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「本当に、ありがとうございます名瀬さん。何から何まで………」
「俺からも、礼を言わせてくれ。恩に着る」
俺に次いで、ギャラルホルン士官の制服から、与えられた私服に身を包んだクランクが頭を下げる。
俺も、パイロットスーツ以外で〝ラーム〟のコックピットに入っていたジャンプスーツを着、今は〝ハンマーヘッド〟の時よりフォーマルな姿の名瀬に頭を下げた。
「いいってことよ。だが、ギャラルホルンの士官を捕虜にするなんざ、大した真似するじゃないか」
俺たちは今、〝歳星〟にある巨大な総合病院の個室にいる。
メディカルナノマシンベッドの中で、未だ昏睡状態が続いているアインが横たえられており、傍らの端末の計器は、規則的な波動と数値を流し続けている。意識は戻らないが、容体は安定しているらしい。
「だが、こればっかりは後で請求するからな。きっちり払えよ」
「はい。必ず」
「じゃあ、俺はこれからオルガ達を連れて親父の所に行ってくるから、適当に戻ってくれや」
手をヒラヒラさせて名瀬が病室から立ち去る。
残されたのは俺とクランク、それに扉の前で護衛兼監視のために連れてきたダンジとイリアムだ。さすがに武器は持てなかったが、何かあった時には頼りにしている。
「………すまない、カケル。恩に着るぞ」
「いえ………。〝イサリビ〟よりも、もっと設備の整った所で治療を受けた方がいいとオルガとも話をしましたので」
ここなら、専門的な治療を受けられる上、テイワズのお膝元で、よほどのことが無い限り悪さをする者もいないだろう。
治療費は安くないが………鹵獲したグレイズの売却収入があれば、何とかはなる。少なくとも原作の倍以上の収入になっているはずなのだから。
「意識が戻らない原因は………分からないんだな?」
「ええ、クランクさん。外傷は全て癒えたようですけど、脳にダメージが入っているらしく、最悪、このまま目を覚まさない可能性もあるとか。………何か、すいません」
「謝るな。戦闘による結果だ。むしろこれだけ配慮があることに礼を言いたいぐらいだ。………だが」
「俺たちに気を遣う必要はありません。あなたはあくまで捕虜なのですから、ご自分にとってベストな判断を下されるべきです。俺は………地球でギャラルホルン部隊にあなたを引き渡すのがベストだと考えてますが」
うむ………、と考え込むように、クランクは眠り続けるアインの面立ちを見下ろしていた。できるのならば、鉄華団の味方になって欲しいものだが、それは彼自身が決めることだ。
「俺たちも、そろそろ戻りましょう」
「そうだな」
ダンジ、イリアム。と声をかけると、ひょい、と少年兵二人が入り口から顔を覗かせた。
「〝イサリビ〟に戻るぞ」
「うっす!」
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その後、クランクを外から鍵をかけた一室に入れると、アトラにいつものように捕虜への食事を頼み、自分は〝ハンマーヘッド〟へ向かった。昭弘共々、〝百錬〟のシミュレーターでトレーニングするためだ。
結果は………
「もう一戦………もう一戦だ!!」
〝百錬〟のコックピットが開かれ、汗だくの昭弘が出てくる。
同じく別の〝百錬〟のコックピットから出てきたラフタ・フランクランドは、もうすっかりうんざりした様子で、
「ちょっと休憩~!」
「頼む! 次で最後でいいッ!」
「………それ、4回前にも聞いたんだけど」
ぶつくさ文句を言いながら、また〝百錬〟のコックピットへと戻っていくラフタ。昭弘も。
俺は………
「いつになったら俺の番になるんだ………?」
「ありゃ、お互いすっかり熱くなったパターンだからねぇ。しばらくは無理かもよ」
昭弘は、モビルスーツ初心者とは思えない練度だが、経験も力量も上手なラフタ相手ではいいように弄ばれるのが精々だ。
しばらくすると、すっかりフラフラのラフタが出てくる。昭弘は、もっと憔悴しきった様子で、
「も、もう………ぐっ………!」
「よせ。疲弊した身体じゃ本調子は出ないぞ。せっかくコツを掴んできてるのに。少し休もう」
「うむ………」
「じゃ、あたしちょっとシャワー浴びてくるから」
じゃあね! とラフタは〝百錬〟の装甲を蹴って通路の方へと消えていった。
あ、俺の訓練の相手………。
