それを許すと本気でそう思うのか? 動けば撃沈する」
〝イサリビ〟と〝ハンマーヘッド〟。
それに〝バルバトス〟〝ラーム〟〝グシオン〟や〝百錬〟2機と〝百里〟。〝流星号〟なるグレイズ改造機。
全ての武装を失ったブルワーズ艦は、完全に包囲されていた。
「俺は待たされるのが好きじゃねえんだ。10数える間に決めな。………何なら、〝代役〟を立ててくれたっていんだぜ?」
『な、なにをバカな! おいっ! さっさとここから離脱………ッ!!』
「ひとーつ」
『お、おい何をする!? お前ら待てやめ………!』
「ふたーつ」
『ぎゃっ!? ぶぐお!? ま、待て………!』
「みーっつ」
『ひぃ! あ、あああああァァァァァッ!!』
「よーっつ」
『待ってくれ! ブルワーズ新リーダーのメゴッツってんだ!』
バンダナ姿の男が一人、ブルックを引きずり降ろして代わりにメインスクリーンに顔を覗かせてきた。
名瀬もカウントをやめ、ニヤリとブルワーズの新リーダーに笑いかける。
「リーダー就任おめでとう、と言っておこうか」
『そっちの要求は全部呑む! モビルスーツも向こうの艦も持っていきな!………お、おいガキども! 貨物室のモンを運んで向こうの艦に移れ! ヒューマンデブリのガキは一人残らず全員だ! さっさとしろッ!!』
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そこからはトントン拍子に事が運んだ。
ブルワーズ艦1隻が放棄され、海賊の大人たちは脱出する。代わって監視の目の中で、不調で出撃できなかった〝マン・ロディ〟と消耗資材が次々運び込まれていく。その中にはヒューマンデブリの少年兵らも。
武装が全て破壊された旗艦のみとなり、モビルスーツもヒューマンデブリも、ほとんど全財産を失ったブルワーズ旗艦は艦体各所から煙を吐きながら退散していった。ブルック・カバヤンや、海賊たちがこれからどうなるのかは、鉄華団やタービンズが関知するところではない。
ヒューマンデブリの少年たちは譲渡されたブルワーズ艦にある艦内倉庫の一角へと集められる。数は30人、いや、もっといるかもしれない。
監視にチャドやダンテ他数人が付いているが、暴れる様子もない。力なく座り込んで、これからどうなるのか、不安や絶望がヒューマンデブリの少年たちの表情に浮かんでいる。ほとんどがタカキと同年代ぐらいの、鉄華団ならまだ年少組に入る子供ばかりだ。
駆けつけたオルガは、手近なダンテへと近づくと、
「ダンテ! これで全部か?」
「ああ、団長。こいつら………」
その時、座り込んでいたヒューマンデブリの少年がぼんやりとオルガの方を見上げた。蜂蜜色の髪の、タカキより少し幼いぐらいの少年だ。ヒューマンデブリを示す赤い線が入ったノーマルスーツが、少しだぼついていた。
オルガは、トン……と静かにダンテの肩を叩くと、片膝をついてそのヒューマンデブリの少年の同じ目線になった。
蜂蜜色の髪の少年は、その瞳にほんの少しだけ敵意をにじませて、後ずさった。オルガは、
「火星はいい所でもないが、ここよりはましだぜ?」
え? と少年が驚いたような顔で振り返る。耳にした他のヒューマンデブリたちも。
オルガは、さらにニッと笑いかけて、
「本部の経営も安定してきたしなぁ、メシにもスープがつく」
は? と訳が分からない、という表情で、うずくまっていた誰もが一斉にオルガの方を見やった。何を言おうとしているのか察したダンテは、
「団長………」
「兄貴に話はつけてある。こいつらはウチで預かる!」
預かるって? どういう事だ………? と疑問や不安が自然と少年たちの口から漏れる。
「どうして………?」
「ん?」
「預かるって、何だよ………。俺たちはヒューマンデブリ。ゴミみたいな値段で売り買いされて、ボロボロになるまで使われて、ゴミみたいに捨てられる………」
「違うな」
オルガはスッと立ち上がった。自然と、視線がオルガ一人に集中する。
「今日まで過酷な世界で生きてきたお前らは、宇宙で生まれ、宇宙で死ぬことを恐れない、誇り高き………選ばれた奴らだ!」
オルガは、その瞬間彼らを………〝ヒューマンデブリ〟の枷から解き放った。
そして新たに加わる〝仲間〟として、手を差し伸べた。
「一緒に行くぞ。鉄華団は、お前たちを歓迎する。ヒューマンデブリとしてじゃねえ。鉄華団の新たな一員として。仲間として」
もう、彼らを抑えつけるものは、何も無かった。
少年たちはこれまで心の中で溜め込んできた。悲しみや苦しみ、大切なものを喪っていた悔しさ………全てをさらけ出し、ただ、年相応の子供として………泣いた。
オルガの足元にいた少年も、両手で顔を覆って、嗚咽を漏らし始める。
「団長。恩に着るぜ………!」
感極まったダンテの言葉に、オルガはフッといつもの気取った笑みを浮かべた。
そして彼らが、抱え込んでいた全てを流し終えて、鉄華団の仲間として新たな一歩を踏み出すのを、待った。
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鹵獲したブルワーズ艦1隻を牽引する〝イサリビ〟は〝ハンマーヘッド〟に先導され、ついにデブリ帯を突破した。
あの戦いの後、鉄華団はブルワーズから賠償として、艦1隻と修理可能な〝マン・ロディ〟10機以上。それとブルワーズ所有の全ヒューマンデブリ30人以上譲渡され、全員がヒューマンデブリの地位から解放。正式な鉄華団団員として加わることとなった。
そして〝ガンダムグシオン〟。これは昭弘・アルトランドの乗機となることが決まり、タービンズ艦内に運ばれた後、改装を受けている。
遮るもの一つもない。
再び広がる、漆黒に宝石を散りばめたような宇宙空間。
「はぁ………」
展望デッキの手すりに身を預けながら、自然と出るため息を、何故か止めることができなかった。
細かい所は大分原作から乖離したが、大筋は変わらない。
無為に過ごせば、これから先、ドルトコロニーや地球で積み上げられる犠牲を止めることはできない。
そのために俺が次にやるべきことは………
「ん?」
ふと、二人分の足音が聞こえて、そちらへと振り返る。
「おう、カケルか」
「………」
昭弘と、タンクトップは変わらず、ズボンとブーツだけ鉄華団の制服に着替えた昌弘の姿が。
「昌弘、怪我治ったんだな」
「ああ。………色々迷惑かけたな」
「抱きしめる時はもっと加減しろよ」
ニヤリと笑いかけてそう言ってやると、昭弘は「うむ……」と憮然とした表情になる。
昌弘は人見知りな様子で、そそくさと兄の陰に隠れた。
「何やってるんだカケル? こんな所で」
「別に。ただ………ボーっとしてた」
特に続ける会話も無い。
昭弘も「そうか」、と昌弘を連れてその場を通り過ぎていく。
「………あ、昌弘!」
ふと声をかけてやると、ビクッとその小さな背が震える。
振り返ったまだ幼さを残す体躯に、ニッと笑いかけて、
「兄ちゃんに会えて、良かったな」
原作じゃ、惨い別れ方で終わったからな。
お互い無口なようだが、これから………絆を深め直すこともできるだろう。何にせよ二人が自由にしていいことだ。
昌弘は「うん………」とだけ答えると、気恥ずかしさからか、さっさと兄を追い越してその場を後にしてしまった。昭弘も不意の弟のペースアップに驚いた様子だったが、その後に続いてすぐ通路の角から見えなくなる。
さて………
今頃、クーデリアのスポンサーであるノブリスは火星で、アイスをつまみながらこう呟いていることだろう。
クーデリア・藍那・バーンスタインの死を飾る舞台は………コロニーだ、と。
ああ、俺もアイス食いたい。