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その日、テイワズのトップ、マクマード・バリストンと面会したオルガ・イツカは、正式に名瀬・タービンとの義兄弟の盃を認められ、翌日の式典で、晴れてテイワズの一員となる。
クーデリア・藍那・バーンスタインは、彼女をテイワズの力で保護する代償として、地球・アーブラウとの火星ハーフメタル利権交渉が上手くいった暁にはテイワズを業者として指名するようマクマードから提案を受ける。一度、持ち帰ることでその場で決着が着いただろうが、現状、原作通りに受け入れるのが最上の選択だろう。
リフレッシュしたラフタにシミュレーターでボコボコにされ、俺は這う這うの体で〝イサリビ〟に戻る。
すると、「うわ~っ!!」という小さい子供たちのはしゃぎ声が通路まで聞こえてきた。
食堂を覗いてみると、山積みのお菓子の数々が。年少の子供たちが背の高いテーブルに顎をつけて目をキラキラさせていた。
「すっげぇ!」
「これもらっていいの!?」
「ああ! どれでも好きなのを選べ」
オルガが鷹揚に頷くと、「やったぁ!」「俺、こっち!」と子供たちが年相応にお菓子に飛びつき始めた。殺し合いを生業にしているような少年兵とはいえ、幼い子供たちばかりだ。
「だめだって! ちゃんと公平、ちゃんと順番! ………てか、ダンジ、ライド。お前らまで争ってどうすんだよ?」
年少組の中ではまだ年上のダンジやライドまで手元の菓子にがっついている様子に呆れるタカキ。ライドは少し顔を赤らめつつも「う、うっせぇ!」とダンジ共々手に入れた菓子を大事そうに抱えた。
オルガは、少し遠巻きに子供たちの喧騒を見やっているアトラにニッと笑いかけて、
「ほら、アトラも」
「あ、はいっ! ………これ、自分でも作れるかな」
促されたアトラは、興味津々に手近なケーキを眺めている。
「団長ー! 俺らにはなんもねーの?」
食堂に顔を覗かせたシノが悪戯っぽく笑っている。その後ろには昭弘やチャド、ダンテの姿が。
オルガも、にぃっと笑い返しながら、
「あァ? あるに決まってるだろ!」
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数時間後。
〝歳星〟繁華街に並ぶ無数の商店や酒場。
その中の一つに【PUB SOMEDAY】という酒場がある。
広いスペースの一角を、ほとんど鉄華団が貸し切るような状態で、特徴的な華のエンブレムをジャケットに背負った面々が、酒に料理に、いつになくワイワイと騒ぎながら思い思いの時を過ごしていた。
他の飲み客には少々迷惑かもしれないが。
「みんな遠慮しねぇで思いっきり楽しめよォ!」
オルガに言われるまでもない。酔いが回った様子のシノは女を漁りに行くなどと言い出してビスケットやユージンを困らせているし、名前は知らないがオルガらと同年代の団員らはワイワイと騒ぎまくっている。
俺は、三日月やチャドと同じテーブル席に座り、チビチビと炭酸を口にしていた。
「………てか、俺も来てよかったのか?」
「いいんじゃない別に」
三日月は何の気なしに、手元の料理をつまんでいる。チャドは、この状況に少し困惑してるようだったが、ようやく料理や酒を口にし始める。
オルガは元ヒューマンデブリでも分け隔てなく接し、その遇し方にも差別を決して作らなかった。本物のカリスマというのは、まさしくオルガのことを言うのだろう。
と、
「お、チャド。袖が………」
「え? ああ、本当だ。袖んとこほつれてるな」
「前のやつをそのまま使ってるのか? ビスケット辺りに言って新しいのを………」
今なら新品だって支給できるだろうに。だが、チャドは首を横に振った。
「いや、このままでいい。………ここに来るまで服なんて、はなっから破けた中古しか支給されてなかったからな。汚ねぇくらいがしっくりするんだ。………どうかしたか? そんなびっくりした顔して」
「え? い、いや別に………」
まさか次回予告のセリフをここで聞くことになるなんて。
動揺をごまかすために炭酸の入ったグラスを煽る………が。
「………んぐ!? げ……ごほっ!」
「だ、大丈夫か?」
「どうかした?」
いかん。オルガが置いてったグラスを間違えて取ったみたいだ。中にはまだアルコールが残っている。
この世界じゃ未成年の飲酒がどうとかいう輩はいないだろうが、正直言って、こんな苦いだけの飲み物のどこがいいのか全く分からない。身体が少し火照ってきて、かすかにめまいが………
オルガはすっかり調子よく、
「今日はトコトンまで行くぞォッ!!」
「「「「「「おおーっ!」」」」」」
音頭を取るとまたこっちの席に戻ってきた。
「おいおい、何だ何だァ? ガキくせえもん飲みやがって。………すんませーん! 適当なカクテル一つ頼んます!」
「あいよー!」
そうしてやってきた一杯のオレンジ色のカクテル。
「お、俺にこれを………?」
「そうだ。酒との付き合い方ぐらい、覚えとかないとなァ!」
ぐいぐい、とカクテルを押し付けられ、仕方なしにチビチビと口にする。
ああ、何かボーっとする。
やがて、どんちゃん騒ぎもお開きになり、団員たちは酔いのまわった足取りで〝イサリビ〟に帰るか、一部の面々は二次会か、シノらのように女遊びができる店へと繰り出していく。
俺は、さっさとその場を離れて帰艦組に混じって〝イサリビ〟へと戻り、軽くシャワーを浴びて自室のベッドへと飛び込んだ。
こういった一瞬一瞬の幸せを糧に、彼らは命がけで戦っていくのだろう。
だが、名前を知っている者も知らない者も、あの面々のうち何人かは、このままだと生きたまま火星に戻ること叶わないのだ………
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翌日。
多くのSPが厳重な警戒を敷く式典会場。鉄華団やタービンズのみならず、マクマード・バリストンも立ち会う式であるため、当然の物々しい警備だ。
「………なさい……アトラさ………もらって………」
「ううん。それよ………さん………けど、大丈夫?」
クーデリアに雇われた立場だが、さすがに女性のメイクの場に立ち会う訳にもいかず外の通路で俺は待機していた。これだけ厳重な警戒なら誰かが護衛につく必要なんてないだろうが………
兄弟盃の儀の晴れ舞台。鉄華団の面々もタンクトップや作業着姿の上に鉄華団のエンブレムがあしらわれた羽織を纏うなどそれなりの正装をしている。俺は、正確には鉄華団の一員ではないため、借りたスーツを着ていた。
と、扉がゆっくり開かれる。メイクを手伝っていたアトラが「さ、クーデリアさん」と促し、黒いドレスを身にまとった、いつにもまして大人びた姿のクーデリアが現れる。
「お待たせしました。カケルさん」
「いえ………」
「行きましょう」
俺を従えて、クーデリアが向かったのは、名瀬の控室にいるオルガの元。よく似合う袴姿だ。
そしてオルガと共にマクマード・バリストンの控室へ。そこで、テイワズの保護下に入ること、そして交渉がまとまった暁にはテイワズを火星ハーフメタル採掘業者に指名することを了承した。
その後、名瀬、オルガの義兄弟盃の儀の会場へ。
一列に整然と相対するように並ぶ、正装の鉄華団とタービンズ。和を基調とした広大な会場の正面の壁には
【兄弟結縁盃之儀】
【蛇亞瓶守】【兄 名瀬蛇亞瓶】
【見届人 真紅真亞土芭里主屯】
【弟 御留我威都華】【鉄華団】
の大きな掛け軸が。
設えられた畳の上で、正座したオルガと名瀬が向かい合っている。「三方」と呼ばれる小さな儀式台の上に盃が置かれ、いつもはツインテールの髪を後ろで綺麗にまとめているラフタが盃に神酒を注ぎ、まずは名瀬が、次いで再び三方の上に置かれたそれを取ったオルガが神酒の残りを煽る。
これで、名瀬とオルガは晴れて義兄弟となった。
鉄華団の面々からは一歩下がった場所に立ち、俺はその光景を見届けた。
式自体は思ったよりすぐに終わった。それでも、その間の緊張感は並大抵のものではなく、ようやく全てが終了し、全員が控室に戻った時、
「あ~疲れたぁ……」
とソファに背を投げ出したユージンを始め、誰もが緊張で疲れ切った表情で、先ほどまでピンと張りつめていた緊張の糸を緩めていた。アトラが「ああ、ダメだよしわになっちゃう!」とユージンを嗜めたが、すっかり疲れ切ったユージンはボケーっとした顔で梃子でも動かない様子。
ふと、テラスにいる三日月とオルガの方を見やる。手すりに腰を預けた三日月に対し、オルガは、ユージン同様疲れ切ったように手すりに前からもたれかかっている。
「かっこよかったよオルガ」
「ああ。似合わねぇ気苦労かけたな………よし!」
オルガが背を伸ばす、そして真っ直ぐ、上を見上げていた。
「面倒な段取りは全部終わった。………行くぞ」
目指すべき場所は、そう。
地球だ………!